『 Last Quarter 』
八戒×三蔵
小説 遊亜さま
イラスト見国かや
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―――貴方がそれを望むのなら、僕がどんなことをしてでも叶えてあげるのに
* * *
畜生…
また始まりやがった……
ふとした時に、身体の内部が熱くなる。
どくどくと血液が流れ込んでいくように局部が疼く。
初めて受け入れさせられた処が、何かを求めるようにひくつく。
羞恥と困惑だけではない、説明のつかない内部変化によって体温が上昇し、顔が火照る。
一体どうしたってんだ。
今まで、こんなになったことなどねぇってのに。
あの夜を経たからなのか。
あの腕に抱かれたからなのか。
『 そうするしか他に方法が無かったから 』
…などと理由をつけてみたところで、行為自体に変わりは無い。
苦痛ならいくらでも耐えてやる。
けれど、自分でコントロールできない状況に置かれては、抵抗も空しく。
押し流してしまいたいものと、流されてはいけない部分とのせめぎあいに、為す術も無く翻弄されていた。
結局、己の目で最後まで見届けることは叶わなかったが。
思い出してしまうのは……
この身体に触れた、ヤツの手。
自分でさえ知らなかった場所にまで伸びてきた、しなやかな指。
忘れてしまいたいのに、身体が忘れてくれない感触。
思い浮かぶのは……
俺に触れなかった、ヤツの唇。
あの時、届かぬもどかしさに求めそうになってしまったのは、薬のせいだ。
きっと…そうだ………
* * *
「三蔵、コーヒーのお代わりは?」
その仕草も微笑みも、何も変わっていない。
けれど、俺は以前よりヤツの存在を意識してしまっていた。
そばにいると身体が強張り、息苦しく感じることさえある。
そんな時にふと脳裏を過るのは、あの夜のこと。
終わってから気付いた時、綺麗に清められている自分の身体を見て、吐き気がするようだった。
ヤツはそれで全てを終りにしたつもりだろうが、この身体に刻まれた事実は消えやしない。
滅茶苦茶なままで捨て置いてくれれば、自分で自分を嗤えたものを。
この俺が大事に守ろうとされたのが余計に腹立たしい。
本当に殴りたかったのは、ヤツか、それとも、自分自身か?
離れの部屋に戻った時、それまで歩いて来られたのが嘘のように、足から力が抜け、床に崩れ落ちてしまった。
あんな行為の影響など受けていない、残していない、と思い込んでいられたのは虚勢だったか…。
ひとりになると、情けないほどに身体が震えていた。
それは、突然身に襲ってきたことに対する恐怖?
それとも、まだ知らぬ感覚に対する興奮?
どちらであっても認めたくは無い。
だから、何も無かったことにした。
そう、心にも身体にも思い込ませた。
…はずなのに……
畜生……
いつしか、自分の視線が特定の人物を追っていたことに気付いた。
ハンドルを握る長い指。
話している時に人差し指を立てる癖。
こまごまとよく動く、その手。
女を抱く時、ヤツの手はあの夜のように肌を辿るのだろうか。
いつも微笑みを絶やさない口元。
喋る時の動きも食べる時の動きも、ゆっくりで落ち着いていて。
くちづけの時、あの唇はどんな風に……。
…って、何を考えてんだか。
自分の思考に自分で呆れる。
俺がじっと見つめてしまえば視線を感じるはずなのに、ヤツは何も言わない。
何も気付かないフリで、ただ自然とそこにいる。
その反応をいいことに、俺も目があった時は素知らぬ顔を決め込んでいた。
しかし、それも限界か………
「いや、もういい」
新聞から目を上げずに返事をした。
ヤツは 「はい」 と一言返すと、テーブルの上のカップを片付け始めている。
その姿が視界に入らないよう、俺は新聞を顔の前まで持ち上げた。
この疼きはコーヒーでは癒せない。
それはわかっている。
けれど、己の本能が欲しがっているであろうモノを簡単に求めるわけにはいかない。
俺の人生には、必要ないはずのコトだから。
あれから3日と経っていない。
まだ記憶が生々しいから、こんな状態に陥るのだ。
そのうち、何ともなくなるだろう。
刹那的欲望など無視すればいい。
満たされるよりも、死ぬまで悪足掻きしている方が、俺には合っている。
* * *
…誰かが覆い被さってきた。
押さえ付けられ、身動きが取れない。
眼は見開いているはずなのに、何の像も映らない。
肌を滑る指先。
辿っていく感触が直に伝わる。
俺は、いつの間に裸に?
