いつの間にか隊長のことを考えている自分がいる。
そして、気が付いた。
私は彼のことを何も知らない。
彼の隣りに立って、どれ程の時間が過ぎただろう。
その姿を見て、言葉を交わして、貴方を見つめ続けてきた。
なのに私は未だ彼が背負うものの重さの一億分の一もきっと理解していない。
それは私の理解力不足のせいばかりではなく、彼が無意識の内に隠しているせいもあるだろう。
弱さなんて見せたがる男はいないだろうが、彼はその思いが人一倍強い。
そんな弱さを私には見せて欲しいと思う。それを望むのは何故なんだろう。
そんなことを思っていた頃だった。
彼の作戦が一人の連合軍MA乗りのせいで崩れたのは。
彼の判断が一瞬でも遅ければ最悪の事態にも陥っていたであろうことを考えると不幸中の幸いではあった。
だが、私にとっての不幸中の不幸。それは彼が呟いた、たった一言。
それはMA乗りのファーストネーム。
随分と憎らしげに呟かれたが、そんな顔をする貴方を私は知らない。
「…はぁ…」
コントロールルームのほとんどのクルーが休憩に入り、静かになったそこで隊長が短い溜息を零した。
彼は私の座る椅子に片腕を乗せて寄りかかっていて、恐らく私しか気付かなかっただろう。
私は彼を振り返り、その表情を伺うように彼を見上げた。
自分が小さく零した溜息に気付かれると思わなかったのか、隊長は少し驚いたような顔をしてから苦笑を浮かべていた。
珍しいことにそれがひどく不器用に見えた。
「どうかなさいましたか?」
恐らく、訊ねて欲しくないであろうことを訊ねてみる。案の定、彼は一瞬、目を逸らした。いや、仮面で目は見えないのだが、そんな気がする。
「いや、何でもない」
予想通りの答え。さして残念ではないが、違う答えを渇望する。今、貴方の本音が聞きたい。
貴方は今、何を思っているのだろう。
「隊長」
名を呼んで、再び交わった目線を今度は逃すまいと真っ直ぐに見据えて捕らえる。
その捕らえた目が憂いを含んでいたと思うのはきっと間違いではない。
ただ、それを取り除きたくてじっと見つめ続けた。
「…アデス」
「は…」
「私に踏み込むな。…許しそうになる」
閉ざしたはずの心。閉ざされるべき心。その心の扉を開けようとした私。来るなと言いながら私の手を引く貴方。
許しそうになる、なんてとっくに許してくれているということでしょう。
仮面とポーカーフェイスで本心を隠して、構うなと突き放せばいいのに貴方はそうしなかった。
私に憂いを見せた、貴方の責任。
「申し訳ありませんが、その命令には従えそうにありません」
「…まったく、お前は…普段は従順なくせに何でこんな時に融通が利かないんだ」
「こんな時だからこそ、ですよ」
譲れない。そんな時に融通なんて利かせていられない。
一歩でも引き下がれば、僅かでも目を逸らせば、貴方は容易く私からすり抜けていく。
そんなのは御免だと思った。
「…後悔するぞ」
「するかもしれませんね」
「幻滅や絶望もするだろうさ」
「そうですね」
「…お前、正気か?そう思うくせに何で…」
素直に肯定する私を貴方は少し面白く無さそうに見下ろす。そんなことない、と言うだろうと予想していたのでしょう。
確かに本当はそんなことないって知ってますけどね。
「私は貴方の本心に触れたい。それが後悔であれ、絶望であれ、それこそが私の望むものです」
まさか自分が貴方を押し黙らせる言葉を口に出来るとは思わなかった。
貴方は言葉を無くしたまま、私を見つめ続ける。そして、しばらくして口を開いた。
「…分かった」
隊長は瞬時に周囲を見渡してから誰もこちらを向いていないことを確認すると私に瞬く間のキスを落とした。
今度は私が言葉を無くした。
「何て顔をしている。私の本心が欲しかったのだろう?」
柔らかく笑う貴方。その顔が本心なのか否かは見極められなかった。
それでも。
「…貴方は私の本心など見抜いておいでなんでしょうね」
「お前は分かり易すぎる。お前のが仮面くらい必要なのかもしれんな」
そうですね、と言葉を返そうとした。だが、その前に隊長の言葉が続けられた。
「だが…私もありのままのお前を望んでいるようだ」
そんな言葉を残して隊長はコントロールルームを出ていった。私が言葉の意味を問えないように。
お互い、好きだとも愛してるとも言っていない。
なんて、曖昧で不確かな。けれどもそれこそお互い様で。
確固たる愛なんて知らない。永遠の誓いなんて交わさない。
ただ、今宵、貴方と二人きりで幸せだと思えたなら、それで充分じゃないだろうか。
私はそれだけを確かめに席を立つ。
貴方へ踏み込む、その為に。
END