アスラン×クルーゼ
『この愛が残すもの』
小説 吉野さま
「アデス」
それは、甘やかな声だった。
聞いたこともない、艶のある声だった。
「隊長…」
見たこともないような笑顔。
きっと、彼以外には見せないのであろう笑顔。
僕だって、見たくはなかった。
アデス艦長がクルーゼ隊長に近寄る。
座っている隊長に艦長が何か耳元で囁いて、隊長が小さく笑う。
そんな光景、見たくない。見たくないんだ。
二人きりだと思ってるんでしょう?
メイン・コントロールルームで二人きりになれる時間なんて、望まないで。
そりゃ、後をお二人に任せて、皆、休息に入ったけど。
僕はここにいるのに。
僕がここにいるのに。
「…隊長?どうか、されましたか?」
「いや…何でもない」
わずかに隊長の顔がこちらを向いたような気がした。
気付かれてはいけないと思いつつ、どこかで気付いて欲しいと願う。
ドキドキしながら、隊長から目を離せなかった。
なのに。
艦長が隊長を隠すように抱きしめて、キスしていた。
驚く、というよりは悔しくて、どうしようもなくて。
僕は逃げるようにその場を後にした。
それから、1時間くらい経ってから、アデス艦長が僕の部屋を訪れた。
僕はきっと一介の隊員にあるまじき表情で彼を迎えただろうな。
それでも、彼はよほど機嫌がいいらしく、それを気にした様子もなく話し出した。
「アスラン、クルーゼ隊長がお呼びだ。私室の方にいらっしゃるから行ってくれ」
「…了解しました」
それだけ言うのが、精一杯だった。
僕は沈んだ気持ちのまま、隊長の部屋の前に立つ。
どこか、停止しそうな、いや、停止したくなっていた思考回路。
考えれば考えるほど、辿り着きたくはない答えに辿り着きそうで。
「アスラン・ザラ、出頭致しま…」
ドアが開いて、隊長の姿を確認して。
僕の思考回路は彼に壊された。
「ああ、早かったな。すまない。こんな格好で」
隊長は風呂上がりに白いバスローブを着込んで。
仮面は付けていたが、いつもよりひどく無防備に見えた。
広く開けた胸元、手袋を外した白い手、濡れて艶を増した金の髪。
彼が髪をかき上げた、次の瞬間。
僕はほとんど無意識の内に彼を近くのベッドに押し倒していた。
それでも、彼は抵抗も動揺もしていなかった。
「…本当に早急だな、君は。見かけによらず」
「見かけが…どうだと仰るのですか?」
とても、静かだ。
緊張はしているけど、取り乱してはいない。
こんなことをするつもりじゃなかったけど、後悔はない。
今しか、もう見えない。
今なら、ちゃんと見えていた。
「…そうだな…とりあえず、私を押し倒すようには見えないな」
「何が…仰りたいのですか?」
「さっき…見ていたんだろう?なら、もう分かるだろう?」
「っ分かり、ません…っ分かりたくない…っっ」
諭すように話す彼を見て、思わず涙が零れる。
彼は僕の全てを知っているのに、僕は彼を何一つ知らないんだ。
「…君は賢い…そうだろう…?」
隊長はゆっくり手を伸ばして、僕を抱き寄せてくれた。
僕はそれに甘えて、隊長の胸に泣きつき、隊長は僕を宥めるように頭を撫でてくれた。
「全く…何で押し倒してる、君の方が泣いているんだ?」
「…隊長…」
「うん?」
「好きです…」
「…すまない。アスラン」
「………はい…」
きっと、どうしようもないんだと思った。
貴方が手に入らないことも。
僕が貴方を愛していることも。
僕はゆっくり上体を起こして、彼を真っ直ぐに見下ろした。
「?まだ、何か言い足りないか?」
「…キスしてもいいですか?」
「な…?っん…っ」
返事は待たなかった。
欲しくなかったから。
卑怯だろうか。卑怯でしょう。
それでも。
柔らかな唇と甘い熱をこれで最後だと堪能した。
流石に少し抵抗されたが、何とか押さえ込む。
想像以上に彼が感じやすかったのが幸いだった。
「っはぁ…は…っ」
僕がゆっくり離れると、彼は力の抜けた身体を無防備に僕に晒す。
それでも、手の甲で口元を隠す辺り、拒否を示しているのだろう。
「…僕はこれで失礼します。また、呼んで下さい」
「…は、やく…行け…」
僕は素直にベッドを降りて、部屋を出た。
…そこでアデス艦長と鉢合わせた。
そう言えば、キスの最中に一度、ドアが開いた音が聞こえたような…。
「…失礼しますっ」
僕は何か言いたげだった艦長の横を有無言わさず通り抜けた。
これくらいのことは許して下さいよ。
どうせ、僕は貴方に敵わないんだから。
この後、僕の知らない時間をまた二人で過ごすのでしょう?
この唇はまだ熱いのに。
せめて、今だけは隊長もそうだといいと思う。
「…本当に見かけによらない……上手いじゃないか…」
「何がですか?」
「アデスッ?いつの間に来た?」
「今の間にです」
「…怒ってるな。見てたのか?」
「何も見てませんよ」
「何だ、見逃してくれたのか?」
「貴方やアスランの為ではなく、私の為です。私が辛い」
「…なら止めに入れ」
「後ろにイザークが控えていたんですが、よろしかったですか?」
「なるほどな……あぁ、いつまでもそんな顔するな。悪かった」
「…アスランのキスのが良かったのですか?」
「何を馬鹿なことを。私がキスしたいと思うのはお前だけだ」
「隊長…」
「上手い下手は置いといて」
「…隊長…」
項垂れるアデスにクルーゼは笑いながら口づけを。
その時のクルーゼの唇がいつもより熱かったことを知るのは
皮肉にもアデスだけだった。
END