ユーレン・ヒビキ&ドクター × ラウ・ル・クルーゼ

小説 紫水様

 




 『天使が哂う罪と罰』






C.E.55.

遺伝子研究のメッカL4のコロニー『メンデル』

GARM R&D研究所 「高度遺伝生殖医療研究所」


職員食堂の片隅で研究所職員が飲料ディスペンサーのカップを前にして密談をしていた。

「今年入った新入りが2、3日前から姿が見えないって?」
「ああ、そのことでさっきヒビキ主任の所へ警察が来て、出かけた。聞こえたのは身元確認をというセリフだけだ。それだけで分かるだろう?きっと死体だぜ?」

「何だよそれは…話し飛びすぎ。」

「俺の夜勤の日のことさ、研究所は一応飲酒禁止だろう?なのに、E棟の関係者立ち入り禁止の部屋があるだろう、そこが開いていたんだ、少し光が漏れていてな、おかしいと思ってそっと覗いたら奴がいたんだ。

それも酒飲んでたんだぜ、パソコンの前で何かのデータだろうよ、変な笑い方しながら眺めていて、で、チョット薄気味悪いなと思ったんだ。

急いで所長に連絡しようと思ったところへ足音がして出て見ると、ヒビキ主任ともう一人いたな、俺に他の見回りを、と言って部屋の中に入ったんだ。」

「で?お前のことだそのまま行ってないだろう?」

「主任がなんてことをしたんだ!! 私がいないうちに!と、まあ逆鱗に触れたって感じで大声で叱り飛ばしていたなあ。」
「ふーん、じゃあ自殺かな?」

「さてな、ま、後ではっきりするだろうよ。俺が聞き耳立てていたってことは内緒だぜ?」

さて、俺はもう上がりだ、お前は夜勤か?何か分かったら頼むな。」
「ああ・・・・」



研究所の居住地区の奥まったある一室のドアの前に男がやってきた。

夜の10時頃である。人を訪れるには少し遅い時刻ではないだろうか?
25〜30歳前後か、白衣を着た若そうな研究所の職員のようだった。
ノックをし、返事も待たずにドアを開ける。

「もう大丈夫か?」
「ドクター?何ですか?こんな時間に珍しい、何か事件でもあったのですか?」

ベッドの上で本を読んでいた少年が微笑んだ。歳は8歳ほど、柔らかい金髪が細面の顔の周囲を縁取っていた。
驚くほど色の白い華奢な感じがする美少年だった。
だが、本から見上げた瞳は、鋭い意思のはっきり持っていることを窺わせる深い藍色を湛えていた。

「君にとっては吉報だ。奴が、研究所の奥にあるエネルギー施設の人工池で水死体で発見された。警察が引き上げて、検視、解剖の結果、泥酔しての溺死と判断した。事故死だと。」

ベッドの上で聞いていた、一瞬険しい顔をしたがすぐ無表情に戻った。
「そう、知らせに来てくれてありがとう、ドクター・・・」

「すまなかった。私は君を守れなかったからな、ヒビキ博士から君を託されていたのに・・・すまなかった。
寝ていないだろう?無理せず、睡眠導入剤を処方しようか?」

「私より、ドクター貴方に必要なようだ、私はもう大丈夫だから、おやすみなさい。」

とベッドから降りて、ドクターの背中に手を回しドアのほうに向けると押し出そうとした。
ドクターと呼ばれた男は、それでも心配そうに振り向きながら、もう一度尋ねた。

「ラウ、本当に眠れるな?」
「ええ、安心してね・・・・・だから、ゆっくり眠って忘れてください。」

ドクターと呼んだ男を追い出し、ラウと呼ばれた少年は、人工の自然ではあるものの、緑豊かに造園された窓の外を眺めていた。漆黒の闇に抵抗するかのように庭園灯が置かれていた。

「そうか・・・地球には月があったんだな、星も・・・一度知ってしまうと、もう元の何も知らなかった自分には戻れないか・・・当たり前か・・・だから人は空を、宇宙の先を見るのかな?」

「私を辱めたんだ、いくら、真実を確かめたいといって薬まで持ち出す奴なんて、科学者じゃない、学者は研究と称して、何でもやっていいのか?人間じゃないと知っている私に更に追い討ちをかけてくれた・・・」

「同等の報いを受けただけだ。
あんな池があるのも皆知らないだろう?私の後を付け回した報いだ・・・くくくっ・・・」

更に、同夜の日付がかわり・・・夜明けにはまだ少し時間があった・・・

少年の部屋のロックを外から解除し、一人の男が滑り込んできた。

「こんな真夜中に・・・いい趣味をしているね?ヒビキ・・・」

「眠ってなんかいないんだろう?ラウ、

片がついた、分かるなそれだけで、事故死と警察は判断した。
明日、奴の家族が遺体を引き取りに来る。
さりげなくしていろよ、顔は見せろ、いないほうが不審がられるから。

