C.E.71.6.28
「隊長!!ご説明して頂きたいっ!!」
ザフト軍本部からの召還命令によって、プラントに向かうクルーゼ隊長とアデス艦長。そして、赤毛のナチュラルの娘。
昨日の27日、クルーゼ隊長は、地球でのクルーゼ隊の隊員達と共に、地球から直接プラントのザフト軍本部にに向かわずに、軍港のドックに停泊している、クルーゼ隊旗艦ヴェサリウスに戻った。
隊長は帰艦の挨拶をクルー達に行い、一晩をアデスと過ごし、今日、軍本部へシャトルで向かうことになった。
艦長のアデスも隊長と赤毛の小娘の護衛兼随員としてヴェサリウスを後にして、シャトルに乗り
込んだ。
アデスは、クルー達の見送りを断わり、副官に後のことを頼み軍港のドックを出発した。
アデスが、何故、副官だけの見送りにしたのか・・・
部下達の沈黙のプレッシャーが、アデスには痛いほどよく判っていたのだった。
アデスは、シャトルに乗り込む隊長のお姿を、是非見送らせて欲しい、と言うクルー達がいることは、今迄の経験から十分推察できるのだが、今回限りは、隊長と、隊長が連れている娘をこれ以上見せたくはなかったからだ。
彼らの気持ちが痛いほど分かるから・・・
イザークに昨日「隊長を頼みます!」と言われてから、艦内で部下達に出会う度に敬礼を受ける。
確かに通常の行為とも受け取れるのだが、その瞳が違っていた。
更に声に出してまで、励ましてくれる古参の下士官までいたからだ。
艦橋から遠く離れた、推進機関部シリウスの者迄が、実際にクルーゼ隊長の帰還の有様を見たわけでも無さそうな者までが、「隊長を頼みます。」と声を掛ける。
それほどにまで、隊長が、「地球の女を連れて戻った」というスキャンダラスな噂が広まっていたのだ。
確かに「クルーゼ隊長のためならば命を捧げる」という、アデス艦長以下男らしい気概に溢れるクルー達ではあった。
スピットブレイクの失敗の折、救助艦としてナスカ級戦艦としては一番にクルー達から声を上げてくれたのだ。
アデスが「私がシャトルで地球に降りる!!」と宣言した時、副官達が、「貴方だけではありません、私達も隊長が心配です!!クルーゼ隊を救出にヴェサリウスで行きましょう!!」
と、声を上げてくれた時は本当に良い部下達を持ったと、感無量だった。
だが実際、隊長以下、クルーゼ隊は本国への帰還は認められず、負傷者のみの帰還となった。
我らも救助艦として、地球軌道上に待機をし、命令に従い高速艦の役目を果たした。
しかし、我がクルーゼ隊のパイロットの2人、ニコルとディアッカはMIAの指定が出たままだった。情報によるとニコルの戦死は確実だった。しかし、アデスは赤服のエリート隊員であっても、クルー達にも慕われていた最年少の少年の戦死は、彼らには酷く伝えられなかった。
そして彼らの救助もままならず、次のパナマ戦の為の人員やMS等を降下させる任務に就いた。
ただ救いは、アスランの敵MSを撃った功績が認められ、勲章が授与された。それに伴い特務隊として異動命令が出され、クルーゼ隊から離れて行った。
それがまだ救いだった。彼には出会うチャンスは又これからあるだろう、その時労いと祝いの言葉でも掛けようと思っていた。
再度のパナマ・ポルタ攻撃の為に更なる人員等の降下が決定された。
救出の代わりに、MS隊の追加作戦のために、地球降下軌道までやって来た時、アデスは周囲の呼び掛けにも気付かぬほど、艦長席から青い地球を見つめていた。
この地のどこかに?
――隊長!!
この母なる青い地球に――
どれほど隊長に出会いたいと思ったか、ご無事のお身体をこの腕に抱きたいと思ったか・・・・
それが、どうしてここに、この小娘がいるのだ!!
