晩秋の風が冷たく感じる中、その辺りではあまり見掛けない車のエンジン音が響いてきた。
一本道を走っているのは、屋根の無いタイプの一台のジープだ。
「暇だなー」
「だなー」
唐突に、後部座席で声がした。
運転席の後ろに座っていた悟浄が、隣の悟空に顎で何か指示している。
すると、
「なあなあ、なんかやんね?」
と、悟空が少し大きな声で前の二人に話し掛けた。
ゆさゆさとシートを揺さぶっている様子は、どこかそわそわしているようにも見える。
「次の町までまだ少し距離がありますから、時間潰しに何かやるのはいいかもしれませんね」
運転席でハンドルを握っている八戒が即座に反応すると、悟空はうんと大きく頷いた。
「なンかやりてえモンでもあんのか?」
隣で半分腰を浮かしている悟空に向かって、笑いを噛み殺しながら見ていた悟浄がのんびりと問う。
すると、待ってましたとばかりに悟空が身を乗り出した。
「俺、アレ気に入ってんだけど!!」
「アレって、もしかして順番に言っていくアレですか?」
「そうアレ! 面白かったんだよなー、アレ!」
「ええ、アレは楽しかったですね〜」
「お〜、俺もアレなら付き合ってやってもいいぜ」
悟空と悟浄と八戒が、まるで示し合わせたかの如くに澱み無くコトを運んでゆく。
「…………」
助手席で煙草をふかしていた三蔵は、三人の会話をただ黙って聞いていた。
しかし。
(何故、『アレ』 ですぐに理解できたんだ…?)
どこか腑に落ちないモノを感じたのはどういう理由からだろう。
「今回は何でいきましょう?」
「前の 『だくてん』 ってのも面白かったけど、違うのがいい!」
「それならば、ひとつの言葉をテーマにするというのはどうですか?」
「うん、やってみたい!!」
「俺も構わねーけど」
またもや三人だけでスムーズに話が進んでいった。
「…………?」
やはりおかしい。
いつもならばもっと、言い合いになりそうな遣り取りがあって然るべきなのだが。
「三蔵も、それでいいですか?」
ここでようやく初めて話を振られた三蔵は、特に反対する理由も無かったので、「ああ」 と一言だけ返した。
「では、『最遊記RELOAD』 などはいかがでしょう?」
「サ・イ・ユ・ウ・キ・リ・ロ・オ・ド…?」
悟空が一音ずつ区切って繰り返す。
「いいんじゃね?」
悟浄がすぐにOKした。
「俺も賛成!!!!!」
続けて悟空も叫びながら同意する。
そして、後ろから窺うかのように三蔵に視線を向けた。
「…………」
相変わらず無言の三蔵は、三人の息の合い様に 「何か裏があるのかも」 と感じていた。
けれど、だからと言ってそれを追求しようとは思わない。
ただ、面倒事が嫌いなだけだ。
別にお題など何でも構いはしないのだし。
「好きにしろ」
三蔵が紫煙を吐き出しつつ答える。
この退屈を紛らわせることができるならば、それだけで良かったのだ。
(おっしゃー!)
