『驟雨』
小説 遊亜さま
挿し絵 見国かや



コトッ、とドアの向こうで音がした。

「誰だ」
「たっだいまー! 三蔵ちゃんはいいコでお留守番できたかなー?」
「殺すぞ、てめえ」

紙袋を抱えて入ってきた赤い髪の男に目もくれずそう吐き捨てると、三蔵は指で挟んでいたタバコを咥えた。
ゆっくりと燻らせた煙が窓の外へと流れていく。

空の色がすっきりしない。
空気も重い。

・・・ヤな感じだな

窓辺に立ってずっと空を眺めていた三蔵は、ざわつく気持ちを天気のせいにしようとしていた。

「俺の分を置いたら、とっとと自分の部屋へ帰れ」
「つれないなあ〜。……あ、雨降ってきてんじゃん!」

外はあっという間に真っ暗になっていた。
ポツポツと降り込んでくる雨にも構わず突っ立っている三蔵の背中に向かってやれやれとポーズをしながら、悟浄は部屋の窓を閉めていく。

「ちったあ動けよ、三蔵サマ」
「用が無いならさっさと行け」
「…激ムカツク…」

急に、雨音が大きくなった。
視界が霞むほどの豪雨になっている。
その雨に引き寄せられるように歩き出した悟浄の足は、ドアには向かわず、三蔵のもとへ近づいてきた。

・・・このまま帰るなんてムシャクシャするじゃねーか

背後にぴたりとつけると、悟浄は三蔵の耳を掠めるように右腕を突き出して窓枠へと手をついた。
もう片方の手で首を抱え込まれた格好の三蔵は、突然のことにも微動だにしない。

「ひとりで寂しかった?」
「離れろ、鬱陶しい」

そう口では言うものの、自分から振りほどこうとはしなかった。
瞳はまだ空だけを見ていて、ただされるがままになっている。

「あとの二人はどうした?」
「……そばにいる俺より、ここにいないヤツらのことが気になるっての?」

思ったほどの反発が無かったのが拍子抜けだった上に、自分以外の者に心が向いていたことに、
悟浄は微かな嫉妬心を覚えた。
が、それを気づかせないように淡々と質問に答える。

「一通り買い物が済んだところで別行動。 俺はただの荷物持ちなんで、先に戻ってきたってわけ」

三蔵は腕組みしたまま、黙って聞いていた。

「久しぶりに街まで辿り着けたから、物珍しいもんでも見て廻ってくるって。 
けど、この分じゃどっかで雨宿りしてたとしても、しばらく動けねえかもな。
宿の主人に傘借りて迎え……になんて行きたくねーし」

三蔵が咥えていたタバコの灰が落ちた。
もう短くなっている。

「いい加減、離れろ」

やっと動こうとした三蔵を、抱えている腕が制した。

「用、あったわ」
「あ?」
「欲しい……」

小声で囁くと、首に廻していた左手で三蔵の顎を掴み、ぐいっと自分の方へ向かせた。

「なっ…?!」

抵抗する間も無かった三蔵の口元に、悟浄が顔を近づける。
驚きを隠せない三蔵の目の前に差し出されたのは、ポケットから取り出した一本のタバコ。

「火、ちょーだい♪」

くっ付いたのは、互いの咥えタバコだけ。
だが三蔵は、赤くなる先端をじっと見たまま、まだ緊張を解けずにいた。

「サンキュ」

美味そうに紫煙を吸い込んだ悟浄は、めったに拝めない三蔵の驚いた顔が見られたことで満足していた。
んじゃ戻ろうか、と体を離しかけた時、三蔵の肩が濡れているのに気付いた。

「ここ、濡れ…」
「何しやがるっ!」

剥き出しの部分を撫でた瞬間、三蔵が振り払おうと暴れだした。
咄嗟に避けようとして、悟浄はその腕をぐいっと掴み上げた。
それをどう受け取ったのか、振り向いた三蔵の眉間に皺が寄る。

「貴様っ!」
「おいおい、落ち着けよ! 雨で濡れてたから拭いてやろうとしただけじゃねーか!」

悟浄は、予想外だった三蔵の反応に少し慌ててしまい、思わず、もがいている体を壁に押さえ付けた。
三蔵の左手は頭上で拘束され、右手も肘を掴まれてしまっている。
動けなくなった三蔵の息が上がり始めた。

「っ……離せ……」

間近にある顔を睨みつけるように見上げる三蔵に、悟浄はしばらくの間、見惚れてしまっていた。
少しだけ困惑と恐怖のようなものを滲ませながら怒った顔が、これほど美しいとは。
三蔵の意識のすべてが自分に向かってくるということが、これほどの快感を呼び起こすとは。

今、ここには二人きりしかいない。
あの二人は、まだすぐには戻って来られないだろう。
以前から、何となく思っていたこと。
そばに居て、姿を見、声を聞き、……触れてみたい、俺だけを見つめさせたい。
三蔵の瞳に捕らえられたまま、自分でも思いがけない欲望に突き動かされそうになる。

