小説 遊亜さま

『0408』








それはまさに、極楽浄土も斯くやと思わせる光景だった。
光を纏った姿は、天から舞い降りてきたようで。
後々まで語り継がれるほどの華やかさと艶やかさは、人々を魅了し、得も言われぬ境地に至らせたという。
悪い虫が手を出したくなったのも、無理からぬこと……。



 * * *



「何だか賑やかですね〜」

ようやく辿り着いた町は、大勢の人々でごった返していた。
行き交う人は皆、高揚した面持ちで浮き足立っている。
鮮やかな色で彩られている大通りの突き当たりに立派な寺院が見えた。

「お祭りでもあるんでしょうか?」
「暦で言えば、灌仏会(かんぶつえ)が近いが」
「ああ、花祭りですね」

灌仏会とは釈迦の誕生祭である。
釈迦誕生仏像に参拝客が甘茶を掛ける行事が行われたりもする。
三蔵と八戒が話している間、悟空は食べ物の匂いに反応し、悟浄は若い女性の後姿を視線で追っていた。

「今日はこの町で泊まるんだろ?」
「ええ、そのつもりですが」
「じゃあさ、早く行こうぜ!」

悟空が待ち切れないように腰を浮かせて急かす。

「お楽しみが待ってる予感♪」

悟浄も頬がにやけるのを止められないようだ。

「取り敢えず、宿を探しますか」

あまりに人が多い為、車では危ないと判断し、四人はジープを降りて徒歩で町へと入って行った。



 * * *



又もや落胆した顔で、八戒が宿屋から出てきた。

「ここも駄目でした…」
「えーっ、これでもう何軒目だよー!」
「すみません」

自分が悪いわけでは無いのに、八戒はつい悟空に謝ってしまう。
遠方からもこの町に人が集まっているらしく、宿屋はどこも満室だった。
何軒も断られ続け、さっきは 「祭りの間、空いている部屋は無いだろう」 と宿屋の主人に言われてしまった。
これ以上、いくら当たっても無駄らしい。
そう説明すると、悟空があからさまに文句を垂れた。

「どうすんだよー!」
「黙ってろ、バカ猿!」

三蔵に一喝され、しゅんと項垂れてしまったが、顔には不機嫌さが貼り付いたままだ。

「やっぱり花祭りが行われるみたいです。 ここのお祭りは、五年に一度、派手に盛り上がるので有名だとか」
「今年がその年ってこと?」
「ええ」
「だから、こんなとこまで観光客が押し寄せて来てる、ってのか〜」

宿が取れないということも、悟浄にとってはさほど問題では無いらしい。
さっきから道行く女性を品定めしては、今夜の相手を誰にしようかと勝手に選ぶのに忙しいようだ。

「チッ、厄介な時に来ちまったな…」

仏教関係の祭りだということで、三蔵は嫌な感じがしていた。
何かに巻き込まれそうな、そんな予感が……。

「ただの旅行者として、大人しくしていればいいじゃないですか」
「それはそうだが」

眉間に皺を寄せているのを見て八戒が宥めるように言ったが、三蔵の気持ちは晴れない。

「とにかく、今夜どうするか決めないと」
「ああ」
「なあ、飯は〜?」

さっきまで文句を言っていた元気はもう無く、今にも倒れそうな声で悟空が空腹を訴えた。

「そうですね、取り敢えず先に食事、…ということでいいですか、三蔵?」
「構わん」

もしも最悪、今夜は宿が取れずにジープで野宿になったとしても、食事はちゃんとした店で済ませておきたい。
だから、三蔵に異論は無かった。

「じゃ、行きましょうか」
「わーい、飯〜飯〜」

悟空が打って変わって元気にはしゃぎだす。
そこへ、後ろから一人の老人が近付いてきた。

「もし、旅の方とお見受けしましたが」

声を掛けてきたのは、立派な白髭の老僧だった。

「拙僧はあちらに見えます寺の者で…、そなたはもしや玄奘三蔵法師殿では?」
「そうだが」

いつものことだが、相手を見据えた目と威嚇するような低音で三蔵が答える。

「実は、折り入ってお話が」
「俺には無い」

取り付く島も無い返答に、八戒と悟浄が顔を見合わせて苦笑している。

「そう仰らず、寺までご足労いただけると有り難いのですが」
「断る」
「見れば、宿が無く難儀しているご様子。 良ければ、寺の空き部屋をお使いくだされ」
「え、いいんですか?」

