『夢の跡』

小説吉野さま





妙に鮮やかな藍色の夜空。笑う三日月。

相変わらずな戦争中で、僅かな休息中で。

勝利を目前にして、火を囲んでの野営。

隊長からの言葉に皆、志気を高めた。

拳を掲げ、勝利を誓い合った。


その、直後。


空の月が隠れ、大地に闇が訪れた。

そう、認識したのは一瞬で。

訪れた闇が黒衣を纏った、有名な殺戮集団だと気付いた時には遅すぎて。

彼らの戦法は、息もつかせぬ乱射。

ただし、銃弾ではなく、太い針のようなものが幾千幾万と飛んでくる。

不意のことで抗うことができなかった者達に対し、その攻撃は全員が地に倒れるまで続けられた。

「隊長!!」

その叫び声が隊長が聞いた、仲間の最後の声だった。

密やかに愛し合っていた、副隊長の声であった。



10分としない内に全員が倒れると、ただ、殺すことを生きる意味としてしまっている殺戮集団は、一言も語らず、何の感情もないかのように去っていった。

たった一人の生存者を見過ごして。

それが隊長だった。

彼は副隊長に守られるように全身で抱かれ、地に倒れ込んでいた。

倒れた時に頭を打ち、気を失っていたものの、酷い外傷はなかった。

「…う…っ?」

目覚めた彼が現状を把握するのに時間はかからなかった。

自分にのしかかる副隊長がもう動かないこと。

副隊長の背に回したはずの手は彼の温もりではなく、冷たい針しか掴めなかったこと。

背中一面が針の山と化し、抜いてやることも出来なかった。

隊長は震える手でどうにか彼の身体をゆっくりと退け、自分の体を起こして、また、愕然とする。

辺りには隊全員の死体が。

「…う、嘘…だ…っやめてくれ…っっ嫌だっ!!やめろ…っっ!」

彼はこの現状を拒否するように、倒れたままの副隊長の頭部を抱いて、顔を伏せた。

「目を、開けろ…っ、声を聞かせてくれっ、私の名を…呼べ…っっ」

溢れ零れる涙をそのままに彼は叫び続けた。

そして、その恋人の名を。

「           !」 



そこでクルーゼは目を覚ました。

妙にリアルな夢は彼の身体を冷たい汗で濡らしていた。

それ以上に彼の心に深い影を落として。

そして、ふと、自分が抱きしめられていることに気付く。

暗い部屋のベッドの上。

クルーゼは恐る恐る、彼の背に手を伸ばし、そこに素肌の温もりを感じると小さく息を吐いた。

「…隊…長?どうかされましたか?」

彼もクルーゼの手の温もりを感じたのか、目を覚まして、クルーゼに問いかけた。

その声は間違いなく、夢の中で聞いた、最後の声で。

「…アデス…」

「…隊長?泣いて…?」

いつもとは違う、震えた声で名を呼ばれたアデスは暗闇の中で必死に目を凝らし、クルーゼの表情を窺った。

見極めることはかなわなかったが。

「…明かりを」

「あ、はいっ」

アデスはクルーゼに一度、背を向け、ベッドサイドに置いてあるリモコンに手を伸ばし、室内の明かりをつけて。

少し目が眩む感覚を覚えながら、アデスは再び、クルーゼの方を向いて固まった。

彼は、仮面を外していた。

それは呼吸を失うほどの衝撃を与える美しさで、あまりにも突然の出来事。

「た、隊…っ?!」

狼狽えるアデスがその美しさを見据えることが出来たのはほんの一瞬で、クルーゼからのキスがアデスの視界を奪う。

半ば、クルーゼがアデスにのし掛かるようにしてなされたキスはいつもとは明らかに違うものだった。

クルーゼは執拗にアデスを求め、深く長い口づけを。

アデスも最初は戸惑っていたが、次第とクルーゼに応えるように自分もクルーゼを求めた。

同時に眠っていたアデスの欲望が徐々に熱を持ち始める。

クルーゼはそれに気付くと、ゆっくりとキスを終えて、上体を起こした。

彼の髪の中に潜っていた、アデスの手は随分と惜しげにその感触を手離す。

アデスは再び、見ることがかなったクルーゼの素顔に心を奪われ続けたが、彼の突然の行動に戸惑いを隠せなかった。

素顔をさらして、今度は自分からアデスの熱を飲み込もうと、
アデスの胸に手を置きながら、ゆっくりと腰をおろして、自分の体内にアデスの熱を埋めていく。

「っく…っう…っ」

「た、隊長っ?何を…っ無茶しないで下さいっっ」

そう言いながらもアデスの身体は正直に反応してしまう。

明るい中で見る、クルーゼの身体は信じられないほど綺麗で、この体勢ではそれを真正面から実感する。

ただ、彼の顔は悲痛そうで、涙を浮かべていて。

アデスはそれに耐えきれずに手を伸ばして、彼の顔を両手で包んで引き寄せた。

「あぁ、もうっ!貴方は何を独りで泣いていらっしゃるんですかっ?私が淋しいでしょう!」

彼の怒鳴り声にクルーゼは改めて目が覚めたような思いをした


アデスがクルーゼに対して、声を荒げたのはこれが初めてのことだった。

「…アデス…」

「は…」

「…愛している…」

そう言ったクルーゼの笑顔はとてもつもなく綺麗で。

アデスは言葉もなく、ただ、急激に絶頂を迎え、クルーゼの中で爆発するように果てた。

クルーゼを道連れに。



「…まさか、言葉一つでイクとは思わなかったな…」

1時間後、シャワールームにて、クルーゼが呟いた。

