◆4



「なあ三蔵…この後さ…もう一軒くらい毛色の違う店で飲んでみたりしねえ?」
「毛色の違う店?」

俺の唐突な申し出に、折角落ち着いたこの店を気に入っていた三蔵が、怪訝そうな顔を向けてくる。
ここが肝心だ。慎重にコトを進めなくちゃいけない。

「そ。三蔵法師サマなら絶対行かないような店だな。まあ社会見学っつーか。三蔵一人だったら絶対行かないようなトコを、この際覗いてみるってのはどうよ? 別にそこで楽しもうとか遊ぼうとか言うんじゃ無くて。そういうトコがどういう所なのか、一度くらい知っておくのも何かの役に立つかも知れないだろ? 行ってちょっとどんな所か見て、酒の一杯でも飲んで出てくるだけで良いだろうし。どうせこんなに一つの街に居続けるなんて、もうこれからあんまり無いだろうし。まあ俺サマのテリトリーを、今回特別にご案内〜♪ってな。奢りついでのサービスってやつ? 行ってみるのも一興ってもんだろ? な?」

俺は内心冷や汗をだらだら流しながら、表面上は知的な会話でもしているような、クールな空気を必死に保とうとしていた。
矢継ぎ早に畳み掛けるように話しを進めたのは、三蔵に《フン…くだらねえ》と言われてしまったら、そっから先は交渉の持って行きようがなくなるからだ。

「フン…てめえのテリトリーか…」
三蔵の心に引っ掛かりを作ったのは、《テリトリー》という言葉だったらしい。

「てめえがそんなに馬鹿になっちまった原因が解明できるかも知れんな」
って、そんな理由かよ!
がっくりしながらも、少し行く気の起きかけている三蔵の気分を逃しちゃいけないタイミングだ。

「んじゃ、ちょっとこれから行ってみようぜ」
「だが騒がしい所は御免だ」
「んな所にあんたを案内するかよ。まあ俺サマにまかせてくれって」

カウンター越しに清算を素早く済ませると、三蔵が付いてくるのを確認しながら、適度な早さで歩を進める。目星をつけておいた店は、先ほど通って来た繁華街の中央奥だ。

「こっちだ」
また三蔵をかばいながら客引きを上手くかわして、曲がり角に立つ黒服の客引きに声をかける。

「紅華の紹介なんだけど」
先日、提丹の店で知り合った美人の名を出せば、奥まった店構えの一見お断りクラスの高級クラブの店内に、すんなり通された。

けばけばしさの無い、けれど高級感漂う店内。大ぶりの花瓶に生けられた花々が、店内の空気を落ち着いた香りで満たしている。照明も明るめに保たれていて、調度品もセンス良く落ち着けるもので、社交場としての品格を醸し出していた。

「どうぞこちらのお席へ」
店の奥の席に通される間、ほっそりとした美女達が、ちらりと視線をよこしては軽く挨拶をしてきた。紅華と提丹の店の常連たちの話し通り、この界隈では一番の美女揃いの店。
おとなしく付いて来た三蔵を真ん中に座らせると

「まあ悟浄。遊びにきてくださって嬉しい」
紅華が挨拶に現れた。
「折角だから来させてもらったぜ。あ、こっちは、えーっと…三…あー、一緒に旅してる、ダチ…いや…仲間…?」

三蔵という名が最高僧の役職名なのだと思い出して、三蔵のことが上手く紹介できないまま、口ごもる。三蔵を友達とも仲間とも呼びにくい。普段は対等な付き合いを意地でも心掛けているが、それでもやっぱり…どこか、頭が上がらない部分があるのだと…そんなことを今更に気づく。

「お二人ともすごく素敵な殿方で、お店の子達、みんなソワソワしてるのよ。奢ってなんて言わないから、皆で挨拶に来ても良いかしら」
「ああ、順番に皆来てもらってよ」
とりあえず定番の水割りと乾きモノをテーブルに揃えると、紅華は他の女達を誘いに店の奥へと戻って行った。

「こういう店は初めてだろ?」
「ああ」
さして興味無さ気な三蔵は、ポケットからマルボロを取り出す。自分で火をつけようとする前に、素早くジッポの火を差し出した。
三蔵の唇がタバコ越しに俺の差し出した火を受け入れる時の…何とも言えない優越感。
これは…この感覚は一体何なんだろう。

「しかし、水割りはともかく、つまみが駄菓子じゃねえか」
乾きモノはポッ〇ーやアポ〇チョコ。
奇麗なグラスに盛られているが、駄菓子と言われてしまうとその通りだ。

「こういうトコはね、こういうモンなのよ」
「理解に苦しむな」

三蔵はゆったりとソファーに背中を預け、細い指でタバコを挟んで、ぷは…と白い煙りを吐き出した。
照明が白っぽいせいか、金髪も白い肌もやけにはっきり輝いて見える。
優雅な手つきでグラスを口元に運び、一口つけて「薄い…」と文句を言いながら、組んでいた足を変えてソファーにふんぞり返る。


