【 ROUND 2 】
「チャレンジパフェが通ります〜」
声がした方に目を遣ると、店員がぞろぞろと出てきた。
巨大なパフェを、二人で一つ抱えている。
注文したのは2個なので、2組が店内をゆっくりと移動しているのだ。
「おや、凝った演出ですね」
パフェからは鮮やかな色の火花が散っていた。
一つにつき花火が2本ずつ挿されているらしい。
「うわーすっげー!」
「綺麗だな〜」
「さっきは食べるのとテーブルを支えるのとに必死で、このパフォーマンスには気付きませんでしたね」
悟空は目を輝かせ、八戒と悟浄は楽しげに見入っていた。
今だけは、重いテーブルを支えなければならないという試練を、一瞬だけでも忘れられそうだ。
しかし、三蔵だけは相変わらず難しい表情をしている。
「何故、食いモンに花火なんだ…?」
「まあまあ、固いコト言わないの」
「4本の花火ですか、まるで “4” という数字にまつわる何かのお祝いみたいですね。 ………あ!!!!!」
「おわっ! 急にでっけー声出したらビックリするじゃねぇかよ! …で、また何かの日だとか言い出すのか?」
「待ってください、ちょっと確認します。 次、僕が休憩させてもらいますね」
きちんと断ってから両手を離すと、八戒は愛用のシステム手帳を取り出した。
使い込まれたその手帳は、いつも肌身離さず持っている。
ぱらぱらと捲っていたが、とあるページで目が止まると、途端に晴れやかな表情になった。
「やはり、今日は丁度大事な日でしたよ! 僕達がお世話になっているサイトが4周年を迎えられるんです!」
「へ〜」
「……あれ? 『サイトって何?』 というツッコミは無しですか?」
「猿はそれどころじゃねぇって、もうパフェしか目に入って無いっつーの」
「…あはは……まあいいでしょう。 あと、今日は大事な方のお誕生日でもあります」
「なあ、その大事な人って誰よ? 確か男だっつってたか? おまえ、会ったことあんの?」
素朴な疑問を口にした悟浄に対して、八戒は曖昧な笑みを返した。
「あるような…無いような…」
「どっちだよ」
「えーと、深く追求されると困ってしまうんですけど……」
「ま、ヤローなら別にどっちでも構わねーけどよ」
「悟浄らしいですね。 まあ、その辺りは深く考えないことにして……」
八戒は助かったといった風に苦笑した。
その様子を三蔵はちらりと覗っていたが、よく見れば隣の男がどこか幸せそうな顔つきだと気付いた。
“大事な人” とやらの姿でも思い浮かべているのだろうか。
誰を指しているのかはわからないものの、言い出した当人が満足しているならそれでいい。
三蔵はふっと軽く息を吐くと、何も言わず視線を戻した。
「何にせよ、お祝いなら楽しくやんないとな! なあ三蔵、いいだろ?」
「どうせ止めたところで勝手に祝うんだろうが」
「勝手にやっちゃってもいい、ということのようですね」
いつもの如く、八戒が三蔵の言葉を意訳する。
「おおっ、三蔵様のお許しが出ちゃったよー! んじゃ悟空、お祝いも兼ねてっから張り切って食えっ!」
「うぉー! 何かよくわかんないけど頑張るっ!!」
三人の会話を聞いていたのかどうなのか怪しい悟空が、「食えっ!」 という箇所にだけ敏感に反応した。
「近付いてきましたね。 では、僕が代わりますから、悟空は手を離してもいいですよ」
「オッケー!」
手帳を仕舞って再びテーブルを支える側に戻った八戒は、悟空に指示するとあとの二人に目配せした。
「(では、先ほどの打ち合わせ通りに)」
「(ああ)」
「(いよいよだな〜)」
「(悟浄、店員さんに見惚れてタイミングを間違わないでくださいよ)」
「(わぁーってるって!)」
目だけでこれだけの会話ができるのは、長年連れ添った夫婦のようだ。
…と八戒は思ったが、相手が三蔵ならばそれもいいけれど、悟浄とは如何なものか、と密かに苦笑した。