まだお前がらみの事件だとは誰にも知られていないからな・・・」

「ありがとう、ヒビキ。さっき、ドクターが知らせに来てくれた・・・」

部屋の明かりは全て消されていた。漆黒の部屋の中から声がしている。
まだ声変わりもしていない少年の声だが、何か大人びた、落ち着いた薄気味の悪さを感じたヒビキは眉を顰めたようだ。

ヒビキと先ほどから呼ばれているのは、この研究所の主任研究員のユーレン・ヒビキ博士だった。
「電気つけるぞ。」

「やめて!」

「駄目だ、こんな暗闇、お前が見えない。
ラウ、こんなことになって悪かったな、しっかり人選したはずだったのにな・・・」

暫く沈黙が漂っていた。先に口を開いたのはラウ少年。

「ヒビキ、私は、この後ずっとこの研究所にいるの?研究材料でしかないの?
もう、依頼主のアル・ダ・フラガはいないんだ。邪魔者でしかないだろう?
私がクローンだと世間に知られたら、貴方を、私が犯罪者にしてしまうんだ。」

「フラガ家の親族達は、私は存在しないものと扱った、クローンなど認めないと、当主が死亡したとたんに我が身可愛さのために私をここへ戻した。
当主そのもののはずだろうに・・・あの屋敷の執事だけが、葬儀の慌しさの隙にここまで送り届けてくれたから、命があったんだ・・・無きものとされていても誰にも分からなかったのにね・・・」

バチッと明かりを点けたヒビキはベッドの上で膝を抱えているラウを見つけた・・・
見慣れたポーズだった。両膝に頭を乗せ、肩を震わせている、これは声を殺して泣いている姿だ。

「泣くな。今回のこれは自分で決着をつけた、そのお前が・・・
今更とやかく言わないよ、彼が悪いのだからな・・・」

「お前は、政治経済のことが知りたいと勉強していたじゃないか。シュミレーションで、100社のオーナーになったと言ってくれたじゃないか。
どこかの国で、クーデターを起こさせ、政権移譲させて月でのレアメタル類の採掘権や何やら手に入れたと、きな臭い話までしていたな?」

「ただのゲーム・・・でしかなかった。私はアルや貴方が地球の政財界に力を持つ財閥だから、その後継者になるのだから、と言うから、そうであろうとして来たんじゃないか。
彼その者であろうと・・・」

「だが、人間だと、跡継ぎだと認められなければ私はナニモノなのだ?

地球には奴の本当の、人として、喜びの褥から産まれ出た、誕生を望まれた、本当の人が、跡継ぎがいた。
親譲りの明るい金髪と、明るい青い瞳の、大らかな健康そうな、息子がいた。
私の手を取り、名前を呼んでくれ笑い掛けてくれた。
偽りの名前を・・・真実を知らないから出来たのだろうと思っている。

ヒビキ、私はお前に作り出された、ナニモノなのだ?」

「ラウ、何かしたいことがあるのか?」

「わからない、ここには居たくない。皆の目が私をいらないものとだと見ているのだ。
薄気味悪いモノと・・・」

「ヒビキ、これ。」

長袖の手首の部分を折り返した。そこには真新しい圧迫のためのテープが巻かれていた。

「またか!リストカット・・・地球から戻って来て発症して・・・、最近なかったから落ち着いたと思っていたのに・・・この事件か?原因は・・・」

「大丈夫、流れ出る血の色が赤いのに安心しているだけだから・・・くくッ・・・
すぐ綺麗に直してくれるじゃないか、この研究所の職員は・・・
面白いね?昔は、傷跡が残ったんだって?再生医療も面白いかもね・・・」

ラウ・・・と呟き、ヒビキはラウを抱き締めた。ベッドに腰掛け、彼を腕の中に抱え込むようにすっぽりと抱く。
金色の髪に指を入れ梳く、手のひらで頭を撫でる。人が、我が子にするように・・・
愛しく、優しく・・・そして、何度もその金の髪に口付け、おやすみの挨拶のように金糸をかき上げ額にキスを落とした。

「ラウ、お前を愛しているよ、お前は私のものだ。そうだな、ここでなくても生きて行ける・・・考えよう・・・」
「ヒビキ、私より、後何ヶ月かすると君が本当に待ち望んだ、人工子宮での最高の子供が誕生するそうじゃないか。
・・・それも、実の子が・・・よかったな、ヒビキ?」