八戒がホッとした嬉しそうな声で聞き返した。

「おい、八戒…」
「ですが三蔵、実際問題として、今夜の寝床の確保はどうしても必要なんですから」
「チッ」

ここへ来るまで、何日も野宿が続いた。
そして、ここを出ればまた、しばらくは何も無いところを走る予定だ。
つまり、この町で宿が取れなければ、過去最高の野宿連続記録になるかもしれない。
季節は春に移り変わり幾分過ごしやすくなったが、三蔵としてもその事態はなるべくならば避けたかった。
ただ助手席に座っているだけでも疲れが溜まる。
久しぶりに、ゆっくりと手足を伸ばして休みたい。
そこまで考えて、ずっと運転しっぱなしの八戒は、もっと疲れているだろうと思い至った。
途中、妖怪との戦闘もこなしてきている。
表立って疲れた顔を見せはしないが、限界まで働かせるわけにもいかない。

「そこ、飯は出る?!」

三蔵がしぶしぶ了解の旨を答えようとした矢先に、悟空が老僧に向かって質問を投げ掛けていた。

「簡単なものでよければ用意させましょう」
「あ……」

その返事に、悟空が固まっている。
以前、山奥の寺で精進料理を出されたが、いくら食べても腹が満たされなかったことを思い出したのだ。

「俺、肉とか魚とかがいいんだけど……」
「俺も、酒が無いとそろそろ暴れるかも」

今まで黙っていた悟浄が、悟空の援護をするように参加してきた。
悟浄も、いい加減どこかに落ち着いて一服したいと思っているようだ。

「では、僕達は先に店で食事だけ済ませておきますから、三蔵はお話を伺ってから後で合流というのは?」

てきぱきと事を進める八戒に反対する者は誰もいなかった。
ひとり、三蔵を除いては。

「八戒……」

睨みつけても、八戒に効き目は無い。
チッ、と舌打ちして最強を誇る笑顔に背を向けた。

「俺が戻ってくるまで、店に居ろ」
「わかりました。 では、そこに入ってますね」

八戒が指差したのは、美味しそうな匂いを漂わせている飲食店だった。
三蔵はその店にチラと目をやると、老僧に伴われて寺へと歩き出した。
残された三人は三蔵の憂鬱など気にも留めず、目先の食欲にだけ支配されて店へと入って行った。



 * * *



「で、話とは?」

寺に着いて部屋に通されると、出されたお茶に手も付けず、三蔵が唐突に切り出した。

「明日の灌仏会のことで御座います」

やはりそう来たか……。
三蔵は、嫌な予感が当たってしまったと溜め息をついた。

「この寺では、五年に一度、盛大に催すことになっており、今年がその年に当たるのです。 しかし」

老僧はそこで間を置いた。

「少々難儀なことになりまして」
「何がだ?」

三蔵は急かすように訊いた。

「祭りでは、寺で選ばれた僧が一人、輿に乗ることが決まっているのですが、その者が先日、妖怪に殺され…」
「ここでか?」

被害に遭いながらも祭りを続けるのかと思い、三蔵が険を含んだ目付きになった。

「いえ、山を越えた寺まで遣いに出した途中で。 帰りが遅いので探しに行った者達も同様の目に」
「だが、この寺にはまだ他にも僧がいるだろう?」
「ええ。 ただ、運悪く該当する者が皆命を落としてしまい」
「あ?」
「選ばれるのは、二十歳から二十四歳までの者の内からと決まっておりまして」
「………」
「玄奘殿は確か、該当されるお年では?」
「ギリギリだがな……つまり、俺にその輿に乗れと言うんだな」
「その通りで御座います」
「断る」
「玄奘殿…」
「人目に晒されるのは好かんのでな。 それに、この寺のことならば、中の者で何とかすればいいだろう」
「ですが、輿に乗るべき人物はもう残っておらず」
「俺には関係の無いことだな」
「…そうですか。 確かに仰る通り、容易く人様の手を借りようという方が間違っておりましたな」

