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今日も、奴は俺の前に現れた。
「・・・ひどい顔」
第一声で随分と失礼なことを言う。


それから、俺はいつものように、奴とセックスをした。




「なあ、三蔵」
「何だ」
「・・・お前を殺してもいいか」

文字通り”消す”。俺の頭の悪さもここまで来たか。
奴は面食らったような顔をした後、軽い笑みを浮かべ。

「どうして、そんな事言うんだ」
「・・・馬鹿だからじゃねえ?」
「なるほど」
「お前な」
「そうしたいなら、さっさとすればいいだろ。承諾なんてとってんじゃねえよ」
「ああ」

確かにそうだ。

「それで?俺に利点はあるのか」
「は?」
「俺がお前に殺されて、俺に利点があるのか」

・・・こいつ、俺と同じくらい馬鹿かもしれない。

「あるかアホ」
「だったら、訊くんじゃねえよ。利点がねえなら俺がいいって言うわけねえじゃねえか」

何だか、馬鹿馬鹿しいことこの上ない会話になってきたな。
というか、出だしがあまりに馬鹿馬鹿しいから、まともな会話になるはずもない。
俺は俺に呆れ果て、何だか妙に疲れてしまった。
どうでもいい気持ちになって、俺はこのまま寝てしまおうと瞳を閉じる。
すると。


断ち切る。
消す。


それらの単語がまた脳を過ぎる。

でも俺は本当にできるのか。

いつの間にか距離を測り違えてしまった。失敗した。油断した。痛恨のミスだ。
今更ながらの後悔が襲う。こうなってしまっては、もう遅いのではないのかと。



「いいよ」



渦に飲み込まれた俺の耳に、ふと、奴の言葉が届いた。
目を開く。すこし皮肉めいた微笑がある。


「それでお前がずっと俺のことを忘れないなら」



呼吸が止まった――――





――――もう、逃れられないのではないか。
お前のことを憎みきることができないままで。
俺はただ上澄みのような感情を掬い取るだけ。薄っぺらい感情だけ。
俺はお前を愛してはいないが、きっと愛したくないわけではない。
悲鳴を上げる。鬩ぎ合う。俺の中で。
嫌だ嫌だと幼い子供がしゃがみ込んで駄々をこねている。
気づきたくなかった。本当は一生気づきたくなんてなかった。

「何泣いてんだ、お前」

ほら、また。
俺の頬に涙なんか流れていないのに、お前はそうやって俺の中に手を入れて取り出したものを言葉にして。

「ばかっぱ」
嫌味な笑みを口元に湛え、頬に手を当て、くちづけ。染み渡るように。


・・・せめて、今は、この感情に溺れてもいいのか。

一瞬浮かんだ言葉を叱咤いて打ち消す。
俺は錯覚している。俺は錯覚しているんだ。
見掛け倒しの観念に。刹那の。枯れるまで間もない。こんな感情に。
抗う。猛反発のこころ。
陥落できない。根幹を崩してしまったら、俺は全ての道しるべを失う。俺を失う。


最も憎むべきものに俺はどうしたって跪けないんだ。
















「今日は悟浄はいませんよ」
「知ってる」

開くドア。悠然と中に入る姿。その背中を見遣る男の顔に笑顔は無い。
ソファーに腰掛けた男と、ダイニングの椅子に腰掛けた男、ふたり。

静寂の支配。
ややあって、静寂の破壊。

「中々しぶといんだよな」

ぼそりと呟いた言葉に、椅子に腰掛けた男が目を見開いた。

「頭の中で思い描いたシナリオ通りには進まない」

楽しげに語る口調は、けれど、聴いた者に戦慄を覚えさせるほどにひどく冷たく刃のように鋭い。
ソファーの男は、疲れたように伸びをすると、背もたれに身体を預け瞳を閉じた。
頭の中にあるのは、ひとりの男の姿。

「まだ、もう少し、かかるかな」

そう言った後で、喉を震わせて笑った。

「あなたは・・・」

強張った声。

「何だよ」

嘲るような声。

「そうやって、彼をどうするつもりなんですか」
「どうするつもり?」
「追い詰めて、壊して、どうするつもりなんですか」

憤っているつもりはなかったが、声が荒いだ。

「・・・・・・だってしょうがないだろ」

その時、ギラリと瞳が光ったように見えたのは気のせいか。

「愛してるんだから」

口元に微笑み。冷笑という名の。椅子の男は言葉を失ったかのように、ただ呆然と向こう側の男を見た。
姿を思い描き、彼を語る時の男の目の奥には確かに愛しさがあった。けれどそれは何て冷たい。

「お前には分かるよな」

ソファーからゆっくりと立ち上がり、近づく。
椅子に座ったままの男を見下げ、両の手で相手の頬を包み、微笑んだ。
その姿を黙って見上げ、やがて、その手首をきつく掴むと、そのまま思い切り自分の方へと強引に引き寄せた。

間近で見詰め合う。まるで憎しみ合っているような視線。

「同病者」

蟲惑的な声。
嘲るように笑うが、それは本当は誰に向けられているのだろう。

「・・・そうですよ。僕はあなたと一緒だ」

そう言った後で、悲しげに瞳を閉じた男はさらに言葉を繋げる。

「あなたは僕と一緒だ」

可哀想な人だ、と。
その台詞を聴いた男は、曖昧に目を細め、その手で悲しげな男の頬を優しく撫でた。

その感触に触発され、男は目前の唇に己のそれをゆっくり重ねる。
死体にしているように、まるで反応は返らなくとも、ただひたすら続けた。




愛は確かに悪だけれど、
時に、誰かを、あなたを癒すこともあるのだと。
彼ならあなたに伝えられるだろうか。

そんな愛の存在を信じきっている、彼ならば。



(おわり)






あいかわらずカッコ良いお話をありがとうございます!
スフィア様のコメントで
『「雨が降っていた」について53の立場を逆転させてみようかな、
なーんて思ったのが書くきっかけでした。今度は駄々っ子が悟浄、という。
そして八戒の役割はあんまり変わらず(笑)。
そうしたら!知らず知らずのうちに三蔵が性悪な奴になってしまった!』
と、性悪な三蔵!!(〃∇〃) 性悪というか魔性というかv
天然三蔵とはまた違ったセクシーさで、誘い受けぶりにゾクゾクさせられました〜///
意気地なしヘタレゴジョたんは、も〜愛しい人ですし//
八戒さんの鋭くて臆病な愛にも痺れました///大人な世界を描いて下さってv
ヤられまくりです///また是非宜しくお願いいたします!!

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