はっ!と、腕の中のラウを見る。
もうそこには、泣き顔を見せていた儚いラウはいなくて、落ち着いた大人びた口調で話す、冷たく微笑んでいる少年がいた。
「おやすみ、大事な我が子を見てきたらどうだい?私はもう寝るから・・・」

ドクターにしたようにベッドから降りて、声もなく立ち尽くしている男の背中を押して、部屋から追い出した。
そして、又、漆黒の闇に戻した。


「もうすぐ明るくなる、定時に、朝というものが来る、それまでこうしていよう・・・この暗
闇が私にはお似合いなのだろう・・・」










C.E.55.5.18

そして、運命の日が来る。
待ち望まれた、最高のコーディネーターの誕生の日がやってきた・・・

それは又、研究所で、研究材料として一生を送らなければならなかったラウにも運命の日がやってくる。


ある日の夕暮れ、ラウの部屋に慌しく入ってきた男、数個のバッグを持っていた。
いつもの白衣姿ではなく背広姿だった。

「ドクター、何?その荷物は、出張?」

「ブルーコスモスの襲撃の恐れがあるから、お前を連れて行けと、今、ひびきが連絡をよこした。早く支度しろ。カード類と、いつもの薬は必ず、大事な物だけ入れるんだ。」
「何処へ逃げるの?」
と言いながらかばんに詰めだす。

「この部屋の住人がわかる様な物は持ち出すんだぞ、残しておくな。
研究所のお前のデータは早めに転送したり、持ち出してあるからないと思うが・・・ラウも他に持っていないな?
コンピューターのハードディスクに残っていないか?」
「ドクター、こうすればいいのさ、研究所の備品だ。」

と、荒っぽく壊しにかかった。内蔵されてていた、怪しいと思われるチップ類や、ディスク類を出して残りはダストシュートの中へ無理やり押し込んだ。

「ラウ、お前だけの秘密の通り道を教えてもらおうか?
帽子被って髪隠せ、それとそっちのジャンパーにしろ。子供がロングコートを着るか?」
「やかましいなあ、似合うと言って、スーツと揃えたのはドクターじゃないか。
これじゃあ貴方の子供だ。」

「今だけだ、我慢しろ!
私は、ヒビキにお前を託されてから、親だと思っているがな。未婚の俺には大きい子供だ。
お前は、私をうるさい奴としか思っていないがな。
口答えはするし、大人を大人と思っていないし、何処にでも邪魔をしに来るし、マル秘データさえヒビキからねだって来るし・・・まったくなんてガキだ・・・」

「ふん!貴方達が招いた疫病神だろう?」

不意にドクターが、ラウの小さな身体を抱き締めた。
胸の中に埋められて身動きが出来ず、ラウの悪態が止まった。
ラウの金色の髪に何度も接吻して、苦しげに告げる。

「・・・ラウ、大丈夫だ・・・今回は絶対逃げて見せる・・・お前の運命とやらからな。
新しい一歩をお前にやるから・・・てっ!!お前!!」

ラウは、自由になる足でドクターの向う脛を蹴り上げた。

「ふん、止めろ!
でも…信用させて下さいね、ドクター?」

と、言いながら、一度離した身体を寄せて、ドクターの首に腕を回すと引き寄せ、背伸びをし
ながらドクターの頬に軽く唇を寄せた。

「ラウ!」
「ふん、早くするんだろ?私はもういいぞ。」

そっぽを向きながらそう告げるとさっさと荷物を持って部屋の外に出た。漸く、お互いが文句を言いながら支度を終え、部屋にロックを掛け立ち去った。

ラウは暗闇の中を上手に走りぬけた。まるで熟知しているようだった。
密かに研究所を抜け、人工池のほとりを回って、エネルギー施設の裏手からエレカを呼びドッキングベイに向かった。

「間に合ったな、ヒビキが、私とラウがプラントの本国のディセンベル市で暮らせるようにと手配してくれていたんだ。いつでも行けるようにと、あの事件後にね・・・」

ちょうど、プラント本国行の貨物輸送船に乗り込むことが出来た。急ぎの旅行者として・・・
幸いにもここまで暴動の火は広がってはいなかった。


そして、予想通り数日後「メンデル」では、GARM R&Dの研究所がブルーコスモスと名乗る武装集団に襲撃された。

そのころ、地球ではS2型と呼ばれる、新しいインフルエンザが蔓延しており、コーディネーターによる、ジョージ・グレン暗殺の報復行為、ひいては、ナチュラル殲滅作戦であるという噂が一世を風靡していた。
コーディネーター産業の要のL4も暴動の標的の一つにされたのだった。


一方の、プラント本国のディセンベル市でラウとドクターは新しい遺伝子研究所を開設することになった。
プラントとしては後発のディセンベル市は、学園都市風の新しい街で、様々な教育、研究施設などが作られつつあり、その一つが増えただけで、それほどひどく目立つことはなかった。
ラウはまず髪を今までより更に伸ばし、一見して、どんな記録映像類を見てもアル・ダ・フラガ本人と察知されないようにした。

そして、かつて、地球のフラガ邸を訪れた時から不思議に思っていた事、アル・ダ・フラガの個人照合に、同時に二人存在すると、何故ひっかからなかったのかという事を・・・
誰かがデータを書き換えたのか?それともわずかに違っているのか?

