悟浄×三蔵

小説 スフィア様









心の中で枯らすと決めた。芽生えた日からの揺ぎ無い誓いだった。


  「グッバイ、マイワールド」



「雪だ」

今年初めて見る雪に、思わず声を上げていた。
部屋にいるもうひとりが気だるそうに窓の外を見遣る。少しだけ遠い目をして、すぐに 伏せた。

お前の考えてることは、分かる。表層と、深層と、間逆のことを思っているんだろ。
自分をどっちにも据えられない、中途半端な奴だから。
そんな不器用な位の潔癖さにどうしようもないほど揺さぶられるこの感情を、どれだけ 長い間持て余して来たのだろう。

窓の外を覗けば、音もなく降る雪。地面に吸い込まれるように、あんなに容易く溶けて しまえるのに。
勢いを増し降り続けるならば、やがて息苦しいほどに積もっていく。全ての道を塞ぎ、 この場所に閉じ込めるように。
・・・そうだ。俺はあの日以来動けなくなった。狂おしい何かに、この身体中を縛られて。

「お前・・・雪見てて楽しいの?」
ややあって、奴が呆れたように言った。
「さあな」
俺は曖昧に笑って、瞳を閉じる。
「いいね〜。何か簡単で」

・・・簡単だ。

馬鹿みたいに簡単なことを、お前は理解できない。
何て、哀れなんだろう。
俺はゆっくりとカーテンを閉めた。
・・・そういえばさっきから妙に息苦しい。この空間の閉塞感がひどい。
奴の苛立ちが伝わってきた。吸いかけの煙草が無駄に灰皿の上に積み重なっていく。・
・・やり場がないのだ。
こういう時奴が逃げ込む場所は知ってる。
そして奴は真似事をする。もしくは割り切ったつもりで嘲笑う。自分自身を。
「俺、ちょっと出てくるわ」
しばらくすると、案の定、奴はそう言って身支度を始めた。
ベッド脇のサイドテーブルの上、残り僅かなタバコを拾い上げ無造作に握り締めると、 そのままドアへと向かう。
見送るでもなく、ただ何となく背中を見つめた。ドアが閉じる様もそのまま見つめた。


・・・無愛想なドア。
奴の行き先をあれこれ想像して、不必要に精神をすり減らす時期はとうに過ぎている。
・・・きっかけは何だったのだろうか。
ひどく当たり前な風景の中にあった気がする。少なくとも劇的ではなかった。
ふと、気づいたのだ。
ああ、こいつの矛盾は何て愛しいのだろうと。
できるなら、この身の全ての力で抱きしめたいほどだった。
けれど、奴はそんなことを求めてはいなかった。むしろ心の底から憎悪していた。だから俺は、この衝動を枯らさなければならないのだ。
無益どころか有害なこの感情を。

「何をやってるんだ・・・」
もう幾度となく自分自身に言った愚痴を今日も繰り返す。悲劇を気取るにはあまりに滑稽すぎた。
苛立ちを誤魔化そうと煙草を探したところで気づく。
「あいつ・・・」
さっき奴が出がけに持っていった煙草。
「俺のだ、バカ」
もういない男に、舌打ち交じりに毒づいた。




煙草がないなら酒。
馬鹿みたいに単純な発想で俺は酒場に向かう。
未だ雪は降っていたものの、その勢いは和らいでいて、逆に少し触れる冷たさが心地いい位だった。
馴染みの街ではないから、昼間少し歩いた時の曖昧な記憶を何とか掘り起こしながら目的の場所を探す。
もう夜半を過ぎた時間ということもあるだろうが、人影はあまりない。
眠るのが早い、ある意味健康的な街だ。・・・不健康な俺には物足りないことこの上ない。

だが、どことなくうらぶれたこの雰囲気は嫌いじゃなかった。
安っぽい希望は洗い流され、無色透明な現実だけがただ然として横たわっているような、この感じ。
俺はそれなりに楽しみながらそれなりの遠回りをして、漸くひとつの酒場を見つけた。

古びた木製のドアを開ける。
薄暗い店内が煙草の煙で澱んでいた。

客は三、四人程度。皆他人を避けるように疎らに座っている。
ふと左手カウンター奥に目をやると、見慣れた背中があった。嫌と言うほどに見慣れた。
・・・可能性としては、あって30パーセントくらいのものだと思っていた。
幸運なのか、不運なのか、分かりかねて俺は思わず苦笑する。
ドアが閉まる音に弾かれて奴がこちらを向いた。驚いた顔をして、その後、すこし皮肉 さの混じった顔をする。
俺はそれに導かれるように店内へと足を進め、奴の右、少し距離をとった場所に座る。

「どういった風の吹き回し?」

「何がだ」

「お前こういうトコ嫌いだろ」

「タバコがきれたんだ」

「あー俺が持ってっちまったもんなあ」

・・・確信犯か。

俺が苦い顔をすると、奴は笑いながら「一杯目は驕るから許せよ」と言った。
さっきよりは幾分柔らかい雰囲気になっているのか。だが、どこか不安定な雰囲気を持っていた。
何かきっかけがあれば大きく崩れていきそうな危うさ。俺は奴の横顔を見る。平静さを装った無表情がそこにはあった。