首筋にかかる熱い吐息。
頬を掠める髪。
柔らかいものが触れていた部分が顔へと移ってきた。
唇が貪られる。
食い縛っていた歯をこじ開け、侵入してきたのは何だ?
俺の舌に絡み、吸い付き、蠢く生き物。
んっ…………
出そうとした声は呑み込まれてしまう。
唇を奪われ続け、息もままならない。
や…………
誰だ?
何故こんなことになっている?
……っ……やめろ……
(どうして? 貴方が望んだことなのに)
俺が…?!
俺が何を望んだだと???
一瞬、ソイツと目が合ったような気がした……
……………………
………………
…………
「三蔵、三蔵!」
「!!」
肩を揺すられて目が覚めた。
肌を覆う布の感触はいつも通りだ。
布団も被っている。
ならば、あれは……夢?
「すみません、起こしてしまって。 でも、うなされていたようですから…」
深緑の瞳が心配そうにこちらを覗きこんでいた。
…さっきの瞳は、誰のものだ………?
「大丈夫ですか?」
まだ手が置かれたままの剥き出しの肩に、神経が集中していく。
…さっきの手は、一体誰の………?
直接触れられている部分が熱くなるように感じた。
居た堪れず、その手を振り払うと、寝返りを打って背を向けた。
「…俺に構うな」
「はい……おやすみなさい」
ややあって、向こうのベッドが軋み、寝具を引き寄せる音が聞こえてきた。
外は暗く、まだ真夜中のようだ。
けれど、俺はもう、眠ることはできなかった。
目を閉じるとちらつく、あの唇。
触れ合う柔らかな感触も、絡みつく舌の熱さも、俺は知らないはずなのに。
ふと唇に手が伸びかけたのを制し、慌てて枕に埋めるように顔を押し付ける。
………………………………………………………チッ
あんな夢は二度と見たくない。
夜が明けるまで、俺はひたすらに闇を睨んでいた。
* * *
今日もまた、ジープはひたすら西に向かって走っている。
予定では順調に進んでいるはずの行程。
後部座席が珍しく静かで、単調なエンジン音が眠気を誘う。
同じような景色が続くのを半ば飽きながら眺めていると、ついうとうとしかけた。
そこへ突然、急ブレーキが踏まれた。
「うわっ!」
慌てて腕を突っ張ってフロントガラスとの衝突は逃れたが、後ろでは何かが転がったような音がしている。
「あれ?」
とぼけた声が隣から聞こえてきた。
コノヤローと思いながら顔を上げると、目の前は崖で、前方に続くはずの道が無い。
「おかしいなあ、どこで間違えたのかな」
そう言いながら、運転手はジープをバックさせようと後方確認の為に身体を半分後ろへ捻った。
右手だけでハンドルを操作し、左手は助手席のシートの背もたれを掴んでいる。
まるで、肩を抱かれているような姿勢。
そう思っただけで鼓動が早くなった。
また、あの感覚が襲ってきた。
畜生……
何に反応してんだよ、てめぇは……
心の中で自分に悪態を吐いた後、すぐさま休憩を告げた。
丁度、疲れも出だした頃だったので、3人に異存は無いようだ。
すぐ近くに見えた森の入り口でジープを止めさせる。
「少し歩いてくる。 その間に道を確かめておけ」
睨みを効かせながら言うと、俺は足早に3人から離れた。
この身体のことは、時間に解決させるしかない。
あいつらに気付かれないうちに、さっさと過ぎちまってくれ!
森の奥へと入っていき、見事に枝を広げている大木を見つけた。
振り返ると、ジープも人影も見えない。
結構遠くまで来てしまったようだ。
少しごつごつとした木肌に寄りかかってみる。
ここならば、しばらく身を隠せるだろう。
いつものように、気を紛らわせてやり過ごすしかないか……
鳥のさえずりとともに、時折そよぐ風が木の葉を揺らす音が聞こえるだけの、穏やかな場所。
そんな中で、自分だけが異質の存在のように思える。
この平和な空間にそぐわない、淫らな気分。
まだ、疼きが治まらない。
少しでも落ち着かそうと、煙草を取り出して火をつけた。
思い切り吸い込んで、ゆっくり吐く。
いつもなら、こうしていると無駄なことは考えずにいられるが、今はそれも何の役にも立ってはくれない。
最初の一口を吸っただけで、動きが止まっている。
……思考が飛んでいた……
知っちまった……
重なり合う肌の熱さを
身体の中が俺以外のモノでいっぱいになる感覚を
知らないままならば……
こんなにも餓(かつ)えなかったものを
こんなにも求めなかったものを
自分ひとりで生きていくはずが、自分以外の存在を必要とするとは
この俺が……
俺より少し背が高く、俺よりも少し肩幅が広い男
その肌触り、あの部分の熱さ、圧し掛かる重み……それらを、俺の身体は覚えてしまっている
どんな風に包み込むのか、どんな風に耐えるのか……日常では見られない表情を、俺は見てしまっている
あれからずっと俺の心が占領されているのは、初めての交わりだったからか
それとも、相手がヤツだったからからなのか
…認めたくない、そんなことは認められない
俺が心に住まわせるのは、あの方だけのはず
これは悪夢だ
夢なら早く醒めてくれ
苦しみなら、いくら与えられても構わないから……
バサッ!!