老僧は潔く諦め、申し訳ないと謝罪した。

「ところで」

言葉を続けた老僧の声の調子が、先ほどとはやや変化した。
どこか緊張が解けたような、砕けた感じが混ざっている。

「光明三蔵法師殿は、残念なことでした」
「師をご存知か」
「拙僧は共に修行させて頂いた身。 後に一度お会いした時、楽しみな子を育てているとお聞きしたことが」
「……」

三蔵は、しばし亡き師の面影を脳裏に描いていた。

「いや、お手間を取らせました。 お会いできただけでも良かった」

そういって微笑んだ眼差しに、師の笑みが重なった。

――― お師匠さま…………

「これも何かの縁。 お気になさらず、寺は宿代わりにお使いくだされ。 祭りの間はあまりお構いもできませぬが」
「…明日だけ、のことなんだな?」
「今、何と?」
「該当者の身代わりが必要なんだろ」
「では!」
「それ以上は御免だ」
「有難う御座います」

老僧は深々と頭を下げた。

「奴等を連れてくる。 世話になる」

一方的に話を切り上げると、三蔵は寺を後にした。

――― チッ、厄介なことになっちまったな……

いつもの自分なら、いくら頼まれても断っていたものを。
つい引き受けてしまったのは、師への思い故なのか。
返せなかった恩。
いつまでも引き摺っている後悔。
師と繋がりがあったというあの老僧に、果たせなかった思いを押し付けようとしているのでは…。
身代わりとして利用しているのは自分も同じだ。

――― 何時間か辛抱すればいいだけのことか……

三蔵は、割り切れない気持ちを抱えたまま、三人が待つ店へと向かった。



 * * *



「三蔵、こっちこっちー!」

店に入ってきた三蔵の姿を見つけると、悟空が大きく手を振り上げて呼んだ。
横では八戒が店員に何か頼んでいる。

「静かにしろ、バカ猿」

席に着くや否や、三蔵は不機嫌そうに煙草を取り出して咥えた。
もう充分食べたのか、反り返って足を組んでいた悟浄が、すっとライターを差し出す。
無言で火を貰った三蔵の前に、注がれたばかりの生ビールが運ばれてきた。

「お疲れさまでした。 ビールでいいんですよね」
「…ああ」

いつもながら気が利く八戒のタイミングの良さに感心しながら、三蔵はそれを一気に呷った。

「料理はもうほとんど残っていませんが、何か追加しますか?」
「いや、要らん」

テーブルには皿が山と積まれており、凄まじかった食卓だったことを物語っている。

「寺で食べてきたのか?」

自分は断ったものの、人の食事は気になるのか、悟空が興味を隠し切れない様子で訊いた。

「いや、茶にも手を付けずに出てきた」
「何で〜? 精進料理、ご馳走になってくれば良かったのにー」

悟浄が茶化したように言うと、三蔵はチラと一瞥しただけで自ら店員を呼び、ビールのお代わりを注文した。

「酒が飲みたい気分だったんだよ」

溜め息交じりで呟く三蔵に、三人は寺で何があったのかと気になった。

「で、話ってのは何だって?」

切り出したのは悟浄だ。

「明日の祭りに借り出されることになっちまった」
「おまえが?」
「ああ」
「三蔵、何かやるの?」

皿の山の向こうから悟空が身を乗り出して訊いてくる。

「ちょっと…な」
「説法でも頼まれたんですか?」
「いや……」

横にいた八戒に曖昧に答えた時、頼んでいたビールがやってきた。
三蔵はそれに口をつけると、説明の機会を延ばすかのようにゆっくりと喉に流し込んだ。

輿に乗る際には、何らかの装飾を施されるのだろう。
別に、そんな姿を見られても構わないが、敢えて言う必要も無い。
三蔵はそう判断して、これ以上は何も答えないことにした。

