三蔵様総受け…お誕生日記念v

小説 遊亜様

『1129』 










「何度頼まれても俺の答えは変わらん」
「一生のお願いだ! この通りっ!!」

いきなり、悟浄が三蔵の前で土下座した。
三蔵はその様子を、驚いた表情で見ている。

――― そんなに…、そんなにまでしてこの男は……俺に………

だが、テーブルの上に置かれた物に目を遣った三蔵の口から出たのは、辺りに響き渡る怒声だった。

「出て行けーーーっ!!」



 ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪



数時間前……。
三蔵一行は、立ち寄った町の賑やかさに驚いていた。

「おいおい、今日は祭りか何かやってんのか〜?」

浮かれた調子の悟浄は、面白そうなモノは無いかと早速車上から物色し始めている。

「すみません、ちょっとお聞きしたいのですが」

八戒が通りを行く人に事情を尋ねると、「特に祭りでは無く、毎月、月末の三日間は屋台が出る」 という返答。
ここは人も物資も多く行き交う賑やかな町なのだろう。

「祭りじゃ無くったって、楽しまにゃ損ってモンだよなー!」
「うわーい、祭りっ祭りっ」
「だから、祭りじゃねーって」
「何でもいいんだよ〜、俺、賑やかなンは大好き!」
「だよなっ、人生、派手で楽しい方がいいよなっ」
「けっ、言うほどモテねぇ男が何をほざいてやがる」

騒いでいる後部座席に、三蔵がそっぽを向いたまま吐き捨てた。

「なっ! てっめぇ…!」

くっ、と笑った三蔵は、前に身体を乗り出してきた悟浄に対して首だけで振り返る。

「貴様の派手な人生ってのはその程度か」

あからさまな挑発に、悟浄が乗らないはずが無い。

「見せてやろーじゃねぇの、俺様の実力の程をっ!」」

威嚇するように叫ぶと、運転席から 「まあまあ」 とのんびりした声が割って入った。

「先ずは宿を決めてしまいましょう。 繰り出すのはそれからってことで」
「そうだな、早く決めちまおうぜ!」
「宿の看板を探してください、悟空」
「おうっ!」

建設的に進める八戒と悟空の横では、協力的では無い残りの二人が子供染みた言い合いをまだ続けていた。



 ♪ ♪ ♪



「本当に、お祭りのような賑やかさですね〜」

大きな町だったので宿はすぐに見つかり、今夜は個室が四部屋取れた。
誰にも気兼ねせず、のびのびと過ごせる夜。
そう思っただけで心も浮き立つのか、町を歩く四人の足取りはとても軽い。

空きっ腹は屋台の食べ物で適当に満たすことになった。
そうと決まった途端、悟空は早速、一番手前の屋台に張り付いている。
が、食い捲る…というのでは無く、調達した物を三蔵に見せ、「三蔵も食う?」 とお伺いを立ててきた。
いつもは勝手に食い散らかす悟空だったが、三蔵にも楽しんでもらおうと、気を遣っているらしい。
しかし、元々食欲は人並み以下なので、三蔵はどれを見ても特に欲しいとも思わない。
だから、「構わねぇから勝手に食え!」 と、悟空が戻ってきた何度目かの時、面倒臭そうに追い払った。

「美味いモンがあったら、後で報告すっからな!」

三蔵に無下にされて一瞬しょぼんとした悟空だったが、すぐに立ち直って笑顔を見せている。
自分がとびきり美味しいと思った物を三蔵にも食べさせてやろう。
それには、全部を食べてみなければ判断できない。
なら、頑張らねば!
熱い想いが悟空を奮い立たせる。

「んじゃ、行ってくるっ!!!」

気合いを入れ直して駆け出した悟空は、そこからは手当たり次第に屋台を攻略して行った。
小さな身体のどこに入るのだろうかと思うくらいの量が、たちまち悟空の胃袋に吸い込まれてゆく。
見るつもりは無かったが、勝手に視界に入ってくるその様子を、三蔵は呆れ顔で見ていた。

