アデス×クルーゼ
小説 Rai様
『一輪の花』
隊長が倒れた。
その言葉を聞きつけて、アデスは指揮を副艦長に任せてすぐさまその場に駆けつけた。
そこに居たのは、床に着くかつかないかのところで力なく横たわっている恋人と、それを取り囲むクルーたち。
そして、駆けつけた軍医と他のクルーをどうにか遠ざけると、アデスはラウを抱えて彼の自室へと向かった。この姿を見られるのは彼の望むところではないと。何よりも、こんな弱弱しい彼の姿を見られたくないという思いが強かった。
部屋に着き、腕の中の人をベッドに横たわらせると、身体の圧迫感を少しでも減らそうとその軍服の前を開けて緩め、仮面を外す。そして、仮面を外したその顔の青白さに驚いた。遣り切れなさに歯噛みし、静かにその身体に毛布を掛けた。
どうせ、自分は何も知らない。
無力感にアデスは拳を強く握り締めると、そのベッドの横の床に腰を降ろした。
◆ ◆ ◆
あれからどのくらい経ったのだろうか。
アデスは目線を上げて彼の部屋にある置時計を見た。まだ三十分も経ってないなかった。
ふと、ブリッジはどうなっているのだろうかとも考えたが、この場を離れるわけにもいかず、持ち上げかけた腰を再び降ろした。アラートが鳴っていないのなら、大丈夫だろうと考えて。
そして、アデスはベッドに横たわるラウの寝顔を見た。やはり顔色はまだ良くないものの、先程よりも大分マシになってきた。
「どうか……御自愛なさって下さい。」
吐き出される言葉。それはどこか祈りのようで。
アデスはその緩やかにウェーブのかかった柔らかな髪を梳こうと手を伸ばしかけたが、ふと、彼の枕元に転がる青いカプセルが目に入り、それを手にとって見てみた。
風邪薬ではないようだ。かといって、鎮痛剤などの類でもない。
いや、それよりも、何故彼の部屋に薬があるのかが謎だった。ナチュラルならまだしも、何故コーディネイターなどが持つ必要があるのだろうか。それも、医務室などではなくて、自室に。
「結局……貴方のことなど、私は何も知らないのですね……。」
落胆した声で呟くと、アデスは一瞬それをどうしようか迷った。
このまま持っていけば、この薬の正体が分かるかもしれない。それと同時に、何故彼がこの薬を持っているのかも。芋蔓式で彼が一体何者なのか、そして彼に対する疑問が分かるかもしれない。
全て分かるかもしれないが。
「……貴方は望まれないでしょう。」
緩く首を横に振ると、アデスは青いカプセルをベッドの下にワザと転がした。見なかったことにしようと。見たことを彼に気取らせないようにと。持っていては、彼でなくとも見つかった時にどう言えば良いのかわかならい。
すると。
「……アデス?」
その声に、アデスは一瞬心臓が止まりそうになった。まさか見られたのではないのだろうかと、背に冷たい汗を感じながら、アデスは慌てて顔を上げた。
「た……隊っ…長…?」
その声は裏返っていたが、ラウは気にする様子を見せなかった。ただ、ぼんやりとした焦点の合わない目がアデスを捉えていた。その僅かに潤んだ目に、アデスはつい見惚れる。
「私は……」
「あ……倒れてしまわれていたので、自室にお連れいたしました。」
「…………」
聞こえているはずだった。しかし、まるで聞こえていないようである。ただ、どことなく惚けた目でじっとアデスを見るだけで。
「……隊長?」
怪訝に感じたアデスがそれだけ言うと、ラウはアデスの軍服を掴んだ。その手は微かに震えていて。何かに縋るかのようで。
「……お前は……気持ち悪くないのか……?」
何が、とアデスは言いかけるが、ラウに先を越される。
「恋人の得体が知れなくて。……私は……お前に何一つ自分の事を話してないのだぞ。」
アデスはここで漸く納得がいった。彼はまだ夢の世界へ片足を入れているのだと。焦点の合わない目は、夢なのか現実なのかわかっていないためであると。でなければ、彼は自分からこんな事を切り出してくるはずが無い。
そして、アデスは自分の軍服を握っている手をそっと外して、指を絡ませて握る。震えが少し治まったように感じた。
「そんな事ありません。貴方が私を愛して下さっている。その事実だけで、私は充分です。」
