◆ 1 ◆
何が敵で何が味方なのか、そんなことは僕にとってどうでも良かった。
ただ、僕は目に入ってくる存在を消したかった。その衝動だけで、間合いを詰めて剣を振り上げた。目の前の弓を持った新緑の影に。
しかし、新緑の影は振り下ろされる僕の剣を見ても動じた様子などなく、無防備に、ただ口だけを動かしていた。
「キュアウォータ!!」
その声と共に青い光が降り注ぐが、
「雷神剣!!」
僕の技の発動の方が早かった。雷電を帯びた剣の三連撃が新緑の影に襲いかかる。すると、新緑の影の顔が苦しげに一瞬だけ歪む。
ここで、漸く僕は我に返った。けれども、僕の思考回路はすぐさま停止した。
悲鳴も上げずにゆっくりとコマ送りのように崩れる新緑の影。いや、聞きたくないという意識が聴覚に勝ったのかもしれない。ただ、視覚だけが事実を伝える。その身体が地面へと近づいた。
ドサリ。どこか軽い音のように感じた。
持ち主の手から離れてカランと転がった弦の切れた弓。赤く染まっていく新緑の服。そして、
恐ろしいまでに白く見える恋人の顔と、力なく閉じられた目蓋。
何もかもが絵のようだった。あまりにも残酷な描写の。
「……ロビン?」
返事はない。
後にはただ、魔物の鳴き声だけがやけに煩く頭の中で響く。持ちなれたはずの血塗れた剣が嫌に重い。
◆ ◆ ◆
傭兵所の奥にある救護室。入ると先ず感じるのが消毒液の独特の刺激臭。そして辺りを見回すと、回復用ではなくて治療用の薬が棚にあり、白いシーツの掛けられたベッドが幾つか並んでいる。
その間間にはカーテンが引けるようにレールがある。そして、カーテンが引かれているベッドに横たわっている者が一人いた。若葉色の髪をした青年で、眠っているようだが、余程酷い怪我を負ったのか、苦しそうに喘いで身を微かに捩じらせては白い掛け布団に皺を刻み、その白い額に脂汗が滲み出る。
「……っ、は……ん……くっ………、ぃ……」
その苦しげな呻き声に眉根を寄せつつ、ベッドの傍で座っている白猫人の女は固く絞ったタオルでその脂汗を拭った。そして、氷水の入った洗面器にタオルをくぐらせると、固く絞って形を長方形に整え、その額に乗せる。すぐに温まってしまうだろうが。
と。
「リ……ス………くな、……レを……一人に………んな……」
明らかに、先ほどの喘ぎ声とは違った意味のある羅列。
看病している彼女にはその内容の大意がわかったのか、少し辛そうに顔をケガ人から背けると、立ち上がって救護室から出ていった。音を立てないようにドアを閉めると、背をドアに預けて深いタメ息を一つ吐く。
そして、彼女は近づいてくる気配に顔を少し向ける。蝶のような薄い羽に石榴色の髪の少女が
心配そうに近づいてきた。
「ねえねえ、メル。ロビン、どうなの?」
その少女の言葉に、メルは不自然な笑顔ながらも「大丈夫よ、ミルト」と言ってその石榴色の
頭を撫でた。
「あの、ロビンよ。殺したって死ぬものですか。」
おそらくこれが一番安心させる言葉だろうと、メルは踏んだ。事実、目の前の少女は表情に少しだけ安堵の色が浮かんでいる。
「じゃあ、アタシたちの探索が終わったら元気になってる?」
「なってる、なってる。だから、行ってきなさい。クルトも待ってるわよ。」
その言葉にミルトの顔は明るくなって、コクンと頷いた。
「うん、わかった! じゃ、行ってきまーす!」
明るい声で石榴の髪の少女は控え室から出ていった。
メルが安堵の息を漏らすと、代わって今度は剣を携えたセミショートの金髪の女が出てきた。
「で、実際のトコはどーなんだい?」
この女には、先ほどの内容はあくまでミルトを安心させるものだということがわかっていた。
下手に事実を教えれば、それこそ不安にさせてしまい、探索で思わぬ怪我をしかねない。
メルはタメ息を今度はわざとらしく吐いてみせる。
「……手当てがかなり遅かったせいで傷に熱が持っちゃったけど、取り敢えず一命は取りとめたわ。二日もすれば痛みも熱も引くけど……それまではかなり。」
その言葉を聞いて、金髪の女も壁に背を預けた。片手で頭を掻く。
「ったく。いくら原因とはいえ、肝心のあいつはどっか行っちゃったしさ。」
そして、数冊の本が置いてある主のいない机をラウラは廊下から見遣った。いつもならば、あそこには本を広げて読みふけるボリスの姿があるのだが。
「……よっぽどショックだったのよ。」
いくら混乱状態だったとは言え、自らの手で最愛の恋人に致命傷を負わせたのだ。あのボリスが辛く思わないはずが無い。
途切れ途切れにドア越しでも聞こえる仲間の呻き声。本人の様子を見ずともその声だけで、如何なるものなのか容易に想像できる。寧ろ見ないからこそ、その苦痛を余計リアルに想像してしまう。しかし、その想像をやわらげる為だけに仲間の苦しむ様など直視できようか。
「……せめて傍にいてやりなさいよね。」
どちらの言葉だっただろうか。
次へ→