「おい、キリが無ぇから、ちゃんと見張っとけ」

差し出された缶ビールを受け取りながら、三蔵が八戒に指示する。

「一通り食べれば落ち着くでしょう」
「あのなぁ…」

にこやかに微笑みつつビールで喉を潤している八戒は、少しも頓着した様子ではない。
三蔵は溜め息をつきつつ、自分もビールに口を付けた。

「飼い主はおめーなんだから、おめーがちゃんと躾ろよ」

横から、既に1本空けている悟浄が割り込んだ。

「俺は飼い主じゃ無ぇっつってんだろっ」
「はいはい、僕が気を付けますから、二人とも喧嘩しないで」
「そうだな、せっかくの楽しい夜だかんな〜」
「ふんっ」

すぐに気分を切り替えた悟浄に対して、三蔵はまだ燻っているらしく、眉間の皺が取れないでいる。
が、「あっ!」 という八戒の叫びに、ぎょっとして暫し怒りを忘れた。

「何だ、急に…」
「金魚すくいがありますよ!」
「それがどうした?」
「あれ、言ってませんでしたっけ? 僕、金魚すくいにはこだわりがあるんです」
「初耳だな」
「あー、前にお祭りに出くわした時、三蔵は射的に夢中になってましたからね〜」

嫌な過去を思い出したのか、三蔵のこめかみがピキッと反応した。
しかし、それには構わず、八戒は滔滔と金魚すくいの奥深さについて語り始める。
悟浄は聞かされるのが二度目なので、最初から耳に栓状態。
だが三蔵は、いつも物静かな八戒が熱弁を振るう様子に目を丸くしていた。
話の内容はほとんど右から左に流れた、と言ってもいいかもしれない。
が、

「ポイはやはり紙を張ったものでないと。 もなかはいけません、あれは――」
「もなか?」

ある単語が耳に引っ掛かり、思わず聞き返した。

「邪道で……、え、三蔵、もなか知らないんですか?」
「菓子の 『最中』 なら知っているが、それが、金魚すくいとどう関係があるんだ?」
「あの 『最中』 を金魚すくいに使うんですよ」
「どうやってだ? あんなもの水に浸ければ、中から餡が出てしまうだろうが」
「あんこが勿体無ぇってか? ぎゃははははははははは! 三ちゃん、かっわいー!!」
「何だとっ」

笑われ、からかわれて、三蔵は箍が外れたように小銃を取り出して悟浄へと向けた。

「もう一遍言ってみろっ!」
「おわっ、こんなトコで銃なんて持ち出すなよ!!」
「あはは、三蔵、落ち着いて。 金魚を掬うのに、紙の他に “もなかの皮の部分” を使ったりもするんですよ」
「何故、もなかなんだ?」
「さあ、そこまでは知りませんが…では、論より証拠、実際に見に行きましょう!」
「えっ! おい、ちょっと待てっ……!」

一旦決めると八戒は行動に移すのが早い。
銃を仕舞おうとしていた三蔵の腕を掴み、そのまま金魚すくい屋を目指してずんずんと歩き始めた。

――― 新しい体験をしてもらえるなら…、今日が、いつもと違う一日になるなら……

八戒が積極的なのには理由があった。
何故なら、今日は三蔵の誕生日だから。

四人のうち、本当の誕生日がわかっているのは悟浄くらいのものだ。
三蔵は川に流れているのを師匠に当たる三蔵法師に拾われたのだと、斜陽殿に赴いた時、偶然耳にした。
悟空は、いつどうやって生まれたのか謎の存在らしい。
そして自分も、孤児院に預けられていたので、正しい出生の日時などは知る由も無い。
皆それぞれ、誰かに見付けられた時を新たな出発の日としている。
自分などは、新しい名前を付けてもらった日を改めて誕生日としてもいいくらいだ。