あとの三人が三蔵に見えない角度で密かにガッツポーズをしている。
「多数決で決まりですね」
八戒がさり気なくまとめて流れを進めた。
「おー!!」
悟空は相変わらずハイテンションだ。
しかし、それもいつもの光景。
三蔵の頭は既に単語の選別に取り掛かっていたのか、特に気にしている様子も見えない。
(三蔵、気付くでしょうか………)
横目でこっそりと確認していた八戒が、そっと視線を前に戻した。
大きく息を吸い込んでから、呼吸を整える。
そして、気合いの入った声で 「では、行きますよ〜!」 と音頭を取った。
「せーのっ!」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
全員 「サ」
悟空&悟浄&八戒 「三蔵、の“サ”!!」
三蔵 「…何だてめぇら、声揃えやがって」
八戒 「たまたまですよ、たまたま」
悟空 「そう! 別に、作戦とかってワケじゃ…あうっ」
悟浄 「削除しちまうぞ、このボケ猿っ!」
悟空 「(ばたばたしながら) んぐー!」
三蔵 「何、じゃれあってんだ?」
悟浄 「いやっ、えーと…、猿に猿轡! の“サ”。 なんつってな」
八戒 「体張り過ぎですよ、悟空はとんだ災難ですね(苦笑)」
三蔵 「騒がしいんだよ、毎度毎度」
八戒 「やり過ぎると三途の川が見えちゃいますよ〜」
悟浄 「逆恨みすんなよー。 (小声で) って、オマエが悪ぃんだからな」
悟空 「(悟浄の手を振り切って) 酸素! 酸素ーーーっ!!…の“サ”!」
八戒 「裁判沙汰の“サ”」
三蔵 「詐欺師の“サ”」
悟浄 「何で俺の方を見てんだよ」
三蔵 「さあな」
悟浄 「俺様は最先端で最高の“サ”だっつーの」
三蔵 「言葉の意味がわかってねぇ奴は、再教育の“サ”だな」
悟浄 「何だと、このヤロ!!」
八戒 「まあまあ二人ともそれくらいにして。 では、逆さ吊りの“サ”に晒し首の“サ”、なんでどうでしょう」
悟浄 「オマエの笑顔が一番最強だな…」
■
全員 「イ」
悟空 「えーと前に言い忘れたのは、イクラ丼に、イセエビ、イチゴ、いちじく、炒め物、それから稲荷寿司も!」
悟浄 「また随分並べやがって」
悟空 「あと、石焼き芋の“イ”!!」
八戒 「秋ですからね〜。 寒くなれば、石狩鍋なんてのもいいですね」
三蔵 「イカサマ師の“イ”だ」
悟浄 「だから何で俺を見るかなー? 俺で言うなら、勇ましいの“イ”だろうがよ」
三蔵 「生き恥を晒す、の“イ”もあるぞ」
悟浄 「てっめぇ!」
八戒 「(こっそりと) 悟浄、イライラしないでここは潔く引いてください。 ね?」
悟浄 「チッ…」
悟空 「腹減ったー! 芋食いてー! の“イ”!!」
八戒 「芋と言えば、とある地方では 『芋煮会』 と呼ばれる行事が秋に行われるらしいですね」
悟空 「何それ?」
八戒 「野外で集まって、里芋や肉や野菜などを煮て、皆で食べるんだそうです」
悟空 「やってみてぇー!」
悟浄 「俺らなんて、いつもやってんじゃねぇかよ」
八戒 「そうですね、野宿の日は必然的に 『外でご飯』 ですからね〜」
悟浄 「食い意地ばっか張ってねーでさ、もっと色っぽいのはねぇのかよ」
八戒 「悟空はどちらかと言えば、色気より食い気ですし」
悟浄 「寂しいねー。 インサートの“イ”とか愛の営みの“イ”とかあンじゃんかよ。 色男は辛いね〜♪の“イ”」
八戒 「教育的指導を取りたいところですが、相変わらずの意地っ張り振りが少し哀れなのでスルーの方向で」
三蔵&悟空 「異議無し」
悟浄 「ンだとッ?!」
悟空 「なあ三蔵、『イ』 で他に何かある?」
