『白い誘惑』
悟浄×三蔵

小説 遊亜さま
イラスト見国かや




街を出て山に差し掛かったところで突然、,妖怪達による襲撃が始まった。
強敵ではないものの、倒したそばから次々に新しい姿が現れると、いい加減うんざりしてくる。

「ちっ、しつこい奴等だ」

応戦しているうちにいつしか森の奥へと入ってしまい、4人はバラバラになっていた。
鬱陶しいくらいに木々が生い茂り、姿は見えない動物の奇声や咆哮があちらこちらで聞こえる。
三蔵は向かってくる相手を確実に倒していったが、次第に、戦いによるものだけではない不快感に襲われだした。

・・・嫌な場所だな

今までの旅で通ってきたところは乾いた大地が多かったが、ここは違っていた。
湿気を帯びた空気が体に粘りつく。
息苦しささえ感じ、早くここから立ち去りたいと思った。
けれど、それには目の前の敵を片付けてしまわなければならない。

「面倒くせぇんだよ!」

倒しても倒しても涌いてくるように現われる妖怪達に向かって、三蔵は印を結び真言を唱え始めた。
ギリギリまで引き付けてから発動された『魔戒天浄』。
あれほど群がっていた輩が一掃された。

「これで全部か?」

辺りを確かめ、ジープがいるところまで戻ろうと足を踏み出した瞬間、バサッと近くの木の葉が揺れた。
ハッとして銃を向けると、そこには見慣れた紅い髪の男がいた。

「三蔵、そっちは終わった?」

少し傷を作っているものの、悟浄も敵を倒してきたようだ。
だが、まだ辺りを窺うような視線を送り、いつものような軽口が出てこない。

「ここヤバイぜ、早く出ちまおう」
「どうした?」
「妖怪よりもタチの悪いのがいる」

悟浄は、戦っている最中に妖怪が蛇に襲われたという話をした。
だんだんと苦しみだし、遂には命を奪われたと。

「きっと猛毒を持ってる。 あんなのに噛まれて死ぬなんてゴメンだぜ」
「それでなくとも、こんなところに長居は無用だ」

二人はやって来た方向へ駆け出そうとした。
その時、シュルシュルと耳障りな音がするや否や、何かが目の前に飛び出してきた。

「っ!」
「三蔵!!」

法衣に食らいつく細長い生き物。
1m以上はあろうかと思われるその体は、どぎつい赤と黄色の斑模様で不気味なことこの上ない。

三蔵は咄嗟に銃で払い除けたが、蛇はまだ牙を剥いている。
再び向かって来ようとする直前、悟浄の錫杖により頭部を切り落とされた。
それでものた打ち回っている胴体を見て眉を顰めた悟浄の耳に、三蔵の微かな呻き声が届いた。
見ると、崩れ落ちた三蔵が太腿を押さえて脂汗を流している。

「毒! 早く毒を出さないと!」

悟浄は三蔵に飛びつき、その体を大木の根元に凭れかからせた。

「構…うな……」
「バカ野郎っ! んなこと言ってる場合じゃねーだろっ!!」

悟浄は怒鳴りながら抵抗しようとする三蔵を押さえ付け、法衣をめくった。
錫杖の刃を使ってジーンズを足の付け根部分から引き裂き、噛まれた部分を曝け出す。
すらりと伸びた細く白い足についた牙の痕が痛々しい。

「ううっ!」

苦痛に顔を歪ませる三蔵に 「暴れるなよ!」 と怒声を浴びせると、腰と膝を押さえ込み太腿に唇を付けた。
三蔵は呻きながら下半身に覆い被さった紅い髪を掴んだが、その腕に引き剥がそうとするだけの力は入らない。

「じっとしてろっ!」

今は三蔵のプライドなんて言っていられない、その命を救わなければプライドもクソもあったもんじゃねえ。
悟浄はさらにきつく三蔵を抱え、毒を含んだ血を吸い出し吐き捨てるという作業を何度か繰り返した。

「…っ…くっ……」

悟浄の髪を掴んでいた三蔵の拳が震えていた。
きつく閉じられた瞼がぴくぴくと動いている。
あらかた毒を吸い出した頃、三蔵の手が力を失いだらんと落ちた。

「こんなとこでくたばるタマじゃねーだろっ!」

声を掛けながら、血で塗れた法衣を引き裂いて紐状にし、傷の上部を力いっぱい縛って傷口にも布を当てた。
応急処置はやったが、早く医者に診せないと危険なことに変わりは無い。
額に滲む汗を拭ってやると、三蔵の体が冷たくなってきているのに気付いた。

「マジかよ……」

悟浄は背筋が凍りつくように寒くなった。
噛まれたのはジーンズの上からだから、直接被害にあったよりはマシかもしれない。
けれど、無闇に三蔵を動かすと、吸い出し切れなかった毒が体に廻ってしまうかもしれない。
が、このままここに居てはまた何がやってくるかわからない。
歩かせるよりは自分が抱いて運んだ方が負担が少ないだろう。
とにかく一刻も早くと思い三蔵を起こそうとした時、ジープのエンジン音が近づいてきた。