医学方面に意欲が涌いて来た。
ドクターは勧めた、しかし、それが間違いだったと知る時が来るのは意外に早かった。

更に、今までドクター達に聞いてもはぐらかされていた、自分自身の遺伝子、DNAなど、そして、アル・ダ・フラガの個人資料などロックが掛かっていたものがこの騒動で、この研究所にデータとして保管されたのだ。
検査されながら、自分で検査結果が手に入り自分を知ることが出来ることになったのである。

そして、知る。命数を。

クローンの欠陥の一つ「テロメア」が解決されていなかったと・・・

これが新たなる一歩だった。アル、ヒビキへの復讐から、人への、世界への復讐の一歩を踏み
出した・・・




すこし元へ戻る。

L4コロニーの研究所も何とか元通りなったころ・・・ヒビキ博士が、辛くも逃げおおせた事が幸いした。

ディセンベル市のある朝、朝食も終って、珍しくテーブルを共にしている目の前のラウに告げた。
「ラウ、最近の噂を聞いているか?」
「何?ドクター、昨日のヒビキとの連絡で何か聞いたの?」

「L4コロニーのエネルギー施設の後ろにある人工池には、金色わっかを付けた白い天使が舞い降りてくる…ぴょんぴょんと楽しげに踊っている…金色わっかの白い天使と一緒に踊ると・・・天国に逝ける…」

ドクターは、マグカップを口元に添えたまま、眼をラウに向けたままそう言った。

「ふーん?面白いじゃない、天使って何?天国って?」
「そんな話がL4で囁かれているそうだ。それだけだ。」

食器を持って流しに向かうラウがふと振り向いた。
にやりと唇の端をゆっくりと引き上げて言った。

「ドクター覚えている?持っていたんだよ。長い、白い部屋着を。

そして、私の秘密の通路を通って逃れたよね?あの夜、最終の貨物船で逃れた。
あの秘密の道は人工池に通じていた・・・

貴方の思っている通りだよ。でも、ヒビキと、貴方と私だけの秘密だよ。」

「わかっている、心配するな。
ただ・・・そんな話を流している奴は誰だろうってね、思ったんだ。」
「案外と天国とやらから、メールでも届くのかな?」

ラウは、意外にも二人分の食器を洗いながら上機嫌に口ずさんでいた。

二度と思い出したくもない事件だっただろうに、と、ドクターはこの話をすることをためらっていたのだが・・・
酷いと思いながらも、彼がどんな答えを返すのか知りたかったのだ。

後姿を眺める、金色の柔らかく波打つ髪、伸ばしだして気が付いた。毛先が柔らかく巻き毛になるのだ。色は薄めの金色、眉も睫毛も、体毛も金色だ。色白の身体を持つ、瞳は藍色に近い青い宝石。
黙って、見詰められれば、初対面の男など、可愛い人形にしか見えないだろう・・・

研究のためにと、偽りの言葉に塗り替えた、欲望を募らせた男の非人道的な行ないは死に値する。

だが、欲望の結果、彼を作り出した、我々は・・・?
研究資金を欲しがったヒビキ、自分しか信じず、自分自身を望んだアル・ダ・フラガ、そして、新しい研究結果を、名声を欲する研究者達・・・

彼を検査漬けにしている我々は、死んだ男と何処が違うと言うのだろうか?
自嘲の笑いが浮かぶ。

『私の元にいるこの天使は・・・私を、ヒビキを、何処へ連れて行くのだろうか・・・
確かなことは・・・天国ではないな・・・なあ?・・・』


「L4コロニーの池には金色わっかの白い天使が舞い降りる・・・ぴょんぴょん楽しげに踊っ
ている・・・金色わっかの天使と一緒に踊ると・・・天国に逝ける・・・
くくくっ・・・」


天使が哂っている・・・







少年ラウの物語りをありがとうございます//
紫水さんは、SEEDの年表を詳細に研究されて書かれていてv
このまま原作にしていただきたいくらいですv
クルーゼの絶望が儚くて美しくて…
そして尽しつくしたくなる程にカッコ良いです(∋_∈)//
美少年ラウたん…アニメでも見てみたかった///



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