綱渡りだ。奴はいつだってそうだった。それなのに、自分は全て達観したと思っている感があるから厄介だ。
・・・こんなガキ、見たことないというのに。

俺は出された酒を喉に流し込んだ。喉にやけつくアルコール。味は好きな方だ。
奴はさっきから強めの酒を次から次へと飲み干している。
俺はそれをあえて止めなかった。つぶれたら連れて帰ってやるか、くらい考えながら。
そして、しばらくは会話もなくただ黙々と互いに酒を口にしていた。
こういう沈黙は嫌いじゃない。
宿で同室になるときも、こんな風に会話はほとんどない。
その時間が、自分でも笑えるほどの安らぎだった。けれど。・・・その一方で止まない苦痛でもあった。
俺は自嘲気味に笑って、何杯目かのグラスを傾ける。
ややあって、不意に奴が口を開いた。

「お前さ、今まで俺が何処行ってたか分かる?」
気軽な口調に乗せて、奴が俺に問いかける。
その台詞は俺には予想外のもので、かつ、不可解なものだった。見ると、奴はこちらには目もくれず、ただ前を見ながら言葉を続ける。
俺は無言を返す。
「女とさ、セックスしてたんだよ」
無味乾燥な言い方。不自然なほどに抑揚がない。
「だろうな」
俺は呆れたように言った。そんなことは知ってる。
すると、奴が鼻で笑った。
「今日の女さ、すっげえ汚ねえの、そこかしこ。一見綺麗で清楚なお姉さんなのに、フタ開けてみたらもう、ぐっちゃぐちゃ」
そして。
奴の口からおぞましい表現が次から次へと飛び出す。
俺は不快感に顔をしかめた。奴の言葉は止まない。酒に酔ってるのか、奇妙なほど饒舌
だ。


・・・足掻いていた。汚い、汚いと、奴が罵っているのは、誰よりも自分自身だった。
だからガキなんだ。
そんな誰もが知ってる矛盾を、どうしても許せない。
不安定で不完全で、こんな男をどうして放っておける?
だから俺は言った。
「汚いのはお前だろ」
奴の言葉が止む。俺は奴が欲しい言葉を与えたのだ。
「お前の気色悪い話なんざ聞きたくもねえ。反吐が出る」

立ち上がり去ろうとすると、左腕を掴まれる。振り返ると寒気のするような微笑を浮かべた男がそこにはいた。
皮が剥がれ、むき出しになった本当の顔。俺が愛して止まない表情。俺は思わず見惚れる。
「そういえば、お前ってセックスしたことあんの」
下から見上げてくる目不気味な光を宿した。
「いつも澄ました顔してやがるよなあ。お前がイク時ってどんな顔なんだろうな」
見てみてえなあ、と呟いて喉の奥でひどく愉しげに笑う。
俺は手を振りほどいた。
そして、カウンターテーブルの上に残されたグラスをとり、その中身を奴の顔にぶちまける。
「死ね」
言い放ち今度こそ立ち去ろうとしたその時だった。
尋常じゃない程強い力で腕を引かれる。そのまま店の外へと連れ出された。


俺はこの時もしかしたらこの後の展開を全て予想していたのかもしれなかった。
予想して、それを望んだのかもしれなかった。
だから、奴の怒りを煽るようなマネをした。




引っ張られ連れて来られたのは酒場横の路地だった。ひどく狭くて、薄汚い。
雪はわずかだが未だ降っていた。少し積もったそれが足に纏わりつく。
コンクリートの壁に身体を貼り付けられた俺は、その冷たさに思わず身体を強張らせた 。

「ここでいいよな、めんどくせえし」
言いざま、俺の首筋に奴が顔を埋める。右手が衣服の中を彷徨いだす。
さっきから全身の力全てで俺は奴から逃れようとしていた。でも、それを奴は左手だけで難なく封じてしまう。
こういう時に奴と俺との「違い」を思い知るのだ。そして己の非力さも。
「てめえがこんなに悪趣味だったとはなッ」
「ホント。多分俺頭腐ってるからもう何でもいいみたいなんだよね」
だから悪いけど相手してね、などと笑いながら言った。妙な無邪気さに怖気を震う。
そして奴は行為を再開した。首筋に舌を這わせ、そのまま下へと移動していく。
「やめろッ、離せッ」
俺の手を壁に押し付けている奴の左手の甲に、俺は目一杯爪を立てた。奴の顔が一瞬苦痛に歪む。
俺は尚続け、爪が奴の肌に食い込んでいく。だが、それでも奴の手は固く解けない。
その次の瞬間、身体に言い得ぬ感覚が走り抜けた。
「・・あ、あッ」
俺は思わず声を上げてしまう。自分の声ではないかのような甲高さに俺は気持ち悪さを 覚えた。
「何その声」
嘲るように言い、
「やらしー」
囁くような声を俺の耳に流し込んだ後で、ねっとりと舌で舐る。俺は強く唇をかんで声を押し殺した。
奴の行為はひどい暴力で、悪意に満ち満ちている。そのあふれ出る黒い渦に飲み込まれそうになって、俺はどうしようもなく立ち尽くした。
眩暈で目の前がチカチカする。奴の息遣いや、鼻につくアルコールの臭いや、それら全てが脳を蝕んでいく。・・・陥落しそうになる。
それが悪意でも何でも、受け止め抱きしめたくなるのだ。悲しいほど。
俺はつくづく頭がおかしいんだな。
そう思ったら思考が妙に冷えていった。そうだ、おかしいんだ。冷静さを少しだけ取り戻す。

