どうして貴方はそんなに、生き急ぐのですか?
貴方は何処に向かっているのですか?
まるでゆらゆらと波の上を漂うように、どこか儚げで、危うげで、掴み所がなくて。他人はきっと、毅然とした態度でブリッジに立ち、的確な判断で指示を出し、自らもMSに乗って出撃する、そんな貴方の姿しか知らない。
だから貴方を一人になんて――できないのに。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
『アデス!』
突然通信越しに怒鳴るラウの声に、アデスは思わず息を呑んだ。先ほど帰頭したばかりなのもそうだが、その声は傍から聞いてもはっきり分かるほど苦しげだった。
「隊長、どうなさっ……」
『ヴェサリウス、発進する!』
怒鳴る声の合間から、荒く息を吐く声が聞こえる。
彼が何らかの理由で時折発作を起こし、そのために薬を服用していることは知っていた。が、そんな状態になるまで何処で何をしていたというのか。コロニーメンデル内で、一体何があったのか。
しかしそんな詮索をする暇もなく、ラウは指示を出すだけ出して一方的に通信を切断した。
アデスがラウの身体のことを知ったのは、もう大分前のことになる。万が一のため、なのだろう。ラウ本人からそのことを聞かされていたのだが、ラウは全てを語りはしなかった。
――何故隠すのです? 私はあなたが信用するに足りない人間ですか?
まだ出会って日が浅かったこともあり、アデスはそう言ってラウに詰め寄ったものだ。命令をする側とされる側――それが隊長と艦長という関係ならば尚更、信頼関係が必要だというのに。
するとラウは、薄く笑っていきなりその仮面を外した。無防備に晒された素顔に、アデスは何も言葉を発することができなかった。
――これでも満足しないか?
苦笑交じりに、ラウが問い掛けた。
――……隊長。
――アデス、君とは長い付き合いになりそうだ。……信頼している。
おそらく、彼の素顔を知る者はそう多くはいないだろう。それを知ってしまった自分。裏切ることも、逃れることも、もうできるはずがなかった。
「アデス艦長……」
クルーの一人の声に、アデスは思考を中断する。他のクルーたちも、指示を待っている。
胸に渦巻く様々な感情を断ち切るかのように大きく息を吐くと、口を開いた。
「――艦を発進する。それと、隊長のシグーを用意だ」
「はっ!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「準備はできているか?」
「――隊長!」
いつの間にか、ラウがブリッジに姿を見せていた。通信が入ってからは大して時間が経っていない。ということは、発作が治まるのもそこそこにここに来たということか。
確かにラウの声や様子からは、先ほどまで苦しんでいたことは全く感じない。――が、そんなラウの様子がアデスを不安にさせた。
「はい、シグーの用意はできていますが……」
「そうか、ならばすぐに出る」
身を翻し、ブリッジを出て行くラウ。その背中が消えた扉をしばし見つめていたアデスだったが、どうにも悪い予感を消すことができなかった。
「そのまま操縦を続けろ。私は少し席を外す」
「艦長、どちらへ?」
「……隊長のところだ」
クルーにそれだけ告げると、アデスはラウを追った。残されたクルーたちが、アデス艦長の心配性にも困ったものだと苦笑していることは、もちろん知る由もなかった。
「隊長!」
ラウが格納庫に入る一歩手前で、アデスはラウの腕を捕まえた。軽く腕を引いたつもりが、無重力空間のため勢いづいたラウの体をアデスは両腕で抱き止める。
「どうした、アデス?」
引き止められたせいか、操縦を放り出してきた自分を責めているのか、ラウの声は非常に不機嫌そうだった。すぐにアデスの腕から逃れ、去って行こうとする。
「待ってください!」
アデスがラウの前に立ちはだかり、両肩を掴む。
「どうした、はこちらの台詞です。何をそんなに急いでいるのですか? あのコロニーで何があったのですか?」
ラウの表情はいつもの仮面に阻まれ、全く読むことができない。しかし余裕ぶっているようでいて実は焦っているのだと、アデスには分かっていた。
