アンジェリーク
ゼフェル×ルヴァ様
小説 帆立真由羽様
あの事は、本当に事故としか言い様がない。これは誓って言えるぜ。
だけど…あれってマジで『偶然』なのか…?
ハプニング
ある昼下がり。図書館から出たルヴァは、ゆっくりと自分の私邸に向かって歩いていた。
すっきりと晴れた空は青く、暖かな日の光が、広すぎも狭すぎもない道を照らしている。
――こんないい天気なのに、部屋にいるのも勿体ないですねー――
これからどうするか考えていた丁度その時、後ろから軽快な足音が響いてきた。
――どなたでしょうかねぇ…?ランディでもないみたいですし――
段々と近付く足音に振り向こうとした時…いきなり、ガツンと言う音がした。
「うわっ…!!どけぇっ!!」
「え…えぇ!?」
後ろから走ってきたゼフェルが、道端の小石にでも蹴躓いたらしい。
倒れ込むゼフェルの腕が宙を泳ぎ、偶然手に当たった布を掴む。
しゅるっ…と音が聞こえた気がした。
「ゼフェル…?大丈夫ですか?」
「あ…あぁ、悪ィ……!?」
ルヴァの腕に掴まり、地面との不本意なレクリエーションを免れたゼフェルが、驚きに目を見張る。
固まったまま赤面した顔の向こうには、心配そうなルヴァの顔。
ターバンは解かれ、碧い髪がむき出しだ。
「ル…ルヴァ…あの……ターバン…」
「え……あぁぁぁぁ!?」
頭に手をやったルヴァが、慌ててゼフェルが差し出す布を巻き直す。それを見るゼフェルの脈拍は、300メートル全力疾走後の様に早くなっていた。
――なんか…いつものルヴァと、感じが違う…つーか、か…かわいい…何考えてんだ、俺ー!?――
「わ…悪い。つい、掴んじまって…」
「い…いえ…その…」
真っ赤になって、慌てながら本を拾い上げる姿を見、ゼフェルの中で……
何かが、切れた。
「……なぁ、ルヴァ先生よぉ」
「……え?」
気がつくと、ルヴァの細い身体を、側の木に押しつけていた自分がいる。
「いつか話してたよなぁ…このターバンって、好きなヤツの前でしか外さねぇってよー」
「え……ゼフェル……?」
「つー事はさー……」
そっと顔を寄せ、耳元で低く囁いた。
「……もう、ルヴァは俺のモンだって、思っちまっていいワケ?」
「……!!」
耳朶に息を吹き掛け、口に含んで甘噛みすると、ピアスが歯に当たり、かちゃかちゃと音を立てる。
「なぁ…答えろよ……」
「…ぁ…ッ……」
ルヴァの背筋がひくりと震え、瞳が怯んだ様に歪んだ。
「ゼフェル……」
せっかく拾った本が、ルヴァの手の中から音を立てて落下する。
真っ赤な顔をして、自分からそっと視線を逸らすルヴァを見たゼフェルが、ふと我に帰った。
――何、やってんだ…俺――
恐がらせる気はなかった。
何も見なかったふりを決め込もうとしていたはずだった。
なのに……
――もしかして、俺…マジでその気があるのか…? 本当に、俺…ルヴァの事……?――
「あ、あの…ゼフェル…その…」
俯いたまま必死に声を絞り出すルヴァの姿に、ゼフェルはかわいいと思う反面、恐怖を感じた。
答えを…拒絶の言葉を、聞きたくない……自然と口が動き出す。
「えーと…あのですね……」
「悪ィ、ルヴァ」
「え…?」
「冗談、冗談。からかっただけだ。そんなマジ顔すんなって」
気付いてしまえば、自覚するのはたやすい。
ただ、それを受け入れてもらえるのか…
否と言う答えを聞くくらいなら……なかった事にしてしまいたかった。
俯いたルヴァの身体から、フッと力が抜けて行く。
「…ばかみたいですよね、私…」
「え…あ、おいルヴァ!?」
小さく呟き、ゼフェルの身体を押し退け、その場から走り去って行くルヴァの後ろ姿を、ゼフェルは呆然として見送っていた。
――……アイツ…今、もしかして…?――
手早く、散らばっている本を拾い集め、後を追う。
「…泣ーかした、泣ーかした…」
偶然通り掛かった夢の守護聖は、影で子供の様な囃文句を呟いていた。
「ルヴァ!!おい、待てよ!!」
足の速さは、当然ゼフェルの方が上だ。
しかもルヴァのずるずると長い執務服は、とにかく走りにくい。ルヴァの後方2メートルまで追いついた時、ルヴァが服の裾を踏んづけたのも無理はなかった。
「……!!」
「…あぶねぇ!!」
間一髪の所で、ゼフェルの右腕がルヴァの腰を抱え込む。
「おい、平気か?…ったく、さっきと逆の事なんてやらせやがって…」
「ご…ごめんなさい…」
「…それ、俺のセリフだって。ほら、本」
自分から目を逸らし続けるルヴァに、左腕に抱え込んでいた本を押しつけた。
「なぁ、ルヴァ…その…あれがそんなに嫌だったのなら、謝るからさ…泣くなよ、頼むから…」
「…からかって…いたんですか…」
「い…いや、その…ごめん、そんなに嫌だったのか?」
泣きじゃくりながらルヴァが言った次の言葉を聞き、ゼフェルの目が点になる。
「…別に、嫌だった訳じゃないんです……」
「…はぁ?」
――何だよ、それ?――
「…本当は嬉しくて…だけど…あなたが冗談だなんて…言う…から…」
真っ赤な顔で言われた言葉の意味を、ゼフェルの脳が理解するのにたっぷり10秒かかった。
「ル…ルヴァ…つまりさ、その……」
涙に濡れたルヴァの頬をそっと掌で包み、上を向かせ、触れるだけのキスをした。
「ゼフェル…?」
「いいのか…?こんな事しても…」
「…冗談だって、言ってたじゃないですかー」
「前言撤回」
「もう……」
「結びなおした所で悪いけどよ、もう一回解いていいか?」
「……はい……」
運命だ何だってのは、ハッキリ言ってガラじゃない。
でも、あの時俺の足元に石がなくて、ルヴァがいいタイミングで振り向いて、俺がターバン解いちまわなけれ ば……今の状況、だいぶ違ったハズだぜ。
そう考えると…たまには運命なんてのも、信じてみるモンかねぇ……
終