三蔵総受v
小説遊亜様
『 0408 〜 ・・・から数日後 〜 』
とある寺の花祭りに巻き込まれた後、野宿の数日を経て、三蔵一行は日暮れ前にようやく次の町に到着した。
何はさて置き取り敢えずメシだと、着いた早々食事ができる店を探して腰を落ち着けている。
「おい、このエビチリ食ってみろよ」
悟浄が、料理の盛られた大皿を前にいる悟空に渡した。
「ん?……んーーー! ヤベェっ!!」
「だろ、ヤベェべ!」
「うん、ヤベェヤベェ!!」
「どうやら、美味しいと言っているみたいですね」
八戒が三蔵に通訳のように解説する。
「まったく、言葉は正しく使えと言っただろうが」
眉間に皺を寄せながら、三蔵はビールを呷った。
「三蔵も食ってみろよ」
「あ?」
「な!」
横にいた悟空が皿を差し出して熱心に勧めてくるので、三蔵は箸でひとつ摘んだ。
尻尾付きのエビは、取ってみると結構大きい。
半分ほど口に入れて噛み千切る。
ゆっくり咀嚼してから、ごくんと呑み込んだ。
たっぷりとかかっていたソースが三蔵の口を汚している。
その色は鮮やかな赤で、まるで唇に紅を差したようで……。
唇に付いたソースを、舌が舐め取っていく。
一度では拭い切れず、二・三度と舌が蠢く。
「な、全然ヤベェだろ?!」
「何語喋ってんだ、てめぇは…」
そう苦言を漏らしながらも、美味しさに満足した三蔵は、すぐに残り半分を口に入れた。
尻尾を外そうと噤んだ時に、一度拭われていた唇がまた赤く染まる。
(ヤベェ………)
悟浄の動きが止まっていた。
箸から春巻きが滑り落ちたのにも気付かないでいる。
「いっただき〜!!」
すかさず悟空が春巻きを奪っていったが、悟浄は反応しない。
その目には、祭りで仮装していた三蔵の姿が見えていたのだ。
(はあ〜〜〜っ、綺麗だったよなぁ、三蔵〜〜〜〜〜)
蕩けるような顔になり、ひとり自分の世界に入り込んでしまっている。
「なあ、悟浄のヤツ、どうしたんだ?」
いつもならそろそろ残り少なくなってきた料理の取り合いで、壮絶なバトルが繰り広げられている頃だ。
「遠〜くにイっちゃってるみたいですねぇ」
「そのまま彼岸まで行っちまえ」
まさか自分の姿を妄想されているとは思わない三蔵が、ふんっと鼻を鳴らす。
三蔵の向かいに座っていた八戒は、先ほどの三蔵の口元を悟浄よりも近くで見ていたので、事情は察していた。
――― そのまま帰ってこなくても構いませんよ、現実の三蔵は僕が………
モノクルの奥がキラリと光ったような気がして、悟空は思わず八戒の顔を見つめた。
(今日の八戒、なんか怖ぇかも……)
じっと見ていると、八戒と目が合ってしまった。
「どうしました、悟空?」
「え?! いや、ははは……」
声を掛けてきた八戒は、穏やかな笑みを浮かべているのでいつもと何も変わり無い。
悟空は、さっき背筋がゾクゾクしたことは内緒にして、曖昧に笑った。
「今日は不戦勝ですね」
斜めにいる悟空に見えるように、八戒が胸の前でこっそり悟浄を指差している。
まだアチラへ行ったままブツブツと何か呟いている悟浄を見て、悟空は今がチャンスだったと思い出した。
対戦相手が戦意喪失で些か気抜けしていたが、すぐに勢い良く次々と料理を掻き込んでいく。
みるみるうちに、テーブルの上は重ねられた食器が残っているだけになった。
その横では、三蔵と八戒が食後のお茶を啜って、まったりと寛いでいた。
「宿に落ち着いたら、僕が美味しいコーヒーを淹れますね。 さっき、いい豆を見つけましたので」
「ああ」
実は八戒も、祭りで仮装させられた三蔵の姿をこっそりと脳裏に甦らせていた。
けれど、あの三蔵はいくら美しくとも、あくまで観賞用。
現実の三蔵は、世話も焼けるし言葉も交わせる。
食事を終えて静かに煙草を燻らせている三蔵に、八戒は想いを込めた瞳で微笑んだ。
その三蔵はといえば、既に花祭りでの出来事などすっかり頭から抜けていた。
だが、あの町に立ち寄ってから、三蔵の心を占めていることがあった。
(お師匠様……)
時折、辛い記憶が甦ったりするものの、普段は光明三蔵の思い出にばかり浸っている訳では無い。
その姿がずっと心の奥底に眠っているのは確かだが、慌しく通り過ぎる日常に紛れて隠れていることが多い。
でも今は、目を閉じるとあの優しい眼差しと穏やかな笑みばかりが浮かんでくる。
(あの方は、花見もお好きだった……)
般若湯をいつも離さなかった光明三蔵。
自分が大人になったら、一緒に杯を酌み交わそうと言ってくれた。
その約束は果たせないままだったが…。
この町では、桜が満開を迎えていた。
春も朧の花霞。
店の前に停められているジープにも、花びらがひらひらと舞い降りている。
四人四様の夜が、静かに更けてゆく……。