サーカディア
 影守聖×竜門要


小説 伊奈きゆう様


気まぐれな風向き










それは、ほんの気まぐれだった。



その日、影守聖は珍しく学食へと足を伸ばしていた。

こういった人が多くごたごたとした場所は好まない彼である。
普段は医学部棟にある自分の研究室で買うなり作るなりして昼食は済ませていた。

その日は、何となくたまには学食で・・・・。
と、思い立って足を向けたのであった。

(・・・・失敗だったな)

学食へ赴いてすぐに自身の失敗に気付く。
昼時な所為もあってか、学食はいつにも増して人が溢れ返っていた。

とてもじゃないがゆっくりと食事が出来る状態ではない。
小さく溜息を漏らすと腕の時計に目をやった。

昼休みは後半分くらい残されている。
それならば、研究室に戻って簡単な食事くらいはとれるだろう。
そう考え、早々にその場を立ち去ろうと歩き出した。

「あ、影守?」

と、その時後ろから聞きなれた声が自分の名を呼ぶのに足を止めた。
不思議そうな声の主を振り返る。

「あー!やっぱそうだ。珍しいな〜学食で会うなんてよ」

そいつは人懐っこい笑みを浮かべながら小走りに影守のもとへとやってきた。
よく知った顔だった。
物理学部の竜門要である。

医学部である影守とはバイトを通した知り合いであった。

影守が研究した薬品の試薬のバイトとして何度か要は影守の研究室を訪ねていた。
試薬と言っても主に下剤などと言った身体的に大きな害は無いものばかりである。
そのくせ給料が良いという理由もあって要はよくこのバイトを引き受けていた。

「飯、食いに来たんだろ?」
「まぁ・・・学食だからな」
「で?もう食べちゃった?」
「いや、まだだが?」

影守の答えに要の目が輝いた。

その態度に何となく先が読めた影守が先手を打つ。

「言っておくが、奢らんぞ」
「えーなんでだよぉー!」
「理由が無い」
「一食ぐらいいいだろ〜!!」

影守の袖を掴んで引っ張りながらなお強請ってくる要に何度も駄目だと言い張る。
さすがの要も諦めがついたのかしょんぼりと肩を落とした。

「あ〜今日も食いっぱぐれか〜・・・」
「・・・・・・」

腹減ったー!と叫んでいる要を少し上の目線から見下ろす影守。
そして、あることに気が付いて眉を寄せた。

「おい。竜門」

鳴り続ける腹の虫と一人格闘していた要は突然名を呼ばれた事に驚きながらも、顔を上げた。

「ん?何??」
「お前、これからヒマか?」
「え?・・・ん〜〜飯のあてもないし、授業も無い。ヒマっちゃヒマだけど?」
「そうか」

いきなりの質問に答えてはみたものの、その意図がさっぱり読めず要は困惑した。
影守の表情からは何も読み取れない。
仕方なしに要は影守の言葉を待った。

「・・・奢れはしないが、バイトならある。」
「へ?・・・それって試薬の?」
「あぁ」
「急だな。また」
「いつもだろう」
「ま、そうだな」

影守の言葉に少し考える素振りを見せる要。
だが、答えはあっさりと出た。

「ん。いいぜ。どうせヒマだし。」
「じゃあ、さっそく研究室に来てくれ」
「って、飯はいいのかよ?食いに来たんだろ?」
「こんなトコでは食べる気がしないんでな」

それだけ言うとさっさと学食を出て行く。
慌てて要も後を追った。





学食で彼にあったのは偶然であった。
いつものように人懐っこい笑みを浮かべながら、駆け寄ってきた彼は、
普通の人から見ればいつも通りの元気な彼の姿に見えただろう。

しかし、あくまでも普通の人間の目には。である。

今日会ったのは影守聖という、医学部の学生であり医者でもあるという男である。
影守はすぐに彼の不調を感じ取った。

ほんの僅かではあるが顔色が悪い。

(職業病か・・・?)

一瞬そんなことが脳裏を過ぎったが、すぐに消えた。

とりあえず、目の前の病人をなんとかしないといけない。
が、言ってすぐに聞くとはとても思えなかった。

竜門要という男のことである。
どうせ今日も放課後にバイトの予定を入れているに違いない。
そして、それを休むとも思えない。

絶対『大丈夫』といって人の忠告など聞かずに無理をするだろう。
そんな事は目に見えていた。

だから、とりあえず研究室に連れて行こうと思った。
理由はいつものようにバイトとでも言えば簡単だ。
実際彼はすぐにOKを出し、ついて来た。

(あとは・・・どう休ませるか・・・だな)

研究室へ向かう道中、影守は心の中で思考を廻らせていた。












医学部棟の階段を登って研究室へと二人は辿り着いた。

部屋へ入ると要を適当に座らせてから薬品の入った棚を漁り始める。
ベッド脇に座った要は、暇を持て余すように足を揺らして影守を待っていた。
影守は薬品の入ったビンを1本取り出すとそれを適量コップに移す。
そしてそれにまた適量の水を入れてよく掻き混ぜた。
薄いピンク色の液体が出来上がる。