唯一はっきりしているのは、家族と共に幼年時代を過ごしてきた悟浄。
だが、継母に虐げられてきた日々は辛いものだったようで、誕生日を祝ってもらうことなど無かったかもしれない。

だから、出会って共に日々を過ごし、一緒に旅をしてはいるが、それぞれの誕生祝はしてこなかった。
その代わり、というわけでも無いだろうが、他の理由を見つけて騒ぐ日は多々あった。

…が。
生まれてきたからこそ、今、こうして一緒に過ごせるのだ。
その事実に感謝したい、と思った時、意識するのはやはり誕生日で…。
それは、どうやら悟空と悟浄も思っているらしい、と八戒は気付いていた。

悟空がいつもよりやたらと三蔵に気を遣っている様子なのも、三蔵に今日一日を楽しんで欲しいから。
自分にできることがあれば、三蔵の為に何かしてやりたいと思っているから。

――― 僕は、あとでとびきり美味しいコーヒーを淹れる予定にしていましたが…

今は飛び入りのイベントを十分満喫してもらおう。
生きていく辛さを、ひとときでも忘れられるように…。

そして、悟浄も何か考えているのだろう、と八戒は歩きながらチラリと後ろを振り返った。
ひとり取り残された悟浄の動向は、一応掴んでおこうと思って。
その悟浄は、八戒が三蔵を連れて行ってしまったので急に気が抜けたらしく、全身が脱力している。

「あ〜あ、行っちまったよ」

ビールのお代わりも飲み終えてしまったが、金魚すくいは八戒が熱くなるから、できれば近寄りたくない。
三蔵が解放されるか、自分から嫌になって八戒のそばから離れる機会を待とう。
できれば少しでも、三蔵と二人の時間が欲しいから。

今日が三蔵の誕生日なのだということは、11月に入ってからずっと意識していた。
自分と同じ月の生まれ。
三蔵の場合は、本当に生まれた日なのかどうか定かでは無いらしいが、それでも一応記念日としてあるのだ。
ならば、盛大に祝いたい。
けれど、自分がやってもらった記憶が無い為、誕生日の過ごし方なんてものはわからない。
他の二人もそれぞれ事情があるから、今まで、一行の誕生日には触れずにきた。
が、意識してしまう相手の記念日は気になる。
正面から祝おうとしても無視されるか文句を言われるだけだろうから、さり気なく、いつもと違うことができれば…。
自己満足でも構わない。
それで喜んでもらえれば一番いいのだが。
何かいい手は無いものか……。

そう考えながら、立ち並ぶ店をひやかしつつぶらぶらしていると、玩具屋を見付けた。
子供用のお面や独楽や人形などが並んでいる。
と、女の子向けの一角で、ある物が目に止まった。

「これは……っ!」

一気に体温が上昇したような感じになった。
身体が火照る。
動悸が激しい。
自分を抑えていられない…。
悟浄は店番をしている男に向かって、いきなり叫んだ。

「おい! これ、ひとつくれっ!!」
「へい、毎度〜!」



 ♪ ♪ ♪



思い掛けない賑わいを十分に堪能してから、四人は宿へと戻ってきた。

「俺、もう寝るぅ〜、んじゃおやすみ……」

三蔵の為に全ての出店を廻った悟空は、最後の最後に三蔵へのお土産として綿菓子を選んだ。
「これ、食ってみて」 と差し出されたものの、丸々ひとつは三蔵にとっては多過ぎる。
少しだけ千切って口に入れ、「甘いな」 と感想を述べると、それだけで悟空は破顔した。
そして残りは、 「てめぇが責任持って食え」 と渡されたので、その場ですぐに口に入れ、早々に食べ切った。

自分が選んだ物を一口でも三蔵に食べてもらえ、嬉しくなり安心したのも重なったのだろう。
食欲が満たされたのと入れ替わりに眠気が襲ってきたのか、悟空は帰り道の途中から足元が怪しかった。
八戒に誘導されながら自分に割り当てられた部屋へ入ったが、既に意識は半分無いらしい。