「は、なせッ」

そう言って、俺は右ひざで奴のみぞおちを思いきり蹴り上げた。これにはさすがの奴もうめき声を上げ、その場に蹲る。
俺は荒れた息を整えながら、奴を見下ろした。奴はギラついた目をこちらに向け、口元だけ歪めて笑う。
・・・奴が求めているのは「抵抗」だ。そして、奴の全てを否定し、完膚なきまでに叩
き潰すことだ。

奴が今それを俺に求めるのなら、俺はそれに応えなければならない。

なぜなら。

簡単なことだ。

俺は奴を愛しているんだ。

「何興奮してんだ、気持ち悪い。自慰なら勝手にやってろ。俺を巻き込むな」
吐き捨てれば、奴が不気味なほどゆっくりと立ち上がる。
そして、そのまま身体を強く押され、再び強く壁に叩き付けられた。
背中に走る痛みに、思わず声を上げる。
「見せてくれよ、お前のやらしくて汚い姿」
ひどい言葉を使っていても、悲鳴を上げて苦しんでいるように見えた。
「てめえじゃねえんだ。ご期待にはそえないな」
すると、噛み付くように口を塞がれる。毒を流し込むようなそれは、キスなどでは決してなかった。
ただ舌で舌を弄られる。息苦しさが襲い、口の端から唾液が伝う。
そのままの状態で不意に奴の右手が不穏に動いた。そして俺の下半身の衣服を剥ぎ取ろうとする。
血の気が引いた。
「やっ、やめ、ろ、んんッ」
言葉を紡ごうとすれば、再び口を強引に塞がれる。肉食動物の捕食のような乱暴さとえ げつなさ。
ジッパーの下がる音がした後、手が滑り込んできた。
俺は喉の奥で悲鳴を上げる。思考が割れたガラスのように散り散りになり、その後は真っ白になった。
精一杯もがいても、それは抵抗として形にもなっていない。
奴の指が蠢き、それに反応するように声を上げる。
それを止められない己に対する自己嫌悪さえ徐々に薄れていった。
「お前、今自分がどんな姿か分かる?」
ひどく下卑た声。耳元から不快感が広がる。
「男に弄られて、ひでえ声上げてさ」
「あ、ご、ごじょ、う」
「顔もすげえやらしい。こんな顔初めて見たけど、似合ってんじゃん?」
「や、めろ」
「俺の目も節穴だよなあ。こんな面白い玩具、近くにあったのに何でこれまで気づかなかったんだろうな」
「も、う・・やめろッ」
「やめねえよ」
低い声で言い切ると、弄る手は手酷さを増した。
縋り付きたくなる身体を、精一杯の力で背後の壁に押し付ける。
そして、身体の中から波が押し寄せ、俺は奴の手に精を吐き出した。
最後の瞬間、声を出すまいと噛んだ唇が切れ、血が流れだす。
目前には奴の顔。ひどく冷えた無表情の下に僅かな焦燥を見つける。何泣いてるんだよ。
お前が傷ついてどうするんだよ。
勝手な奴だな。
・・・俺は奴を押しのけた。
「・・・満足か?」
口元の血を拭う。
「まだ・・・物足りないかな」
そう言い、奴は俺が奴の手に放ったものを俺に見せ付けるようにして舐め上げた。
俺が思わず顔を背けると、奴は声を上げて笑う。



・・・そして。
立ち去ろうとした俺の背中に奴の言葉が降りかかった。
「なあ、あまりに面白いからさ、俺専属の玩具になってよ」
愛が憎しみと同義な男にすれば、これは一種の告白に違いない。
振り返れば、その表情は相変わらずどこまでも冷え切っていて、口元に浮かぶ微笑がいっそ禍々しかった。
深い深い、消えることのない憎しみ。
そうか。だったらもう穏やかに静かに想う事は許されないのだ。
「願い下げだ」 降り積もった想いは、熱に焼かれ蒸発して消える。


雪の下に眠っていたのは破滅的な末路だった。






くはあ(≧□≦)またまた素敵な53小説をっっありがとうございます////
ある意味三蔵の赦しに甘えるしかない悟浄のもどかしさがたまりません//
ほんと、何泣いてるんだよ(照)そして三ちゃんそんなに甘くてどうするのvvv
痛々しい二人…身を切る空気と汚れた世界の中で
でもそこに熱い血の流れる生命があって、心が向き合っているなら
破滅的な末路なんかいつか突き崩せるはずです//
ゴジョりんっ!がんばるのだああああっっ


 

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