【第6章】






〔6−1〕


四人を乗せたジープは、途中、災難に巻き込まれたり寄り道しながらも、ひたすら西を目指して走っていた。
個性も思考もバラバラな寄り集まりでは、口喧嘩などは日常茶飯事、時には取っ組み合いにもなったりする。
けれど、まだ誰もリタイアしていない。
与えられた使命、それは牛魔王の蘇生実験を阻止し、“桃源郷” を取り戻すというもの。
だが、それほど忠実に上からの命に従っているわけではなかった。

同じ繰り返しの日々というのも、それはそれで穏やかでいいものだ。
しかし、何か刺激を求めたくなるのは、無いもの強請りなのか。
今は、望まなくとも刺激だらけの毎日を送っている。
それだから、旅を続けていられるのだろう。

ただ、三蔵にとっては、亡き師の形見を取り戻すという目的がある。
本当はその為だけに動いていると言ってもいいかもしれない。
自分の思いを果たすには、指示された同行者が引っ掛かる面子であっても我慢した。

経文を狙ってくる紅孩児達。
そして、次から次へと差し向けられる刺客。
たまには蜘蛛妖怪のような苦戦を強いられる妖怪とも戦ったが、ほとんどは雑魚妖怪だ。
それでも、数が多ければ時間は取られるし疲労も蓄積される。
実際、戦力としては少ないよりは多い方がいい。
足手まといは必要無いが、今のところ、全員が役に立っていると言えなくもない。

だから、三蔵は表立っては何も言わなかった。
悟浄に対して、何も。




〔6−2〕


ある晩、雨に降られた四人は行き当たった宿屋に駆け込んだ。
いきなりの豪雨にびしょ濡れになった身体を拭いていると、宿の者が温かな飲み物を用意してくれた。
雨で冷えた身体には何よりのもてなしだ。
人心地ついたところで世間話になった時、妙な人物の話を聞いた。
呪符を使って妖怪を退治している、“六道” という法力僧がいると。

三蔵には気になることがあった。
その名前に聞き覚えが無いのは確かだ。
けれど、道すがら目にした妖怪の身体に貼り付いていた呪符には見覚えがあったのだ。

――― 朱泱……?

その夜、三蔵はうなされていたところを八戒に起こされた。

「僕も駄目なんです、雨の夜は」

八戒の言葉で、三蔵は窓の外を見上げた。
まだ降り止まぬ、冷たい雨。

――― そうだ、あの夜も雨が降っていた……

思いは一気に過去を遡る。
自分を庇って殺された光明三蔵。
師であり父でもあった、かけがえの無い存在。
眠っていた記憶が、まざまざと甦ってくる。
寝ても覚めても嫌なことばかりを思い出してしまう。

そんな、重く圧し掛かる過去に繋がる人物との再会はすぐにやってきた。
六道はやはり、三蔵が金山寺で一緒だった朱泱だった。

対峙した時、何を思ったのか…。
自分が寺を下りたせいで変わり果てた姿を見た為の躊躇?
二度とあの悪夢を繰り返したくないという、後悔を断ち切りたい思い?

悟空が攻撃されようとした時、三蔵は咄嗟に自分でも思ってもみない行動に出ていた。
かつての師のように敵の前に進み出て、その身を血に染めたのだ。

「三蔵……目ェ開けろよ、三蔵!!?」

――― うるせーな

「何ガラでもねェことしてんだよ!!」

――― ……そんなの、俺が聞きてェよ

叫んでいる悟空の声や悟浄の怒鳴り声が、段々と遠くなっていった。
降り注ぐ雨が顔に当たっていたのを覚えている。
三蔵の意識はそこで途切れた。







目覚めた時、三蔵はベッドの上にいた。

「お揃いの傷なんて、僕は御免ですから」

そう八戒に言われても、返す言葉も無かった。
助かったのは観世音菩薩とやらが現われたかららしい。
三蔵が気絶している間に、とんでもない方法で救われたと聞いた。

「チッ」

助けられた方法も気に障るが、それとは別に心の中で燻っていることがある。
自分がこうやって生きていられるのは、悟浄の血気によるものだという既成事実。
身体の中に悟浄がいるような気がしてしまって落ち着かない。
内部で勝手に動き回られている感覚が抜けてくれない。

まだ旅に出る前に遭遇した出来事を、三蔵は忘れられないでいた。
昼も夜もなく悟浄に抱かれていた数日。
縛られ、無理やりに犯され、好き勝手に嬲られていた日々。
永遠に続くかと思った瞬間もあったが、終わりは突然やって来た。
すると、理解し難い思いに襲われた。