「ちゃんとベッドで寝てくださいねー」
「う……ん………」

ばたん、と閉まった扉の向こうからはいきなりイビキが聞こえ出した。

「後で、様子を見ておきますね」

そう言った八戒の手には、赤い金魚が二匹入った袋がぶら下がっている。
三蔵へのレクチャーに取られた時間が長かったので、八戒自身はあまりプレイできなかった。
だが、理想通りの作法で美しく掬えた瞬間、周りからは拍手が湧き起こった。
それで十分満足したので、数は問題では無い。
量より質、といったところか。

ちなみに、三蔵は金魚すくいには参加していない。
もなかのポイがどんなものなのかわかると、その後は大人しく八戒のプレイを眺めていただけ。
射的の二の舞になるのが嫌だったのか、手を出そうとはしなかったのだ。

「それ、どうすんの?」

悟浄が訊ねると、八戒は目の高さまで袋を持ち上げ、愛しそうに金魚を見つめた。

「旅に同行させるのは酷なので…」
「当たり前だ、そんなモン、連れて行けるか」

苦い顔の三蔵に肯くことで同意した八戒が、問題無いという笑顔を見せる。

「この宿で面倒を見てもらおうかと」
「えっ、ここに置いてくってコト?」
「フロントに水槽があったの、見ませんでした?」
「いや、気付かなかったが」
「俺も…」

三蔵と悟浄が首を傾げているのを見て、八戒はやれやれと軽く苦笑した。

「少しは周りも見ておいてくださいね」
「おまえが見ているなら、それで構わないだろう」
「三蔵……」

それは、八戒にとっては心を舞い上がらせるのにも等しい一言。
三蔵を補佐できる。
三蔵の役に立てる。
三蔵が認めてくれている。
八戒は嬉しくて溢れそうな思いをぐっと留めて、ただ柔らかく微笑んだ。

「その水槽に金魚も泳いでいたので、この子たちも仲間に入れてもらいます」
「ま、その方がいいよな」
「じゃあ、今からお願いしてきますね」
「可愛がってもらえよ〜」

悟浄が袋をつんと突付いた。

「ついでにお湯も貰ってきます。 後でコーヒーを淹れてお持ちしますから、二人ともお部屋で待っていてくださいね」
「おう、頼むぜ」

八戒は 「では」 と一言残すと、金魚に何か話し掛けながらフロントへと向かった。
その姿が廊下を曲がって消えた後、部屋を目指して前をすたすたと歩く三蔵に悟浄が声を掛けた。

「三蔵、ちょっといいか?」
「あ?」



 ♪ ♪ ♪



三蔵の部屋に無理やり付いて来た悟浄は、入るなりポケットから包みを取り出した。

「おまえにやる」
「……何だコレは……」

悟浄が差し出した、掌より一回りくらい大きな物体を、三蔵が怪訝そうに見ている。
この男から物を貰う理由が無いし、中身も何だかわからないのだ。
やる、と言われても素直には受け取れない。

「おまえへのプレ……あ、いや、適当に遊んでたら景品で貰っちまってよ。 おまえにどうかな、と思って」

手を出そうとしない三蔵の代わりに、悟浄が自分で包みを解いて中身を見せた。

「………っ!!」

それを見た三蔵が固まっている。

「これを……俺に……だと?」
「ああ、結構実用的らしいぜ。 作りもしっかりしてるし、朝とか晩とか、毎日使えるだろ?」
「確かに、本来の用途で使用するなら便利そうだな」
「だろ!」
「だが、何故この形なんだ? 何故コレを俺に、なんだ?」