まあ、夫婦でなくとも腐れ縁という奴にはなるのだろう。
ずっと行動を共にして気心の知れた相手は、家族よりも近しい間柄になるのかもしれない。
「来た……」
悟空がごくりと生唾を飲み込む。
2組の巨大パフェが、ようやく自分達のテーブルに到着した。
「お待たせいたしました〜! 当店のチャレンジメニュー 『びっくりジャイアントパフェ』 お二つです!!」
「来た来た〜!!」
喜んでいる悟空に、というよりも、このテーブル席に店内の視線が集まって来た。
皆、初めて見る光景に唖然としている。
「あの…大変重いので、二つ載せるとテーブルが危ないかもしれないのですが…」
店員が恐る恐るといった調子で切り出した。
しかし、間髪入れずに八戒が微笑みで攻撃を仕掛ける。
「そんな、これほど立派なお店のテーブルが、“デザート” くらいでどうにかなりはしないでしょう?」
ね、と極上の微笑を向けられると、先頭で説明していた店員の頬がぽーっと紅潮しだした。
目はうるうると潤みだし、鼓動が高鳴っている様子が傍からもわかる。
よく見れば、最初に注文を取り、料理を運んできてくれ、悟浄にナンパされていた店員だった。
彼女は既に、八戒に心を奪われてしまっていたようだ。
「そ…そうですね……」
正常な思考は放棄して、促されるままに返事している。
「では、一気に置いちゃってください!」
「承知しました!」
巧い具合に誘導され、店員達がパフェを二つともテーブルに運ぼうとした。
慎重に器が置かれる。
その瞬間。
「うわっ!!」
「キャーーーーーッ!!!」
密かに下で支えていた三人が一斉に手を離すと、頭の部分が傾き、大きな音を立てて通路側に崩れ落ちた。
見れば、一本足の支柱が完全にポキリと折れている。
しかし、テーブルに載っていた物は全て無事だった。
パフェは悟空がひとりで二つを抱えている。
密談には参加していなかった悟空だったが、本能で自分のパフェを守ったのだ。
そして、ドリンクバーのグラスや灰皿や店員を呼ぶ為のボタンは、残り三人の素早い行動により救出されていた。
「も、申し訳ありませんっ!! こちらの不手際でお客様にご迷惑を……!!」
店長格の男性店員が飛び出してきて、膝に頭がつくくらい体を折り曲げ四人に謝った。
「大丈夫ですよ。 パフェは元のままですし、僕達も “怪我” はしていませんから」
「ああ、お客様…そう言っていただけると……。 本当に申し訳ありませんでした!」
ソコを突っ込まれると店側は痛い、という箇所を的確に挙げて、八戒が形勢逆転させる。
「いえいえ」
穏やかな微笑を湛え、上客なのだということを更にアピールした。
「他のテーブルに移らせてもらっても構いませんか?」
「もちろんです! どうぞこちらに!」
店内のテーブルはどれも同じような作りだった。
その為、次は安全を考えて、パフェ用に2席、それ以外にもう1席、特別に確保してもらった。
まんまと危機を切り抜け、三人は密かに安堵の溜め息をついている。
悟空だけは、「なんかラッキーだったな」 と軽く済ませた。
彼の頭の中は、もうかなり前から、壊れたテーブルよりも目の前のパフェで占められていたのだ。
「えー……、チャレンジされるのは、どなたとどなたでしょうか?」
新たな席へと誘導していた店員が後ろをついてくる四人に向かって訊ねると、
「俺!」
と、悟空が勢い良く手を上げた。
好きな時に好きな様に手を動かせるのが気持ちいいといった具合で、片手をブンブンと振り回している。
「では、こちらにどうぞ」
ひとつのパフェがセッティング済みのテーブルに案内された。
「もうおひとりは…?」
「二つとも俺!!」
「ええっ???」
両手を上げている悟空を、店員が眼を丸くして見ている。
「あのぉ……お一人様でコレを二つというのは前例が無く……本当によろしいんですか?」