「行くぞ」

二杯目を飲み終わると同時にいきなり立ち上がった三蔵を見て、三人は呆気に取られた。

「え、もういいんですか?」
「今夜はあの寺に泊まる。 さっさと来い」

三蔵は既に出口へと向かっている。

「ったく、ジコチューにも程があるぜ、あの生臭坊主」
「とにかく、急ぎましょう」

八戒が二人を急き立てながらあたふたと会計を済ませて店を出ると、三蔵は寺へ向かって歩き出していた。

「待てよ、三蔵っ!」
「うるさい! とっとと付いて来やがれ!」

まだ人出の多い雑踏の中を、三人ははぐれないように必死に追いかけていった。



 * * *



明けて、祭り当日。
久しぶりに布団でぐっすり眠ることができ、四人は気持ちよく目覚めた。
しかし、三蔵だけはすぐに難しい顔をしている。

「今夜ここでもう一泊して、明日の早朝出発する。 それまでに旅の用意を済ませておけ。 いいな」
「はい」

返事をしたのは八戒だけで、悟浄と悟空はまだ寝起きの頭が回らないらしい。

「今から別行動だ。 祭りではしゃいで騒ぎを起こさんようにな」

そういい残すと、三蔵はさっさと部屋から出て行ってしまった。

「結局、三蔵が何をさせられることになったのか、聞けないままでしたね」
「ま、いーんじゃねーの。 説法なら別に聞きたくもねぇしー」

寝起きの一服を愉しみながら、悟浄がまだ布団の上でごろごろしている。

「朝飯は〜?」

ぐぅとお腹の虫を鳴らせて、悟空が情けない声を出した。

「もう、屋台が出ているかもしれませんね。 お寺の皆さんもお忙しそうでしたから、すぐに外へ出ましょうか」
「三蔵が別行動、ってんなら、俺もそうさせてもらうわ」

いつの間に着替えたのか、悟浄は既に出掛ける支度が整っていた。
今日一日、自由時間が与えられたのだと気付いた途端、有意義に過ごさねばと一刻も無駄にしたく無かったのだ。

「んじゃ、お先に〜」

あまりの早業に声も出なかった八戒と悟空が口をぽかんと開けたまま、悟浄が出て行くのを見送った。

「全く、欲望に素直な人ですね、悟浄も」
「なあなあ、俺達も早く行こうよー」

結局、悟空のお守りは自分に廻ってくるのだと、八戒は予測通りの展開に僅かに苦笑を漏らした。




丁度その頃………。

寺の奥の部屋では、用意された衣装を前にして絶句している三蔵の姿があった。



 * * *



祭りらしく屋台が多く立ち並び、歌や舞いがそこかしこで披露されている。
しかしこの祭りのクライマックスは、毎年ひとり選ばれる寺の僧侶が釈迦に扮して乗った輿だった。
その輿を中心に、行列が延々と続き、町を練り歩くのだ。
より良い席で見ようと、通りには何時間も前から陣取っている人が大勢いる。

昼過ぎになり、寺の門の付近がざわめき出した。
中を覗き込もうとしていた人垣が左右に分かれると、先ずは一列に並んだ僧が次々と出てくる。
祭りはいよいよ最高潮の瞬間を迎えようとしていた。

その時、悟空と八戒は食堂の二階席にいた。
悟空は朝飯として屋台を次々と攻略していき、充分に食べたはずだった。
が、昼前にはもうお腹が空いたらしく、どこか入ろうと八戒にせがみ、早々に二人して来ていたのだ。
丁度その店は通りに面していたので、二階席は偶然にも下の様子を眺められる特等席となっていた。
だが、悟空は食べることに夢中で、祭り自体にはあまり興味が無いらしい。
こんなにのんびりできるのも久しぶりだったので、八戒もここでゆっくりすることに決めた。

と、下がさっきよりも賑やかになった。
メインの輿が近付いてきているようだ。
段々と間近に迫るに連れて、悲鳴のような歓声が上がる。
が……。
人々は、自分の前をその輿が通り過ぎようとした時、急に静かになった。
息をするのも忘れたように見入っているのだ。
ピークまで達した歓声が一瞬にして止み、その後、じわじわとまた音が戻ってくる。
そのパターンが、輿の移動に合わせて順々に波打つように進んでいった。

八戒も、窓から少し顔を覗かせて、輿に乗っている人物を見た。
斜め上からだったので、はっきりとはわからない。
けれどその姿を見た瞬間、心臓がドクンと大きく打った。

――― あれはもしかして……!