誕生日だから、などとは口にできない。
今日を大事にしたいとは思うものの、特別、思い出させるような真似はしたく無かったから。

「うーん……何故それか、ってのはたまたま手に入ったからで…、何故おまえにか、ってのは……」
「………」

黙り込んだ悟浄を三蔵が沈黙で促す。

「一番、似合うと思ったから♪」
「!! ふざけんのも大概にしやがれっ!」

言ってはいけない理由を悟浄が出してしまったらしく、三蔵はいきなりぶち切れた。
乱暴に音を立てて椅子に座ると、いらついた仕草で煙草に火を点ける。

「とっとと持って帰れ」
「三蔵ぉ…」
「そんなに使いたきゃ、てめえで使えばいいだろうが。 その鬱陶しい髪にな」
「俺は遠慮する…ってか、そんな姿、自分で見たくねーし」

嫌がるようなモノをヒトには勧めやがるのか、と三蔵は迷惑そうに溜め息をついた。

「話にならんな」
「受け取れない、ってんなら、せめて一度だけでも付けてくんないかな?」
「断る」
「頼むよ〜」
「駄目だ」

怒気を含んだ三蔵の低音ボイスが室内に響いた。

「なあ、ちょっとだけー」
「駄目だと言ったら駄目だ」
「三蔵サマ〜」
「しつこい」
「いいじゃねーかよ、これくらい」
「それが―――」

三蔵が足を組み替える時、悟浄は一瞬だけ目のやり場に困った。
別に、法衣がめくれても中はジーンズなのだから見たところで構わないのだが、何故か照れてしまったのだ。
三蔵の一挙手一投足に意識が向く。
本当は、隅々までいつまでも見つめていたい。

「人にモノを頼む態度か、あ?」

どこかうっとりしていた悟浄が、その声でハッと意識を引き戻し、三蔵を見つめ直した。
突き刺さってくる眼差しが本当に痛いくらいだ。
それだけ真剣勝負なのだと感じた悟浄は、手にしていた物をテーブルに置くと、徐に床に正座した。
さっきまでの見下ろすような体勢から一転、必死な眼差しで見上げてくる悟浄を、三蔵はじろりと睨みつける。

「お願いします」

悟浄が腿の上にきっちりと手を乗せて頭を下げた。

「嫌だ」
「っ…、三蔵」

取り付く島も無い三蔵の返答に、悟浄は再び顔を見ながら懇願する。

「頼む」
「断る」
「三蔵様っ」
「どの面(つら)下げて頼んでんだ? え?」

揶揄する口調の三蔵に、一瞬、悟浄の表情が険しくなった。

「三蔵……」

そのまま凝視してくる、いつもと違う真面目な顔を、三蔵は暫し見つめてしまった。
皮肉ばかり言う口も閉じていれば凛々しく、自分に真っ直ぐに向かってくる視線は真摯なものだ。
だが、そんなモノにほだされる三蔵では無かった。

「何度頼まれても俺の答えは変わらん」
「一生のお願い! この通りっ!!」

床に手と額を付けて土下座している悟浄を見て、三蔵はやや驚いた顔になった。
この男がここまでするとは思えなかったから。
けれど、テーブルの上に置かれた物を見ると、揺らぎそうになった気持ちが再び怒りで満たされる。

「駄目?」

頭は上げないまま、ちらりと上目遣いで伺ってきた悟浄の顔が、三蔵の沸点を超えさせた。
ふるふると肩を震わせ、きっと睨むと悟浄に向けて銃を構え、

「出て行けーーーっ!!」

と叫んだ声は、辺り一帯に響き渡った。



 ♪ ♪ ♪



「三蔵、落ち着きましたか?」

しばらく経ってから、香ばしい匂いと共に八戒が現われた。

「誰が入っていいと言った」
「コーヒーをお持ちすると言ったじゃないですか。 まあ、これを飲んで気持ちを鎮めてください」
「は?」
「聞こえてましたよ、怒鳴り声が外まで」

