三蔵総受v

小説遊亜様





『 0408 〜 ・・・から数日後・・・・・・の夜 〜 』








食事を済ませてから宿を探しに向かった三蔵一行だったが、運良く一人部屋を四つ確保できた。
久しぶりに手足を伸ばしてゆっくり眠れる夜。
悟空は部屋に入るなりベッドにダイブして、そのまま寝入ってしまっている。
しばらくしてから、むにゃむにゃと寝言を言い出した。
食べ物の夢でも見ているようだ。

その隣の部屋。
ベッドに寝転んでいた悟浄の頭は、さっきからずっと三蔵でいっぱいだった。
祭りの興奮がようやく治まってきたと思っていたところへ、また新たな刺激を受けてしまって……。
食事の最中に、胸の奥をぎゅっと掴まれたようになった。
ちょっと前までは艶やかな姿を思い出しているだけで幸せだったのに、今は違う。
三蔵を想うと、苦しくてたまらない。
あの仮装姿の三蔵ともう一度会いたくて。
会えたなら、見つめて、口説いて、触れて、そして……。

(そして、何なんだ……?)

普段の三蔵には欲情なんてしなかったのに、姿が少し変わっただけで、何故こうも心を奪われてしまうのか。
祭りの間は、とにかく手に入れたくて必死だった。
一目見て胸ときめいて、高揚している自分を抑えられなかった。
そばまで近寄った時、どこかで会ったような気がしたのは当然だ。
正体は、毎日顔を突き合せている三蔵だったのだから。
髪が隠れていたせいで、いつもより顔の輪郭がはっきりしていたのも、判断を狂わせた理由のひとつだ。
元々整った顔立ちをより美しく見せる為に施された化粧も、初めて見たので別人かと思ってしまった。
何より、三蔵があんな格好をするとは夢にも思わないから、頭からその可能性を排除していたと言ってもいい。
だが、三蔵だとわかっても、ときめく気持ちは鎮まらなかった。
むしろ、余計に興奮していたかもしれない。

腕の中に囲った時、僅かに頬を染めていたのもとてつもなく可愛かった。
ハリセンを振り下ろして睨みを効かせていた姿にもゾクゾクした。
八戒に見つめられ、照れたような恥ずかしそうな様子を見せていたのには、どこか嫉妬さえ覚えた。
八戒には見せたくない、取られたくない、と心のどこかで思っていた。

だからなのか?
八戒が悟空を迎えに行った後、二人きりになった時にあんなことを言ってしまったのは。

頭の被り物を脱ぐと、中から零れ落ちた金糸の髪が金の飾りよりもキラキラと輝いていた。
ぶるんと頭を振ってから髪をかき上げる仕草に見惚れた。
乱れ髪が色っぽく、肌の露出の多さと相俟って眩暈がしそうだった。
輿に乗っていた人物とも普段の三蔵とも違う、また別の存在。

この姿を見たのは自分だけだ。
これは俺のモノだ!
独占欲が頂点に達していた。

『もう、三蔵でもいいっ!』
『でもとは何だ! でもとはっ!!』

ガウンッガウンッ!!

抱き締めようと手を伸ばした悟浄に向けて、三蔵が発砲した。
ギャーと悲鳴をあげて逃げたところに、寺の僧が銃声を聞き付けて飛んできた。
何があったのかと、皆、騒然としている。
僧達を追い返しながら、仏頂面で何でもないと説明している三蔵を、悟浄は離れた木の陰から見ていた。

(もうちょっと巧く口説けば良かったってのか……?)

ちゃんと三蔵だと認識した上で接していたならば。
美しさを素直に褒め称えて、急な代役を無事勤め上げたことを労って。
そんな言葉を掛けられるのは嫌いかもしれないが、あそこまで激昂はしなかっただろう。
うまくいけば、あの姿のままでもう少し自分の腕の中に居てくれたかもしれない。
それなのに……。

咄嗟に出てしまった言葉は取り戻せない。
悟浄の言動のせいではないと思うが、三蔵はもう二度とあんな格好はやらないと言った。
仕方がないとは思う。
いや寧ろ、一度拝めただけでも奇跡なのだ。

しっかりと目に焼き付けた美しさ、艶やかさ。
それは、いつも三蔵の中に眠っている。
つまり、いつでも取り出せるということだ。

さっきだって、食事中にソースで赤く色付いた三蔵の唇を見ただけで、夢見心地だった。
そう、もう一度あの格好をさせるのは無理でも、似たような状況にならいくらでも近づけられるのではないか。

