『終焉に捧げる星』シリーズ

ドクター×クルーゼ
小説 紫水様


「ドクターの独白」

−CE46〜CE70−








ああ、泣き声が聞こえる、もう、泣かなくていい、私が来たから。
どうしたのかな?後ろを向いていてはわからないよ。お前だと後姿でわかるのだから。
転んだのか?血が出たのか?

血? 血だ!!! ラウ!!!

一瞬血の色が広がる!!
!!!

ゆめ?夢?!


ラウ、近頃お前の夢を見る・・・小さかった赤ん坊の頃のお前を・・・

今、どこかで泣いているのか?苦しんでいるのだろう・・・



*****


保育器から出されたお前を見たとき、改めて、こんな小さな生き物をどうするのだ?と、戸惑いだけだった。

ヒビキから、プロジェクトチームの中で一番若かった私に、「これを任せる」と言われた時、途方に暮れた。

生身の子供など、研究所にはいなくて、どうすれば良いのかわからなかったのが本当のところだった。

「ラウ・ル・クルーゼ」

赤子の名前をヒビキはそうつけた。
本当ならば、

「アル・ダ・フラガ」若しくは、「ラウ・ラ・フラガ」か?

だが、名目上、クローン体として生命をもつならば、ここより出ることも出来ない。
アル・ダ・フラガが生きている限り、DNAデータ上この世界では、地球でも、プラントでも二人は同時に存在出来ないのだ。

ヒビキはクローン体の致命的な欠陥を克服出来ていない事はわかっていた。
完璧なクローニングが出来ない以上、その代わりに、遺伝子の操作をしたのだ。

そのお陰で、オリジナルには秘密が出来たが、外見上の違いなどは操作しなかった。
ラウ・ル・クルーゼとして、別の人生を送れるとヒビキと私は、考えたのだ。

確かに、そうしなければ研究所自体も捜査が入る恐れもあったが。
名誉欲と、保身との兼ね合いという醜さもそこにはあったのだが・・

ラウ、お前は気が付いていたか?
お前のことだから、地球との行き来が出来る時点でIDカードが作られて矛盾に気付いたかも知れないが・・・

それが我々の償いの精一杯だった。


それでも、保育器から出たお前は、まだ物も見えない瞳でじっと見詰めてくれた。
その瞳は青い、穢れのない澄んだ深みのある青い宝石が一対。

私はお前に見つめられ、目が離せなくなった・・・
手を一杯に伸ばし、小さな小さな手のひらを開いて差し出す、その手を、私は思わず取った。

君に人差し指を握られ、温かなその指の力の強さに驚かされた。そして、にこっと微笑みかけられた。
思わず、そっと手のひらを君の背中に差し入れ、抱き上げた。軽い!

小さな小さな身体。片手にすっぽりと入る生き物。

思い出した。お前のオリジナルのアル・ダ・フラガは、大切な自分を一目見たっきり抱き上げもしなかった。
自分の跡継ぎにする・・・それだけだった。

こんなにも、小さく、脆い、暖かく、柔らかいお前。
笑いかけてくれるお前ををもう、私は保育器に戻す気にならなかった。
本当の手ではなく手袋越しの面倒を見るだけの手に戻したくなかった。
抱き上げも無く抱き締めも、声を掛けることも無い物扱いの中へ・・・

その日から、私は押し付けられた仕事ではなく、本心から面倒を見たい、後見人でありたい、主治医として、保育者になりたいと思った。
研究所の研究員が手助けをしようと申し出てくれた。しかし、プロジェクトのこともあり機密保持のためにも、有り難くもお断りをした。
そして、本当は、大切な二人の時間を邪魔されたくなかったのだ。
真実を知るまでの、無垢な、幼子のラウを誰にも渡したくなかった。

