シークレット・セッシ ョン ◇4
▽ △ ▽
「三蔵」
悟空と悟浄がいつものように喧嘩をしているのを眺めながら、八戒が助手席の三蔵を呼んだ。
「ぁん?」
煩さに閉口して小銃を出しかけていた三蔵の手が止まる。
「僕は、この旅に同行できて、本当に良かったと思っています」
「何だ、急に?」
三蔵の目が眇められた。
問いを発した声は訝しげだ。
「西に着いて、帰りも同じ道を辿って…、そうして旅が終わった時の自分を想像するとわくわくしてくるんです」
「そりゃ楽しみだな」
夢を見ているように瞳を輝かせながら喋る八戒に対する三蔵の台詞は、完全な棒読みだった。
「もうちょっと感情を入れて喋ってくださいよ」
「なんか文句あんのか?」
ヒトのことなどどうでもいいと思っている三蔵は、不機嫌さを隠さない。
「あと、」
「コラ!」
三蔵の眉間の皺をわざと目に入れていない八戒が、嬉しそうに先を続ける。
「旅の間の目標もできたんです」
「チッ、どいつもこいつも、ヒトの話を聞きやがらねえ……」
三蔵はイライラした気分のまま、煙草を口に咥えた。
「聞きたいですか?」
「てめぇが言いてぇんだろーが」
会話になっているようでなっていないこの場を仕切っているのは八戒だ。
三蔵は、面倒臭かったので相手に任せることにした。
「あはは、あのですね……」
「……」
勿体ぶっているような八戒に、三蔵は視線で先を促す。
「目標とは、四十八手の全てを制覇することです!」
「あ???」
咥えていた煙草がポロッと落ちた。
「あれ、本気にしました?」
まだ続いていた猿と河童の取っ組み合いは、珍しく放置されたままだった。
雷が落ちないのを不思議に思った二人が辺りを見回すと、
「試してみますか?」
と言いながら楽しそうに笑っている八戒と、横で対照的に苦い顔をしている三蔵が目に入った。
「どしたの?」
「さあ?」
喧嘩をしていたことなど忘れたかのように、悟空と悟浄は疑問符を付けたまま互いの顔を見合わせている。
「あ、もう終わっちゃったんですか〜」
急に静かになった二人に、八戒が間延びした声を掛けてきた。
「そろそろ、出発しますよ」
にこやかにハンドルを握った八戒を見て、悟空と悟浄は置いてきぼりにされないようにと慌てて乗り込む。
様々な表情の四人を乗せたジープは、快調なエンジン音を響かせ、西を目指して発進した。
▽ △ ▽
「なあなあ、何で八戒がライター持ってんの?」
野営の準備をしている途中に発せられた悟空の素朴な問い掛けに、悟浄の耳がピクンと反応した。
「あっれ〜? 八戒さんも煙草をお吸いになられるんですかあ?」
はっきり嫌味だとわかる言い方をしても、当の本人は顔色ひとつ変えない。
横にいる三蔵も、知らん顔で明後日の方向に煙草の煙を吐き出している。
「色々と使い道があるんですよ、コレにはね」
「えー、何なに?」
内緒話のようにヒソヒソと声を落として話し始めた二人に、悟浄の意識が向けられた。
八戒のことだから、余計な事を喋ったりはしないだろう。
けれど、意味を持ってしまったモノについてなだけに、話の内容が気になるのは仕方が無い。
「そっかー、八戒まで煙草を吸い出したらヤダなーと思ってたけど、それなら構わねーや」
話が終わって八戒から離れた悟空は、謎が解けて気が済んだのかニコニコと明るく笑っている。
「猿っ、ちょっとコッチ来い!」
「猿って言うな! で、何なんだよ!!」
「薪にできるような枝が少ねえだろ、拾いに行くから付いて来い」
何でオレが、と文句を言っている悟空を悟浄が無理矢理に引っ張り始める。
「悟空、美味しい夕食を作るのに火力が必要なんです。 枝、いっぱい取って来てくれます?」
「わーい、飯〜飯〜!! んじゃ、頑張っちゃうもんねー!!」
八戒の助け舟を訝しみつつも、悟浄は先に駆け出して行った悟空の後を慌てて追って行った。
「で、八戒は何だって?」
ウキウキと枯れ枝を拾い集めている悟空を手伝おうともせず、木に凭れて煙草をふかしながら悟浄が問う。
「三蔵の為に持ってるって」
「え?」
取りように拠っては意味深な言い方である。
「どういうこと?」
恐る恐る、といった調子で更に悟浄が問い詰めると、悟空は自慢気な顔になった。
「オレも持たせてもらった」
「何っ?!」
見ると、悟空の手に100円ライターがひとつ握られている。
「ライターって、煙草に火を点けるだけじゃないんだな」
次の言葉が聞きたいような聞きたく無いような、複雑な気持ちで悟浄は先を促す。
「さっきの焚き火の火だって、最初はライターの火で点けたものだし、暗いところでは明かりにもなる」
それに、と悟空は続けた。
「三蔵のライターが空になって使えなくなっても、誰かが持ってればすぐに渡してやれるだろ?」
それが一番楽しみだと言う様に、その役割は自分が負ったとでも言うかの様に、悟空は笑顔でそう説明した。
心配していたことは何も無く、ひたすら真っ当な説明をされただけだと知り、悟浄は肩の力が抜けた。
そこへ、
「三蔵に火を点けるのは俺だ!」
と、突然、悟空が高らかに言い放った。
オイオイその台詞はヤバイ、とさっきまでの安心がどこかへ吹き飛びそうになり、悟浄はつい苦笑が漏れる。
――― こいつがもっと大きくなったら、四人で……とか?