普段の姿を思い浮かべてみる。
法衣の上を落としている姿でさえ、今は妄想へと繋がりそうだ。

不意に、三蔵に会いたくなった。
直接、見つめたくなった。
悟浄はしばらくごろごろと寝返りをうっていたが、ばっと起き上がると部屋を飛び出した。



 * * *



「三蔵、起きてるか?」

コンコンとノックをしながら声を掛けた後にそっとドアを開けると、隙間からコーヒーのいい香りが漂ってきた。
その瞬間、悟浄は嫌な胸騒ぎがしたが、ここまできて三蔵に会いたいという欲求を抑えられるはずもない。
中を覗くと、ひとりならいいのにという願いも空しく、やはり八戒が居る。
悟浄は部屋に入るのを躊躇った。

「おや、悟浄じゃないですか」

先に反応したのは、部屋の主ではなく訪問客の方だった。

「何か用か?」

三蔵の眇めた目に、悟浄はやや心が痛んだ。

(俺は邪魔者……ってか)

すぐに三蔵に向き直った八戒の横顔も、自分を拒否しているように思えてしまう。

「あ、いや……、煙草買いに行くんで、ついでにおまえのも頼まれてやろうかな、って思ってよ」
「貴様が自ら使いを申し出るとは、明日は槍でも降るのか」
「何だと?」
「三蔵の煙草なら、僕がさっき買っておきました」

三蔵が憎まれ口を叩いた横で、八戒が首だけを悟浄に向けて告げた。

「そういうことだ」

おまえに用は無い。
そう言われたように悟浄は感じた。

「よければ一緒にいかがですか?」

テーブルの上には明らかに二人分のカップしか用意されていなかったが、八戒は社交辞令のように誘う。
それも、わざわざ立ちあがってテーブルの前に廻り込み、悟浄の視界から三蔵を背後に隠すようにして。

「また今度な」

口の端を無理やり引き上げながら返事して、悟浄はドアを閉めた。

(はあっ、何をしようってんだ、俺は………)

八戒が居てくれて、返って良かったかもしれない。
あそこで三蔵と二人きりだと、何を言い出すか何を仕出かすか、わかったモンじゃないから。
でも、三蔵の横に座っていたのが自分では無かったことには、割り切れない思いが募った。

何故、八戒は当然のような顔で三蔵とくっ付いているのか。
世話を焼く為、という建前があるにせよ、何より三蔵が追い出さないのが不思議だ。
口うるさいのを面倒臭がってはいるものの、ハリセンを振り下ろすこともしなければ銃も向けない。
ただ、八戒は三蔵をそこまで怒らせたりしない、というだけなのかもしれないが。

(外の空気でも吸って、頭を冷やすか………)

悟浄は天井を仰いでひとつ溜め息を吐くと、三蔵の部屋の前から立ち去った。



 * * *



だが。
ちらっとでも姿を見てしまったせいで、少しでも声を聞いてしまったせいで、悟浄は余計に悶々としていた。
現実の三蔵に、どうしてもあの祭りの姿を重ねて見てしまう。
そうなるともう、昂ぶる気持ちを抑えられない。
八戒が自分と三蔵との間に割り込もうとしているような気がしたのも、錯覚では無かったと思う。
けれど、乗り込んで行って八戒を追い出そうとまでは思わない。
ただ、持て余している感情をどう処理すればいいかと困っていたのだ。
花冷えの夜、ひんやりとした夜風に当たっても火照った身体は鎮まらず、煙草を吸っても落ち着かないでいる。

「あーもう、何だってんだよ!!」

思わず出てしまった声に自分で驚き、慌てて手で口を塞いで辺りを見廻した。
静かな町並みは、悟浄に無関心のようだ。
誰も居ないのを確かめると、手をそのまま頭へ持っていき髪をぐしゃぐしゃと乱した。

「チクショー……」

不甲斐無い自分に腹を立てているのか。
当然のようにあの部屋に居た八戒に憤っているのか。
自分に応えてくれない三蔵に八つ当たりしているのか。

しばらくイライラとしたまま、その場で時間を潰した。
もう、コーヒーは飲み終わっている頃だろう。
用が済めば八戒は自分の部屋に引き上げるはずだ。
三蔵が、そんなに長居を許すとは思えないから。
そうであって、欲しいから…。

このままでは眠れない。
もう一度、もう一度だけ三蔵の顔を見られたら。
僅かな時間でもいいから、邪魔者無しで二人でいられたら。
それだけでいいから……。

悟浄は足元の吸殻の山をそのままに、宿屋へと戻っていった。



 * * *



「三蔵、ちょっといい……か…………………」

控えめなノックの後に入ってきた悟浄の目に飛び込んできたのは、顔が重なっている二人。

(え?! え?!! えっ?!!)

