「終焉に捧げる星」シリーズ


小説 紫水様



「『水の草原』の彼らはその後・・・・」











C.E.59


あれから何年経っただろう・・・
心の隅にちくりと刺さったままの棘・・・・
私が気にする方がおかしいと思いながら未だ忘れられない、憎みきれない彼のこと・・・
忘れ去られたのは自分・・・
だから、忘れ去ったはずだった。
地球に捨てて来たはずだった。
希望を全て捨て去った・・・残るものは絶望と孤独・・・




初めての地球、初めての肉親、初めての兄弟、初めての自転車、初めての海・・・・
初めての好意、初めての抱擁・・・そして、初めての接吻・・・
初めての恐れ、初めての嫌悪、初めての拒絶、初めての殺意、初めての絶望・・・・・

全てが嵐のように我が身に降りかかり、決断を促した。
そして、全てを失った。
――否、捨て去った。

人ではないこの身、償いをまずオリジナル、アル・ダ・フラガに、そして、ムウに真実を告げた奥方に負って頂いた。見事に燃え盛る火を見ながら、私の胸も復讐の歓喜で打ち震え燃え上がっていた。


そのとき、私の心の中にはムウの存在は一片も無かった。

消防や、警察や、泊まり客達が右往左往する中、屋敷林の小高い雑木林の中から私はその業火を眺めていた。高らかに笑ってやりたかった。全てを焼き尽くせと・・・
罪を犯した者への審判の火が何処まで焼き尽くすかを、自分の身の事など考えずに炎の色に魅入られていた。私の行動は誰にも見られてはいなかったはず、この火で私も焼かれただろうと思うだろう、否、思い出してくれれば良い方だろう・・・・

悲鳴と泣き声が先程から耳について苛付いて来ていた。
誰だ?泣き喚いてももう手遅れさ・・・

「お怪我はございませんか?ラウ様?」
「!!!!――お、お前・・・」
「はい、執事でございますよ、お探しいたしました。逃げ出されていて良かったです。ホッと致しました。ムウ様も乳母様がお助けになられましたから・・・不幸中の幸いでした。」
「ムウ?・・・・・・!?もしや、泣いているのは・・・・」
「お可哀想に、ずっとお泣きですよ・・・」


ふとその時まで忘れていた、彼の事・・・・
初めて暖かな気持ちを交わした彼の事・・・・・
なぜあの時言い訳をしなかったのだろう・・・・?
彼には誤解されたままだ・・・

「アッ!!」
と、執事が驚きの声を上げた・・・
そちらを向くと、彼が崩れ落ちるように倒れ、付き添いの者に抱えられているところだった。

「彼を見て来て上げてよ、私は大丈夫だから・・・」
「ありがとうございます。ここを動かないで下さいませ、悪いようには致しませんから・・・」

彼の方を見ていると、救急車両が近くまで来て担架に載せられて彼は運ばれて行った。

そして、しばらくして、執事が若い男を連れてやって来た。
「私の親戚の子です。駆け付けて来てくれたので貴方の事を頼みました。明日一日待って下さい。悪いようには致しませんから・・ご心配なく。」
執事は向き直って連れの青年に説明する。

「ムウ君の友達で、両親が旅行中だ。すぐには迎えに来られない。新学期が始まるまで我が家に滞在中だったのだが、ムウ君は病院、家に帰らせてあげるので、それまで面倒を見てやってくれ、全部焼けてしまっているので必要な物から買い揃えてやって欲しい。」
「分かった。家に連れて行っても良い?」
「・・・・マスコミがうるさくなると困るから・・・・絶対内緒だぞ、家族の者にもそう伝えてくれ。ここから出るのにも気を付けろ?!」
「了解!」
「勝手に話を進めましたが宜しいですか?」
と、ラウの方を向き尋ねる。
「ええ、宜しくお願いします。それとかろうじてIDカードは持ち出せましたから・・そちらの心配はありませんから・・・」
「じゃ、頼む。」
「お気をつけて・・忙しくても、明日中にはご連絡をしますから。くれぐれも早まったことは為さらずに、お任せ下さいませ。」
「わかった。ありがとう。」



手を引かれて、その青年の後ろを走る。木々の中をしばらく走るとふと道路に出た。人影の無い所で、それでも休まずに彼の車まで走る。
車に転げ込むようにして座るともう息を整えるだけが精一杯でいつスタートしたかも分からなかった。
「大丈夫だよ、近くだから、すぐ着く、大変だったね。」
「・・・・・」

確かに近くだった。息が整った頃にはもう駐車する頃だった。

「母さん、おじさんから頼まれた。この子を預かってくれって。あの屋敷に来ていたんだそうだ・・、ウ〜ン、先ずお風呂だね。」
「ムウ坊ちゃまのお友達?大変だったわね〜?大丈夫?お風呂はこっちゆっくりと入って少し食べて、ゆっくりお眠りなさい。」