何事だ、と部屋から飛び出してきた宿の方々には謝っておきましたから、と言われるとそれ以上強くは出られない。

「一緒に飲みましょう」
「ふん……」

手にしたお盆には、コーヒーカップが二つ載せられている。
三蔵はしぶしぶ八戒の訪問を許した。
だが、叫び過ぎて喉が渇いていたので、本当は丁度いいタイミングだったのだ。
そう思っているなどとは、決して表には出さないが。

「これ、悟浄には先に運んできたんですが、酷く落ち込んでましたよ」

手渡した途端、自棄酒を飲むみたいに一気に呷ってました、と報告しながら、カップにコーヒーを注いでいく。

「で、何があったんですか? 」
「知るかっ、アイツが勝手に盛り上がって勝手に落ち込んでるだけだ」

吐き捨てるように言った三蔵の前にカップを置き、八戒は穏やかな声で 「どうぞ」 と勧めた。

「今日のは、新しく手に入れた種類の豆なんです。 お口に合えばいいんですが」

カップを顔に近づけると、芳香が鼻腔をくすぐる。
丁度良い熱さのコーヒーを一口含む。
味、香り、どれをとっても満足のいくものだ。
三蔵は砂漠で喉の渇きを癒すかの如く、ごくごくと飲み干した。

「お代わりは?」
「ああ、貰おう」

その返事は、とても気に入ってくれたということ。
八戒は 「はい」 と軽やかに応えて、三蔵のカップに二杯目を注いだ。

「もしかして、原因はソレですか?」

部屋に入った瞬間から目に飛び込んで来た物。
テーブルにポツンと置かれているそれは、行き場を無くして寂しそうにも見える。

「悟浄が…ソレを?」
「持って帰れと言ったのに、手ぶらのまま慌てて飛び出して行っちまって…」

二杯目の半分ほどが、三蔵の中へと入っていく。

「で、ソレだけが残された、と?」
「あのエロ河童、何をトチ狂ったか、こんなモンを俺に付けろ…と…ぬかし……やがって………」

(ナイスですっ、悟浄!!)

八戒が心の中でガッツポーズをしたことなど、三蔵は知らない。
いや、実際にそのポーズを取ったとしても、三蔵は気付かなかっただろう。
何故なら、重く覆い被さる瞼によって、美しい紫暗の瞳は視界を奪われようとしていたから……。



 ♪ ♪ ♪



「三蔵、起きてください」

テーブルに突っ伏してしまった三蔵を揺り起こすが、反応は鈍い。

「う…ん……眠い……」

パシャ

「眠いのはいいんですが、ちゃんとベッドで寝ないと」
「今、何か音が…?」
「いえ、気のせいですよ」

パシャ

「何だ……頭が…締め付けられ……」
「あー、何でも無いですから、さあ、僕に掴まって」

頭を触ろうとした三蔵の手を取ると、八戒は自分の肩へと廻させた。

パシャ

「また…音………」
「外で誰かが騒いでるんでしょう。 じゃあ、ベッドに運びますから暴れないでくださいね」

パシャ

「う……俺のことは、ほおって……っ…」

力が入らないながらも、構う八戒に抵抗しようとした三蔵の身体が、バランスを崩してぐらっと傾いた。
しかし八戒が慌てずに三蔵を抱え込んだので、転倒は免れる。

(三蔵……)

自分の胸に凭れ掛かる細い身体。
回した腕がしっかりと三蔵を抱き締め直す。
八戒はその手に、僅かに力を込めた。

(……少しだけ……いいですか………)

「……ん…八戒……」
「っ!……そんな甘く掠れた声を、僕の耳元で出さないでください」
「おまえの…声も……俺の耳に……」
「三蔵……!!」
「……苦……しい」
「あ、スミマセン!」