求めてなどいないはずなのに。
殺してやりたいほど、憎い相手なのに。
頭からも心からも身体からも、悟浄の存在を振り払えない。

そんな相反する対極の感情に振り回されてもいたが、会わずに済むならばいつか治まると思っていた。
それが、共に旅など……。
まさか自分が悟浄と顔を突き合わせて一緒に行動するようになろうとは、思いもよらなかった。
これが三仏神からの命でなければ決して従わなかっただろう。

旅の初日、その顔を久しぶりに見て複雑な感情が芽生えた。
背を向けたいのか、睨みつけたいのか、どんな態度でいればいいのかわからなくなった。
悟浄は何を思っているのか、冗談に紛らわせて肩に肘を乗せたりと、接触してくるのは以前と変わらない。
二人の関係に変化があったと気付かせない様に、わざとそう振る舞っているのか?
ならば、その方がいい。
悟空と八戒が気付かないままなら、その方が……。

適度に馴れ馴れしい方が、余所余所しくされるよりも心がざわつかないのが不思議だった。
別に触って欲しいなどとは思っていない。
自分にはスキンシップなんてものは必要無い。
が、ちょっかいを出してきた手を払い除ける、それがもう日常の一部と化している。
悟浄と悟空の喧嘩のように、この四人の中では何でもない当たり前の一コマとなっていた。

やがて旅を続けていくうちに、三蔵は当初よりも段々と悟浄の存在に慣れだした。
そばにいるだけで身体が知らずに覚えていた緊張も無くなってきたところだった。

それなのに、一夜で元に戻ってしまった。
悟浄の一部が自分の中に入り込んできて、身体の隅々まで行き渡り……。
常に悟浄がぴったりと寄り添っているかのように感じてしまい、己の意識から外せないでいる。

「クソッ……」

自分の身体が忌々しい。
だが、それよりも今は六道との決着をつけなければならなかった。
戦いの場に身を置けば、余計な思いに振り回されないでいられる。
やっと動けるという状態だったが、三蔵はすぐにでも飛び出して行きたかった。
八戒には安静にするように言われていても、自分が行かなければならないのだから。
こんなところでもたもたしている暇は無いのだ。

誰もいなくなってから、三蔵はこっそりとベッドを抜け出した。
まだ傷が痛み、身体には相当負担が掛かっている。
しかし、ここで止めるわけにはいかない。
身体を引き摺ってでもとにかく外へ出ようと銃に弾を込めていると、激痛に襲われよろけてしまった。
咄嗟に手をついたテーブルが揺れて、ガタッと大きな音が響く。
すると、コンコンとドアがノックされた。

「そこのタレ目のお兄さんよ、一人でコッソリ出て行きたいなら、そっちの部屋の窓からどーぞ」

(悟浄……!)

三蔵の動きが止まった。

「俺、一応お前の監視役でここにいるから。 俺に気付かれないよーに出てってちょーだい」

ずっと、そこに居たのか?
ドア一枚隔ててはいるものの、そばに……ずっと……。

三蔵はしばし固まったままでいる。

「いーんじゃねえのー、好きにすれば。 お前の問題なンだろ? 俺らにゃ止める義理もねェや」
「チッ、―――どいつもこいつも、お節介な奴らだ」

自分は自分だけの味方だと言う奴等だけあって、個人の領域には立ち入らないという空気が自然と出来ていた。
四人の間で適度な距離感が保たれている。
それでも、八戒などは心配性が先に立ってあれこれ構ってきたりもするが、悟浄は違った。
旅が始まってからは一貫して、他人に干渉しないという態度でいたのだ。
この場合、それが有り難くもあったが、素直にそうだと認めるなどとは、三蔵にはできなかった。
だから、つい小言が出てしまう。

「つれないなァ、間接チューまでした仲なのにっ」
「!!」

ジョークのように軽い口調で言った悟浄に三蔵がキレそうになった。
過去に自分のしてきた行動は棚に上げて、何が間接キスだ!
てめぇ、と言い掛けた三蔵を、押し殺した声で悟浄が止めた。

「壁に耳アリ、だぜ」
「っ…」
「いいのか、ここで全部ぶちまけて、あの二人にバレても」
「……」

ひそひそ声の会話が続く。

「あいつらの前では間接チューまで経験済みってコトになってんだから、それでいいだろ」
「貴様……」
「お望みなら、オフィシャルでその先へ進んでも構わねーけど、俺は」

ガチャ。
三蔵がドアの外の悟浄に向けて銃を構える。

「………とまあ、それは冗談でェ」

悟浄の声の大きさが元に戻った。
ここからは聞かれてもいい、という合図なのか。
その後悟浄は、生来の姿に戻った悟空に攻撃された時、六道の首の数珠が光った話を聞かせた。
まるで、その男を守るようだった、と。

