フラガ×クルーゼ
Day Dream

小説 蒼牙瓏碧様





 偶然出会った相手は、随分と様変わりしていた。

 中立国、コロニー。久し振りの休暇に羽を思いっきり伸ばそうと、フラガは取りあえず街へ飛び出す。
生憎と空模様は冴えなかったが、そんな事などお構いなしに許された時間を満喫してやろうと、(いや、少々オーバーしてやろうとも彼は思っていた)物珍しい見慣れない街を歩く。

 大通りから少し外れた、裏道、というほどでもない通りをウィンドウショッピングと洒落込んでぶらぶらと歩いていると。
路地の影から不意に車が飛び出してきた。
 飛び出してきた、という言い方は決して適切ではない。

    ……居る。

 直感としか言い様がないレベルの話で。

 飛び出してきたのは車ではないからだ。
 フラガの方だった。運転手が慌てた様に急ブレーキを踏み、
けたたましい音と共にその車が急停車する。
「死にたいのかっお前!?」
 運転席から飛び出してきた男が怒鳴る。だがそんなことどうでも良かった。

 怒ったように掴みかかってくる男の手を払う。まさか抵抗するとは思ってもいなかった
のだろうか、あっさりと手は外れた。
 ドアを開けて、彼は後部座席を覗き込む。中に居た相手が、薄っすらと口元を吊り上げ
て、言った。

「相変わらずの破壊魔っぷりだな。」
 予想通りの声。どうしてか判らないが、確かに先刻の一瞬感じた人物。
「お前こんな所で何してるわけ。クルーゼ。」

 微苦笑を浮かべて、フラガは言う。
 他に何を言えばいいのか、とっさに思いつかなく、とりあえず目の前に座っている相手
の名前を呼んでみた。

 まさか会うとは思ってもいなくて。
 居る、と直感した一瞬の反動か、今度は現実が今一リアリティに欠けてしまい。
 とりあえず、手をのばしてみる。

 ……温かかった

 頬に触れた指先に、ほんの少し低い熱が伝わって、それがこの偶然の出会いが現実だと何よりはっきりと教えてくれた。

「……すっげぇ、会いたかった。」
 溜息のように言葉を吐き出し、フラガはもう一度、シートに腰掛けているクルーゼの髪に指を絡めて、落とす。

 重力に引かれて、鈍い光を反射しながら金色の流れが白いコートの上に影を作る。
その様は、何処か切なくて……儚い。

「お知り会い、ですか?」
 恐る恐る、といった感じで運転手が声をかけてきた。
「指定された時間に間に合いませんよ?」
 クルーゼが、今までその存在を忘れていたかのようにハッと彼を見やる。
間に合わないのは、困るといったその表情の彼が、次の言葉で何を言うかは勿論、
フラガには判っていた。

 理解はしていたが、やはりこのまま行かせたくは無くて。次の瞬間、クルーゼの腕を引きずるようにしてフラガは走り出していた。
 後から追いかけてくる運転手の声など気にもとめない。

「ククッ……」
 最初の数メートルは驚いたような表情を見せていたが、事態を理解したのかクルーゼは
小さく笑いを零した。
「?何が可笑しいんだよ。」
「いや、別に……あの運転手が何て報告すればいいのか困る様子が目に見えて
 ……可哀想な事をしたな、と。」
「全然気遣ってる表情じゃないぞ?」
「当たり前だ。気遣ってなんかいないんだから。」
「うわ、酷ェ……」

 久し振りの笑みが伝染したのか、込み上げて来る笑いに負けてフラガはその場にしゃがみ込んだ。
何を言えば良いのか良く判らなかったが、他愛もない話をする事が出来る。
その一瞬がひたすらに嬉しかった。

俺、はっきり言って舞い上がってるな、と醒めた部分で思いつつも、
今一感情を消化できなくて。

 間が抜けているといえば抜けているが、会うと思わなかった相手に偶然出会ってしまった所為か、何も言えなかった。

 笑いつづけるフラガに、呆れたように息を吐いて、『何が可笑しい』とでも言いたげな表情でクルーゼは彼を見下ろす。

 不意に、腕が伸びてきた。抱き締められる感覚に思わず竦んだ身体が情けない。
「なぁ、コレ取ってよ。」
 熱っぽい声で囁かれ、返事をする間も無く唇が塞がれる。
 どうせ見えやしないのだと、仮面の下で目を閉じた。

「だから取れってば。」
 唇を離しても頑として仮面を外さないクルーゼに、不思議そうにフラガは言う。
「街中でソレして歩くわけにもいかないだろ?」
 クルーゼが躊躇っているのは判ったが、どうして躊躇っているのかが判らない。
「……街中歩くつもりなのか。男二人で。」
「お前綺麗だから別に良いんじゃないか?」
 軽い言葉を返すその視線は、相変わらず仮面……いやその奥の瞳から離れては居なかった。クルーゼは小さく息を吐いて、視線を弾くそのマスクを、外す。


