フラガ×クルーゼ
『神の子じゃなくても。』

小説 香月海音様







穏やかな日差しが柔らかく射す。
風は日に日に冷たくなり、待ち行く人も分厚いコートを身に纏い始める、そんな季
節。

「……やっぱり地球は冷えるな」

急に強く吹き付けた風に、ラウは襟元を合わせ直し、家路を辿る足を速める。



帰れば、待っている人がいる。そんな日常が当たり前になって、数週間が経った。




* * *




「………?」

郵便受けに、いくつかの手紙が入っていた。それはいつものことなのだが、ふと目が止まってしまったのは、その一番上の封筒に書いてあった差出人の名が自分も知る――しかも思いもかけない名前だったから。

「…キラ・ヤマト……彼か」



昔から自分の中で、ある位置を締めていた人間。そしてあの戦いの中で、最後に対峙した人間。

ラウは郵便受けの中の手紙を無造作に掴むと、扉を開けた。



「――あ、お帰り」
「手紙だ、ムウ」
「あぁ、さんきゅ」

ムウはそれを受け取ると、一つ一つ差出人を確認し始める。それを横目に見ながら、ラウはコートを脱いでソファの端にばさりと投げ捨てた。

「あの少年からも、届いていたようだが?」
「あぁ、キラか。それだけじゃないぜ、坊主の友達とか、AAのクルーだったやつとかからも来てる」
「何かあったのか?」

ラウは背後から、ムウの手元を覗き込む。するとムウは不意にラウの肩を抱き寄せ、一緒にソファに座らせた。

「今日は誕生日だからな、俺の。ほら、どれもバースデー・メッセージだぜ」
「ふん、そうか」

相変わらず、ラウの反応はそっけない。ムウはわざと少しすねたような顔になる。

「……って、そんだけ? お前も祝ってくれないわけ?」
「誕生日とは、祝うようなことなのか?」
「祝うようなって……そりゃ…」

ムウは思わず、言葉に詰まった。

「…お前は? 誕生日に祝ってもらいたくないわけ?」
「……さぁな。私は自分の誕生日すら知らないからな」
「え?」

聞き返して、思い出した。



あの時、コロニー・メンデルから持ち出した、ラウの成長過程を記録した資料。確かにあれのどのページを見ても、ラウの誕生前後に関する記述はなかった。故に、誕生日も分かるはずがない。しかも彼の生い立ちを考えると、幼い頃に誕生日を祝ってもらったことなどもないだろう。
最初から、『代わり』として作られた子供だったから。幸せになることなど望まれてはおらず、託されていたのは、筋書きの定まった未来を生きること。

そんなラウを思えば、父に愛されることこそなかったが代わりに母親や周りの人間に人並みのささやかな喜びを与えられてきた自分は、十分幸せだったのかもしれない。

「……ムウ?」

いきなり黙り込んでしまったムウに、ラウが呼びかける。その声にふと視線を上げた
瞬間――。

「ッ……?」

唇に触れた、温かい感触。それがラウの唇だと気付くのに、それほど時間はかからなかった。

「冗談だ。私はお前がいることを、嬉しく思っているからな」

そっと唇を離し、穏やかに笑むラウ。

「『ここに』いてくれて、ありがとう」
「……あぁ」

予想外の展開に、ムウは少々面食らう。

今のラウはもう、人類を憎み呪うことしか出来なかったラウではない。ともに過ごした数ヶ月の間に、確実にラウの中には人間らしい感情が芽生えていた。

「……どうした?」
「いや…何か素直だから……」
「不満か?」

少々機嫌悪そうなラウの言葉に、ムウはふっと笑みを漏らす。続いて、両腕で優しくぎゅっとラウを抱き締める。

「ううん、すっげ、嬉しい」
「………そうか」

ムウの腕の中で、ラウは静かに目を伏せた。そしてそのまま、ただ、温もりに身を委ねる。

「――ムウ」
「……何?」
「お前は? 私が生まれてきたことを、どう思う?」

以前なら、ムウはラウのことを『自分の父親のクローン』として見ることしか出来なかっただろう。自分を愛することのなかった父親。ただの一度も好意を抱くことなど出来なかった、父親。
しかしラウは、あの男とは違うから。

「……感謝してるよ」

ムウは言葉を紡ぐ。

「お前に会えて、よかった」

父親のクローンだからとか、そんなことは関係ない。理由なんてない。ただ、心から、愛しく思うから。

「お前がそう言ってくれるなら、私の存在も無駄ではなかったのかもしれないな」
「無駄なんかじゃないさ」

わずか十歳で、自分は出来損ないの人間だと知ったラウ。そう思うのも仕方がないのだろう。
しかし――。

「お前は、愛されてたんだぜ?」
「まさか」

意外な言葉に、ラウは顔を上げた。



ムウはラウから身を離すと立ち上がり、部屋の隅の本棚へと向かう。そしてそこから、一冊の色褪せたノートを取り出した。

「…これ、読んでみな」

ノートを手渡され、ラウはページを繰る。

読み進むうち、ラウの眼が軽く見開かれた。

「ムウ、これは一体……」
「ん? あぁ、あの時、メンデルの研究所で見つけたんだ」

レポートや研究日誌というよりは、もっと個人的な日記に近いだろうか。そこに書かれていたのは、ラウを『製作』したユーレン・ヒビキ博士の告白。

禁忌を犯してヒトクローンを製作したことに対する苦悩。
結果的に人間の欲望と科学技術の進歩の犠牲になってしまった、ラウに対する謝罪。
そして何度も何度も繰り返される、ラウの幸せを心から願う言葉――。



「………私は」

ラウの唇から、言葉が滑り落ちる。

「博士の願いを、踏みにじりながら生きてきたのかもしれないな」

愚かしい人間たちの滅亡を望むばかりで、実際、そうなるように多くの人々を動かし、自らも動いた。いくつもの命や、様々なものを犠牲にした。

「そんなことないだろ?」
「え?」

ムウは、薄く笑みを浮かべる。

「これから幸せになればいいだろ。時間はまだ、残ってるんだからさ」

過去は消えない。過去の罪も消せない。

だけど、自分を作ったのは過去だとしても、人は未来を生きていくのだから。



「……そうだな」

ラウは小さく呟くと、心で、ノートにしたためられていたヒビキ博士の言葉を噛み締めた。






“人は、幸せになるために生まれてくるのです。幸せになりなさい、ラウ――”



fin.







愛されているラウがすごく嬉しくて…(〃T∇T〃)///
フラガのお誕生日ですが、誕生日すら不明なままのクルーゼ(本名すら不明…)に
一番の祝福を送ってくださって…ありがとうございますvvv
海音さんのコメント…
『ヒビキ博士。キラの父親でもあるんですが、その“最高のコーディネイター”を作ろうとした
きっかけは、自分の作ったクローン人間であるラウが実は出来損ないで欠陥だらけ
だったからじゃないか…とか妄想してるんですよ。
誰にも愛されることのなかったラウを唯一愛していたのは、このヒビキ博士だったん
じゃないか…とか。ヒビキ博士の葛藤とか苦悩とかを思うと、かなりヒビラウ、萌えです。』
をいただいて、なる程!と膝を打ちました!
もしかしてクルーゼは欠陥ながらも、色々ヒビキ博士に改良を施されて
ラストでキラと対等に戦える能力とかを後天的に得たのでしょうか…
監督の話し的には最後のニュータイプとかいうことでしたが
そっちよりヒビキ博士絡みで色々妄想したいです(照)

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