「3個欲しがったのを無理に減らしたから、大丈夫大丈夫」
悟空とは通路を挟んで向かい側の席に落ち着いていた悟浄が、軽い調子でフォローした。
「そ、そうですか……では、まずお一つクリアしてから次に取り掛かっていただきます」
「オッケー!」
「制限時間は一つにつき30分です。 続けて…でよろしいですか」
「うん!」
「ねえお姉さん、先に確認しときたいんだけど」
あとはスタートを待つだけの状態になっている悟空を尻目に、悟浄がのんびりと尋ねる。
「コレ2個とも全部食べきったら料金はタダ?」
「はい、完食されますと無料になります!」
「おおっ、太っ腹だね〜!」
「ただし、少しでも残されるとお一つにつき五千円いただきます」
「二つで一万円…これはかなり痛い出費ですね。 悟空、頑張ってくださいね」
「頑張る!!」
エールを送ると、悟空は頼もしく応えた。
「三蔵も応援してやってくださいよ」
八戒が、隣に座っている三蔵へも声を掛ける。
「フンッ、そんなモンしなくったって、あいつの食欲は嫌というほどわかっているだろうが」
「それはそうですけど…」
実際のところ、三蔵は疲れ果てていたのだ。
普段は煙草を吸うか銃を撃つかハリセンを振り回すかくらいにしか使わない腕を酷使したものだから…。
「ま、残さず食え」
「うん!!」
応援とも思えない言葉だったが、悟空は三蔵の声が聞こえると一番嬉しそうに返事をした。
「ではいきます。 よーい……スタート!」
店員の掛け声と同時に、立ち上がってスタンバイしていた悟空がパフェに飛び付いた。
物凄い勢いで山頂から平らげてゆく。
「す…すごい……」
自分の身長と変わらないくらいの高さだったパフェを、悟空は既に見下ろしている。
店員が口を空けたまま眼を見開いて見ていた。
今だ嘗て無いスピードは、ストップウォッチの進み具合の方が遅く感じられるほどだ。
「おー、やるなー!」
「頑張れ〜!」
集まっていた客達が一斉に応援し始めた。
「おねぇさん♪」
まるで観客席で見ているかのように寛いでいた悟浄が、脇で控えていた店員を呼んだ。
来たのは例の彼女で、悟浄に笑顔を振り撒きながらも、視線はチラチラと八戒の方へと流れている。
「はい、お呼びでしょうか?」
「コッチに生ビール、追加でもらえる?」
「俺の分も頼んでおけ」
「では、僕もお付き合いしましょう。 すみません、追加で生ビールを3つ、お願いします」
八戒にじっと見つめられて、店員は興奮状態で注文を受けた。
「は、はい! 生ビールを3つですね、すぐにお持ちします!」
顔を真っ赤にした店員が去ると、悟浄が露骨に嫌そうな顔をした。
「だぁから、人の恋路を邪魔すんな、っつーの」
「何が恋路ですか。 それに、僕は何もしていませんよ」
「ったく、自覚ねぇのが一番手に負えねーぜ」
「一応、危機回避はできましたから、もう煩いことは言いません。 後はご自由にどうぞ」
「おー、そう来なきゃ! ここは一発、腕の見せ所だな」
「頑張ってください」
不敵にも見える笑みを浮かべ、八戒が悟浄にもエールを送る。
横では三蔵が、容易に想像できる結末を思い浮かべ鼻で笑っていた。
「どんな腕だか…」
「ふふふ」
ぼそっと漏れた独り言が聞こえ、八戒が同調するように笑いを漏らす。
「ところで」
チャレンジ中のテーブルに八戒が視線を戻すと、悟空は手と口を休めず、夢中でパフェを貪っていた。
「あのペースだと、多分完食は間違い無いでしょうね」
「アレ食べきったら支払いはタダになるんだしな〜」
店員にどうアタックしようかと浮かれている悟浄が、明るい調子で返してくる。
「え……? 微妙にニュアンスが違う気が……」
八戒が更に言葉を続けようとした時、頼んでいたビールが運ばれてきた。
「お待たせいたしました、生ビール3つです! こちらは、当店からのサービスとさせていただきます」
「えーっ、マジぃ?! そんなぁ悪いな〜!」