悟浄 「おいコラッ、無視すんなー! 俺様が怒ってんだからコッチ向けって!!」
三蔵 「そうだな、因果応報の“イ”でどうだ」
悟浄 「そこで俺を見るかよ……いつもながら冷たい扱い……」
八戒 「あ、インターネットの“イ”はどうですか?」
三蔵&悟空&悟浄 「………って何???」
■
全員 「ユ」
悟空 「湯豆腐、湯葉、ゆで卵、それと、夕飯の“ユ”!」
八戒 「おやおや、括りが大きくなりましたね〜」
三蔵 「ゆず茶にゆずシャーベットの“ユ”だ」
八戒 「デザートお好きですもんね、三蔵」
三蔵 「フン…」
悟空 「湯たんぽの“ユ”〜」
三蔵 「優雅の“ユ”」
八戒 「誘導尋問の“ユ”」
悟浄 「オマエが言うと何かゾクッとすんな…。 んじゃ、行く年来る年の“ユ”」
八戒 「今年の年末も、四人揃って 『コタツでみかん』 なんでしょうかね、僕ら」
悟浄 「有名になっちまってドコ行っても落ち着かねぇから、正月くらいゆっくり過ごしてぇよな」
八戒 「雪景色を眺めながら、なんていいでしょうね」
悟空 「雪うさぎ作りてー!」
八戒 「正月休みは取れるんでしょうか。 あ、休み繋がりで、有給休暇の“ユ”もありますね」
悟浄 「その前に俺ら、給料なんて貰ってねーけどな」
八戒 「あーそうでした。 あははははははははははははははは………」
■
全員 「ウ」
八戒 「美しいの“ウ”に、麗しいの“ウ” (視線が三蔵へ向く)」
悟空&悟浄 「(釣られて同じように三蔵を見て) うんvvv」
八戒 「そして、丑の刻参りの“ウ”(極上の微笑み)」
悟浄 「俺、やっぱオマエってヤツがわかんねぇ……」
悟空 「ういろう、うぐいす餅、鰻の蒲焼、うどんにウニ丼だろ、あと……んと、ウエディングケーキ!!」
悟浄 「デカけりゃOKなんだな、オメエは」
三蔵 「ウイスキーの“ウ”だ」
八戒 「梅干しの“ウ”」
悟浄 「また、俺の苦手なヤツを…」
三蔵 「蜂蜜漬けなら旨いだろうが」
悟浄 「だ〜か〜ら〜、その味覚ってどーなの?」
八戒 「そうそう、ウエストの“ウ”がありましたね。 三蔵、貴方細過ぎです。 もっと食べて肉をつけないと」
三蔵 「ほっとけっ」
八戒 「駄目ですよ。 健康管理も僕の役目なんですからね」
三蔵 「チッ……」
八戒 「ということで、真の梅干し好きには邪道かもしれませんが、作ってみました。 梅干しの蜂蜜漬け」
悟空 「マジで?!」
八戒 「ええ、三蔵の箸が進むようにと思いまして。 後で食事の時に出しますね。 お口に合えばいいんですけど」
三蔵 「…ああ」
悟空 「(小声で) 嬉しそうだな、八戒」
悟浄 「(同じく小声で) 浮かれてる、っつった方が良さそうだな」
悟空 「(さらに小声で) 今日の為に用意したのかな?」
悟浄 「(もっと小声で) 抜け目ねーな、アイツ」
八戒 「誰の噂話ですか? お二人さん」
悟空&悟浄 「うわっ! 何でもありまっせーん!!」
■
全員 「キ」
悟空 「きりたんぽの“キ”に、きな粉餅、きび団子、キャラメル、キムチと、それから……あっ! キャビア!」
悟浄 「はあ? 猿の分際でキャビアだとぉ?! てめぇの胃袋には勿体ねぇな」
悟空 「何だよ、言うくらい構わねーだろ!」
三蔵 「卵の黄身の“キ”だ」
八戒 「マヨ好きとしてソコは外せませんか(笑) 食べ物なら他に、きしめんの“キ”がありますね」
三蔵 「吉祥果の“キ”もある」
悟空 「何それ?」
八戒 「ザクロのことをそう呼んだりもするんです」
悟空 「へえ〜」
悟浄 「金銀財宝の“キ”に狂気乱舞の“キ”はどうよ」
八戒 「僕達にはあまり縁の無い言葉ですね〜」
三蔵 「喜怒哀楽」