けれど、ここでコトに及ぶわけにもいかない。

・・・ったくよ〜、どうしろってんだよー

このまま押し倒してしまいたい衝動が湧き上がって来たが、理性を総動員させて懸命に我慢した。
そんな自分の努力を無にするかのように、三蔵はまだきつい眼差しのまま、凛とした美しさを漂わせている。
悟浄は、最後の理性を掻き集めた。

「ひとつ教えてやるぜ。 こんな状況でそんな顔を見せたら、相手が俺でなければヤられちゃってるよ、アンタ」
「何っ?!……」

視線を外さないまま全身で抵抗しようとする三蔵に、悟浄は困ったように微笑んでみせた。

「ほらほら、そういう態度が相手に火を付けちゃうんだって」
「……ふんっ」

悟浄が落ち着いているのがわかったからか、三蔵も次第に抵抗をやめ体から力を抜いていった。
おとなしくなったのを見て、悟浄も三蔵を押さえていた手を少し緩めた。
すると、ふっと三蔵が視線を外した。
まだ腕を掴まれているというのに、その無防備な様は別の意味で悟浄を誘惑する。

・・・おまえなあ

やがて、戻ってきた三蔵の瞳は、まだ怒りを含んでいたものの恐怖は消えていた。

「おまえには火はつかないのか?」
「……それ、誘ってんの?」

この短い間に散々気持ちを振り回されていた悟浄は、今度ははっきり雄の目をして訊いた。
三蔵の頬がわずかに紅潮する。

「だっ、誰がっ!……」

何気ないつもりで発した自分の一言が余計だったことを後悔しても遅かったが、
三蔵はまた悟浄を睨みつけると、ギリギリと奥歯を噛み締めた。
そんな三蔵の耳に、悟浄の唇が付きそうなくらいまで近づいてくる。

「美人の誘いは断らない主義なんで」

言いながら、膝が着物の裾を割って入ってきた。
下半身を押し付けられた三蔵は、さっきよりも身動きが取れなくなってしまった。
こんなのは願い下げのはずなのに、体の芯が熱くなってきている。
鼓動が早くなるのを押さえられない。
たまらず、三蔵が逃げるように顔を背けた。

「くっ……」
「けど、……美人を泣かせるのは趣味じゃねーんだよな」
「っ…?!」

悟浄は、掴んでいた手を離し割り込ませていた足も退かせると、やや呆然としている三蔵をふわりと抱き締めた。

「今回はこれで勘弁しといてやる」
「……」
「これくらいは、授業料だと思えば安いモンだろ?」
「……」

しばらく、為すがままに身を任せていた三蔵だったが、不意に手が懐へと滑り込んだ。

「うわっ!! ま、待てっ!!!!!」

悟浄はぱっと三蔵から離れると、さっきまでその肢体を抱き締めていた両手をサッと上げた。

「…う、撃つなよ………まあ、それでこそ三蔵だけどな…」

三蔵の手には昇霊銃が握られていた。
銃口はしっかりと悟浄の頭を狙っている。

「……別に、痛いことも怖いことも無かっただろ?」

宥めるような口調で言われ、しばし考え込むような三蔵。
眉は顰められているが、いつもとはどこか違う苦い顔の三蔵を見て、
悟浄は、変化が起こっていたのは自分だけでは無かったのかも、と思った。

「何が痛くなくて何が怖くなかったんですか?」
「げっ!」

振り向くと、いつの間にか八戒と悟空が戻ってきていた。
二人ともびしょ濡れで、ぽたぽたと垂れる雫がみるみるうちに床に水溜りをつくっていく。

「僕達がいない間に、悟浄が何か悪さでもしたんですか?」

声と顔は笑っているが目は笑っていない八戒の様子を見て、三蔵は銃を引っ込めた。

「何もねーよ」
「だったらいいんですけどね」

自分をわざと無視するように三蔵と話をしている八戒の様子に、悟浄は背筋が寒くなる思いがした。

・・・怖ぇー! 
・・・ってゆーか、何でこいつがこんなに怒ってるんだ?

「腹減ったー!」

悟空の一言で、緊張感が漂っていた部屋の雰囲気が若干緩んだ。
悟浄の肩からも力が抜けた。

「なあ、飯っ!」
「先にお風呂に入って暖まりましょうね。 このままでは風邪をひいてしまいますから」

あなた達はそこで待っていてください、と、口調は丁寧だがはっきりと命令され、
三蔵と悟浄は部屋の中で突っ立ったまま固まっていた。


今、二人の思いは一緒だった。

・・・今夜は八戒を刺激しないようにしよう




きゃあああ(*^∇^*)八戒も悟浄も三蔵ラブで幸せです〜///
予測のつかない行動に弱い三ちゃんがめちゃ可愛くって!(*^∇^*)
何でこう三ちゃんは、抵抗してるつもりで相手を誘いまくっちゃうんでしょうかッ(≧∇≦)!
悟浄たんの台詞がまたカッチョ良くって///そして八戒…やはり最強っス(笑)
あっ、へなちょこイラスト勝手に付けてしまってスミマセンでした(汗)!

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