そして、私は、この赤子を「ラウ」、と呼ぶことにした。私を、ドクターと呼ばせることにした。





*********

ラウ・・・・

今苦しいのだろう・・・そんな気がする、老化防止の薬も、苦しみだけは取り除けない私の無力さを情けなく思うよ。
痛みも、意識の混濁を容認するならば和らげることも出来るが、それを望まないお前には、手を打てないむなしさを思うよ。

近頃お前の幼い頃をよく思い出すよ。


********

やっと、歩き出せた、言葉を喋り出せた頃のお前、コーディネーターの成長マニュアルを手本にお前に接してきたが、やはり、身体的発育は遅れがちだったのが心配だった。
言葉も、ナチュラルとコーディネーターの成長の中間という感じだった。

クローンそのままではもっと差が開き、研究所内の興味を惹くところとなっただろう。
ヒビキが、償いに、遺伝子操作したことは、正解。と私は思うのだが、成長したラウ、真実を知ったお前は我々を許さないだろう。

だから、それまでの幼きお前を私は忘れない。無邪気に慕ってきた、ラウ・・・

私の後を必死で付いてきたお前、白衣のすそを掴み離れなかった。すぐに、思いっきり腕を広げ、抱っこをせがんだお前。
「ドクター」と、ママ、パパではなく、ドクターと呼ぶしかなかったお前を見るのは可哀想だった。
同僚から看護士か乳母を付けろと言われても、誰にも預けられなかった。

少しでも、私がお前と一緒に居たかったのだ。束の間の日々とわかっていたから。
その柔らかい頬、柔らかい髪、手足、可愛く、愛しいお前、抱き締めていた。
何もまだ知らないお前を・・・
抱き締めて守ってやりたかった。

ラウ・・・

研究も放って、お前と過ごしたあの日々を思い出す。
花の咲き乱れる中で転がっているお前、砂でも口に入れてみたがり、焦った私。
池の水に手を入れ頭が重くて転がり落ちてしまったお前。
オムツを替え、お前の水を被ってしまった私。

本当ならば、お前が歩くそばには父親が、母親がいて、ラウ、お前の手を両側から引いているだろう・・・
代わる代わる抱っこしてもらっているだろう。
夜は大好きな父母の間で眠っているだろう。

ラウ、お前もそのような境遇の下に生まれていれば良かっただろう。
次は、人として、父母の下に生まれることを願うよ・・・

お前を育てながら、思わず、私の母が、私を育てたのもこんな感じだったのだろうと思ってしまったほど、母親になった気分だった。
それでも嫌でなく、ラウの為なら何でもやった、至福の時。



*******

二度と抱き締められない、日々の記憶・・・

今お前は嫌な顔をするだろう?
嫌がるお前を前に語ってやりたい、無垢な子供の頃を・・・

真実を知った日から、お前に憎悪の眼を向けられるその日から、その日が分かるから、もう、お前が離れていく日がカウントされているのだから、その日まで。

*******

私によじ登るのが好きだった。
首にしがみつき、肩によじ登り、髪を引っ張り頭の上で眠っていた、抱っこをせがんでばかりのお前。研究所の外へ毎日散歩の行くのが好きで、危ない足取りのくせにすぐ走った、危なっかしくて後ろを追いかけた日々・・
柔らかな金の髪を持つお前、泣きじゃくっていたお前、誰にでも笑いかけていたお前・・・

その日が来るまでの私の天使・・・愛しい、私の天使・・・・

泣いて嫌がるお前のデータを取る私と、お前の保護者を心底喜んでいる私がいる。
どちらも私だ・・・

私は、今でもお前を、育てたことが一番の喜びであり、痛みであり、人生だったと思っている。

********


お前が、日頃から考えないようにしていた、疑心暗鬼になりかけていたお前に、決定打の杭を打ち込んだあの日の出来事ははっきりと覚えている。

『初めての、コーディネーター、ジョージ・グレンが暗殺されたニュースが流れた日』

ラウ、お前の無垢な少年期の終わりだった・・・

お前が泣き叫び、閉じこもった日々・・・
私も、ヒビキもその時お前に殺されても仕方が無いと覚悟をしていた。

私をなぜ育てたと責められた時、
なぜクローンを創ったのかと言われた時、
なぜコーディネーターは殺されなければならないのかと言われた時、
そのまま赤子の時に息の根を止めていてくれれば良かったと言われた時、