「これだ。飲んでみてくれ」
「何の薬?」
「言ったら意味がないだろう。」
「そーでしたね」

素直にそれを受け取ると何の疑いも無くその液体を一気に咽へと流し込んだ。
甘いような不思議な味が口に広がった。

「ふぇ〜変な味」
「薬だからな。美味いもんじゃない」
「分かってるけど・・・・」

空になったコップを影守に手渡す。
甘いと言っても美味しいと言えるような甘さではなかったため、要は舌を出して表情を歪めていた。
そんな要の様子を見て影守が薄く笑みを浮かべた。

気付かれないほどの薄い笑みだ。
実際要はまったく気付いていない。

「・・・・何も変わったこと無いんだけど・・・・?」

影守が面白そうに要を眺めていると、ふいに声が掛る。
要が上目遣いに影守を見た。

「少し効きはじめるのに時間が掛る薬なんでな」
「へぇ〜・・・・また下剤とかじゃないだろうな?」
「さぁな」
「おいおい。勘弁してくれよ」

呆れ口調で言う要。
小さく首を振ると軽く目を擦った。

「・・・・・・」

無言のまま何度かその動作を繰り返す。

「・・・どうした?」

影守が問うと要が顔を上げる。

その目は先ほどと比べると、とろんとしていかにも眠そうである。

「最近夜勤が続いたからかな・・・さっきまで・・・何・・とも・・・なか・・・。」

言い終わるより先に要の首がかくんと前に折れた。
それを影守が腕で抱きとめる。
腕にもたれ掛るように小さく寝息をたてる要を見ると溜息を漏らした。

「・・・・・」

抱きとめた逆の手で膝の裏を掬い上げるとそのままベッドへと寝かせてやる。
器用な手つきで上履きを脱がせ、ベッドの下へと入れた。
毛布をかけてやると、自分はベッド脇に椅子を持ってきて腰掛ける。

「・・・・・」


しばらく寝顔を眺めていた。

(最近夜勤が続いたから――)

先ほどの要の言葉がふと、脳裏を過ぎった。
そしてまたひとつ溜息をもらす。

(・・・やはり、無理していたか)

軽く首を振ると呆れたような表情で要を見下ろした。

「しょうがないヤツめ・・・」

誰に言うでもなく呟くと、椅子から立ち上がってすぐ後ろにあった窓を開けた。
外から風が入ってきてカーテンを揺らす。
温かい、心地の良い風だった。

風に吹かれて要の髪が僅かに揺れる。
前髪が頬をかすめ、くすぐったさに少し要が身じろいだ。
ゴソゴソと寝返りを打った後、何か小さく寝言を囁いているようだ。

「・・・・・」

窓に手をかけたまま影守はそれを面白そうに眺める。
要の表情はどこか嬉しそうで。
幸せそうに笑みを浮かべている。

「どんな夢をみてるんだか・・・・」

椅子に座りなおすと近くのデスクに置いてある本を手にとって読み始めようとする。

「・・・ん〜・・・影・・も・・りぃ・・」

ふいに名を囁かれて影守の手が止まった。
本に落としていた視線を要に移す。

「・・・・」
「ん〜〜〜・・・・」
「・・・何なんだ・・・」

自分の名を呼ばれたからには、さすがに気になる。

影守は続きを待つように要の寝顔を見つめた。
すると、一際幸せそうな笑みを浮かべる。

そして・・・・。

「・・・へへへ〜〜・・・ごちそーさん・・・・」
「・・・!」


あまりに幸せそうな笑みを浮かべてそんな事を言うものだから、影守がガラにも無く驚きを露わにした。

しばらく動きを止めてしまう。

が、次の瞬間。

「・・・・ぷっ・・・・くくく」

小さく吹き出してのどの奥で声を殺して笑い出した。
その表情はいつもの眉間に皺のよった影守のものではなく。
優しい目をした穏やかなものであった。

ひとしきり笑うと、愛しげに要の前髪を2、3度撫でてやる。
気持ち良さそうに要の表情が緩んだ。

「・・・・ったく」

それを見て影守が小さく声をもらす。

「・・・目を覚ましたら、飯ぐらい奢ってやるか。」


一人呟くように言うと先ほどの本に視線を戻した。




窓から吹く穏やかな春風が部屋の空気を一層和やかなものにしていった。







END














うあーーー(≧∇≦)可愛いお話ありがとうございました!!
要のおねだり攻撃!ゲームしてると、メロメロにさせられますよね〜//!!
影守せんせの所の試薬イベントも大変美味しくて
そしてこんな可愛いお話をいただけて、幸せいっぱいですv
『要ちゃんの寝顔には影守先生も敵わないのですッ!!』
ときゆうさんのコメントですvまた良かったら是非もっと要小説いただけると
嬉しいですv何せ他にも良いダーリンキャラがめじろ押しなゲームですし
要はこの上なく可愛いキャラなのでv
未だに何度リプレイしても、楽しめるゲームなので、また私もプレイしたいですv

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