思わず立ち上がると、悟空が不思議そうな顔で見上げていた。

「どうしたの?」
「あ、いや……えーと、買い忘れた物があったな〜と……」
「何?」
「その、色々と…。 悟空はここで待っていて貰えますか? 僕はその間に、ちょっと雑用を片付けて来ます」
「わかった」
「料理、足りなければ追加してもいいですよ」
「マジ? やったー! んじゃ、順番に頼む〜♪」
「足りなければ、ですよ…。 あまり、無理しないでくださいね」

悟空をひとり残していくのは別の意味で不安でもあったが、今は先に確かめたいことがある。

「お会計は、僕が戻ってきてから済ませますので」
「ん。 ひっへらっひゃーい!」

食べ物を頬張ったままの悟空に送り出され、八戒は急いで輿を追いかけた。
しかし、どこもかしこも人が溢れ、思うように進めない。

「寺から出発したってことは、寺へ戻りますよね……ならば」

八戒は、輿が進むのとは逆方向へと歩き出した。



 * * *



その感動をどう言い表せばいいのだろう。
悟浄は、目の前を行く輿に乗った人物に、一目で心を奪われていた。

行列は、先頭をゆく僧が散華を行い、舞い踊る花びらの中を輿がゆっくりと通っていく。
屈強な男達が担ぐ屋根付きの輿は、四方の柱が細いのでどの方向からでも中がよく見える。
豪華な装飾を施された中で、印を組みじっと座っているのは、ひとりのほっそりとした人物。
頭部は金でできた頭飾りがすっぽりと覆い、自身の頭髪の有無は窺い知れない。
輿の揺れに合わせてキラキラと光を反射しているその頭飾りの下には、負けないくらいに輝いている顔があった。
きりりとした細い眉。
長い睫毛に縁取られている目はやや伏せ気味で、瞳の色まではわからない。
鼻筋はすっと通り、紅を引いた唇がこの上なく艶めかしい。
身体には薄く透けた衣を纏っているが、肩から胸にかけてと腰から下しか無いので、肌の露出が多い。
白い肌は木目細やかそうで、思わず触れてみたくなるほどだ。
胸元にある金で細工された大きな首飾りが目を引く。
他に、耳飾りや首にはチョーカーも付けられ、二の腕と手首にも金細工の輪が填められている。
釈迦に扮したにしてはいささか煌びやか過ぎるかもしれないが、見物客にとってはどうでも良いことのようだった。
むしろ、目の保養になると喜ぶものがほとんどで、中には有り難がって拝みだす者もいた。
観光客のほとんどは輿に乗るのが僧だと知っているので、その感嘆は、
「男性なのにこんなに綺麗!」
というものだ。
だが悟浄は違っていた。
乗っているのが誰なのか、そんなことにはお構い無く、それよりも、
「今まで会ってきた中で一番美しい!」
と、そのことに驚嘆したのだ。
悟浄にとっては、これが仏教の祭りであるとか、相手の性別を確かめることなど既に頭に無かった。

「決めた!」

祭りの主役で、超絶美人。
それだけで、自分の相手としては申し分無しだと、ひとりで決めて悦に入っている。
今すぐにでも口説きたいくらいだが、祭りの最中に手を出す訳にはいかない。
この練り歩きが終われば隙を見付けて声を掛けようと、悟浄は苦労しながら輿に付いて行った。

やがて、町を一周した行列が寺へと戻ってきた。
寺の周囲はごった返していたが、悟浄は昨晩顔見知りになっていた下働きの者に裏口から入れてもらえた。
すぐに辺りを見回すと、祭りの成功を喜んで疲れも忘れたかのように談笑している僧たちが目に入った。
しかし、その中に目的の人物は居ない。

三蔵は、寺まで戻るとすぐに輿から離れ、老僧の労いと感謝の言葉もそこそこに境内の裏へと来ていた。
長時間じっと座っていたので、とにかく一服したかったのだ。
休憩できそうな場所にやってきた時、丁度悟浄もそこへ来合わせた。

(居た!!)