(え。)

 一瞬言葉を失った。何故息を呑んでしまったのか自分でも判らなかったが、
何かが、違うと思った。

「どうした?」
「んー、いや、その相変わらず美人で何よりだ。と思って。」

 その言葉を聞いて、彼は苦笑いにも似た笑みを口元に浮かべて、瞳を伏せて……
その様は、何処か自嘲にも似て、薄ら寒い。

 ヤバイ、とフラガは直感的に思って慌てて視線を逸らす。
 丁度、冬の日に水溜りに張った氷を見つけた子供の心境だった。

 メチャメチャにしたくなる。そんなに分厚い壁を感じさせられると。
 壁ごと、踏みにじりたくなる。

 一瞬そんな思いが胸を過ぎるが、そんな思いは昔は無かった筈のものだった。
 その理由を掴みあぐねたまま、フラガは行こうぜ、と相手に声を掛ける。

「何処へ?」
「ん?」
「実は何も考えてなかった……だろう?」
 虚をつかれてフラガは目線を宙に流して空々しく笑う。
やっぱりな、とクルーゼは息を吐いた。彼らしいといえばそれまでだが、
確かに何処へ行けばいいか判らないのは、事実。
何せお互いこの街に関しては素人なのだから。

「……どうする?」
「私に聞かれてもな。」
 うーん、と唸りながら腕を組むフラガをちらり、と横目で見やり、細い手首に嵌めた時計と見比べてクルーゼは呟く。

「時間が無いのはお互い様、か。」
「お前も時間制限有り?」
「制限も何も……お前が無理矢理引きずってきたんだろうが。」
「あ、そうか。」
 忘れてたわ。と底抜けに明るく言い放つフラガに呆れればいいのか怒ればいいのかそれとも、笑えば良いのか決めあぐねてクルーゼは踵を返した。

「……決めた。繁華街の裏通りだ。私は知らないから行けるかどうかはお前の手腕に 懸かっているぞ。」
「繁華街の裏って、お前……。」
 心底驚いたような声音。クルーゼが誘いをかけるなど天地が引っくり返ってもある訳無いと思っていたのに。

「よっしゃぁ!」と思うより先に驚愕が強かった。
 その声にクルーゼの肩が小さく揺れる。

 それはまるで、自分の発言に驚いてしまったようで。
いつもは完璧に会話の流れを掴んで把握している彼が見せたその様子は、
如何に今のクルーゼが、フラガの知る彼とちぐはぐか、という事をフラガに突きつけた。

『お前、どうしたの。』
 そう言いたくなるのを堪えて、フラガはいつも通りのテンションを装った。
「何、お前。随分ご無沙汰だったから俺に会った途端欲しくなっちゃった?」
 するりと腰に腕を廻す。
跳ね返されると思ったが、意外にもクルーゼは大人しく、されるままになっていて、
それが更に奇妙だった。

 大人しい?

   違う。

 嫌がったら相手が更に喜ぶのを知っている?

 抵抗しても無駄だと、自信を持って言えるような、相手。

「そういえば、アイツとはどうなってる訳。」
 遠まわしに聞き出そうとする努力あっさりと放棄して、聞く。
 婉曲的に聞けるほど、自分は悠長では無いという事を噛み締めて。
「アイツ?」
「……お前の軍のトコのお偉いさん。……ザラ。だっけ?」
「あぁ。」
「どうなってる訳。」
「別に。何も……」

 小さな息と吐き出された言葉。フラガでなければ気づかなかったと言える位、その表情はプライベートに立ち入られて迷惑している姿そのものだった。

 だが、彼には”何となく”判ってしまう。
 突っ込んで聞かなければ何も知らずに居られる、と知っていつつも、でもクルーゼが何を隠しているのか引っかかってしまい。
我ながら不幸だと思いつつも、どうしても心配してしまうのだ。

「俺には何隠したって無駄だってば。何となく判っちまうんだから。」
「それを言葉にしてやる必要は無いだろう?」
 頑としても譲らないクルーゼにため息を吐いて、フラガは肩を落とす。
「クルーゼ。こっち向けよ。」
 きっと向かないだろうということは判っていたので、そういいながら顎を掴んでこちらを向かせる。

「私を理解できると思うのか?それは只のエゴだぞ。」
「理解できるとは思ってない。そんなの無理だ。だから俺の疑問に答えてくれ。」
 逃さないように、真面目に視線を合わせる。不愉快そうにクルーゼは細い眉を顰めるが、
視線は外されない確信があった。
ここで視線を外したほうが負けだという事は、お互いよく知っているはずだったから。

 ……が。その予測はあっさりと裏切られた。

「……止めろ」
 視線が泳ぐ。違和感がはっきりと形をもって、結論が胸の中にすとん、と落ち込む。

「お前、変わったんだな。」

 何かおかしいとは思っていた。
 仕種の一挙一動が、どことなく艶っぽい処とか。
 元々美人ではあったけど、奇妙な位…

 ……変わった、というのは正しくない。おそらく意識しているのは彼自身。
 自嘲気味の笑顔も、強張る表情も全て、おそらくは最初は仮面同様、
自を偽るためのものだった筈。それが、自然になってしまった。只それだけの話。

