■第11話 「船幽霊」
しかし、望んだ通りになど、事は進まないもので御座いやすね
先生に別れを告げてから三月経ち、次の仕掛けを始めていた時のこと
今度こそもう、あの声を聞くことも、あの姿を目にすることも無いかと思っていやしたのに
平家の落人の子孫である太郎丸の背中に絵図面を彫ってまで託された “飛火槍”
それは災いの元、人の心の闇を呼び起こすものでやす
その始末をつけようとやってきた奴(やつがれ)達を追って、先生が讃岐まで来ちまって
賊に襲われているところを助けたとおぎんが話してやしたから、厄介なことになったと思っていたんでさ
足手まといだから江戸へ帰るようにと言われても、聞くような先生じゃないことは先刻承知
どんなにこちらが手を廻しても関わっちまうのは、一体どんな縁だというのか……
けれど、再会を喜ぶ訳にはいかねぇが、再び見(まみ)えて密かに胸が高鳴りやした
そして、大事なお人だと、改めて感じてしまいやした
双子島に流れ付いた先生が島の住人に責められた時、追求の矛先を逸らせてやったり
“飛火槍” を狙って島まで来た奉行所の者達に先生が脅された時、咄嗟に庇うように身体が前に出ちまったり
そんなお方でやすから、危ない目に遭わせたくはない
事が起こる前に先生を安全な場所へ移さなければと、そればかりを思って島から出る方法を教えやしたが
帰れと言っても先生は聞いてはくれず
ですがそこで、先生の口から京極亭の名前が出るとは思ってもみやせんでした
どこまでも食えないあの者のこと、先生をいい気分にさせるようなことでも言ったんでやしょう
生まれ育ちからくる品の良さも気に入っていたようでやすから、誉め言葉には困らないはず
そして、奴(やつがれ)の跡を追わせるように仕向けたのではないかと
手の内で踊らされているようで、いい気がしやせん
先生は京極亭のことを一味の頭だと単純に信じていたようでやすが、事情は変わっちまった
人の心に巣食う闇を鎮めるより、その闇を表に出そうなどと、あの者は恐ろしいことを考え始めた
それには “飛火槍” が打って付けで
だが、そんなことをみすみす見逃す事なんざできねぇ
先生が生きてなさるこの世界を、闇で覆わせる訳にはいかねぇんだ
奴(やつがれ)一行の目的は、島の頭である太郎丸の御行
その太郎丸がただひとり島に残り、最後に “飛火槍” を使って全てを終わらせようとしやした
実際、“飛火槍” が発動し、火柱が天に向かって昇り、島が割れて沈んでいった時には終わったと思いやした
それで、いつものように「御行奉為」 と唱えて、お札を海へ投げたんでやす
しかし、一緒の船に乗っていた先生が 「これが御行だというんですか?!」 と、いきなり怒り出しちまって
「あなた達のやっていることは、魑魅魍魎のせいにしているが、人殺しじゃないですか!」
そんなことを今更言われても、どう説明しろと仰るのか
奴(やつがれ)共の仕掛けに加担して、先生だってもう散々やってきたことだ
皆、心に闇を持った化け物だったと言うと、「ち、違う…みんな人間だ!」 と叫んだ先生
それは、見た目だけを振り返っての感傷にしか過ぎないこと
内部にどんな闇が巣食っていたのか、先生だとてそれぞれの御行の瞬間には理解していたのでは無かったか
だから、ここまで追い掛けるような真似もしたんで御座いやしょう
だが、本当は闇の仕事などできるお人じゃ無い
先生は、こちらの世界に関わっちゃいけないんで御座いやす
そう、住む世界が違うんでやすから……
冷たい仕打ちかもしれないとは思いやしたが、敢えてこう言いやした
「それなら、先生は人を殺してきたんで御座いやすか?」
案の定、自分の言葉と奴(やつがれ)の言った事で頭の中が混乱したようでやした
けれど、ここではっきりさせておかなければ、先生が本当に戻ることはできねぇ
奴(やつがれ)との違いを思い知らせて、その上で離れることになってしまうなら、それはそれで本望だ
先生と縁が切れること、それが何より先生の為でやすから……
気掛かりなことは他にもあったんでやす
長耳に言われて見た先に、“飛火槍” を積み込んだ船先で笑っている白庵と黒庵がいやがって
ったく、あの婆ぁ、抜け目がねぇ奴等だ
持って行く先は北林藩だということはわかってやしたから、去って行くのを仕方なく見送っていやした
行く先で待ち構えているであろう、京極亭の姿を海の上に睨み付けて
あの時、横に居た先生のことは、もう考えないようにしてやした
陸に上がれば、そこから先は赤の他人でやす
これ以上、互いに心を残しちゃいけねぇから
奴(やつがれ)も、先生も……