「八戒! こっちだ!!」


* * *


舞い戻った街で探した医者から、命に別状は無いと聞かされた。
助かったのはジープで迅速に運びすぐに治療を受けられた故だが、咄嗟に毒を吸い出した悟浄の働きも大きい。

しかし、その悟浄は、三蔵があんな目に遭ったのは自分のせいだと思い込んでいた。
危険がわかっていたのに、それを告げたところだったのに回避できなかった……。

三蔵が治療を受けている間、部屋の外で壁に凭れたまま動こうとせず自分を責める悟浄。
無事だとわかってようやく安堵の息をついたが、治療が終わった後は三蔵のベッドから離れようとしなかった。

「鎮静剤で眠っていますから、多分朝まで起きませんよ」
「わかってる」
「じゃ、僕らは宿屋で休みますね」

おやすみなさいと声を掛けた八戒に片手を挙げただけで応える。
ドアが閉まると、病室は二人きりになった。
一晩は安静にした方がいいということで、今夜はここを貸してもらっている。
自分もついていたいと懇願した悟空は、八戒がうまく説得してくれた。
あの猿はきっと、朝一番にここへ戻って来るのだろうが。

「三蔵……」

助かって良かった。
失いそうになって、失いたくない存在だと改めて気付かされた。
そして、愛おしさが溢れそうになった。

息を詰めるようにして、寝顔をじっと見つめる。
いつもよりも色を失って蒼白になっているようだが、それが返って三蔵の美貌を際立たせていた。

あの時の……眉根を寄せた三蔵の苦しそうな顔を思い出す。
苦悶の表情は欲情してしまいそうなほどで。

あの雨の日、思いがけず興奮した三蔵に煽られた時のように……。
視線が三蔵の姿をなぞっていた。

緩く合わせた襟元から覗く、浮き出た鎖骨、白い肌。

その白さに惹き付けられていると、昼間の光景が脳裏に浮かんでくる。

引き裂かれた布の中から現れた剥き出しの太腿……白い肌を流れる一筋の赤い血……。

・・・見たい

えっ?!
悟浄は、自分の頭に浮かんだ想いに自分で驚いた。

寝ている病人の肌が見たいなんて、それじゃあ変質者じゃねーか…。
けれど、一度生まれてしまった欲望は簡単には消えてくれなかった。

「傷の確認、ってことなら正当な理由になる?」

誰が聞いているわけでもないのにそう言い訳すると、三蔵を覆っている毛布に手を掛け、ゆっくりはがした。

医者が貸してくれた患者用の寝間着姿は、三蔵をいつもよりも儚げに見せている。
裾を摘み、前身頃をそっとめくってみた。

森で見たあの美しい足が、今また自分の目の前に曝け出されている。

清潔な包帯に巻かれた太腿が眩しいくらいだ。
唇を付けた時の感触が、血の味と共に甦る。
鉄くさいだけのはずなのに、どこか甘美で…。

肌に軽く触れると、滑らかな手触りが悟浄を翻弄しそうになった。
撫でまわしたいのをぐっと押さえる。

手を離すと、気付かぬうちに視線がそこから上へと移動していた。

毒を吸い出す時は夢中だったから気にも留めなかったその部分。
今は、薄い布1枚にだけ覆われた場所。
こんな風に見てはいけないと思うのに、そこから目が離せない。

・・・触れたい

思った時には、もう手が伸びてしまっていた。
布越しに形を確かめるように掌で包む。
と、三蔵のひとさし指がぴくりと動いた。
それに気付かない悟浄がそのままそっと撫でてみると、中のモノが僅かに形を変えた。
その瞬間、悟浄は弾けるように三蔵から離れた。

「ヤバイって、ヤバイって! マジ、ヤバイって!!!!!」

自分が何をしようとしていたのか、冷静になって考えると恐ろしくなってきた。

「起きて……ねーよな?」

顔を覗いて見てみたが、規則正しい呼吸が確認できただけで特に変化はない。
悟浄は必要以上に慎重に動いて寝間着と毛布を元通りにすると、もう一度三蔵の顔を窺った。

「卑怯な真似して悪かったな、これはお詫びってことで」

目元に唇を寄せ、優しいキスをひとつ落とすと、起こさないようにゆっくり離れた。

しばらく名残惜しそうにその寝顔を見つめていたが、その姿はやがてドアの向こうへと消えていった。


* * *


八戒の言った通り、三蔵は朝まで目覚めることは無かった。
目を開けるとそこは見知らぬ病室で、自分が治療を施され眠らされていたと解釈した。
下半身に微かに痺れが残っているようだが、動けないほどではない。
こんなところでぐずぐずしている暇は無いと、体を起こした。
ベッドのそばに置かれてあった白いシャツと黒くゆったりしたズボンを自分用だと判断し、着替えて出口へ向かう。