案内されてバスタブに浸かる。何かめまぐるしく環境が変化するのに付いて行けてなかったが、ようやくほっとした。
外は朝になり長い一日が過ぎたことを知る。
家まで連れて来てくれた青年と、その父親、母親、青年の弟と一緒に朝食を食べる。気遣ってくれているのだろう、余り根掘り葉掘り聞かないでくれて有り難かった。事実、さすがに二晩ほとんど眠っていないため眠気がもようして来ていた。
案内された客間で眠り込んだ。敵か味方かしっかりと今の状態を考えておきたかったが、もう限界だった。






ドアのノックの音に眼が覚めた。
「やあ、良く眠れたみたいだね、良かった。」
カーテンが開けられた。明るい光が部屋に差し込んで来た。
「何時ですか?」
「4時ごろかな?あ、君が着ていた洋服から同じサイズの服買って来たから着てみて、煤や埃で汚れていたから・・・」
「ありがとうございます。」
ごそごそと一式取り出してベッドに置くと部屋を出て行った。


下着から本当に靴以外一式丁度のサイズに驚きながら、これが家族なのかな?と思ってしまった。やあ、出来たね?お茶にしよう、洗面所はここ、これ使って、と、渡された旅行用品にも暖かく感じた。
午後のお茶をしている時に執事が顔を覗かせた。
「ごゆっくり出来ましたか?」
「今日の最終便にお席が取れました。今すぐ出られますね?」
「はい。」

「これがカバン、機内に持ち込めるから・・・」
「有り難う、この子が世話になった。また礼は後でさせて貰うよ。」
「おじさん忙しいんだろう?俺が代わりに送ってやろうか?」
「否、この子は駄目だ・・・気持ちだけ有り難く貰っておくよ。明日から、屋敷の方を手伝ってくれ」

「じゃあ、世話になった。」
「有り難うございました。ご恩は忘れません」
頭を下げて、ラウは執事の手に引かれて車に乗り込んだ。





「来た時に着いた空港からポルタ・パナマへ行きます。最終の貨物便がコロニーメンデルにも荷物を運びます。それに搭乗出来るように手配しましたから・・・彼に頼むと驚きますからね〜」
「夜になりますよ、ヘリで大丈夫ですか?」
「いえ、屋敷のビジネスジェット機を用意しました。大丈夫です。私も付いて行きますから。」











フラガ所有の小型のビジネスジェット機がすでに滑走路上で待機中だった。
二人が搭乗してすぐ離陸した。


「私のような者に良いのですか?」
「明日にも親族の方々をお運びしますから、お気になさらなくて大丈夫ですよ。このような時だからこそ、誰も気にしてはいないし、素早く身をお隠しになった方が貴方のためと思いましたから・・・」
「――ラウ様悪いようには致しません・・・」
「それは・・・」

『何故、ここまで親切にして下さるのか?』と、問う機会をまた逃がした。
にっこりと微笑まれてその後の言葉が続けられなかった。

「あの・・・ムウ君の様子はどうでしたか?」
「・・・・」
「悪いのですか?」
「――お元気です。どこもお怪我はありません。――ただ・・・この事件の記憶がありません。昨日からの、事柄と、貴方の記憶が・・・・火事もスッポリと抜け落ちているのです・・・」
「・・・!・・・・・・」
「ラウ様?」
黙ったままラウは身体が冷たくなっていく感じに襲われていた・・・
私を・・・・・拒絶・・・?した・・・・
君も・・・君も・・・私を切り捨てたのだ・・・
あの冷たく私を認めなかった人々のように・・・・





『――これから毎日一緒だ、毎日言ってやるよ、ラウ・・・君が一番大好き・・・・ってさ、楽しく暮らそう?泣いている暇なんかない、喧嘩もしよう、一杯一杯いろんなことを二人でしよう?・・・』

あの約束はやっぱり・・・・夢でしかなかった・・・

――そうだ・・・彼のことはこの地球に捨てて行く・・・・・ムウ、君が私を忘れたのなら・・
・・私も君を・・・・
――ムウ、君を忘れて見せる・・・



俯き、唇を噛み締め、拳を震わせて黙りこんだ少年を執事は痛ましく見つめていた・・・
そして、すっと立ち上がり、乗務員室の方に歩いて行く。しばらくして、何かを手に戻って来た。
「どうぞ、温かいほうがいいから飲みなさい」

と差し出されたのはホットミルクだった。眼で促されたラウはそっと口に含む。ふと眼を執事に向ける。
「ちょっとブランデーを垂らしてきました。少し時間がありますから休んで下さい。」
「大丈夫ですよ、落ち着きましたから・・・
あの家でゆっくり眠れましたから・・・
不思議ですね?全くの見ず知らずの家のベッドでですよ?熟睡しました・・・・
あのような人々と家の様子は初めての経験でした。
御礼を言っておいて下さい。――有り難かった・・・・」