あんまり考えたくねーな、と頭に浮かびかけた想像を追い払うと、吸い終わった吸殻を踏み潰した。
「俺のが切れた時もよろしくな」
ウインク付きで悟空に言ってみる。
「悟浄は自分で何とかしろ!」
うげぇと吐く真似をして、悟空が冷たく突き放した。
「何だと、てめー!」
「やるか、このエロ河童!!」
「るせーよ、喚くなこのバカ猿がっ!!」
「煩いのはそっちだろ、エロ河童エロ河童エロ河童!!!!!」
暴れた為に、せっかく集めた小枝がバラバラになってしまっている。
そのせいで、野営地に戻るのが少し遅くなった。
同じ頃……。
悟浄と悟空が連れだって遠ざかった後、残された二人の間には沈黙が流れていた。
八戒には、悟浄が悟空を連れ出そうとした理由がわかっていた。
だから、手を貸した。
それは、自分の為でもあった。
野宿の中で、二人っきりになるという目的の為。
「三蔵」
「何だ?」
三蔵は何一つ手伝いもせず、薄暗くなったので新聞を読むのは諦め、ただ紫煙を燻らせている。
けれど、やはり先ほどの遣り取りが気になっていたのか、八戒の声にはすぐに反応した。
「今日はかなり長時間で揺れましたけど、大丈夫でしたか?」
昨夜、二人は身体を重ねた。
二人部屋で二人しかいなかった時に、一言のせいで、長い夜が始まって。
三蔵は、本当に煙草が吸いたかっただけだった。
だが、部屋に着いて、ライターをどこかに置き忘れたことに気付いた。
それで、つい言ってしまったのだ。
『 おい、火 』
と。
その言葉に、八戒が反応した。
荷物の中からたまたま買い置きしてあった新品のライターを取り出すと、火を灯して三蔵に近寄った。
何の疑念も無く火に寄せた頬に、八戒の空いている方の手が伸びた。
その時、見上げた三蔵の瞳が微かに揺れた。
直前で火が消され、指に挟んでいた煙草が引き抜かれた。
そして、唇と唇が重なった。
八戒に迷いが無くなった事を知った三蔵にも、拘る箇所は無くなった。
お互いが同じテンションなら、それだけで充分で。
そして、解き放たれた八戒は、砂漠で水を求めるように三蔵を求めた。
燃え尽きない炎は一晩中三蔵を灼き、朝、すぐに起き上がれないほどだった。
けれど、そのような姿を他の二人に見せられるはずも無く。
悟浄が爪の先ほどの疑いも持たないくらいに、いつもの三蔵としてジープに乗り込んでいたのである。
強がりをそうとは見せない三蔵に、八戒は改めて愛しさと切なさが募る想いでいた。
だから、そんな状態にさせた張本人としては身体が心配で、つい訊いてしまったのだ。
「何がだ」
三蔵は、八戒が口を開いたのは悟空についての話をするからだと予想していた。
ところが、違う質問をされ、それが自分を気遣う内容だったとわかると、途端に気分を害した。
いくら身体を繋げても、それはその場で終わるべき関係で、後々まで尾を引くのは好まない。
八戒が心配性だというのはわかっているが、余計なお世話だとも。
そう思っている三蔵を八戒は敏感に感じ取った。
「今は、僕達だけですね」
三蔵がこの会話を疎ましいと思う前に、八戒が素早く話題を切り替える。
そして、一歩踏み込んで三蔵に近付く。
それがどうした、と紫暗の瞳が言いたげにしていたが、実際に言葉が出る前にその口は塞がれていた。
「んっ……離…せ……」
角度が変わる時に僅かに唇が離れた隙を狙って抗議しようとするものの、その声ともども呑み込まれていく。
――― 求めても求めても、求め足りない人だから……
八戒は、衝動的に湧き上がった感情に、ただ素直に従っていた。