「言葉と顔が正反対だぞ」
「全然悪いと思ってませんね」
露骨な態度を取っている悟浄を見て、三蔵は眉間に皺を寄せ、八戒は苦笑した。
「この枝豆もどうぞ。 こちらもサービスです」
「気が利くね〜」
「いえ、そんな……先ほど、ご迷惑をおかけしましたので……」
「そうですか、では遠慮なくいただきますね」
その一言で、またもや店員は八戒に心を鷲掴みにされた。
「はい!!」
「えーと、おねぇさん?」
「ご注文の品は以上でお揃いですか?」
「ええ」
「あの、だから、おねーさん?」
「では、どうぞごゆっくり!」
悟浄の声などもう耳に入らなかったのか、店員は八戒に対して丁寧に頭を下げると、うきうきと離れていった。
「ふっ、見事な腕だったな」
「てっめー、ンだとコノヤロ、もう一遍言ってみやがれっ!」
「何度でも言ってやる。 その見事に無様な腕のことならばな」
「ちっくしょー!!」
「もう、二人ともやめてください」
店内で騒ぐのは恥ずかしいからと八戒が止めに入ると、三蔵と悟浄が見せ付け合いながら互いに顔を背けた。
「おめーが悪いんだろうが…おめーが……」
「はいはい、僕が悪かったです」
愚痴を零し始めた悟浄を、八戒は宥める振りして適当にあしらう。
「店内が賑やかですから、さっきは悟浄の声が聞こえなかったんでしょう、きっと」
「そ…そっかな?」
「悟空が頑張っている間は時間がありますから、悟浄も頑張ってください」
「おーし、ココで諦めちゃ勿体ねーからな」
「ええ」
「んじゃ、景気付けにタダ酒をいただくとしますか〜! あ、でも悟空が食べきれば、他のもタダになるんだったか」
「いや、ですからね、このチャレンジの無料というのは…」
「おっしゃー! 1杯目完食!!」
八戒の言葉を遮る様にして、悟空が雄叫びを上げた。
「おおっ!!」
「凄いっ!!」
「時間は……サッ…3分ジャスト……? 新記録ですっ!!」
「おおーーっ!!」
他の客や手の空いている店員が一斉に拍手を送っている。
「次のも食っていい?」
既に二つ目の席に移動していた悟空が、チェック係の店員に声を掛けた。
「え…あ、はい、では続けてどうぞ。 よーい……スタート!」
「おっしゃー!!」
飽きることを知らず、限界も無さそうな悟空の胃袋に、瞬く間にクリームや果物が吸い込まれてゆく。
「順調だな〜、小猿ちゃんは」
「僕達も乾杯しましょうか」
「何にだ?」
「もう、さっきお祝いしていいって言ったばかりじゃないですか」
「俺は勝手にやってろと言ったんだ」
「ったく、わがまま三ちゃんなんだからぁ、もうっ」
「更に追加で鉛玉も食わせてやろうか」
「まあまあ、二人とも落ち着いて。 口論している間に泡が消えてしまいますよ」
「おっとそうだったな、早く飲もうぜ」
「色々とお祝いしたいのですが……、では取り敢えず、悟空の1杯目完食おめでとー、ってことで」
「んじゃ!」
「「乾杯〜!!」」
「………」
三蔵は無言だったが、ジョッキを上げるくらいは付き合った。
キンキンに冷えたビールは、喉を通って胃袋まで到達するのがよくわかる。
「くうーっ、うっめー!!」
「やっぱり、喉の渇きにはビールですね〜」
「おうよ!」
「………あ」
「どうしました、三蔵?」
「八戒、おまえはこの後もまだ運転があるからと言って、さっきはビールを飲まなかったんじゃ……」
「あー、あの時はそうでしたけど、ほら、思ったよりもここで時間が経ったじゃないですか」
注文してから待たされた間が長かった。
それに加えハプニング続きで、結構長居しているのだ。
「今日はもう、この町で泊まってもいいですよね? だったら、僕も飲ませてもらおうかと思いまして」
「……」
まだ外は明るいのだから、悟空が食べ終わればすぐに出発するのは可能だ。
しかし、八戒は既に、この後はもう運転する気が無さそうだ。
(……何だ……?)
