最遊記
八戒×三蔵
小説 ひろぽ様

■□■離れ難くて……■□■





「帰らねぇのか?」

「帰りますよ」

「なら帰れ」

「帰りたくなったら、と続くんですよ」

「ふん」

 長安の郊外。
 人口の明かり届かぬ場所だから……。ジープを照らすのは空からの旅人だけ。
 それさえも時折、雲の奥で旅の疲れを癒してしまう。
 一時の休息を得て、また地上を目指す。
 果て無き道を歩き続ける者達の道標となる為に。金色の輝きに心癒してもらう為に。

 ぬるり。
 窓のないジープの上を爽やかとは云い難い、夏特有の蒸し暑い風が通り抜けた。
 肌に触れる風の気持ち悪さに三蔵が頭を振る。揺れる金糸が月光に反射し、煌いた。

「ぁあ」
 八戒がその神々しいまでの眩さに感嘆を漏らせば、空からの旅人は姿を隠してしまった。
 何層にも重なった雲が流れる程の風ではないのに、無理に呼び寄せた雲で輝きを覆ってしまうのは、地上に輝く金色に嫉妬したからなのか?

 輝きを反射させる自分達がいなければ、人間の放つ金色など闇に溶けてしまうさ。
 あの輝きは自分達がいてこそだ。

 遥か昔からの旅人達は、自尊心を傷付けられた怒りから理性を無くす。
 人間の輝きなど、闇に勝てる筈がない。

 漆黒の闇よ。人の子の輝きを飲み込んでしまえ。
 嫉妬に狂う月光は、今夜を闇に支配させる。
 だが。

 闇に支配させても。
 闇に支配させたからこそ、思い知らされてしまった。
 自分達が勝てる相手である事を。

 彼が光の源であることを。

 月の光たちが、闇夜でさえ輝く金色を持つ人間が、いる事を知った瞬間だった。

 光たちは己を恥じて、雲の中に姿を潜めたまま。

 だが、金色の人間への好奇心に勝てず、雲の中から覗き込む。




■□■■□■■□■■□■

「まだ……」

「まだ帰りません」

「そっか」

「はい」


 闇の中で紫水晶の輝きと翡翠の輝きが攻防を繰り返している。
 三蔵が帰れと云えば、八戒がまだ帰らないと返す。
 帰らないと返す八戒に、三蔵は安堵する。

 そして、後悔する。何故、素直に『まだ帰るな』と云えぬのか?

