――………。
記憶の奥底で、誰かが呼んでいる。
――………。
何度も、いつまでも、繰り返される自分の名前。“模造品”として作られたこの個体に付けられた呼び名。
誰もが自分を通して“オリジナル”しか見ていなくて。
自分は“誰”なのか、何度も何度も問いかけた。
私は……私でしかなかったのに。
「……ウ………」
まただ。誰かが呼んでいる。あの時と同じ声、同じ口調で。
「ラ…ウ……おい、ラウ…?」
次第に意識がはっきりしてくる。うっすらと開いた双眸に移ったのは、心配そうに自分を覗き込むムウの顔だった。
「大丈夫か? 大分、うなされてたみたいだけど」
「いや……何でもない」
「そ? そんならいっけど」
軽く、口付けが落とされた。
一度だけで終わるかと思ったそれは何度も繰り返され、次第に激しさを増してゆく。柔らかく唇が合わせられ、舌先を触れ合わせる。まるで、ラウを宥めるかのように。不安を取り除こうとするように。言葉は必要ないのだ。いくらはぐらかそうが、強がろうが、ムウには分かる。しかしその行為が更にラウの中に不安を植え付けていることを、ムウは知らない。
「……ッん…は、ムウッ…!」
「――何?」
ようやく唇を解放されたラウは、ムウからふいと目をそらす。
「……どうして…」
目を合わせないままに、ぽつりと呟く声。
「…どうしてお前は…私を愛せるんだ?」
「ラウ……」
「憎むべき人間の姿を私に見ながら、それでも私を愛せるのか?」
拒絶するような声の裏に隠されたのは、それでも彼を手放したくないと願う本心。
「好きだよ」
ふわりと笑んで、ムウが告げる。
「愛してる……お前を」
あの男の“代わり”として作られたラウを“ラウ”として愛するものはおそらくいなかっただろうと、ムウは思う。
「こーいう感情にさ、理由は要らないんだよ」
自分でも不思議だった。真実を知って尚、いやむしろ知ったからこそ、彼を愛することができるなど。
最初に会った時のことは、覚えていない。
次に会ったのは、戦場だった。お互いにただ一人の兵士として、敵対した。そしてお互いに、強烈な印象を残した。
互いに呼び合うことに気付いたのは、その次に会った時だった。本能のレベルで、その存在が分かるのだ。
それから何度も出会い、対峙し、刃を交えた。
そして――唐突に告げられた真実。彼と自分の関係。
「お前はさー、ずっと、俺を呼んでたんだな」
「……何を唐突に」
「だって、そういうことだろ?」
背中を向けたままのラウを、後ろからぎゅっと抱き締める。
互いを感じ合うことができるのは、おそらく、必要としていたから。
そしてラウを愛することができるのも、救うことができるのも、自分しかいないから。
約束などしなくとも、そこにいることが分かってしまう。ラウはずっと一人で寂しかったから、会いに来て欲しくて呼んでいたのだろうかと、ふと思った。
「そう……だったんだな」
「一人で納得するな」
ラウが呆れ声で呟いた。
「つまり何が言いたい」
「お前には、俺しかいないってこと」
「自惚れるな……ッ」
振り向いた瞬間、唇を奪われた。ラウも次第に抵抗をやめ、キスに没頭していく。
「…ムウ……」
「ん?」
「……今度はお前が、呼んでいてくれ」
その声は、少しだけ弱気なものに聞こえた。
「…ずっと、私の名前を…」
「…いいぜ、ラウ」
答えながらも、小さくキスを繰り返す。気のせいだろうか、ラウは何だか泣きそうな顔をしていた。
「お前が呼んでいる時だけは…私は『私』でいられるから…」
ふわりと、ラウの頭に腕が回された。小さな子供を宥めるように、柔らかな金髪を撫でてやる。
「……いつだってお前はお前だよ、ラウ」
fin.
「49話…相討ちするとか、理解するとか、そういうことは百歩譲る
としてもこれだけは実現して欲しかったこと…“隊長のことを名前で呼ぶ”を自分
の文章で実現させました。隊長のことをちゃんと“ラウ”って呼んであげること
は、隊長のことを“親父のクローン”ではなく“ラウ・ル・クルーゼ一個人”として
見ていることの証になるんじゃないかと思っていたんです。本編の中で救い=ムウさんを失ってしまった隊
長を少しでも救えたらと、今は思います。」
と海音様のメールコメントをいただいたのですが
私も同じ気持ちです(T□T)
隊長…ひとりぼっちになってしまいました。
クルーゼは、フラガのコトは殺すつもりは元々無かったように思うんです。
どっちかっていうと世界を無にした後、「ほら、何もなくなったよ?」って
見せてあげたかった相手なんじゃないのかな…と。
でもクルーゼがどうしてフラガになら殺されても良いと思っていたのかとか重要な気持ちは
シナリオで全部無視されたまま、フラガは一人でいってしまいました。
フラガしか、クルーゼの気持ちを聞いてあげられる人はいなかったのに…(T□T)
クルーゼの『人間への絶望』そのものを救わないと、世界なんかいくら救ったって
同じだと思うのに…
海音様の小説で、ムウがラウのことを誰の代わりでもない、個人として愛してあげるコトで
ラウが本当に救われていて…
泣きながらも癒されました///本編でもこんな展開が良かったんですが…