どこかもやもやしたものを胸の奥に感じる。
だが、実際、今日は疲れた。
戦いを済ませた後よりも、疲労感が強いかもしれない。
ならば、さっさと宿を決めてゆっくり休むのもいいだろう。
「あと一口!」
三蔵がぼんやり考えていると、突然大きな声が上がった。
「ごちそーさまでしたっ!!」
「は…8分53秒!! チャレンジ成功です、おめでとうございます!!」
悟空が、チャレンジパフェを2個とも完食したのだ。
「おっしゃー!! よくやった、猿!!」
「猿って言うなー!」
「あはははは」
「やったな、小僧!」
「おめでとう!!」
店内全部が大騒ぎになった。
悟空の健闘を称え、誰もが喜び合う。
その様子を、三蔵は奥の席でひとり、紫煙に包まれながらクールに眺めていた。
◆
「では、お会計させていただきます」
「え?!」
レジに向かった八戒が料金を請求されているのを見て、悟浄は驚いた。
「何で? タダじゃねーの?」
「無料になるのはチャレンジしたパフェだけの分だけですよ」
「えっ、そうなの?」
チャレンジをクリアさえすれば食べた物が全部タダだと思っていた悟浄だったが、違うと知ってがっくりきた。
「また、“糠喜び” でしたか…」
八戒が苦笑している。
あの後、悟浄は店員に再度アタックしたのだが、あっさりと振られてしまった。
それから他の何人かにも声を掛けたみたいだが、皆、彼氏がいたり既婚者だったりで戦果は上がらなかったのだ。
今、レジを担当している店員は最初に断られた例の彼女なので、もう食指も動かない。
「ま、でも、どうせ支払いは三蔵のカードだしよ」
若干、鬱々としていた気分を振り払うように、悟浄がテンション高く言い放つ。
しかし、「な!」 と視線を向けると、三蔵は何故か微妙に固まっていた。
「おい、俺のカード、どこへやった?」
「はあ? 何で俺に訊くわけ? ンなの知らねーっつーの!」
「三蔵、もしかして……」
八戒が苦笑を浮かべる。
ふーっ、と長く煙を吐き出して、三蔵は遠くを見つめた。
「そういうことだ」
「何が 『そういうことだ』、だよっ! しれっとして言ってんじゃねーよ!!」
「もう食えねぇけど糠漬けくれぇなら食える……むにゃむにゃ」
「…って、寝てんじゃねーよ、この猿っ!!」
「やはり、僕達はこうなる運命なんですね」
あはは…と乾いた笑い声を立てながら、八戒がふとレジの横の窓に目を遣った。
ガラス越しに、真っ赤な夕日が見える。
問題をどう解決させるかは後回しにして、今は、この光景を楽しみたい。
「綺麗ですね〜」
心の底から賞賛している八戒の声に、悟浄も開き直り、気分を変えて付き合った。
「そうだなー」
「ふんっ、こんなモン、もう何度も見ただろうが」
そう言って目を伏せた三蔵は、八戒から見ると丁度夕日を浴びている姿で、この上も無く美しい。
金糸の髪はきらきらといつよもりも輝きを増し、荘厳ささえ醸し出している。
伏せた目元には長い睫毛が影を落とし、稀有な美貌を一層際立たせていた。
(三蔵………)
八戒は改めて、目を奪われていた。
(今日のこの日を、貴方と過ごせて良かった……)
大切な人は、三蔵に縁の深い人だから。
「また来年もこんな夕日を見たいですね。 来年の今日も、この四人で一緒に迎えられたらいいですね」
それもまた、心からの想い。
「悟空の場合は、夢の中で会いましょう、ってか」
「う〜、晩飯まだ〜? 朝飯は〜?……」
「本当に気持ち良さそうに眠ってますね」
のんびりと会話している八戒達に対して、店員が申し訳無さそうに割り込んできた。
「あの〜、お支払いを……」
「すみません、夕日が沈んでゆくこの刹那を、もう少しだけ堪能させてください」
今しか見られない三蔵の姿を、もう少しだけ。
「はい……」
柔らかな微笑が浮かんでいる八戒の表情は、さながら仏のようでもある。
店員はその笑みにほだされてせっつくことは止め、一緒に窓の外を眺めた。
真っ赤に燃えていた太陽は見る見るうちに沈み、いつしか外は夕闇が迫っていた。
「今夜の宿は、心配しなくても良さそうですね」
八戒があっけらかんと言い放つ。
「宿じゃねーだろ、ココはよぉ」
「嫌な予感がしていたのはこのコトか……」
「何か言いましたか、三蔵」
「いや、何でもねぇ…」
「この展開、懐かしい気さえするのは何でだ?」
「さあ、どうしてでしょうね〜」
「ぐう………」
パシーンというハリセンの小気味良い音と共に、腹の底から出ている怒声が響き渡った。
「起きろっ、このバカ猿っ!!」
旅にハプニングは付き物だ。
それを楽しむくらいの余裕が無ければ、予定の立たない旅など続けていられない。
今年のこの日も忘れられない日になった。
一年のうちの一日だが、他とは違う大切な日。
また、来年も共に迎えられますように。
<終わり>