悟浄×三蔵
小説 香月蒼夜様











三蔵が倒れた。
風邪と疲労でダウンした。
かなりツライ状態が続いていただろうと医者が言ったが、
あいつは俺達の前で一切ツライ素振りを見せたことがなかった。





蒼い月のように





ここ1週間、触れることを拒まれていた。
疲れている・・・というのは本音もあっただろうが、
実は熱があるのを気づかれたくなかったのだろう。
物分りのいいフリをして、引き下がっていた自分が悔やまれる。
三蔵は俺を本気で拒んだことはなかった。
馬鹿だの河童だのゴキブリだのと罵詈雑言並べ放題だが、
触れたいという俺の我侭をいつも許してくれていた。

その三蔵が拒んだときに、俺は手を伸ばすことができなかった。
怖かったから、本気で拒絶されたら・・・
そう思うと怖くて何もできなかった。

自分が傷つくことを怖がって、三蔵から目を逸らした。
あいつこそが傷ついて弱っていたのに、気づいてやれなかった。

後悔と自己嫌悪だけがグルグルと駆け回る。
もしこのまま目を覚まさなかったら・・・

アノヒトミタイニ・・・
冷たくなっていく三蔵の亡骸を想像して、ぞっと絶望的な悪寒に襲われた。


「雨・・・降ってきたな。」
珍しく腹減ったとも騒がずにおとなしくしていた悟空がポツリと溢した声に現実に戻る。
見るとどんよりとした空から零れ出した雨粒がパラパラと窓を叩いていた。
こんなときに・・・忌々しげに俺は空を睨んだ。

「三蔵さ、大丈夫だよ。八戒がついてるんだから。」
無言でただ空を睨みつける俺の方を見ずに、悟空が言った。

「ええ、もう大丈夫ですよ。」
いつの間に入ってきたのだろう、振り向くと八戒がいつもより少しだけ疲れた笑顔で
手桶を持って立っていた。

「まったく困った人ですよ。意地っ張りも、あそこまで行くと呆れるのを越えて賞賛ものです。
気配に敏感な悟空にも・・・この僕にも気づかせなかったくらいですから。」
苦笑しながら、新しい氷の浮かんだ桶にタオルを添えて俺の方へ差し出した。

「目を覚まして開口一番に何て言ったと思います?」
「何て・・・?」
「てっきりどこだ?とか何があった?と聞くと思うじゃないですか。なのにあの人、
『馬鹿はどうした?』って。」
「・・・・・・。」

「行っておあげなさい。」
有無を言わせぬ口調の親友から、渡された桶を握り締め、隣の部屋に向かった。

「あれじゃどっちが病人だかわかりゃしない。まったく困った人たちですよ。」
悟浄を見送った翡翠の瞳が伏せてられて、溜息が零れるのに合わせ
悟空が大きく頷いた。



ベッドに横たわる白い男に近づくと、うっすらと瞼が開いた。
青褪めやつれた顔に胸が痛む。
ここ1週間、まともに顔すら見ていなかったいう事実を突きつけられる。

とっさに謝りの言葉が口をついて出そうになったが、
目の前の男は謝罪や労りの言葉など望んではいないだろうと気がついて、口を噤む。
いつもなら考える前に滑る舌もこわばり、
気の利いた冗談のひとつもでない自分に腹が立つ。

かけるべき言葉が見つからず黙ったままの俺を、
熱に潤んだ紫の瞳がまっすぐ見つめ、掠れた声が掛けられる。
「馬鹿ヅラしてんじゃねェ・・・。」
言った途端咳き込んだのに慌てて背中をさする。

咳が治まると、訝しげな表情を浮かべる。
「今日は匂わねェな。」
言われて、煙草を吸うのを忘れていたことに気づいた。
「ああ、ちょうど切らしてんだ。お前も今は止めとけよ。」
緊張して声が上ずった。

「フン。言われなくても、今は口が不味くて吸いたくなんざねェ。」
そう言って、また咳き込んだ。

「これで我慢しとけよ。」
乾いてひび割れた唇に、吸えない煙草の代わりにそっと口づけを落とす。


「伝染っても知らねえぞ。」
「馬鹿はひかないんでショ? 証明してやるよ。」
ニッと得意の笑みを作る。

「・・・足りねえな。」
紅い髪をつかんで引き寄せられる。
体重をかけないように手をつき、先ほどよりも深い口づけを交わす。
乾いた喉を少しでも潤したくて。


細めた瞼の間でなお一層潤んだ紫珠が輝きを増し、髪を掴んだ指が解かれ背中に回る。

一週間ぶりに触れ合う互いの体温が離れがたく、きつく抱き合う。

悟浄がゆっくりと身体を起こすと、三蔵の艶やかに変化した唇から甘い吐息が零れた。

「続きは治ってからのお楽しみ♪」
そう言って紅い瞳を片方瞑ってみせる男を睨みつけても潤んだ瞳では効果がない。

まだ火照る額に新しく絞ったタオルを乗せられ、金の髪をやさしく梳かれると
力が抜けて紫暗の双眸が閉ざされる。

「なあ、何か欲しいモンある?」
「別にねェ。」
「そっか、じゃあ少し寝ろよ・・・っ!」
布団に乗せていた俺の指を、三蔵の熱い手がきゅっと握ったので
驚いて声がひっくり返りそうになった。


握った三蔵の手を包むように、反対の手を重ねる。
寝息を立て始めた三蔵の眉のシワのない顔がいつもより幼く見えて、
こんな愛しい仕草も、もし窓を打つ雨のせいなら、
今は少しだけ感謝したい気持ちで、雨音に耳を傾けた。


重ねた手の上にポツリと雫が零れて、自分が泣いているのに気づく。
失くさずにすんだのだ・・・胸が熱くなり嗚咽が漏れそうになるのを堪える。

もう2度と手を離さないでいよう。

もう2度と目を逸らさないでいよう。

例えその瞳に嫌悪や憎しみや蔑みの色が浮かんでも
それでもお前が俺を見ていてくれるなら。
例えどんなに傷ついて心が血を流しても

お前が俺に与えてくれるものなら受け入れよう。

どんな痛みでも
耐えられるだろう。お前を失くさずにすむのなら。


雨の音に、お前が一人で苦しまないよう
ずっとそばにいるから・・・。



金色の太陽がいつも輝けるよう
真昼の青い空に溶けてしまう蒼い月のように
お前のそばにいるから

      



     香月蒼夜 拝











アップが遅くなりまくりで申し訳ありませんでした(≧□≦)
素敵なゴジョさんと三蔵様をありがとうございますーーーーvvv
強がってばかりの三蔵様が辛さをこらえて、愛しい人に向き合う姿はたまらないです…
表面は飄々としてても、ちゃんと真摯に受け止めようとするゴジョさんの
秘められたひたむきさもすごく好きで!
最遊記はようやく本誌で再開されてますし、また美人坊主とヘタレ赤すぎる流星との
痴話喧嘩が見られると良いですね!