そう言うと、少しだけ嘘が混じっている事に、アデスは心の中で苦く笑った。
本当は、全てが知りたかった。素性も、目的も何もかも。
だが、「愛されている」という事実で充分だという事は本当である。
彼が自分に何も言わないのは、その想い故だというのがわかるから。
「私はいつか全てを滅ぼす。……ここのクルーもお前も何もかも。だが……滅ぼすと決めたのに私は……お前だけは失いたくないと思ってしまうんだ……。」
恐らく、彼の一番言いたくない言葉なのだろう。
アデスには、その内容の意味が理解できない。全てを滅ぼすと言う真意も。ただ、自分を失いたくないということだけは分かった。不謹慎と分かっているものの、嬉しく思わずにはいられない。
「でも、お前だけ残すなんて無理……なんだ。一番最後は私自身なのだから……。」
彼はどこか泣いているように見えた。
「…………」
アデスは、ラウの上体をゆっくり起こして柔らかく抱き締めた。そして、その金の髪を丁寧に梳く。そしてわかった。その身体も震えているということに。
少しだけ抱き締める力を強くした。すると、ラウはアデスの背に手を回す。
「何故、私たちはもっと早く出会えなかったのだ……? そうすれば……私はお前のいる世界を美しいと感じられたかもしれないのに……。何故、私は……終わりを望んでしまうのだ……!?何故、私は『ラウ・ル・クルーゼ』としてこの世に生まれなかったのだ!? 何故、この世は何故『私』を否定する!! せめて……せめて、一人の『人間』としてお前に出会っていれば!私はこの世を美しいと感じられたかもしれないのに!!……お前のいる世界を……滅ぼそうなどと考えず……共に生きていこうと思えたかもしれないのに……。」
水も光もない、己の中に広がる砂漠の中でたった一輪だけ咲いた花。光と水を与えてくれた人間。しかし、その人間を手にかけ、花を自らの手で摘み取る日がいつか必ず来る。その人間を裏切っても。その花は、成す事に歯止めを掛けるには小さすぎた。だが、戸惑わせるには充分な輝きだった。
もし、この砂漠が砂漠ではなくて、普通の大地であれば。なんの躊躇いもなく、その花をずっと大事にしていくだろう。水と光をくれた人間と共に。
しかし、今ではもう遅い。
それがラウにとって何よりも悲しかった。
「……すまない、お前に何も話せなくて。怖いんだ。お前が私から離れていくのが。」
「…………」
アデスは頬に涙が一筋伝っていくのが分かった。
彼の言っている事は分からない。分からないが、その独白には彼の悲しみが詰まっていた。
そして、その悲しみの中に、自分の存在があることを。自分の存在が、彼の成そうとしている事を、戸惑わせている事を。
泣くのはラウに対して失礼かもしれない。これほどの涙で、彼の悲しみを共感したとはあまりにもおこがましい。
しかし、泣かずにはいられなかった。
「………っ!!」
アデスは強くラウの顔を自分の胸にうずめさせた。涙が、ポタリ、ポタリ、とラウの白い軍服に染みを作っていく。
「言いたくないのであれば、何も言わなくて結構です。私は命ある限りずっと貴方の傍にいますから。信じてください。私は貴方だけを愛してます。」
アデスはそれだけを言うのが精一杯だった。
ラウは、その背に回した手に力を入れた。
「すまない……! すまない、アデス……!!」
「貴方が謝る必要などありません……。私はずっと傍にいますから。」
アデスは軍服の袖で強く目を擦る。そして、すこし身体を離すと恋人の顎に手をかけて顔を覗き込んだ。青い瞳は僅かに潤んでいた。
ラウは、背に回していた手を解いて、アデスの両頬に触れた。
「だが、これだけは信じてくれ……!! 私はお前だけを愛してる。例え、私が何者であっても……!」
「有難うございます……!!」
アデスは、その唇にそっと己のを重ねた。
その感触と温もりはあまりに心地よかった。
そして、二つに誘われるかのように、ラウは徐々に意識が遠のいていくのが分かった。
◆ ◆ ◆
「……ん?」
ラウが気付いたのは自室のベッドの上だった。
「気が付かれましたか?」
続いて降って来たのはアデスの声。