「隊ちょ……」
ふと、ラウの手が肩に置かれたアデスの手に重ねられた。
「悪いな、アデス」
ほんの僅かだけ、口元に浮かべられた微笑。
「もう、時間がないのだ。だから――」
いかせてくれ。
そんな顔でそんなことを告げられては、引き止められるわけがなかった。
「……分かりました。ですが、」
「どうした、いつものお前らしくないな」
「悪い予感が…するのです」
上手く言えないが、このままラウが消えてしまうのではないかという、恐怖。行かせてしまったら、もう二度と会えないのではないかという、不安。
「お前のその予感は、あてになるのか?」
「さぁ……今までこのようなことはなかったもので」
笑みを作って答えたつもりだったが、おそらくその表情は引きつっていたことだろう。
しばらくアデスの顔を窺っていたラウが、ゆっくりと口を開く。
「――真実を告げてきた」
その一言に、アデスは軽く目を見開く。
「あの男に…全てを」
「あの男……?」
「私を救うかもしれない、男だ。鍵は渡した。あとは奴次第だ。しかし早くしなければ、それすら叶わなくなる」
早口で吐き出される言葉に、アデスは改めて恐怖を覚える。彼はここにいながら、自分の目の前にいながら、既に自分を見てはいない。
貴方は何を見ているのですか?
何処に行こうとしているのですか?
しかしその疑問を口にするより早く、ラウはアデスの体を押しのけて、格納庫の中へと向かった。
「隊長……」
もう彼には聞こえていないと知りながら、その名を口にする。祈るような気持ちでそっと目を伏せた。
「ここに…帰って来てください」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
アデスの不安は的中した。
あれが、彼との永遠の別れとなってしまったのだ。
小さな爆発を繰り返しながら、操縦を失って落ちていく艦の窓越しに、アデスは彼の姿を探した。
「……隊長」
そっと手を顔の横に沿え、敬礼の形を取る。……この際形など、どうでもよかったかもしれないが。
「ちゃんと『救い』を手にしてから…ここに、還って来てください」
心残りは、貴方を一人にしてしまうこと。だけど貴方を一人で逝かせてしまうよりは、この方がよかったかもしれない。
思考はそこで中断され、身体は爆炎に包まれていた。
いくつもの命の終わりを目にしながら、自分も、宇宙の星へと還ってゆく――。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
気付いた時、ラウの目に映ったのは眩い光だけだった。
命が消える時放たれる、ひかり。
人は死ぬと星になるのだと、いつの時代にか言い伝えられていたらしい。今の時代の人間は、それは全くの迷信だとは知っているけれど。
しかし寿命を迎えた星は、その命を燃やし尽くすかのように、眩く美しく輝くという。人の命も、どこかそれに似ていると、ラウは思う。
それはおそらく、宇宙という戦場に生きているからこそ。
あれからいくつも、命の終わりの光を見た。
よく知る者の最期も、名も知らぬ者の最期も、どんな者の最期も、全て同じだった。光となって消えていった。
そしてどの終わりも、冷静に見ている自分がいた。
アデス……私の心はもう、とうに壊れていたのかもしれないな。人の死を見ても、『楽しい』としか感じないのだ。お前の死も――あの男の死すらも。
何故なら死だけが、無になることこそが、私が救われる唯一の方法だと気付いていたから。
その、ひかりの向こう側だけが、私の安らげる場所だから。
fin.
海音さまのコメント
『うちのアデクルは手も繋いだことのないような清い関係なのですが
(笑)、あの二人の間には愛情とか信頼とかではくくれない感情があったんじゃ
ないかなと思っています。』
二人のそれぞれの想いはとても深くて、でも悲劇の形でしか安らぎを見い出すことが
できなかったコトが、とても泣けてしまいます(T□T)///
あの時の隊長の感情が海音さんの小説のままであったら良いです///
素晴らしい作品ありがとうございます///