八戒 「でしたら、起承転結」
悟浄 「帰巣本能、ってのもあるぜ」
悟空 「えっと、『キ』……『キ』……危険人物!」
八戒 「挙動不審」
悟浄 「だから、何で俺を見ンの?!」
八戒 「つい、癖で」
悟浄 「チッ。 んじゃ気分を変えて、キスマークの“キ”」
八戒 「聞き捨てなりませんね。 共同生活を送っている以上、規律を乱すような行為は慎んでいただかないと」
悟浄 「いつどんな規律ができたんだよっ?!」
悟空 「(ヒソヒソ声で) 生真面目だよな、八戒って。 んで、怒ると怖ぇ〜〜〜」
三蔵 「(トーンを落として) ああ、肝に銘じておけ。 キレる切っ掛けは何でもいいんだ、…と」
八戒 「そこのお二方、聞こえていますよ」
三蔵 「(無言で目を逸らす) ……」
悟空 「き…恐怖を味わう……の“キ”?」
八戒 「何ですって?」
悟空 「キャ〜〜〜〜〜!!」
■
全員 「リ」
悟空 「リンゴの“リ”」
三蔵 「リキュールの“リ”」
悟浄 「リバーシブルの“リ”」
八戒 「リンボーダンスの“リ”」
悟空 「うーん、『リ』 の付く食べ物ってあんまし無えな…。 こうなったら、料理全部の“リ”!!」
八戒 「ある意味、究極ですね」
悟浄 「リゾートホテルでリラックスの“リ”、なんてどーよ」
八戒 「それならば、旅行先の旅館でゆっくり旅情を味わう、の“リ”というのはどうですか」
悟空 「俺達がしてる旅って、旅行?」
八戒 「ちょっとイメージが違うような…」
悟浄 「俺らの場合は、仕事って感じだかンな」
三蔵 「貴様が 『仕事』 という単語を口にするとは」
悟浄 「何だよ、文句あんのかよ、あ゛〜?」
三蔵 「『リ』 か、ならば丁度いいのがあるぞ。 リストラの“リ”に、リタイアの“リ”だ」
八戒 「リーダーの口から出ると生々しいですね…(苦笑)」
■
全員 「ロ」
悟空 「ロースカツとかロブスターとか炉端焼きは、前は言って無かったよな?」
悟浄 「猿の言ったコトなんざイチイチ覚えてねーよ」
悟空 「何だよ、そんな言い方しなくてもいいだろ! この……、う〜〜〜、ロ、ロリコン河童!」
悟浄 「誰がロリコンだよ、誰が」
八戒 「あれ、違うんですか?」
悟浄 「だーかーら、いつ俺がそんな風に思わせるような行動を取った?」
八戒 「狼狽してます?」
悟浄 「ちげぇって! 聞けよっ!! 俺はどっちかってぇと、こう〜ボンキュッボンにロックオン!っつーか」
八戒 「その割には、浮いた話はろくすっぽ聞きませんね〜」
悟空 「ロスタイムの“ロ”、って感じ?」
悟浄 「バーカ、俺の場合はだなあ」
八戒 「そうだ、キュッってことならば!」
悟浄 「って、おいっ!」
八戒 「三蔵、やはり貴方、細過ぎなんですよ。 老婆心から言わせてもらえば…」
三蔵 「あーもうウルセー!!」
八戒 「……………いつもいつも、貴方って人は……………」
悟空 「なんか、おっかねー雰囲気……」
悟浄 「(ひそひそ声で) 関わンなよ、悟空」
八戒 「あ〜、ろくでなしの“ロ”、がありましたねー」
三蔵 「狼藉者の“ロ”もあるが」
悟浄 「わざわざ俺の方を見て言うか?! ってか、何で怒りを俺にぶつけんだよっ!!」
八戒 「蝋人形の“ロ”なんてどうですか? 生身の体を元に作ったらどんな風になるんでしょうね」
三蔵 「ろくろ首の“ロ”でもいいぞ。 伸ばしてやろうか、貴様のその首」
悟浄 「おわっ! ロープロープッ!!」
■
全員 「オ」
悟空&悟浄&八戒 「おめでとー!!!!!」
三蔵 「ん?…何がだ???」
悟浄 「いやっ……たまたま又、三人の気が合っただけってコトだ」