「―――ま、俺は別にいーんだけどォ」

間延びした声で、悟浄が世間話のようにのんびりと言う。

「お前に何かあると、うるせーのが二人もいるからさぁ。 モテモテじゃん、三蔵様v」
「フン、……勝手にほざいてろ」
「ん、じゃーな」

姿を見せないままの見送りを背に意識しつつ、三蔵は窓から外へと出た。
自分の身を心配されるのは煩わしい、と以前はそれだけだったが、今は少し変わったかもしれない。
むず痒いような、何とも言えない感じ。
仲間など必要無いと思っていたが、ひとりぼっちでは無いという現状に慣らされただけなのか。
三蔵は、新たに発見した自分の中の感情については、しばらく見ないフリでいようと決めた。

月の無い夜、三蔵はひとり、六道の元へと向かった。







三蔵を送り出した悟浄は、まだそのままドアの前に座り込んでいる。

「終わったら迎えに行ってやるかー」

煙草を咥えた悟浄の口元には、微かに笑みが浮かんでいた。




〔6−3〕


思わぬところで遭遇した六道の件も何とか片付いた。
三蔵一行は更に西を目指していたが、途中、山に入ったところでまた雨に降られてしまった。

「何だよこの雨〜、急に激しくなってきた!」
「こんなとこで野宿は御免だぜ、ったくよー」
「おい、あそこ」
「灯りが見えますね! ジープ、あと少し頑張ってください!!」

山中に一軒屋の宿を見付けた四人は迷わず飛び込んだ。
しかし、そこでしばらく足止めをくらってしまった。
雨がなかなか止まないのだ。

満室では無かったので、その宿ではいくらでも連泊できた。
だが、雨だからといって留まっているのは三蔵達くらいのもの。
屋根の無いジープでも出発しようと思えば無理ではないが、動かなかったのだ、三蔵が。
いや、動けなかったというべきなのか。

六道と再会したせいで心の奥底に閉じ込めていたモノが表に出てきてしまい、三蔵にずっと纏わり付いていた。
雨と直結する痛ましい記憶。
起きていれば思い煩い、寝ても悪夢にうなされる。

旅の中断は、ただ雨のせいだと言ってある。
一人部屋だったので、こんな状態だとは気付かれていないだろうと三蔵は思っていた。
だが、違っていた。
三蔵が部屋に閉じ篭ったままでいるのが、三人とも気になっていたのだ。

悟空は、三蔵の体調不良かと思い、風邪ではないかと心配した。
八戒は、雨だから三蔵の様子がおかしい、と推理して、しばらく静観することにした。
自分もこの雨の中では、平静でいるにはまだ努力が必要だったから。

悟浄は、三蔵の隣部屋だったせいもあり、毎晩のようにうなされる三蔵の声を聞いていた。
聞いていて、居た堪れなかった。
あの夜を思い出してしまうから……。

見知らぬ男達に襲われた後、ずっとうなされていた三蔵。
苦し気な姿を見ていられなくて、荒療治に出た。
その行動が正解だったとは言えないだろうが、少しは効果もあったかもしれない。
男達の影に囚われていた三蔵は救い出せたと思っているから。
だが、冷静になって自分の行動を振り返ると、途惑いが生じるのも確かだ。

冷たい印象の三蔵の中にある熱さに触れられた喜び……。
そう、あのめくるめく快感は忘れられない。

身体など繋がなければ良かったという後悔……。
こんな風に四六時中一緒になるなどとは思ってもみなかったから、今更どんな顔すりゃいいのか。

もう二度と、この腕には抱けないと諦めた。
でも、あの瞬間をもう一度、と望んでしまう欲望の存在は否定できない。

強い三蔵であり続けてくれたなら、こんなに思い悩むことは無かっただろう。
必要とされないなら、手を伸ばしたりはしないから。
旅の同行者という関係を崩すような真似はしない、と決めていたから。

なのに、三蔵はまた苦しんでいる。
一体、どれだけの闇を抱えているというのか。
こんな三蔵に対して、自分はどうすればいいんだ?

うめき声を聞いて、ベッドの上でのた打ち回っているであろう三蔵の姿を想像してみた。
額には脂汗を滲ませ、金糸の髪が張り付いている。
ぎゅっと瞑っている瞼の上には、苦しそうに寄せられた眉。
食い縛っていても、漏れる声に開かれていても、ぽってりと厚い唇は魅力的なはず……。

――― !!

身体が反応した。
悟浄は焦った。
どす黒い劣情が腹の底から湧き起こってくるようだった。

――― 三蔵っ!!!!!

一度箍が外れてしまうと、もう止められない。
悟浄は夢中で分身を擦り上げた。
そして、三蔵の声を聞きながら、達した。



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