お前より先に死んでも満足だった・・・・お前の苦しむ姿を見なくてすむとも思ったから。

だが・・・お前はその刃を己に向けた・・・

自傷の酷さ、それは自殺に至る手前、いや、自分を消したかったことがわかったから・・・堪らなかった。
お前の傷を消すことしかできなかった。
心の傷は消せなかった。

地球に生きる場所を見つけようとしたが・・・
この研究所しか生きる場所が無いと思い知った日・・・
コロニーのドッキングベイまで出迎えに行った私を見つめたお前の瞳の色は、地獄を見たものの眼だと身震いした。

どんな言葉も拒絶すると瞳は語っていた。

自傷行為の復活に、お前が壊れないか心配したよ。
私とヒビキは少しでも幸せになって欲しかった。偽善と思われてもいい・・・


もう、お互い戻れないとわかっている幼き日々。
それは、私の今生きていく支えになっている・・・
無垢な笑顔と、身体全体で生きていることを表現していた日々の想い出、
愛しいお前、柔らかな頬、赤くて柔らかな唇、お髭が痛いから、と嫌そうな顔が見たいために剃らなかった・・


全てが愛しい日々・・・

ラウ・・・お前の夢ばかりを見る・・・・


*********

苦しんでいるだろう・・・
細胞の崩壊の痛みに苦しんでいるだろう・・・

それでも、僅かにお前にも特別の者が出来たことが救いだよ。
少しでもその苦しみが其の者のお陰で軽く感じることを祈るよ。


そう、お前の安らぎの笑みを最近見たね。
嬉しかったよ。
いつも自分の部屋に戻る時、暗い思いつめた顔しか見たことが無かった、だが、あの日は違った・・・
お前がふらりと舞い戻ってきた・・・

私にビールのボトルを手渡してくれて、


「私を認めてくれる者がいたよ、何も言わないのに、ただ居場所をくれた・・・

 何も代償を求めない奴。暖かい奴がいた。
 私を何も知らないくせに、受け入れてくれている、無骨者がいた。

 暖かかった・・・もう一度会いたいと思っているんだ・・・
 共に星の海を渡りたいと・・

 そのために私は、手柄を立てる。そうして、奴の戦艦を手に入れる・・・

 いい案だろう?」


そして、私は聞いたね?
名前を聞いていいかい?と、そして答えてくれたね。


『・・・アデス・・・・』


あの映像は、お前の戦いっぷりなのだろう?
きっと今アデス艦長の艦に乗っているのだろう?

出会えて良かったな・・・

あの時の微笑を忘れない・・・

私にも出会わせてくれ・・・

お前のことを語りたい・・・



お前をもう助けてやれない私、無力な私の前に、あの日、かつての白い天使が私の前に舞い降りて来てくれたかと喜んだよ。
あの白い美しい軍服に身を包んだお前の映像・・・

ラウ、お前が舞い降りる所は、人が天に召される所だろう・・・

お前は、人々を、生きとし生けるものを終焉に導いて行くのか?

私の手を取ってくれ・・・天に召されなくていいから、私は地獄に行くのだよ・・・

・・・金の髪と青い瞳を持つ私の天使、魅惑的な声で私に死出の旅路を誘ってくれ・・・

愛しい・・・・ラウ・ル・クルーゼ・・・・


お前を待っているよ・・・
















『天使が哂う罪と罰』のドクターサイドからの小説
ヒビキと共にクルーゼに関わったドクターの葛藤が
クルーゼに救いを与えていて優しいです(T◇T)
『終焉に捧げる星』シリーズが長く続いて下さいますように///
次回はアデス、ザラ×クルーゼ「グリマルディ戦線にて」です
どうぞお楽しみにv

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