ドアを開けると、すぐ横のソファに、座って腕組みしたまま眠っている悟浄が居た。
出てきた三蔵の気配に、悟浄が目を覚ます。

「礼は言わねぇぜ…」

こっちは頼んじゃいねぇと思ったが、借りを作ったようで自然と仏頂面になってしまう。

「そんなもん貰えるようなことは、なんもしてねーよ」

言い返しながら、悟浄は目の前に立っている三蔵をチラリと窺った。
が、すぐに視線を外すと、わざとのんびり大きなあくびをした。

まるで、心配などしちゃいなかったぜ、とでもいうように。
その時、バタバタとこちらに近づいてくる足音が聞こえてきた。

「あ、三蔵が起きてるっ! 三蔵っ! 三蔵ーーーっ!!」

不機嫌だったところへいきなりいつものような騒々しさが戻ってきて、三蔵の眉間に皺が寄った。

「やかましいわっ!!」

飛び付こうとしてきた悟空の頭にハリセンがヒットした。

「おはようございます、気分はどうですか?」

頭を抱えている悟空の後ろから、穏やかな微笑を湛えて八戒が姿を現した。
少しだけ憔悴が残っている様子は、三蔵を心配していたことを物語っている。
その顔が、あくびで涙目になっている悟浄に向けられた。

「廊下で寝てたんですか、悟浄」
「え…いや、まあ……」

しどろもどろな悟浄の顔を悟空が覗きこんだ。

「あれ、寝不足?」
「そっちはぐっすり寝たみてーで、朝っぱらから元気いっぱいだな」
「ちげーよ、だって三蔵が心配で、すぐには眠れなかったもん」
「おまえは食ったらあとは寝るだけなんだろうが、チビ猿」
「チビって言うな! 赤ゴキブリ!」
「何だと、てめぇ、このバカ猿!」
「バカ猿じゃねー! このエロ河童っ!!」
「う……」

いつもなら、まだ延々と言い合いが続くはずだった。
しかし、どこか気まずそうな悟浄が口を噤んでしまったので、辺りは急に静かになった。

「なんで言い返さないんだよ?」
「…別にぃ」

いつもと勝手が違うので不思議そうに悟空が訊くが、悟浄は素っ気なく答えるとそっぽを向いた。

「三蔵、どこかおかしなところはありませんか?」

唐突に、八戒が冷静な声で三蔵に尋ねる。

「ん?」
「傷以外で……体に不審なところは……」
「いや、何もねぇが」
「それならいいんですが」

・・・やべえ、八戒のやつ、何か感づきやがったか?  

動揺していることを悟られ無いようにと、悟浄は3人から顔を背けたまま煙草を吸いだした。

「先生には?」
「会ってないが」
「あー、まだ早朝でしたね」
「俺が行こうって言ったの、早く三蔵に会いたくて」
「ふんっ」
「悟空は朝ご飯も食べずに、起きたら真っ先にここへ来たんですもんね」
「三蔵の顔見たら安心して腹減ってきちゃった、朝飯食いに行こう!」
「おまえはいつだって空腹なんだろうがよ」
「朝食を済ませたら、先生に診察してもらいましょうね、三蔵」
「必要無い」
「だめですよ、ちゃんと診てもらわないと」
「わーい、飯だ飯だー!」
「静かにしねーか!」
「あ、その服、わかりました?」
「ああ」
「あん時、すげー格好だったもんな三蔵、服ビリビリで」
「まったく、非常事態だったとはいえ、何をされたのかと驚きましたよ」
「そんなことより、メシメシ!!」
「うっせーつってんだろっ!!」
「あはははは、今日も賑やかな1日になりそうですね〜」

楽しそうな会話が、遠ざかる足音と共に小さくなっていく。

「ん?」

ふと気付いた悟浄が振り返ったのは、3人が廊下の角を曲がり、姿が見えなくなった後。

「……え?」

誰も居ない廊下に、ひとりだけぽつんと取り残されていた。
咥えたままだったタバコがほとんど灰になり、ぽとりと落ちた。

「放置プレイかよっ!」



『驟雨』続編の悟浄×三蔵!三蔵さまが蛇に!(∋_∈)!この蛇はオレだ〜//とか思ったりして(照)
マズイマズイと思いつつ、三蔵に惹かれ続けてとまらない悟浄のうろたえぶりが好きなのです(〃∇〃)
色々描きたいシーンいっぱいで、病院の寝巻き姿とかも三ちゃんだと色っぽすぎて犯罪カモ///
悟浄じゃなくてもめくりたく…ウアア(∋_∈)//
そして八戒可笑し過ぎ(笑) 三角大好きなので、二人とも応援してます(〃∇〃)
イラストは、やはりあのシーンにしてみました(全てはヘビのせいですので(照))
///またまた美味しいシーン楽しみにしています(〃∇〃)

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