「隊長!こちらへ・・・」
と、出発後の安定飛行に入った後、アデスはクルーゼ隊長に小声で呼び掛けた。
そして、シャトルの最後尾の座席に来て頂く。
幸い、座席は半分も満たない、小声ならば・・
昨日から、聞く機会を逸してばかりいるこのことを・・・・
急がなくては、プラントまではすぐだから、早く隊長の真意を聞きたかった。
「ご説明して頂きたいっ!!」
一瞬口のきき方が強引だったか?と隊長からの叱責の言葉を覚悟した。
しかし、クルーゼ隊長の、すうっと私のほうを向く顔は無邪気に笑みを刷いていた。
毒気を抜かれてしまいそうになるが、グッと堪えて再度、言葉を口にするつもりが、先に応えられてしまう。
「心配するな、私の作戦上の大切な『鍵』だ、それ以上でもなければそれ以下でもない、ただ失くす訳には行かぬ。
お前に妬かれて嬉しいよ、アデス。」
隊長はいつもの白い手袋をした手で、私が膝に置き握り締めていた拳にそっと手の平をのせてゆっくりと、優しく撫でた。
二人とも無言の行為だった。
私が力を抜き手の指を緩めると、隊長は自分の指を私の指に絡めてきた。
私は思わず白い手袋を外すと、いつも冷たい指先を両手で、自分の手の中に入れるように、温めるようにして愛撫した。私の熱がその白い、綺麗な、冷たい指に移るように、温めるように・・・・そして、言葉がつかえた。
聞きたいことが聞けなくなり、代わりの言葉が零れた。
「お気をつけて、貴方の望みが叶うことを祈ります。そのために、私を、――私の命を存分にお使いください。
もう、地球ではありません、私がおります。ご心配なさらず。貴方に付いて行きますから・・・・」
背をかがめて、他の搭乗者に判らぬように隊長の両の指先を手の平に包み込み、甲の部分に口付けた。
それは私の精一杯の約束、誓約の言葉と所作だった。
シャトル内でなければ、人目がなければすぐに隊長の身体をかき抱き、口付けを交わしていただろう。
「感謝する。アデス・・・・」
「アデス、真実を知ったとき、後悔するかも知れぬぞ?」
その口付けを受け、隊長は小さく静かに応えられた。
「判りました、後悔する話を、今夜にでも私の腕の中でお願いしましょう、宜しいですね?」
「約束しよう」
「或るお方からのお誘いもお断り下さいますね?」
と、指を離しながら、あることを確かめた。それが大事だったのだ。
絶対、隊長を離さないだろう人物を知っているから・・・
「ああ、判った・・・くくっくく・・・」
少し笑いを噛み締めながら、手袋をはめながら、クルーゼ隊長は立ち上がった。
「隊長?」
「いや、今約束を思い出したんだ、アデス、お前に会いたいという男の言葉をな。良いな、それも・・・」
と、終わりの言葉を独り言のように呟くと、
「お前と出逢えて本当に好かったと今更ながら思うよ。」
と、少し腰をかがめて私の耳に囁いた。
低く、甘く囁かれて、アデスは不意打ちを食らったかのように顔が真っ赤になってしまった。
クルーゼ隊長は、そんな私の顔を見て、また笑いを噛み締めながら、私を置いて元の席に戻られた。
『お前に会いたいという男?』
謎のような、思い至らない言葉一つを残され、首をかしげた。
しかし、取り敢えず、あの方から隊長を取り戻せると思っていいのだろうか?
――隊長・・・・自分は必ず隊長の隣でありたいと思っておりました。旗艦の艦長としての自負もありました。
――隊長・・・・
貴方が何かを成し遂げる為の大切な『鍵』と仰るのなら、自分も、貴方の為にその『鍵』を艦長として、クルーゼ隊旗艦ヴェサリウスのゲスト、客人扱いと致しましょう・・・
――貴方の為に・・・