アデス×クルーゼ…小説 
灯呂様







「もう終わりにしようか、アデス」





「・・・え?」






愛してるとか 愛してないとか そんなことはどうでもよかった


ただ目の前に広がる現実 それだけ ただそれだけ










 


[ 真実 ]







「お前はどうか知らんが、私は元から真面目に付き合っていたわけではない」

想いを告げられて、何となく暇だったから、成り行きでそれを受け入れた。

愛していると囁かれ、抱かれもした。

嫌だとは思わなかったが、特に何かを感じることもなかった。

「・・・貴方が真剣でないのは知っていました」

「それなら話は早い。これでさよならだ、アデス」

惜しみもなければ未練もない。全てがこんな風に後腐れのないものだったら、どれだけ楽だろうか。








「貴方は、何をそんなに憎んでいるんです?」


「・・・・何だと?」

何故、こいつにそれが判るのか。どこで判ってしまったのか。

「私はずっと貴方を見ていました。教えて下さい、貴方は何を・・・」

「貴様如きに何がわかる」

この身を蝕むような痛みと苦しみ。

そしてこんなモノを作り出した人類。許せない。

この憎しみ、誰に理解できようか。



「知りたいと言うなら教えてやらんでもない。私が憎んでいるのは全ての人類だ。ナチュラル?コーディネイター?そんなものは関係ない。ヒトという生き物が忌々しくて仕方がない」

「貴方だって、人では・・」

「だから貴様に何がわかると言ったんだ。私はヒトではない。ラウ・ル・クルーゼという人間は存在しない。するのは・・・アル・ダ・フラガという愚か者のクローンだ」

「クロー・・・ン?貴方、が?」

人口的に作り出された軽重力空間の部屋に、私の歩みを示す音が響いた。

「そしてクローン生物最大の弱点である細胞分裂を行う力の衰えたテロメア。私もそれを背負っている。この世に生を受けて28年。だがこの肉体の年齢はゆうに70を越えている」

私の口から次々と紡ぎ出される真実の糸。その糸車は留まる所を知らず、更に長い糸を紡ぎ上げてゆく。

「私がマスクをしているのはその為だ。見るかね、この醜く衰えた私の素顔を」

不適な笑みを浮かべ、私は静かにそのマスクに手を掛けると、それを一気に剥ぎ取った。

幾度となく見、そして呪ったこの素顔。何度鏡を割りこの手から血を流したことだろう。

この身を映し出す鏡が、憎くて憎らしくて仕方がなかった。







手で口を覆い、驚きという言葉では表現し尽くせぬほどの感情を表すアデスを見て、笑わずにはいられない。

「貴様が愛していると囁き、抱いていたのはこんなにも醜い男だ。どうだ、アデス?」

得意の皮肉った言葉を、冷ややかな微笑を浮かべて放ってやると、アデスは未だ言葉を発することができずただドアの前で佇んでいる。

「貴方は・・・何を望んでいるんです。その憎しみを、何に変えようと・・・っ」

「何を望む、か。簡単なことだ。この世からヒトが消え去ってしまえばいい。妬み憎み、殺し合い、破壊の果てに消え去ればいい・・・っ」

そうでもしなければこの憎しみを拭うことは叶わない。

全てなくなればいい、ヒトも、星も、そして宇宙すらも。

「そんなこと・・・っ!」

「”そんなこと”。そう、貴様らにとっては”そんなこと”かもしれん。だが私にしてみれば簡単なことでね」

愚かな人間どもがこの世からいなくなるだけだ。何を”そんなこと”と言うことがある?

自らの愚かさに気付かずのうのうと生きてきた奴らに粛正を下して、何が”そんなこと”?










