■第1話 「小豆洗い」




あの百介とかいう先生と出会ったのは、偶然で御座いやす
雨の中、はあはあと息を切らしながら駆けて行きなさるんで、ちょいと気になって様子を伺いやしたら
たまたま、奴(やつがれ)がいた木の下で雨宿りなすったんでさ

帳面を落しそうになって、「ああ〜! 濡れるぅ!」 だの
灯りを見つけて、「やったあ」 だの
子供のような声を上げているのが妙に可愛らしく思いやしてね
どんなお顔をしているのかと後を付けて行きやしたら、そこいらの妖怪と勘違いなすったようで
「べとべとさんべとべとさん、前へお廻りを」
と、おまじないを唱え始めたんでさ

そんな仕草も小さな子供のようでして、面白くなってつい姿を現してしまいやした
すると、振り返った途端に奴(やつがれ)に驚いて足を滑らせ、坂を下って行っちまって…
崖から落ちまいと必死に駆けてお行きなさるのを見守っていやしたが
雨で地面が濡れていた事が災いしたのか、先生が足を踏み外してしまいやして
それで、寸でのところで手を貸して助けたんでさ

「えっと…どなたかは存じませんが」
「ご無事でしたか」
これが、先生と交わした最初の言葉でやす

その後ちょいと訳有りだったもんで、引き返すことを勧めたんでやすが
体力に自信がお有りでは無かったのか、遥か彼方への行程は諦めなすったようです
奴(やつがれ)共が仕掛けを施した “備中屋” で、再び顔を合わせてしまいやしたから

その屋敷には、山猫廻しのおぎんと、変装した鳥寄せの長耳もいやした
おぎんの肌を目の当たりにして声も出ないなんざ、先生はまだまだお若い
この御行姿を見つけて、「あなたは! 先ほどは有難う御座いました」
と、嬉しそうに声を掛けてきなすった時は、嬉しさ半分、呆れ半分ってとこでやすか
人の忠告をお聞きにならないとは困ったもので
折角、怖〜い目に遭わせないようにと気を遣いやしたのに
“小豆洗い” に詳しく、そこでようやく物書きの先生だとわかりやしたが
道理で好奇心が旺盛なはずで御座いやす

しかし、あのおぎんはちとやり過ぎじゃァないですかい
後ろから抱き付いて、「す・け・べ」 などと言いながら首筋を撫でるなんてェのは
先生も先生で、その腕を振り払わずにされるがままでいらっしゃる……
この時ばかりは柄にも無く、ちいとばかりむっとしちまいやしたがね

その夜は “備中屋” に泊まることになり、円海というお坊様と先生が一緒の部屋になりやした
先生の寝顔は可愛らしかったでやすね
部屋が違うのに何故知っているのか、ですかい?
……………内緒でやす……………
それよりも、仕掛けのひとつとして、円海には百介が弥助に見えるように細工をしたんでやすが
そのせいで突き飛ばされたとは先生に悪い事をしやした
それから御行の最中にも出くわしちまって、さぞかし驚きなすったことで御座いやしょう

山の中にほおり出して来ちまいましたが、風邪も引かずにお元気だったようでやすね
一仕事終えたところを見つけた先生が慌てて駆け寄って来なすったんでさ
今度は固い表情をお見せになっていたものの、会えて僅かに心が踊りやした
けれど、こちらの世界にはあんまり近寄らないほうが身の為
何をしていたか具体的なことまではわからなくとも、結果を見れば一目瞭然ってやつで
去り際に見た先生の顔は、奴(やつがれ)共が何者かと不思議に思っている風で御座いやした

「人の忠告を聞かないと、怪我しやすぜ」

それを、別れの言葉としたはずなんでやすがね……






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又市さんとモモたんの出会い編です〜(〃∇〃)
ちょっと小説っぽい萌え解説v
もう既に又さんは、モモたんの可愛さにかなりメロメロですv
あれはお別れの言葉のハズだったのに…離れられない運命の二人〜
これからの展開がまた楽しみです

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