■第10話 「飛縁魔」
因縁、というのは厄介なものでやす
人探しを依頼された先生が、飛縁魔退治を頼みたいと言ってきなすった
話を聞きやしたら、目的の女が奴(やつがれ)共の倒すべき相手で
己の感情のままに人を焼き殺し、その後、憎み憧れた人物に成りすまして、その名で悪事を働く
名を貶めるためにやっていた付け火が、いつのまにかてめえの快楽に摩り替わっちまった
そんな飛縁魔のような女、白菊
しかし、先生は何か勘違いをなさっていなさる
奴(やつがれ)の仕事は人助けじゃねえ
人を騙し、時には命もいただく、人の心の溝さらい
もともと、いつおっ死んでも仕方ねぇ稼業でさあ
そう説明すると、先生はむっとした顔になり、「見損ないましたよ!」 と部屋を出てしまわれた
もう、先生の行動もお見通しだ
火に飛び込む蛾が自分の身体を焼いてしまうが如く、危ない所に自ら首を突っ込んでは痛い目に遭われる
やれやれとは思いやしたが、一応、良順という和尚を紹介しやしたので、訪ねて行かれるんで御座いやしょう
ところが、事態は思わぬ展開となってしまいやした
先生が訪ねた先にいるのは、長耳が変装した偽の和尚、という手筈だったんでやすがね
堺に着いて良順を探していた先生を、若い二人の女が誘っていたというのも気になりやしたが
何より、本物の良順が現われちまった
降り出した雨から逃れるように二人は廃屋で雨宿りし、そのまま話をはじめたようでやした
そこで先生が聞いたのは、龍田と白菊という二人の少女の話
お揃いだと言いながらも、何をしても一番になってしまう白菊と、対照的に陰になってしまった龍田
遊女にまで身を落としたが、それでも看板女郎になり、いつでも光が当たっていた白菊
その白菊に身請け話が出たが、男の方に縁談が持ち上がり、相手は何ともうひとりの龍田
これも因縁なのでやしょうか
白菊は恋しい相手に自分の指を切って送るという哀しい廓の習いに従い、小指をその男に送ったようでやす
そして、祝言の夜、婚礼の真っ最中に火事が起こり、花嫁の龍田と花婿が黒焦げになっちまった
そう聞いて、先生は白菊がやったのか、と疑っておられたようで
良順は 「惚れた男を幼馴染に取られて、恨みと嫉妬の炎が焼いた、と思う方が救われる」 と言ってやしたが
そこから先の行方を聞くと、今度は名護屋で祝言をあげると知らせが来たと教えられた先生
元の依頼主であった名護屋の廻船問屋・金城屋亨右衛門のところへ戻ることになりやした
良順は、わざわざ知らせたのは本当は来て欲しくないからかもしれない、と言い、やめておくと
翌朝、先生が舟に乗り込むと、やめると言っていたはずの良順も姿を見せやした
それは、変装した長耳
先生が頼まれたのは人探しだ
その目的の人物が依頼主の元へ戻ろうとしているとわかったならば、先生のやることはもうありやせん
後は見届ければいいだけでやす
それで、これ以上深入りしないように、そして護衛の意味も兼ねて長耳を付き添わせやした
しかし、ここでも思ったように事は運ばず
先生の乗った船で火事が起きたんでやす
白菊が同乗していたんでやしょう
先生が名護屋へ来る頃には、全て済ましておきたかったんでやすが…
燃え盛る船から、先生は、岸で笑っている女を見付けたようでやす
堺へ向かう途中、風に飛ばされた笠を拾って手渡してやった女
綺麗だと見惚れた、その女が目の前にいる
「あの人は…何であの人がこんなところに…? 何故笑う? 私達を…火を見て…」
そこで、先生は 「まさか、あの人が白菊?!」 と気付いたようで御座いやした
一方、長耳はと言うと、一足先に岸に上がっていたのでそれから先生を助けに行こうとしたところ
どこからか現われた白庵と黒庵に阻まれて、水底に引っ張られてしまったんだとか
「邪魔させるわけにはいかないんだよ」
と叫んでいたと聞きやした
……嫌な感じがしやした
あの闇の目に、全てを見透かされているような……
さて、岸に着いてからは、金城屋を目指してひたすら走る先生
火に包まれる亨右衛門と白菊を想像しながらも、奴(やつがれ)のことを信じようとしてくれたようで
助けてくれますよね、と祈った声が聞こえた気がしやした
金城屋ではおぎんが白無垢姿の白菊に化けて亨右衛門の前に現われたところでやした
が、丁度その時、龍田から名を変えた白菊も屋敷に到着
手に小指があったのを見て、その女は本当の白菊ではないと、追い付いた先生が見破りやしたが時すでに遅く
屋敷の中で対峙する二人の女
亨右衛門は後から入ってきた白菊の顔を見て、「一日たりとも忘れたことはない」 と引かれるように近寄っていき
白菊はその亨右衛門の真剣さに後ずさり、やや狼狽していた様子
その手を取れば幸せになれるのか、お日さまが当たってくれるのか
けれど、自らが放った炎の中に本物の白菊の残像を見出してしまい
亨右衛門も本当は自分ではないもう一人の白菊を求めていたのではないかと怒り狂ったんでさ
抜いた短刀は奴(やつがれ)が錫杖で払い退けやした
「御行奉為」
そう唱えながらお札を投げ、これで御行が終わりかと思いきや、寸前で割って入ってきたのが先生
「この人は白菊さんじゃない!」
そう叫んだ先生にお札が張り付いてしまいやしたが、先生には大丈夫で御座いやした
しかし、思わぬことに気を取られた隙に、白菊が床に刺さっていた短刀を蹴り上げたのが目に入り
先生の身が危ういと慌てやしたが、短刀はお札を払い落としたに過ぎず、先生は転んだだけで済みやした
「自分は…この白菊は、影のまま光ったる!」
そう言い残して、炎の中に消えて行く白菊
後を追おうとしやしたが、白庵と黒庵が邪魔するように現われ、同じように炎の中へ消えて行っちまって
白菊を倒す絶好の機会だったものの、逃げた先の検討はついておりやす
問題は、その存在をちらちらと見せ付けるように関わっていた京極亭
難しいことになりそうで
だから……
「先生!」
心を決めてからその名を呼ぶと、先生は呼ばれたことだけに反応して、次の言葉を待ってらっしゃいやした
「そろそろ潮時かもしれやせんね」
それだけを言い残して、先生の前から姿を消したんでさ
後には、先生が奴(やつがれ)共を呼ぶ声が響いていたようでやす
突然のことに、呆然と取り残されているであろう先生のことを思うと胸が痛みやした
けれど、もうこれ以上、一緒に居るわけにはいかねえ
先生……と、心の中でもう一度お呼びしやした
それを最後にしようと、最後にしなければ、と思いながら……