まだ八戒が居たというのも予想外だったが、それよりも、この場面は……?!
思わぬ光景に、悟浄は固まってしまった。

座っている三蔵に八戒が立ったまま横から覆い被さっている。
八戒の左手はやや仰向いた三蔵の後頭部を包むようにして、まるで抱きかかえているようだ。
悟浄に向けられている八戒の背中がやけに大きく、そして、すぐそこなのに遠くにあるようにも感じた。

「悪ぃ、邪魔したっ」

くるりと向きを変えると、掴んだままだったノブを慌てて引き寄せ、後ろ手に閉めた。

(な…何やってんだ、あいつら! ……いや、俺が何やってんだろ………)

早鐘の如く打ち鳴らしている心臓の音を自分で聞きながら、悟浄はそのままドアの前から動けなかった。

「(三蔵、もっと力を抜いて)」

(うわぁ〜〜〜!)

ドアを通して、部屋の中から八戒の声が伝わってくる。
盗み聞きするつもりはなかったけれど、聞こえてくるものは仕方が無い。
そっと耳をつけて息をひそめると、押し殺したような三蔵の声も聞こえてきた。

「(もう…やめろっ)」
「(駄目です、言うことをきいてください)」
「(離せ……)」
「(嫌です、終わるまで離しません)」

声に混じって微かに聞こえる衣擦れの音。
三蔵が抵抗している。
八戒が強引に攻めている。
………のか???

「(三蔵、目を開けて)」

今まで聞いたことの無いような、八戒の低い声。

「(んっ!!!!!)」

(ひゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!)

悟浄はそれ以上聞いていられなくなり、逃げるようにその場から走り去った。
廊下には、悟浄の立てた足音が響いていた。



 * * *



「あの煩いのは河童か?」
「そうみたいですね」
「何だったんだ?」
「さあ、何だったんでしょうね」

(何が目的だったんでしょうか、悟浄は……)

二度とも、自分が居たから悟浄は遠慮したのだと八戒は感付いていた。
こちらは、ただコーヒーを飲んでいただけでやましいことなど何もないのだから、入ってこられても別に構わない。
さっきだって、あんなのは別に……。

「まあ、僕達があれこれ考える必要はありません」
「えらくあっさりしてるな」
「そうですか?」

花祭り以降、三蔵に対する悟浄の態度に変化が見られた。
まだ表立った行動に出てはいないが、今夜のようなこともある。
自分が気をつけなければ、三蔵に手を出すかもしれない。
そんな警戒心からか、つい声が冷たくなっていたようだ。

「大事な用なら済ませていくはずですから、そうじゃないなら本当に何でもなかった、ってことなんでしょう」

訝しまれる前にと、八戒は当たり前の事を当たり前に言った。

「ま、何でもいいがな」

(悟浄はそうではないみたいですけどね……)

八戒は心の中でそう返事しながら、今後の対策を考え始めた。
三蔵はというと、もうこの話題には興味無くなったとでも言うように窓の方を向いている。
その頬がほんのりと紅く染まっているように見えるのは気のせいか。

「さっきのことだが……」
「はい?」

八戒が見つめると三蔵は視線を絡ませないように目を伏せ、煙草に手を伸ばした。

「今度やったら殺す」
「威しても駄目です。 貴方が言うことを聞いてくれなければ、僕も強行手段を取らざるを得ませんので」
「チッ」

三蔵は八戒を一睨みしてから咥え煙草に視線を戻し、火を点けて深く吸い込んだ。
その動作を、八戒が穏やかに微笑みながら眺めている。
柔らかく差し込む月明かりを浴びた三蔵の横顔が、とても美しい。
眼球の丸みまでよくわかる。
さっき、自分の舌が舐めた瞳。

目がチクッとしたと言って擦っていた三蔵。
駄目ですよ、と注意しても聞かなかったので、“強行手段” に出た。
見せてください、と嫌がる横から無理やり覗き込むと、睫毛が入っていた。
だから、取ってあげたのだ。
大事な瞳を傷つけない為に。
舌で。
舐めて。