…………おもいっきり馴染んでます…


どうにもこの手の店に初めて来た客という雰囲気じゃない。どっちかって言うと…
…いや、深く考えるのはよそう。うん。最初の目的を忘れちゃいけねえ。

「なあ、三蔵」
「なんだ」
「さっき挨拶に来た紅華とか、どう思った?」
「?」
この店に来た目的。このランクの店の女達は、相当な金を積まれなければ《売り》はしない。
だから、チェリーな三蔵の筆降ろしが今回の目的なのじゃない。
あくまでも、三蔵の好みをリサーチするために来たのだ。
女遊びをするのだから、最終的にはそっちの目的も選択肢には入れているが。

世界の半分は女なのだ。そして男には身体の欲求というものがある。
三蔵と出会ってから、ずっと三蔵を観察してきて、確実に言えることは、三蔵は女の経験が未だに無い…ということ。
坊主だから女犯は禁じられているのは知っている。だが三蔵が戒律を守っている所を見たことが無いから、戒律のせいで三蔵は女に触れないのではないのだろう。

多分女を知る機会が無かったのだ。

同じ男で、しかも自分より年上で、女受けもする美貌の持ち主が、このまま経験も無しにいてもいいものだろうか。
こういうのは、経験のある者が導いてやるものなのだ。
三蔵の方が一つ年上だが、この分野に関しては、自分の方が兄貴というやつだ。
自分の場合は、過去のトラウマが逆に作用して女の温もりに逃げ込んでいた…という経緯はある。
だが、適齢で健康な男なら、女が欲しくなるのは当たり前。

三蔵を見ていると、もしかすると自分で処理すらしないのではないか…と思ってしまうことがある。


…そこまで考えて、頭の中に唐突に思い浮かぶ。

…自分で処理する…三蔵…

白い法衣の裾を割って、日に焼けない白い足を開いた三蔵が…手をそこに忍ばせて…




「うああっ」
「!?妙な声出して何なんだ、てめえはっ」
「あ、…いや、すまねえ。あはは」

冷や汗が止まらないのは、自分の妄想で勝手に反応した下半身のせいじゃ…決してない。



「悟浄、皆を連れてきたわ」
「いらっしゃいませ〜」
「近くで見ても、お二人とも何て良い男」
「座らせてもらっても良いかしら」
8人ほどの美女たちが、席の周りにやって来た。
座れるのは5人くらいだが、まあざっと三蔵に美女を見せて、反応を見てみるのが良いだろう。

好みのタイプがいれば良いのだが…。

三蔵が相手となれば、今日にでも相手に応じる女の子もいるかも知れない。

そんな風に考えていて…

…そして、…いろいろな意味で失敗だったと…

…気づいた。






三蔵を中心にして、群れる美女達。

三蔵は少し眉をひそめておとなしく座っている。

その美女の中に、三蔵に相応しい者を探そうと目を泳がせて、そしてもう一度三蔵に視線を戻した時。


もう視界に、三蔵以外を入れたくなくなってしまった。





文句なく美女揃い。この手の店だから、それなりの品格も感じさせてくれる。

…だが、…三蔵と並べるべきじゃ…なかった。



美女たちが三蔵に話しかけて、質問に答えるのが面倒な三蔵は、“お前が答えろ”とばかりに、視線を向けてくる。
その紫玉の奥に自分の姿が映っていることに気づいて、ぞくりとしたものが身体を走り抜けた。



三蔵の隣に座った女が、膝をすり寄せる。





頼むから

頼むから三蔵に…触れないでくれ。






マルボロを灰皿に押し付けた三蔵が、次の一本を指に挟む。
その先に差し出されるマニュキアで飾られた指先とライター。







「きゃ!」
「あ…」
「!?あの?悟浄?」

気づけば、三蔵の前にライターを差し出そうとしていた女の手首を、きつく掴んでしまっていた。



「悪い…やっぱもう…帰るわ、俺たち」
「悟浄?」

怪訝な顔をした三蔵の肩を引き寄せると、有無をいわさずに席を立たせる。切羽詰まった俺の様子に、三蔵はだまってついて来てくれた。

「あの、お客さま、何か女達が失礼でも?」
店長らしき黒服の男があわてて声をかけてくる。
紅華もその傍らで困惑した表情だ。

「いや、違う、ちょっとその、ここに来る前の店で飲みすぎちまって。すまねえな紅華。早めに帰るだけだ、普通に払うから安心してくれ」

支払いさえしてもらえればと、黒服は安心した顔になる。
「三蔵、ちょっとそっちで待っててよ。支払い済ませちまうから」
「一体何なんだ」

文句を言いつつも、三蔵は少し離れた店の入り口で待ってくれる。
ああでも、そんなトコにいたら。

支払いをしている最中、チラチラと三蔵の方をうかがっていると、三蔵は丁度店に入ってきた羽振りの良さそうなオヤジにいやらしい声をかけられて、怒りを爆発させそうになっている。

「お待たせ!悪かったな、さ、行こう」
素早くオヤジと三蔵の間に入り込むと、俺は三蔵を抱え込むようにして店を後にした。





次へ→



←三蔵サマCONTENTSへ

←SHURAN目次へ