数日ぶりにヴェサリウスに搭乗するや否や、クルーゼは与えられている自室にアデスを呼び出した。
「お待ちしていました」
敬礼と共にその声を聞くと、自然と身体がリラックスするように感じる。
先に艦に戻っていたアデスが姿を見せた時、その目に嬉しさが浮かんでいたのにも心が和んだ。
自分は、自宅にいるよりもここの方が、いくらか落ち着けるのかもしれない。
「疲れは取れたか?」
「はい、休暇は有り難かったのですが、…その……貴方のそばから離れているのは辛かったです」
「そうか」
アデスの素直な告白に、クルーゼは仮面の内側で微笑んだ。
この部屋の中で二人きりで居る時は、プライベートな感情が混ざるのを許している。
「隊長は、ゆっくりお休みになられましたか?」
「いや…急に仕事が入ったものでな……」
あの夜を思い出し、言葉を濁した。
そう、あれは仕事だ。
あの人物からの求めは拒むわけにいかない。
欲しがるものを与えてやれば、こちらも動きやすくなるのだから。
自分の能力も身体も、使えるものは何でも惜しみなく使うことに、初めから抵抗など無かった。
「隊長…?」
黙ってしまったクルーゼを心配したのか、アデスが顔を窺うように首を傾げている。
「発つのは2時間後だったな?」
何でもない風を装いながら、クルーゼは事務的に訊いた。
「はい」
「準備は…」
「全て、整っております」
最後まで質問を聞かずに、アデスが答えた。
「そう急くな」
「…失礼しました」
クルーゼに苦笑しながら窘められ、アデスはやや狼狽した。
この艦内にいる間は、自分の時間などほとんど無いに等しい。
少しの空き時間でも貴重なのだ。
お互いの熱を確かめ合うには。
「1時間、おまえにやろう」
仮面を外しながらのその一言で、アデスはクルーゼに近づいた。
目の前に現われた美しい顔。
無骨な自分が信じられないほど恋焦がれている想い人の素顔は、何度見ても慣れるということがない。
いつも息を呑んでしまうほどの、形容しがたいその美貌。
時を忘れて見つめていると、つぶらな瞳が細められた。
「何だ、時間が無くなるぞ」
「もっと見せてください、もっと喋ってください」
アデスは柔らかな金色の髪を引き寄せると、誰にも渡さないとでもいうように、きつく胸に抱え込んだ。
「私はこんなにも…貴方に飢えていたっ……」
耳元で囁かれ、クルーゼは身体の芯が熱くなるのを感じた。
◇ ◇ ◇
(良い声だ…きみは…全てが完璧だよ…クルーゼ)
最中に不意に思い出してしまった先日の台詞。
貴様好みで当然だろう。
この身体もこの声も、人為的に造られたものなのだから。
クルーゼは急に、自分のあげる声が耳に入ってくるのが嫌になった。
この声を喜ぶ、ねっとりと絡みつくようなあの視線と指を思い出してしまうから。
感じやすい部分ばかりを辿っていくアデスの大きな手は、クルーゼを追い詰め追い上げることをやめない。
声など出したくないのに、容赦無く喘がされてしまう。
快感を手放す気は無いが、これ以上聞いていたくも無い。
「アデス…っ……私を…黙らせろ……」
突き上げられ、息も絶え絶えになりながら命令すると、アデスはすぐに、クルーゼの唇を自分のそれで塞いだ。
「んっ…んんっ……っ!」
漏れそうになる声は、アデスが残らず吸い取っていく。
呼吸さえもできないほどに荒々しく貪るように口付けられて、クルーゼは快感を捕まえることだけに集中できた。
声となって吐き出されない熱い塊は、身体を逆流し、昂ぶりへと変化していく。
アデスの手の中のクルーゼが極限まで張り詰めた。
一層激しくなる律動で、アデスも限界を伝える。
動きが止まった一瞬、クルーゼはアデスの頭部を力いっぱい抱き締めた。
同時に放った時、共に身体が溶け合うような感覚に陥った。
身体の全部が繋がってしまい、二度と離れられないような…。
達してからようやく、アデスはクルーゼを解放した。
はあはあと荒い息をつく、薄く開かれた唇。
それは、いつもより長かったキスのせいなのか、赤く色づいているように見えた。
絹のような滑らかさを持った白い肌によく映えるその赤は、あまりに扇情的で。
アデスは再び持ち上がりかけた自分の欲望を制するのに苦労した。
見つめているとまた欲しくなってしまう……と、目を髪へと逸らせ、ゆっくりと撫で始める。
「できれば次は、最後まで貴方の声を聞かせてください」
「ん…?」
クルーゼの乱れた髪を直していた手が、頬を通り首筋に触れた。
「大好きなんです、貴方の声が。 この髪もこの顔もそして声も、愛しい貴方の一部なのですから」
「アデス…」
自分を疎ましくさえ思っていたのに、アデスに言われるとそう悪い気もしない。
クルーゼは、いつもより率直なアデスの言葉に、胸の奥の空洞を満たされる思いがしていた。
「私の腕の中に貴方がいてくださる間は、全てを存分に堪能したい」
「覚えておこう」
口の端を少し上げただけの微かな笑み。
けれど、今のアデスにはそれさえも刺激が強かった。
辛うじて理性を保ちながら、唇を再びクルーゼに落とす。
余韻を楽しむように、互いを呼びながら舌を絡め合う。
タイムリミットまで、アデスはクルーゼを離そうとはしなかった。
・・・私もおまえの声を聞いていたい、だから……
アデスが好きだと言ってくれるなら、自分という個体の存在価値を認められるような気になってくる。
いくらこの身を汚されようと、おまえがそばにいてくれるのなら…。
アデスは先にベッドを出て、名残惜しそうに制服に腕を通していた。
その背中に向けて、クルーゼは心の中で呟いた。
・・・次は、望みを叶えてやろう
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