昨晩もあんなに抱いたのに、朝になると夢の中での出来事だったようで。
もともと、ドライな関係だと割り切らなければならないのだ。
いくら、心が悲鳴を上げたとしても……。
その分、身体の悲鳴は聞いてやる事にした。
欲しいと訴えれば、ひたすら求める。
野外で二人、という設定を利用しない手も無い。
本来、研究熱心な性質なのだ。
こうなったら奥義を極めるというのも一興かもしれない。
すぐにでもあの二人が戻ってくるだろうという状況下で、三蔵がいつも以上に敏感に反応している。
唇は逃れようとしているくせに、その舌は淫らに絡まって。
下肢の中心部分も、触るとみるみる硬さを増していた。
八戒は素早く法衣の裾を捲くり、ジッパーを下げて中身を取り出すと口淫を施した。
「やめ…ろっ……」
丁寧に愛撫している暇は無い。
だが、八戒は手を抜いたりもしない。
山の中とはいえ、自分たち以外にも誰かが通る可能性は充分にある。
こんな場面を誰かに見られたら…。
その想いが、三蔵を一層煽る事となった。
ストロークの速度を速めると、すぐに三蔵が限界まで昇り詰めた。
八戒の頭を掴んでいた手に力が入り、くっという小さな声と共に三蔵が弾けた。
出てきたものは残さず八戒が飲み込み、雫を一滴残らず嘗め取って綺麗にする。
「続きは……貴方の言葉次第で」
肩で息をつく三蔵の身繕いを手早く済ませて八戒が耳元で囁くと、返事よりも先に賑やかな声が聞こえてきた。
すっと三蔵から離れた八戒が食材を手にし、三蔵は背を向けて煙草を口に咥える。
悟浄と悟空が両手に枯れ枝を抱えて到着した時に見た光景は、行く時と何も変わっていないように見えた。
「火」
一言呟いた三蔵の目の前に三本の手が伸び、三個のライターがゆらゆらと炎を揺らめかせている。
「こっちの身体が持たねーよ」
三蔵の台詞に苦笑したのは成人チーム。
悟空はひとり、一瞬だけ不思議そうな顔をしていたが、
「吸い過ぎるからだろ!」
とすぐに正論で嗜め、それでも自分の火を選ばせようと、腕をぐいっと突き出した。
「と、いうわけだ」
悟空から火を貰った三蔵が、八戒と悟浄に向けて旨そうに吐き出して言うと、二人とも残念そうに笑った。
「負けましたね」
「自分が蒔いた種って、結構怖ぇモンだろ?」
「本当に、身に沁みました」
心の底からしみじみとそう言った八戒が、思い出したように三蔵を見つめる。
「で、いいんですか、それで」
「いいんじゃねーか」
求めたからその一言を放ったはずなのに、あっさりと諦めた顔は思いのほか穏やかで。
「こんな健全な夜があっても、ってか」
悟浄も、期待ハズレを苦にも思わず、出したライターで自分の煙草に火を点け、のんびりと味わっていた。
「そうですね、それもいいでしょうね。 まだまだ先は長いですから」
今夜、三蔵が求めたのは、自分のせいだろう。
そう思うと、股間が疼きそうになる。
けれど、八戒はそれを押し隠していつものように静かに笑った。
今日は前菜だけでしたが既に頂きましたし、と心の中だけで囁いて。
ふと気付けば、悟空がすやすやと気持ち良さげな寝息を立てている。
幸せそうな寝顔を見た三人は、その眠りを妨げないように自分達も眠りに就いた。
焚き火の炎は、まだ赤々と燃えていた。
▽ △ ▽
イキたくなれば 「火」 と一言
一秒で済む 短い一言
火を点けろ とカラダが叫ぶ
おまえの滾った欲望で
俺のヒューズをぶっ飛ばし
今夜再び 刹那を燃やす
熱く激しい 火を点けろ
▽ △ ▽