知らず、掻き抱くようにしていた腕を緩めると、八戒は三蔵の身体をベッドに上げ、静かに横たわらせた。
寝顔を見つめ……。

パシャ

「これは僕が預かっておきます」
「ん……」

八戒が金糸の髪に触れる。
するりとその髪から離れていくモノ。
頭が軽くなった気がしたのか、目を閉じたままの三蔵の表情が若干和らいだ。

「あと一枚だけ」

パシャ

「今日の記念に、ちゃんと残しておきますね」

もう、八戒の声は三蔵に届かない。
すぐに寝息が聞こえてきた。
穏やかな寝顔だ。
布団を掛けてやって、八戒は大切なものに触れるような手つきでそっと三蔵の頭を撫でた。

「三蔵、おやすみなさい」

テーブルの上を片付け、電気を消して部屋を出る。
それから、八戒は自室に戻るとすぐに、三蔵の部屋から持ち帰った物を鞄の底に仕舞い込んだ。
そして、休む間も無く携帯端末を操作し始める。
その指の動きはもう馴れたもの。

「次の進路上にある薬屋さん情報は……」

先日、立ち寄った町で仕入れた赤い薬包は、今夜、悟浄と三蔵のコーヒーに入れた分で最後だ。
悟浄に飲ませたのは、二人の時間を邪魔されたく無かったから。
三蔵に飲ませたのは、せめて今宵は夢も見ずに、ぐっすり眠れますように、との願いを込めて。

起きていても寝ていても眉間の皺が取れない毎日の中で、今日くらいは何もかもから解放してあげたくて。
悟浄の行動のおかげで思わぬ展開にもなったが、それは自分だけの秘密にしなければならない。

(あの姿は、僕だけのもの……)

どれだけ素敵な画像が手の中にあるのか自慢したくても、誰かに見せびらかす、といった行為は自粛している。
こればかりはとことん自制しなければならないのだ。
今後も、三蔵の隣に居たければ。

感情を抑えるのは得意だから、苦でも何でも無い。
それに、軽い制約は逆にほのかな快感にも成り得る。

「あ、何軒かありますね…ならば、問題無いと」

いざという時にすぐ入手できるよう、情報だけは仕入れておく。
備えあれば患なし。
これで次の出発に向けて、準備万端、整った。

通信は終わったが、八戒はまだ次の操作をしていた。
画面を見つめている目元が、次第に柔らかなカーブを描く。

「ああ、どんな貴方も愛しい……」

そこには、三蔵の姿が写っていた。
八戒は携帯端末に付いている機能を使って、旅の記録を残していたのだ。
もちろん、誰にも知られないように、こっそりと。
今までの画像を順番に見ていくと、次々に色々な思い出が甦る。
八戒はここまで共に過ごせたことに感謝し、明日からの日々に期待を膨らませた。

「三蔵、ありがとう」

――― この世に生まれてきてくれて

本人に直接言えない気持ちを、画面の中の三蔵に伝える。
そして、さっき撮影したばかりの画像を出してみた。

「うっ…!」

小さな四角に切り取られた三蔵は、眠そうに目をとろんとさせている。

「ううっ、三蔵、可愛い過ぎです……!」

その頭部からは、ちょこんと愛らしい猫耳が生えていた……。









うあああああ〜(≧∇≦)//
ネコっっネコの耳〜///(≧∇≦)(≧∇≦)(≧∇≦)///
ハアハア…す…すみません、どうにもネコ耳に弱くて//
って、弱点突かれまくりですが、またまた素敵な小説
ありがとうございました(≧∇≦)!!
三蔵様お誕生日おめでとうです〜//vvv
一服盛られてますけど(笑)三ちゃんらしー愛され方でv
ゴジョりんは今回功労賞でしたが、土下座までしたのに何もゲット
できずに残念でした〜//可哀想ですが、遊亜さん連載中の53小説『二律背反』にて
好き勝手してますので(笑)こっちでは反省させられ中なのです(〃∇〃) がんばれゴジョ〜v
二律背反の続きも楽しみにしていますv
ところでネコ耳三にゃんイラスト募集中!!!
自分で描くと、描いてる途中で壊れる可能性大で(-▽-u
でも見たくて仕方ないのです//ハアハア(←殴)

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