悟空 「そうそう! んじゃ、次の 『ド』 に行ってみよ!」
三蔵 「はあ? 『オ』 なんてもっとあるだろうが」
悟空 「いいんだよ! …えっと、早く 『ド』 の付く言葉が言いたくなったんだよっ!!」
八戒 「まあまあ、悟空には悟空のリズムがあるんでしょう」
三蔵 「…フンッ」
■
全員 「ド」
悟空 「どんだけ〜!の“ド”!!」
三蔵 「……言いたい言葉とやらがそれか」
悟浄 「流行りモンに手ぇ出しやがったぜ、コイツ」
八戒 「チャレンジャーですね、悟空は」
三蔵 「どこで覚えて来やがるんだ、ったく」
八戒 「元々は二丁目で使われていたらしいですよ」
悟浄 「おまえの情報網はどんな範囲まで広がってんだよ…」
悟空 「二丁目って、どこ???」
悟浄 「悟空、世の中には特に知らなくてもいいコトもあンだ」
悟空 「ふ〜ん、ま、食べ物関係じゃ無ぇなら別にいいけど」
三蔵 「動体視力の“ド”だ」
悟浄 「ドラマチックの“ド”もあるぜ」
八戒 「どつき漫才の“ド”」
悟空 「やっぱ食いモンも言いたい!! 丼物の“ド”に、ドーナツ、ドリア、ドロップ、あと、どて焼きの“ド”!」
三蔵 「てめえは、どか食いの“ド”だ」
悟浄&八戒 「同意」
悟浄 「だな」
八戒 「ですね」
悟浄 「んじゃ、今夜はどっかーんと!」
八戒 「ド派手にイっちゃいましょうかー!」
悟空 「の、“ド”!!」
三蔵 「………はあ???」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「次、誰も入れてねぇのか? ならば…」
「待ってよ三蔵! 俺まだ新曲チェックもできてないんだからさー!」
町に到着して宿を探す途中、悟空が一軒のカラオケ店を見付けた。
ここのところずっと、夜はちゃんと屋根のある場所で眠りに就けたので、特に疲れは溜まっていない。
それならば、と誰からともなく 「オールで」 という提案が出され、全員一致で決定した。
広めの個室は待ち時間も無くすぐに入れると言われたが、今夜は運悪くドリンクやフードが提供できないらしい。
しかし、その代わりに持ち込みはOKと聞き、四人は隣のコンビニで大量に食料を調達して戻ってきたのだった。
「三蔵、おまえペース早過ぎっ!!」
「てめえらが遅ぇんだよ」
「あはははは、悟空も悟浄も頑張って〜」
マイクを持ったら離さない三蔵を相手に、悟浄と悟空は曲選びに必死になり、リモコンの奪い合いが続いている。
「よくまあ、次から次へと何も見ないで入力できるもんだ…」
「三蔵の暗記力は凄いですからね」
「下手なら速攻止めてやっけど、腹立つほど巧いから無理に止めるのもナンだしなー」
三蔵のペースに付いていけないのは、実は半分はわざとだった。
今日は三蔵に機嫌良く過ごしてもらいたい。
それで、悟空と悟浄はあたふたするフリをして、ほとんど三蔵に歌わせていたのだ。
しかし三蔵の歌声を存分に聴けるこのひとときは、自分達にとってもこの上無く幸せな時間となっている。
「悟空、どんな気分ですか?」
「腹も耳もなんか気持ち良くて、もう最っ高ーーー!!」
「うふふ、それは何よりです」
「なあ、そっちのも食っていい?」
「ええ、どうぞ。 たっぷり買い込んできましたからね」
八戒は歌う代わりに、あとの三人の給仕を買って出ていた。
テーブルの上に食べやすいように皿を並べ、各自の飲み物も順次補充してゆく。
その甲斐甲斐しい世話を受けて、三蔵もいつの間にか目の前に並べられた料理に手を付けていた。
普段から食の細い三蔵だったが、今日は八戒お手製の蜂蜜漬け梅干しが気に入ったのだろう。
歌う合間には箸が止まらない。