上手い具合に一人になっているのを確認して、そっと近付いていく。

「なあ、なんでずーっと笑わねーの?」
「?!」

いきなり声を掛けられ、衣の下に忍ばせていた煙草に伸びていた三蔵の手が止まった。

「あんたの笑顔は、きっと花よりも美しいと思うんだけど」

声で悟浄だとわかって振り向いたが、その目はいつも三蔵を見ているものとは違っていた。
距離が縮まり、建物の壁へと追い詰められていく。

――― もしかしてコイツ、俺だと気付いていないのか???

三蔵の身体がわなわなと震え出したのを、恥ずかしがっていると悟浄は解釈した。

「俺の腕の中で、淫らに咲いてみない」

壁に手をついて、身体を寄せた。
近くで見ると、どっかで会ったような気がする。
しかし、こんな美人なら忘れるはずが無いのに。
そう思いながらも、今はこの誘いを成功させることしか悟浄の頭には無かった。

「今夜、空いてる?」

伸ばされた手が頬に触れる寸前、

「この、エロ河童がーっ!!」

三蔵がどこからともなく取り出したハリセンが炸裂した。

「ってーーーーー!! 何でそんなモン…って、え? その声は……」
「誰をナンパしている」

腕を組んで仁王立ちになっている姿は、いくら着飾っていようと三蔵以外の何者でもなかった。

「………三蔵…サマ?」

(嘘っ…、目はあんなにぱっちりとして、唇だって艶々と赤く色付いているじゃねーかっ!!)

詐欺だ詐欺!
…と思いながらも、言われてみればその通り三蔵で、そう認識を改めると今度は別の欲情が涌き上がってきた。
綺麗な顔立ちだとは思っていたが、これほどとは……。
しばらくは、一緒にいるだけでドキドキしてしまうかもしれない。
どきまぎしている悟浄に、三蔵が睨みを利かせている。

「誰だと思ったんだ?」
「いやー、あのー、そのー、………ンなこと、オマエだってわかってたさ〜」

新たな劣情を悟られないようにと、どこか裏返った声で、焦りながら悟浄が弁解を試みる。

「ふんっ、どうだか」
「僕も、すぐにわかりましたよ」

いつの間にそこに居たのか、八戒が会話に参加してきた。

「三蔵、僕にもよく見せてください」
「何をだ」

少し目を細めて自分を見ている八戒の視線に、三蔵はやや居た堪れなさを感じた。
悟浄に間近で見つめられた瞬間は、胸の奥に火が付いたような気分になった。
が、八戒の場合は一気に燃え上がるのではなく、じわじわと燃え広がるようなのだ。

「ところで、悟空はどうした?」

二人の視線の前に、黙ってこの姿を晒しているのはもう耐えられそうもなく、三蔵は唐突に口を開いた。

「あ」

(忘れてました!!!)

八戒は一瞬の動揺を悟られないよう、すぐに笑顔を浮かべた。

「食べ過ぎたのでちょっと休ませてるんですが、迎えに行ってきます」

そう言って二人に背を向けると、怪しまれない程度に足早にその場を離れた。

(僕としたことが、あまりの美しさに心を奪われていたなんて……)

ときめきなどどこかに忘れてしまったと思っていたのに、まだ自分の中に有ったのか。
八戒は少し照れたような笑みを浮かべて、後ろ髪を引かれながらも悟空を待たせている食堂へと急いだ。