彼を背後から支えながら、シャワーを浴びていたアデスはバツが悪そうな顔で彼の後頭部を見下ろす。

「あれは…貴方のせい、ですよ。あんな顔であんな言葉、仰るから…」

アデスのたどたどしい言葉にクルーゼは小さく笑みを零し、シャワーを止めてから、首をのけ反ってアデスを見上げた。

「この顔、か?」

未だ見慣れぬ愛おしい顔にアデスは再び、言葉を失う。

クルーゼは小悪魔のような笑顔でそれを見届けてから、するりと身体の向きを変え、正面からアデスに軽く口づけた。

「出るか。流石にもう少し寝ないとまずいだろう」

アデスの横を通り抜けようとしたクルーゼをアデスの右腕が抱きとめた。

クルーゼは不意の行動に訝しげな表情でアデスを見上げた。

「アデス?」

「…申し訳ありませんが…自業自得だと思って下さい」

「何?…お前…」

アデスの下半身に目を落として、クルーゼはアデスの言葉の意味を理解する。

たち上がった熱は容易く、冷めるものではなかった。

「好きでこの顔に生まれたわけでもないのだが…まぁ、いい」

クルーゼはふわりとアデスの首に両腕をまわして。

それを合図にアデスは彼の首筋に口づけながら、愛撫を始める。

クルーゼを抱きとめた右手は彼の背中で彼を支えがてらうごめき、左手は彼の中への侵入口を開こうとしていた。

「ん…っは、あぁ…っ」

「流石に三回目となると…指くらいすぐ入りますね…」

耳元で囁かれたアデスの言葉にクルーゼは僅かに顔を紅潮させる。

同時にアデスが言葉と共に吐いた息のせいで彼の身体はビクッと震えた。

「っも…喋る、な…っあっ、あああっっ」

クルーゼの中で騒々しく動くアデスの指にクルーゼは翻弄され、崩れ落ちないように必死でアデスにしがみついていた。

アデスも彼を抱く手に更に力を込めた。

「…隊長…今日はどうかされたのですか…?」

「っつぁ…っあ…っ、あ…?」

「いつもの、貴方らしくはなかったでしょう?」

言いながら、アデスは手を休めることはしなかった。

クルーゼは朦朧とする意識の中でどうにか言葉を紡ごうとして
いた。

「は…っはぁ…っ、気に…す、るな…ほんの…気の、迷いだ」

「貴方が…迷っておられたんですか」

「…もう…迷うことはないさ…」

そう言って、クルーゼはアデスを抱きしめる腕に力を込めた。

私が守ればいい。

彼はそう、決めていた。

「…迷ったっていいじゃないですか。ただ、もう、独りで泣くようなマネはなさらないで下さいよ?」

「っくぅ…う…、そ、う…泣いたと連呼す、るな…」

「悔しいんですよ。側にいたのに…私では貴方を支えきれないのかと思うと」

言い終わる頃、アデスはクルーゼの中から指を引き抜いて、彼の左足を右腕で抱え上げた。

「あぁ…っっは…隊長が、艦長に支えられてどうす、る…」

「…そんなこと仰ると今すぐ手、離しますよ」

「…ふ…それは…困ったな」

クルーゼは激しい息づかいの合間に言葉を零す。

今までアデスの指を飲み込んでいた箇所が喪失感を嘆くように疼く。

それでもアデスはまだ、それを満たそうとはしなかった。

「ア、デス…珍しいな…お前が焦らすなんて…」

「…教えて下さいよ…貴方の弱さを」

「…そんなこと…お前のが知ってるだろう…いつも的確に攻めるくせに…」

「そういう意味ではなくてですね…っ」

「…お前を失うことが…」

「は…?」

「急に…現実的なことだと気付いて、怖くなった…戦争中だというのに、おかしな話だ…」

クルーゼは相変わらず、甘い息をもらしながら話す。

アデスを非常に喜ばせる言葉だったということに気付くことなく、言葉を続けて。

「だから…私が守ると…」

「隊長、お心は有り難いですが…恐らく我々は守る者と守られる者にはなり得ませんよ、一蓮托生ですから」

「…まぁ…そうなのだがな…」

照れたように俯くクルーゼを見ながら、アデスは嬉しそうに笑みを零した。

「…私が死ぬ夢でもご覧になりましたか?」

「…妙なところで鋭いな、お前は…」

クルーゼは驚嘆の表情で再びアデスを見上げた。

「先程、何となく…。大丈夫ですよ、天国でも地獄でも共に参りましょう」

「…言っておくが、生きて、勝つことが本来の目的だぞ…」

「承知してます」

「なら…とりあえず、身近な天国に連れていって貰おうか…」

そう言って、クルーゼはアデスの身体にぴたりと密着した。

アデスは小さく笑って、クルーゼの耳元に唇を寄せた。

「貴方と共にならば、どこなりと…」

直後、アデスはクルーゼの腰を抱いて、一気に彼を貫いた。

既にこの時、隊員勤務開始時間2時間前。

この日は隊長命令で”整備”と”待機”になったという。 


END 


ああ(≧∇≦)またまた麗しい隊長が、悪夢にうなされてるお姿も色っぽいです〜(*^∇^*)
そんな隊長に添い寝してみたいッス(照)
アデスみたいな男(無骨に見えて包容力たーっぷりv)失ったら、次探すの大変ですもんねv
いつまでも隊長の可愛い(?)ポチでいてねアデスよ…(〃∇〃) 素敵な小説ありがとうございます!
次回もお楽しみに(≧∇≦)!

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