固定するために抱えた頭は小さく、掌にすっぽりと納まってしまうほどで。
指の間からさらさらと零れる金糸の髪は柔らかく、しっとりと手に馴染んだ。
顔を近付けると、三蔵はぎゅっと目を瞑ってしまった。
力が入っているのがわかる唇は、吸い付きたくなる衝動を抑えるのに苦労するほど魅力的だ。
近くで見ると震えが来そうなくらい、どんな表情でも美しい顔。
この手の内にある、愛しい存在。

『三蔵、もっと力を抜いて』
『もう…やめろっ』

耳元に唇を近づけて言うと、身体が強張ったのがわかった。

『駄目です、言うことをきいてください』
『離せ……』

緊張の方が勝っているからなのか、押し退けようとする手にはさほど力が入っていなかった。

『嫌です、終わるまで離しません』

三蔵一行の医療班としては、三蔵の身体の隅々まで気を配らなければならない。

(そんなに目を擦って美しい瞳を傷つけでもしたら、僕が許さない)

どれだけ三蔵が嫌がっても譲るつもりはなかった。

『三蔵、目を開けて』

低音で諭すように言うと、やっと三蔵が嫌々ながらも目を開いた。
睨むように見つめてくる紫暗の瞳に微笑を返し、そっと下瞼を引っ張って、舌を差し込む。

『んっ!!!!!』

ちろ、と白目を舐(ねぶ)ると、三蔵が声にならない声を漏らした。
すぐに舌先に睫毛だとわかる異物を感じたので、落とさないように取り出した。

終わってみれば、一瞬のことだ。
けれど、三蔵はしばらく硬直したままでいる。
そんな三蔵も、あの装飾された姿以上に滅多に見られない貴重なものだ。
自分しか見ることができない三蔵。
誰も知らない、僕だけの三蔵……。

独占欲が無いと言えば嘘になる。
だが、この手の内で大人しくしているような人ではない。
誰にも手を出せない分野で三蔵に尽くし、その間だけ三蔵を独占するくらいは構わないだろう。
例えば、今のように。

この雰囲気を邪魔しなければ、いくら見つめていても三蔵は怒らないはずだ。
追い出されるまではこのひとときを堪能させてもらおうと、八戒は気配を消す。
三蔵が燻らせている煙が、ゆらゆらと立ち昇っていた。



 * * *



部屋に戻った悟浄の頭からは、さっき見た光景が離れてくれなかった。
二人は、本当は何をしていたのか。

(やっぱり…………キス……?!)

はっきりとその現場を見たわけでは無い。
違うとも言えるが、そうだと言えないことも無い。
二人の顔が重なっていたところまでは見たが、口元までは見なかったから。

あの時、逃げずにちゃんと確かめれば良かった。
でも、もしもイイトコロを邪魔したとなると、後でどんな目に遭うか。
八戒の真の恐ろしさをよく知っている身としては、それが怖くもあり……。

普段はニコニコと温和な笑みを浮かべていても、妖力制御装置であるカフスを外すと別人のようになってしまう。
どちらも本当の八戒なのだから、そのどちらともうまく付き合っていかなければならない。
悟空はその怖い方にも会ったことがあるとかで、八戒を怒らせないように気をつけているらしい。

三蔵は知っているのだろうか?
知ったとしても、超鬼畜生臭坊主にとっては何も変わらないかもしれないが…。

(八戒こそまさに、「知らぬが仏」 だよな……)

悟浄は枕を抱きかかえて、ごろごろとベッドの上で転がった。

(あーーーー、三蔵〜〜〜〜〜〜〜、三ちゃ〜〜〜〜〜〜ん!!)

今後も、眠れぬ夜が続くのか。
溜め息を吐いて見上げた窓の外では、月明かりの下、風に吹かれて散った花びらが舞っていた。
悟浄の春は、まだまだ遠い……。







またまた続編ありがとうございます(≧∇≦)//
いただく度に、またもや続きが気になってしまうです〜///
八戒さん2馬身リード!今回美味しいボジションをゲットです!
(〃∇〃) ゴジョたんのヘタレっぷりは真性ヘタレ(笑)!
そして清らに眠るゴク(笑)
狙われ続ける三ちゃんの明日はどっちだ(≧∇≦)//
気になってごろごろ転がってしまいそうです〜///

←三蔵サマCONTENTS2へ

←三蔵サマCONTENTS1へ

←SHURAN目次へ