その光景が嬉しくて、八戒は知らず知らずのうちに笑みを浮かべていた。
頬が緩んでいるのを自覚しても、すぐには元に戻せないほどだ。
しばらくしてから、八戒はコホと軽く咳払いして、隣に座っている三蔵を見つめた。
「………ん? 何だ?」
視線を感じた三蔵が振り向く。
「いえ、今日が平和に終わってくれて、良かったなあと」
「フンッ、何をわざわざ…」
このところ妖怪の襲撃は減っていたし、他の厄介事も起こっていない。
だから、今日も別に昨日と変わらないような、ありふれた一日が過ぎていこうとしているだけだ。
…が。
実は、今日は三蔵一行にとっては特別な日だった。
11月29日は、玄奘三蔵の誕生日なのだから。
一年に一度の大切なこの日。
八戒が悟空の相談を受けたのは昨日の夜遅くだ。
『三蔵に、おめでとうって言いたい!』
こっそり、とか、それとなく、といった感じで祝うのでは無く、ちゃんと気持ちを伝えたい。
その真摯な思いは、八戒も痛いくらいによくわかる。
自分だって、できることなら本人に直接言葉を伝えたいと常々思っていたのだ。
けれど、三蔵はそういったイベントを好まない。
それを知っているから、いつも我慢していたのだが…。
『何かいい方法は無いかな? 俺、三蔵のためなら何だってやるから!!』
金色の瞳が真っ直ぐに訴えてくる。
あまりのその熱意に、八戒は自分の内側でも湧き起こる何かを感じた。
そして、最初から諦めていた自分を少し恥ずかしく思い、策を練ろうと考えたのだった。
『三蔵の前で、ただその言葉を言うだけならば、可能かもしれません』
そう提案した時の悟空の喜び様は、一緒に聞いていた悟浄も驚いたほどだ。
『それでもいい! どうやんの?!』
八戒は、悟浄も巻き込んで共犯者にさせる前提で、当日の計画を立てた。
『前に盛り上がった、アレで行こうかと』
何度かやっている遊びを元に、さり気なく 『三蔵、おめでとう』 と言える状況を作るというのはどうだろう。
具体案は、『三蔵』 と 『おめでとう』 が離れてしまうパターンだったが、悟空はそれを承諾した。
『気持ちが大事なんだもんな』
やる気に満ち溢れた悟空がとても眩しい。
そう感じた八戒が、穏やかに 「ええ、その通りです」 と返すと、悟空は照れ臭そうな表情を見せた。
(悟空のおかげですね)
切っ掛けは悟空の切実な願いだったが、悟浄も便乗していたし、何より自分が一番乗り気だったように思える。
本人にいかに不信感を抱かれずに実行するか、それが問題だったけれど、うまくいったのではないだろうか。
自己満足でも構わない。
今日という一日を楽しく過ごせただけで大成功だ。
(三蔵、また小指が立っていますね)
瞼を閉じて歌の世界に没頭している三蔵は久々かもしれない。
高音域も低音域も自在な歌声は圧倒的で、悟空も悟浄も既に観客と化していた。
(本当に、幸せ者ですね、僕達………)
スピーカーから流れる美声を聞きつつ、八戒はもう一度、今日のお題となった言葉をそっと繰り返してみた。
「サ・イ・ユ・ウ・キ・リ・ロ・オ・ド………の、サ…………」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
《 三蔵……愛しい三蔵。 》
《 いつも貴方の隣にいられるという 》
《 夢のような毎日の中 》
《 嬉しさを噛み締めながら 》
《 今日という日を迎えました。 》
《 立派なお祝い事は貴方が嫌がるでしょうから 》
《 ロウソクの火は胸の奥にだけ灯して……。 》
《 お誕生日、おめでとうございます。 心からの祝福と感謝を込めて 》
《 どこまでも、貴方に付いて行きます………………。 》