「間もなくジェネシスが完成する」

「ジェネ・・・シス?」

「そして地球軍は核を使用するだろう」

「核・・・!?そんな、まさか!使えるはずがない!あれは我々が・・・!」

そう、我々ザフトが散布、敷設したニュートロンジャマーのおかげで、核は使えない。

それが今までの常識であった。だが、造ったのはザフトだ。それを無効化する力を造るとしたら・・・。

「Nジャマーを開発したザフトなら、Nジャマーを無効にする力を造れる。当然の公式だろう?」

「しかし・・・ザラ議長は何を考えている!ユニウスセブンのことを、お忘れなのか!?」

ザラはあれで妻を失った。酷い悲しみに襲われただろう。悲しみの末、その悲しみを癒すのは悲しみを

憎しみに変えてしまうことだと悟った。




「ザラにジェネシス。アズラエルにNジャマーキャンセラー。双方に同等の力を与えてやったんだ。相打ってもらわねば困るというものだ」

「アズラエル・・・ブルーコスモスか。貴方はどこまでその手を・・・」

アデスの言わんとするところを悟り、それに答えるようにいつもの笑顔をくれてやった。

「ようやく全て揃ったんだ。この28年間の苦しみ、存分に味わってもらう」

「・・・私に、貴方を止めることは、できないのですか」

「・・・・止める?貴様が?この私を?くく・・・はは、はははっ!とんだ馬鹿だよお前は。今更私を止めたところでどうにかなるわけがない。尤も、止めることなど叶わんだろうがな」

全ては動き出している。もう止められはしない。

「地球軍がプラントに核を放つ。それに怒り狂ったザラは艦隊にジェネシスを撃ち返す。そして次は月。最後は・・・地球だ」

そして帰る場所を失った人間どもは、飢えるか殺し合うかで滅びる。一人残らず。

「それが、貴方の物語りですか」

「そうだ。壮大な物語りだろう?語り部がいないというのが惜しいくらいだよ」

「だが、そんなことをすれば貴方まで!」

「それでいいんだ。私は元から死ぬためにこの計画を立てた」


ヒトと同じこの姿が憎い。何故人型でならなくてはなかった?

それこそロボットでも構わなかった。心を持たぬ人形がよかった。









「さて、そろそろ話をするのにも疲れた。お帰り願おうか、アデス艦長?」

わざと皮肉り丁寧な口調で言ってやると、アデスは腰の辺りに手をやった。

取り出したのは引き金を引くだけで人を殺すことの容易な武器。

取り出したかと思った瞬間、若干広めな部屋に銃声が響いた。

放たれた弾は私の頬を掠め、一筋の傷を作った。

「取り出してから攻撃までの時間は優秀だ。だが、狙いはまだまだだな。ここでは殺せない」

「貴方は・・・存在してはいけない人だ」

頬の傷を親指で拭いながら批評した私の言葉を無視するように呟かれた一言。

それが酷く癇に障り、一歩一歩と彼に歩みを寄せた。

「私の話が理解できなかったようだな。私は存在したくてしているわけではない」

できることなら、存在したくなどなかった。

こんなにも憎しみに塗れて生きるぐらいなら、生まれてきたくなどなかった。


「撃ちたければ撃つがいい。だが・・・」

『クルーゼ隊長!今の銃声は・・・!』

私の言葉を遮るように届いたブリッジからの通信。それは先程のアデスの発砲に対するものだった。

「気にするな、練習していただけだ」

『練習って・・・艦内で発砲なんてそんな・・・』

「すまない。もう数発撃って終わる」

『・・・もういいです』

私のあんまりな発言に呆れ返ったクルーが、失礼なことに一方的に通信を断ち切った。

まぁ、私も切ろうとしていたから丁度よかったか。




「これで銃声を聞き付けたクルーが集まることもない。心置きなく撃てるだろう?」

「貴方は・・・何なんですか。とんでもないことを言うかと思えば、死ぬことすら躊躇わない。貴方は・・・!」

「ここで死ぬのなら、それもまた私の運命。それに、さっきも言ったろう?私が死んだところで、結末は変わりやしないさ。ここまで来たらな」

「もう、遅いと言うのですか・・・」

「あぁ、もう遅い」

「・・・まだ間に合います」

「もう遅い」

「間に合う!」

アデスは突き付けた銃を下ろすことなく叫んだ。信じたくないのだろう。この世界が滅びることを。

「遅いさ。・・・私はどこかで間違えてしまった」

「え・・・?」




どこで間違ったのだろう。



軍に入った時から?