「事故っても知らんぞ」
「大丈夫ですよ。貴方が守ってくれているでしょう? 」
「面倒くせぇ」

云って欲しい。
自分からは絶対に云えないから。
何処かで宿を取りませんか?と。

だが。
きっと自分は駄目だと答える……。

それがどうしようもない我が儘である事を理解出来ぬ三蔵ではない。
それでも三蔵は胸の内で強請ってしまうのだ。

もう少し、一緒に居たい。
まだ離れたくない。と。

八戒の住む町と自分の住む長安は片道に半日かかる程の距離ではないが、決して近くはない。

 ジープを時速100キロで走らせて2時間程かかる。その距離を八戒は0にしてくれるのだ。
自分に逢う為だけに。

『三蔵は忙しいんですから、暇な僕が動くのが自然でしょう?』

他の者に見せる事のない微笑みを浮かべて八戒は車を走らせて来る。
自分に逢う為だけに。

無理はしないで欲しいと思う。
自分が負担になるのは嫌だから。

反面、強行軍になるのを承知で八戒が来る事を当然と受け止めてしまっている自分がいる。
自惚れか。

どれ程、無理をしようとそれが自分の為であれば、八戒が自分を裏切る事はないのだと三蔵は確信していた。
根拠などない。

ないからこその自信。
だから。
強請る。

八戒が云ってくれる事を。
『宿を取りませんか?』
 と訊いてくれる事を。

三蔵が『駄目だ』と答えるのを承知して。

八戒が『冗談ですよ』と返さなければならないのを承知して。

こんな時、自分のずるさを思い知らされる。

欲しい言葉を誘導する。


「おい」
「はい?」
「後ろで……」
言葉途中で八戒は答える。

「ありがとうございます。でも大丈夫ですよ。それに中途半端に寝たら余計に疲れちゃいますし」
「なら帰れ」
 そんな言葉を伝えたいわけじゃないのに。

 言葉が欲しいだけ。
『ジープの座席で寝るなら、宿のベッドの上で眠りたいです』
 八戒も、伝えたい筈の言葉。

『貴方ともう少し、一緒にいたい。貴方を腕に抱き眠ることが出来たら……。また一ヶ月、頑張れる』

 二人が伝え合いたい言葉。

 叶わぬ願いと知るから、伝えぬ言葉。

『『明日、太陽が姿を見せるまででいいから……それ以上望まないから。一緒にいたい』』

 伝え合えぬ二人を包むのは。
 時の流れる音が聞こえる程の、静寂。

 ぬるり、とまた風が吹く。
 先に動いたのは八戒。

 サイドブレーキを乗り越え、三蔵の法衣を引く。抱き締める。
 不意の抱擁にも、三蔵は抗わない。
 ただ、八戒の息が届くのを待つ。

 閉じられる紫暗。金糸が揺れる。
 届く。

 待ち侘びる口唇に。
 愛しい男の濡れる息が。
 重なる。

 許す。
 侵入を。
 コクリと。
 飲み干す。

 愛しい男が流し込む、甘美な蜜を。
 零すことなく。
 離れる。

 甘い夢が。
 起こされる。
 闇色の現実へと。

 三蔵は感じる。八戒が、煙草を銜えるのを。
「幾度試しても、美味しいとは思えないんですよねぇ。コレ」
 火を付けるため、深く吸い込み、苦笑するのを聴く。

 視力を解放すれば、八戒が紫煙を吐き出すマルボロを、三蔵に渡す。
 そして。
「三蔵が一服したら帰ります」
 告げた。

 三蔵が願わなかった言葉を。
 三蔵が欲した言葉を。

「宿に泊まれればいいんですけど……」
「駄目だ」
「あはは。冗談ですよ。ちゃんと帰りますよ。 僕」
 脚本通りの会話。
 一月ごとに繰り返される茶番劇。

「吸ったら、降りて下さいね。本当は……寺まで送っていきたいんですけど……」
「女じゃねぇんだ。一人で帰れる」

 八戒に云わせてしまったから。イヤな言葉を。
 だから、今度は三蔵が耐える番。
 見送る辛さは知っているから。

 背中を見せられ、手が、声が届かなくなる恐怖を互いに知るから。
 八戒も、三蔵も。
 別れる時に見送るのは嫌いだった。
 だから、自然に交わされた約束。

 「帰る」とその言葉を告げられた者が、告げた者を見送る。
 決心を揺るがせない為に。
 心をそれ以上、傷付けさせない為に。

「八戒」
「はい? 」
「降りる」
「はい」
 助手席から、三蔵が飛び降りる。
 乱雑に。

 翡翠の眼差しから逃げるように。
「気を付けて帰って下さいね」
 背中に降り注ぐ声。
 八戒が見られない。

「僕も安全運転で帰ります。また来月貴方に逢いに来ますから」
 綺麗な微笑みを浮かべる八戒の零す、涙に溺れそうになるから。
「三蔵。お休みなさい」
 ジープが唸る。

 また二人の空白の時間が始まる合図。
 ヘッドライトの眩い輝き。
 思わず。
 三蔵が声をあげる。

「見舞い何ぞ面倒な事、しねぇからな」
 八戒をしっかりと見据える。
「はいっ」

 ヘッドライトに浮かぶ三蔵に向かって、八戒は今度こそ、本当に綺麗な微笑みを見せた。
そして。 
 既にサイドブレーキも解除されて、シフトもドライブにチェンジされているジープのブレーキ・ペダルから足を外す。

 思い切りよく、アクセルを踏んだ。



■□■■□■■□■■□■

 雲の合間に隠れていた光の子らは地上に立つ金色の祈りを聴いた。
 せめて、月明かりが出てくれれば。八戒が闇夜を走らずにすむように。
 桃源郷に月の光が満ちたのは、それから間もなくの事。

■□■END■□■







切ない83小説をありがとうございます(∋_∈)///
三蔵様の金糸と雲にまぎれる月が夜闇に印象的で…
一歩引いてしまう八戒と、どうしても一歩前に進めない三蔵との
二人の距離がもどかしいのがまた素敵なのです〜///
これからの二人の進展も読ませていただけると嬉しいです

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