鳥が飛び立った音で、俺の意識が戻ってきた。
ぼーっとしてんじゃねぇよ!!…………
自分にイライラしながら、再び、ただ耐えるだけの時間が流れていく。
この疼きはやり過ごせるはず。
こんなもの、しばらく経てばいつの間にか消えていく。
そうやって、この何日かを乗り越えてきたんだ。
しかし、今日はなかなか治まってくれない。
だから、まだひとりでいたかった。
なのに、紫煙が自分の居所を教えてしまった。
足音がひとつ近づいてくる。
「三蔵」
背後から声がかかった。
やはりおまえか。
「ルートは確認できました」
わざわざ来たのは、そんなことを言う為ではないだろう。
返事をしないでいると、ヤツは廻りこんで姿を現した。
つい、そちらを見てしまった。
目が合うと、その瞳から逸らせない。
初めて間近で見たあの夜、そこに在ったのは、もっともっと深い緑だったような……。
「三蔵?」
ヤツが一歩こちらに近づいたと同時に、つい後ずさりしてしまった。
途端に、瞳が哀しみに満ちていく。
「……何もしませんから」
その言葉を聞き、不意に襲った落胆……。
そんな自分に気付いた瞬間、呆然とした。
違う!
あんなことは二度と、二度と!!
…なのに……。
「貴方が望まない限りは」
何だと?
続けられた言葉に耳を疑った。
俺が何を望むだと?
脳裏を掠めたのは、昨日の夢。
あの、熱い感覚……。
また疼きが甦った。
こいつから逃れる為には、どうすればいいってんだ……。
思わずヤツから顔を背けると、小さな溜め息が耳に届いた。
「辛いでしょう、そのままでは」
やはり、気付いて……。
けれど構うな。
こっちを見るな!
俺は黙ったまま、ヤツを睨み返した。
「どうすればいいか、教えましょうか?」
「いらん!」
即答で否定した。
そんなものは必要無い。
しかし、耳に入ったはずなのに伝わっていないのか…?
心ここにあらずという様子で、ヤツの視線が宙をさ迷っている。
「……僕がいなくなっても大丈夫なように……」
「消える気か?」
「今すぐ、というわけじゃありません」
深緑の瞳が空を見上げた。
「だって、永遠に一緒になんていられないでしょう」
当然だ。
この旅にも、人生にも、終りが来ることは予め決められているのだから。
ヤツがこちらに向き直った。
さっきとは違い、その瞳はしっかりと俺を捉えている。
「三蔵、いつもそうやって我慢してたんですか?」
そう言いながら近づいてくる。
俺は目を離すことができず、そこから動けない。
ヤツの手が伸びてきた。
「!!」
無様にもビクッとしてしまった俺の指先から、零れ落ちそうになっていたタバコが持っていかれる。
ヤツはポケットから携帯灰皿を取り出すと、その中へと吸殻を片付けた。
いつからそんなもん持ち歩いてるんだ?