まだ何処となく焦点の合っていない目だが、ラウはハッキリとした意識だった。
「私は……」
「倒れてしまわれたので、私が運び致しました。」
先ほどと似たような会話。でも、彼は憶えていないのだろう。
「……私は眠っていたのか?」
「ええ。でも、まだ一時間も経っていません。」
そう言うと、アデスはその汗ばむ額に口付け、額から離れると今度は唇に重なった。重なるだけのキスだったが、その温かさと心地良さに、ラウはアデスの軍服の端を掴む。
やがて離れると、名残惜しげにラウの手が軍服から離れる。
「……アデス。私は眠っている時……何か言っていなかったか?」
夢だと思った。夢だと思いたかった。
「? 何がですか?」
しかし、アデスの反応は怪訝そうに自分を見つめるだけ。
「いや……何でも無い。」
「そうですか。では、暫く休んでください。私は、ブリッジの方へ戻りますから。」
アデスはラウの髪を柔らかく梳くと、背を向けてドアの方へと行く。
その背を見送り、ドアが閉まるのを確認すると、ラウは深く息をついて全身をベッドに預け
る。
運んだのが彼で良かった。
もし、他のクルーであれば、恐らくそのまま医務室へ行くことになっただろう。そして、この体調不良だけではなく、知られたくない事まで知られてしまう。
それだけは避けたかった。
「全く……。お前は不器用なのだか、器用なのだか。」
そして、同時に悲しさを覚えた。
ラウが他人に知られたくない事を持っている。その事実を誰よりも知っているのが、他でもない恋人なのだと痛感せざるを得ない。
しかし、それでも彼は何も聞かない。
「……すまない、アデス。」
ラウは、今の言葉を夢で言ったような気がした。そして、確かにアデスの声をその後で聞いたような気がした。
「…………」
本当に夢だったのだろうか。
ラウは何気なく、ベッドの端に置かれた仮面を手にしようとしたが、誤って落としてしまった。そして、ベッドの下を覗きこむような形で仮面を取ると、そこに青いカプセルが奥の方で転がっているのを見た。
そして、ラウは一気に青ざめる。
最後に飲んだのはこのベッドの上だ。誤って落としたにしては随分と距離があった。
そして、考えられるのはただ一つ。見られたのを気付かせまいと転がしたのだ。
彼のためを想って。
何も知ろうとしないまま。
「………っ!」
ラウは顔をベッドに強くうずめた。手が壊れそうなほど、きつく仮面を握り締めて。
――言いたくないのであれば、何も言わなくて結構です。私は命ある限りずっと貴方の傍にいますから。信じてください。
その言葉が夢なのか現実なのか、この際どうでも良かった。
「何故、私はこんな……っ!」
これから全ての人類を裁こうとしている自分が、たった一人の男を失うのが恐い。失いたくないが故に、何も言えない。いつかは分かってしまう事で、巻き込んでしまうにもかかわらず。この手で殺すも同然にもかかわらず。
それでも恐かった。
「すまない……私はそれでも……」
実行しなければならない。何を犠牲にしても。
例え、次に犠牲になるのが……恋人だとしても。
「だが、これだけは信じてくれ……。私はお前だけを愛してる。例え、私が何者であっても……!」
――有難うございます……!!
ふと、アデスが唇にキスを落とした。その頬は泣いた跡があり、目も僅かに赤く染まっていた。
そんな幻が見えた。
「………ぁ」
ラウの頬に涙が一筋伝っていった。
―fin―
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朦朧とする意識の中でだけ、真実を口にしたクルーゼ隊長(T□T)///
アデスの包み込むような愛が嬉しくて…///
どんなにこの世界に愛しい人がいたとしても、
世界の崩壊を願う気持ちは止められないのです…
呪わしい気持ちは
自分を傷つけ、苦しめるばかりだと知っていても…
アデスみたいな人ばかりの世界だったら、隊長はとても幸せになれたのに…ですね(T□T)//
素敵な小説ありがとうございます///
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