その後、二人が残った場所では、何発かの銃声と悟浄のものらしい悲鳴が響いていたという……。



 * * *



「あ〜、綺麗だったなー」

ジープの後部座席で、溜め息と共にうっとりとした表情を浮かべているのは悟浄だ。

「まだ言ってるよ、悟浄のヤツ」
「昨晩からずーっとですもんね」

悟空に肯きながら、八戒が苦笑を漏らした。

「なあなあ、またやってくれよ、あの格好」
「うるさい」

蕩けそうな顔で悟浄が頼むが、三蔵は眉間に皺を寄せただけだった。

「ねぇ〜、三蔵さま〜ん」
「殺すぞ、てめえ!」

苦虫を噛み潰したような顔で振り向いた三蔵の手には、銃が構えられていた。
悟浄はとっさに両手を上げて降参の意思を示したが、その目はまだ期待に満ちている。

「まあまあ、三蔵。 悟浄がもやもやするのも仕方がないですよ」
「何故だ?」
「この世のものとは思えないほど綺麗だった貴方のせいでもあるんですから 」
「俺の知ったこっちゃねぇ」

前に向き直った三蔵は、ふんっとそっぽを向いて煙草を咥えた。

「可能ならば、僕だってまた見てみたいです」
「もう二度と無いと思え」
「そんなに凄かったんなら、俺もちゃんと見とけば良かったなー」

後ろから身を乗り出すようにして、悟空が二人の間に割り込んだ。

「悟空は食べることに夢中でしたもんね」

目に付くものを片っ端から口に入れていた様子を思い出し、八戒がふふっと声を出して笑った。

「食い過ぎたって言ってたが、カードが止められるほど食ったりはしてねーだろうな」
「店の人から、もう材料が無いのでって謝られたけど」
「おまえな…」
「次の町でカードが使えなかったら、限度額オーバーってことですね」
「あのなあ……」

三蔵の難しい顔とは対照的に、八戒は何が楽しいのか、鼻歌でも歌いそうな様子で運転していた。
気分的にも身体的にもリフレッシュできた成果だろう。

「でも、祭りっていいなー! どれもうんまかったー! あの甘いお茶も最高っ!」
「けっ、ガキが」

悟浄に見下したように言われ、悟空が思わず振り向く。

「何だと、このエロ河童!」
「うっせーよ、脳味噌胃袋のチビ猿っ!」
「ってー! やりやがったなー!」
「ガキーガキーガキー」
「やかましいっ!!!!!」

ガウンッ!ガウンッ!ガウンッ!

「ひゃーーーっ!!」

三蔵の銃が火を吹いた途端、二人は大人しくなった。

「お祭りでうっとりとしていた人々がこんな姿を見たら、卒倒しちゃうでしょうね……」

いくら銃をぶっ放されても平常心で運転している八戒が、困ったような呆れたような表情になった。

「勝手に卒倒でも何でもするがいい」
「ま、知らぬが仏、ってヤツですか」
「ふんっ…、もっとスピードを上げろっ」
「はいはい」

旅の途中に食った道草。
思わぬ出来事も、たまには良し。
四人を乗せたジープは、今日もひたすら西を目指して走り続けていた。











この小説(+イラスト)の企画は、ゼロサム4月号の読者投稿のページで、
女装の似合いそうなキャラ第2位の三蔵さまへの、福井県サンフラワー様の
「うっかり悟浄にナンパされてハリセン炸裂」という萌えコメントを元にさせていただきましたっ(^∇^)
欠かせない大事な要素として
●三ちゃんはうっかりさんである。
●女装するv
●悟浄にナンパされる♪
●ハリセン炸裂!
という難しい課題があったのですが、遊亜さんが見事にクリア!(≧∇≦)///
三ちゃんに女装させるのは至難の技と思ってたんですが、お師匠様とジジイ攻めという
三ちゃんの弱点をついてます!
そして三ちゃん、めちゃウッカリさんです〜(〃∇〃) ///カワイイっv
悟浄も八戒さんもこれから色々とv何かもっと続いて欲しいですv
装飾された三蔵さまイラスト(見国かや)』も描かせていただきました(∋_∈)//
かなり飾り立ててるしお化粧もしてるので、勇気のある方だけ御覧ください〜(∋_∈)///
がはっ

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