「……変わった?ムウ。それはお前が見ている『私』のイメージが違うだけだよ。」
 目を細めて……その表情は侮蔑とも愛情表現とも取れた……クルーゼは低く言う。
「お前が私を見ているのと同様に、あの男も私を彼なりの尺度で見ている。
 私は彼に合わせている。ただそれだけの話だよ。」
「それは自己防衛か?」

 思いもよらない強い口調でフラガは聞いていた。
まさか自分でもこんなに厳しい声音を出すとは思ってもいなかったが、どうやら効いたらしい。

「……あの男に、従わされるより。自分から従った方が楽だと。…私は思っている。」

 苦虫を噛み潰したような顔で、クルーゼは言い放つ。そんな表情さえも、きっと苦渋
の表情さえも「その相手」にとっては愉悦の対象でしかないのだろう。
そしてそれは、『愉悦の対象』であることに慣れようとする、装うとするクルーゼの「仮面」なのだ。

 そんな様が、痛々しくて堪らない。
 だがプライドを捻じ曲げてまで、彼が目的を達成しようとしているならば、自分はその
意思の前で余りにも無力だということを、フラガは理解していた。


「…なぁ、やっぱ俺、遠慮しとくわ。」
 勿体無いとは思いつつ、大きく息を吐いて言う。
「抱かれんの好きじゃないだろ。そいつは、お前に…取りあえずはお前の望むものを
 与えるコトができるけど、俺は代わりに、お前に何も出来ないぜ?」
「…馬鹿者。私が『欲しい』と言っているのだぞ?」
「商売道具は安売りするもんじゃないの。」
 安いと思って飛びついたらとんでもない不良品で、代価は命で支払え、な?んて言われても 困るし、と笑って言うが、内心はそんなに軽くは無かった。

 彼には、クルーゼが。
 傷つきたがっているようにしか、見えない。
 痛みのその先に何を見ようとしているのかは知らないが、傷つくことには間違い無い。

 抱かれる事に、完全に彼が慣れたとは、思えなかった。
 だからフラガはこう信じることにしたのだ…『彼は、目的の為にプライドを捻じ曲げて、
 苦しんでいる』と。
 『抱かれる度に、プライドを傷つけられている』と。

 それはあながち間違いではないが、それを知る術は無い。
 自分の信じた道を正しいと信じることしか、人には出来ないのだから。
 だから、せめて。自分だけは彼を傷つけることが無いように。

「お前は……お前が、こんなに馬鹿だとは思わなかったぞ。」
「俺も、馬鹿だと思う。後になってもの凄く後悔するぜ。きっと。」
 そう言いつつも、その笑みはどこまでも自信に満ちていた。
「一週間くらい、『どうしてあの時断ったんだろう』とか夜も眠れない位悩むな。」
「…そう思うなら、どうして止めるなんて言う?」
「とっくの昔に、俺の考えなんかお見通しな癖に。」
 クルーゼは僅かに目を細めて笑う。馬鹿にしたように彼が小さく首を振ると、薄暗い路地に光が揺れた。
 綺麗だ、と思う。純粋に。

 抱かない、と決めた筈なのに、惹かれるようにして口付けていた。

 濡れた声も、漏れる息さえも絡めとる。この瞬間だけは、全てを共有したくて。
 コレ位なら許されると、のけぞる白い首筋に唇を這わせた。

 いつも通り、跡をつけようとして・・・・・フラガは思い出して、凍りつく。

「……構わない。たまにはあの男にも一泡吹いてもらおう。」

 苦しそうな、喘ぎをかみ殺すような声で語られる、言葉。
 ソレは詭弁だという事を知っていた。だから一つだけ、紅い華を咲かせて唇を離す。

「お前も、馬鹿。……俺が言える立場じゃないけどさ。自分が不利になるようなコト
 するなよ。……自分、大事にしろよ。」
「可能な限り、な。」
「上出来。」

 クルーゼの答えに満足したのか、にやりと笑ってフラガは踵を返す。
 その背中が角を曲がって見えなくなると、彼も小さく笑って、反対側へ向かって歩き出した。

 偶然のような邂逅は、現実味を持たない分優しい、と口の中で呟いて。

 

                                      
END




ああっ(≧∇≦)///自分を傷つけたがっている、痛々しい隊長が素敵です〜vvv
何かもう、こういう隊長を見ていると、フラガはクルーゼのコトぎゅっっっっって
したくなっちゃいますよね!(〃∇〃) ///
切なくて、愛しい隊長をありがとうございます!
手を繋いで走る二人にドキドキしまくりました(〃∇〃)
そして気になるパトクル!(笑)
次回は蒼牙さまのパトクルですよ〜!激お楽しみに!(*^∇^*)

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