「それはようございました・・・そう言って頂くと喜びますよ。」

全部飲み終わってマグカップを返す。
「ご馳走様でした。有り難う・・」

カップを戻してラウの隣に帰って来た時にはやはり彼の目蓋は閉じられていた。軽く毛布を掛け
てから、少し後ろに離れて座る。

そして執事は顔を伏せ手で覆うとがっくりと肩を落とした・・・







宇宙港のポルタパナマに到着した。

事前の連絡などからすぐにチケットは出され、本人と確認、認証された。幸いに身分証明のカードを持っていたことが助かった。

「ラウ様、お元気で・・・しばらくは身の安全を・・・・・そして何かありましたらご連絡を・・・これを貴方に・・・・」
と、一枚のクレジットカードを手渡した。フラガ財閥のシークレットカードだと・・・・

「アル様の物です。使用可能です。これはご使用されると私個人に連絡が入ります。何かありましたら何でもいいです。カードをお使いください。すぐにお目にかかり行きますから・・・場所も特定出来ます。何かお困りの事あればご連絡ください。そして、これが私個人連絡用のアドレスです。お力になりますから・・・
そして、これは・・・フラガ財閥からの償いとお考えください」
「では・・・搭乗手続きが始まりました。・・・ラウ様、お元気で・・・・・」

「――ムウを、ムウ・ラ・フラガを頼みます。・・・・お世話になりました。
――ありがとう・・・さようなら・・・・」




貨物専用機の搭乗口の入り口まで無理に付いて行き、見送った。くれぐれも頼むとクルーたちに申し添えて離れた。
離陸し終えるまで、空港から離れられなかった。

それからしばらく、あの日、ムウ様と何処からか帰って来られたときの表情やお声が忘れられな
かった。
それは幻のような玉響の、蒼い煌きのごとき大切な宝石のようで・・・・












そして、数年後、執事は休む前に毎日の日課である、私信のメールチェックをしていた。

『ラウからムウへ』
余程の事がなければ読み飛ばしているような、間違いかと一瞬思ったほどの短い件名のメールが
届いていた。

『ラウから・・・・』
彼だ!!
急いで開けるとそれは間違いもなくあの夜のことがまざまざと蘇って来た・・・

『覚えていらっしゃでしょうか?お久しぶりです・・・覚えていらっしゃいましたら・・・・・ムウのその後の記憶はいかがでしょうか?・・・・・教えていただきたいと存じます。
学校の教育方針のお陰で今地球に降りています。
プラント内では、地球とは自由に私信を交信出来なくて、秘密保持に信頼が置けないものですから、この機会を得て貴方に連絡を取った次第です。
3日後には又戻ります。
お返事お待ちしております。
最後になりました、その節は命を救って頂きましてありがとうございました。 ラウ』








もう、5年が経とうとしている?・・・彼も大きくなったのだろう・・・あの時は学校は行っていないと言っていた。考えが変わった、新しい道を掴んだのだろうか・・・?ならば救われる・・・

ただ、本当のことを伝えていいのか・・・・?
苦しむだろう・・・たぶん・・・

あの時の絶望の表情が忘れられない・・・・拳を震わせ・・・唇を噛み締めていた・・・

だが、今でも想っていてくれているのだ・・・こうして・・・
――真実を・・・・
やはり伝えるべきなのだろう・・・


『・・・・・――以上のように現在におきましても残念ながら回復はしておらず、今後すぐの記憶の回復は見込めない、との見解を主治医から得ております。
なお、大学進学までは現在の寮生活を続けて行かれるようです。以下に、学校名と、学生寮の住
所を記しておきます。
   ―――――――――     以上』





棘は抜けない・・・・まだ、苦しめというのか?
彼は忘れたのだ・・・私を・・・もう、思い出さない・・・・
私はいつまでしがみ付いている気だ・・・?
あの、一瞬の光芒の出来事に・・・・いつまで・・・・
――切り捨てろ!!・・・

――忘れたのか?
お前は奴と等しくはないのだ・・・
未来を語りあえる者ではないのだ・・・
――忘れろ!!


ムウ・ラ・フラガ・・・・お前と訣別しよう・・・・ラウ・ラ・フラガももういない・・・

私は・・・・「ラウ・ル・クルーゼ」だ!!











あの二人の約束を忘れてしまったムウ…
隊長のあの一言の言葉から、こんな素敵な物語りが//ありがとうございます//
水の草原という駄イラストを描かせていただいて、そのイラストをイメージして
いただいてるのも、嬉しいのですが、このお話は、やんわりと、見国が以前クルフラクルアンソロに
描かせていただいた、空と暗転というマンガに繋がってる感じにしていただいてるのです(*^∇^*)
本当に嬉しいですっっありがとうございます〜///
執事さんがラウのために尽力してくれる、その暖かい想いも嬉しかったです
ラウは孤独だけれど、ラウのために尽してくれる人というのは、実はたくさんいたハズだと
思いますし。だって放っておけないです! 余計な手も出しちゃいそーですけど(照)
次回はアデスのお話ですvお楽しみに!


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