細かなことに気を取られていると、いつの間にか目の前にヤツが立っていた。
大木を背に、追い詰められたような格好になってしまっていて。
チッ…、俺としたことが………
「僕ならお手伝いできます」
「断る」
少しだけ見上げた格好で言い放った。
「楽になりたくないんですか?」
「別に」
困ったような顔で尋ねられても、おまえにどうこうしてもらうつもりは無い。
「三蔵って、Mですね…」
「何だと?!」
尖った声をぶつけても苦笑を浮かべただけで、俺の剣幕に怯む様子はない。
俺は、これで話は終りだという意味を込めて、懐から取り出した銃をヤツの腹に押し当てた。
「二度と口に出すな」
「わかりました」
そう言うと、潔く俺から離れていく。
躊躇うような間があってから、もと来た道へと歩き出したヤツの足が、ふと止まった。
「僕が、怖いですか?」
振り向いてこちらを見据えているその顔からは、何の感情も読み取れない。
その仮面の向こうを探ろうとした俺は、すぐに声が出せなかった。
それを、どう受け取ったのか……。
一瞬見つめ合った後、ヤツは返事を待たずに背を向けると、ジープへと戻っていった。
ひとり取り残された俺は、あと1本だけ、ここで煙草を吸うことにした。
* * *
「部屋割りはどうします?」
こいつとだけは嫌だと横で掴み合いながら喚いている二人の煩さに、いつも以上に嫌気が差した。
昼間のことがあるのでヤツと同室は避けたかったが、煩いのはもっと御免だ。
「俺とおまえが移ればいいだろう」
今度は俺に対する文句が二人から投げかけられたが、耳を貸さずに向かいの部屋へさっさと荷物を運び込んだ。
後ろからヤツも続き、素早い動作でドアを閉めるとにっこりと笑っている。
やはり、食えねぇヤツ。
でもまあ、これで今夜はゆっくり眠れるだろう。
俺がヤツを気にしなければ。
そして、夢に邪魔されなければ……。
…………
………………
……………………
誰かの手が伸びてきた。
俺の分身が扱かれている。
あ……やめろ………
そう言ったものの、身体は言葉とは裏腹で、手の動きに合わせ、感じることにだけ意識が集中する。
つま先が突っ張り、指はシーツを握り締めていた。
くっ!!……
達した満足感にぐったりとなる。
『これは多分、夢なのだろう』 と、夢の中で考えている自分を感じていた。
何故なら、こんな解放の仕方は現実では決してしねぇから。
誰かの手が、俺の髪を優しく撫でている。
その気持ちよさに酔っていると、ずっと闘いの中に身を置いているのが嘘のような穏やかさに包まれた。
ふと、遠い昔に同じようなことがあった気がした。
頭に置かれた大きな手、それは………
頬を伝う何か。
その後を追うように、そっと触れてくるもの。
ぼんやりと視界が開ける。
ベッドの横には、また、深緑の瞳が立っていた。
「三蔵、それは夢です」
いつものように立てられている人差し指。
その先が、濡れている。
「もう少しおやすみなさい」
静かに囁くような声が耳に届くと、自然と瞼が閉じていく。
胎児のように身体を丸め、俺はいつしか、深い眠りに落ちていった。
* * *
あれから、穏やかな日が続いている。
厄介だと思っていたあの疼きが、昨日も今日も襲ってこない。
ヤツがそばにいることも苦痛ではなくなった。
姿を見たってあの夜のことを思い出すことも無く、以前のように接していられる。
眠ると相変わらず夢を見ているようだが、そのせいなのか?
現実で発散できないものを、夢の中で消化しているのか?
まあ……それならそれで構わない……。
こんなもやもやは、そのうち完全に消えてしまうはず。
それが早くなるなら、歓迎すべきことだろう。
例え、現実では受け入れられないことを己がしていようと。
俺しか知らない夢の中だ…何が起ころうと構わない……。
* * *
また…誰かが俺の上にいる。
俺の身体を抱え込んでいる。
意識がいつもよりはっきりしているようだ。
けれど、目は開かず、身体も沈み込んでいくような感じがする。
鼻腔をくすぐる髪の匂い。
どこかで嗅いだことがあるかもしれない…。
肌からは、俺が宿で使ったのと同じ石鹸の香り。
それに混じって、微かに甘い香り…。
髪の中に手を差し入れられ、頭を固定された。
唇に柔らかな感触。
舌がなぞっていくくすぐったさに、思わず口を開いてしまった。
侵入者に口腔内をくまなくまさぐられる。
また夢を見ているのだろう。
それならば、俺は何も考えず、ただこの舌に応えていればいい。
熱いくちづけに頭の中が白くなっていく。
「三蔵、これは………夢です」
頭上から声が降ってきた。
ほら、やはり夢だ。
強い力で抱き締められた。
この肌触りには覚えがある……?
何故そう感じるのか、と考える前に、俺はその腕に身を任せていた……。
* * *
―――醒めない夢の中へと貴方を誘う
―――苦しむ姿を見ているのは辛いから、僕が楽にしてあげましょう
それは、下弦の月が沈もうとする頃。
部屋に漂う甘い香りの正体を知っていたのは、八戒ただひとり。
|
またまた素敵な小説ありがとうございます(〃∇〃)
三蔵の苦しみの取り除き方が、あくまでも三蔵に一番負担のかからない
やり方で…というのがもうもう八戒です〜///(〃∇〃)
でもやっぱりどっかで三蔵を苛めてしまったりするのも八戒(笑)///
堪える三ちゃんがフェロモン出しまくりで…周囲は我慢が大変(T▽T)オレもクラクラに…
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