この計画を立てた時から?


あの屋敷を焼き払った時から?


独りだと気付いた時から?





・・・この世に 存在した瞬間から?









「間違っていると、判っていて尚実行するのですか!」

「そのために薬で老いを抑えてまで生きてきたんだ。今更止めることなど・・・」

確かに間違ってしまった。この私という存在自体が間違ってしまった。間違い続けて生きてきた。

だが、自分が間違っているなどと・・・その存在が間違っているなどと、誰が認められる?

誰だって自分を正当化したい。自分が正しいと信じたい。


私とて・・・同じだ。


皮肉だな。これほど憎んでいるヒトと自分は、何ら変わらない。





それでも私は・・・・。







「これ以上の話は無駄だ。死にたくなければさっさとこの部屋から出ていけ」

私の精神疲労は頂点に達していた。この男をこのまま生かしておいても害はない。

そう判断してやったというのに、この男は

「貴方がこの世界を滅ぼすと言うのなら、ここで死んでも同じことです」

などとのたまうものだから

「なら死ねばいい」

と言ってやり、机上の銃を手に取り突き付けた。

彼の手から既に銃はなくなっており、彼から遠く離れた場所に浮かんでいた。





「最期に、教えては頂けませんか」

「・・・・何だ」

「貴方は、本当は悲しくて、解放されたくて、仕方がなかったんじゃないでしょうか・・・」







「・・・どうだろうな」







言葉の直後に放たれた弾丸は、情け心が働いたのかそれとも単に狙いが狂ったのか。

とにかく急所には当たらなかった。

心臓近くに空いた風穴から飛び出した赤い飛沫が、無重力空間に近い部屋で丸い水滴となり宙を舞っている。

「貴方は・・・哀れな、人だ・・・」

即死に至らなかったアデスは、しぶとく言葉を口に乗せ続けた。

それはまるで遺言のよう。



「貴方は・・知らない・・・私がどれほど、貴方を愛して・・・いたか」


「・・・黙れ」


「憎しみに、囚われる・・あまりに・・・幸せや温もりを、得る・・ことを、忘れた貴方は・・・」


「黙れ」


「誰よりも・・・哀れで、そして」


「黙れ!!」








 愚かだ









気付けば留めの引き金を引いていた。

最後の言葉は、アデスが言ったのか、私の心がそう言わせたのか。それすら判らない。

「あぁ、そうだ。全てお前の言う通りだ。私は、憎しみしか知らないよ・・・」


気付きながらも目を背け続けてきた真実。


その真実を最期の最期まで目の前に突き付けてきたこの男を、もしかしたら私は・・・


「判っていた。間違っていると。だが、それを貫き通して死ねば、真実になる。そう思いたかった。

そうでなければ・・・そうでなければ、どうしてこの私が救われよう?」







愛していたのかもしれない
















『アデスが、隊長の手で逝ってくれれば。それも全部を知ってから。
そして隊長に全てを知らせてから。それから逝ってくれれば。
私なりに「ラウ・ル・クルーゼ」という男を真正面から見つめてみたくて書きました。
が、できてるかどうかは不安です・・・;個人的にはこれでいいや。
それと「この世に生を受けて28年」となってますが、実際彼は25歳ですよね。
でも知らない人もいるだろうしなーと思って、あえて28歳にしておきました。』
灯呂さまからのコメントです///
アデスとクルーゼの悲劇に向けた、答えの一つとしての物語り///
最後まで愛の意味を知らなかったクルーゼに
少しの光を与え、愛をくれた存在ですよねアデスは///
多分、ちゃんと隊長の深い悲しみに、届いていたはずです(∋_∈)
届いていたのだと、私も信じていたいです〜
切ないステキな小説をありがとうございましたv

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