カカシ×イルカ


小説 遊亜様
イラスト見国かや


『 木漏れ日と岩影の狭間で 』







「アナタがいけないんですよ」
「え?」
「そんな目でナルトを見るから……」


嫉妬なんて感情は、持ち合わせていないと思っていたのに。


――― アナタのせいだ


この年になって、今更自分自身に途惑うなとどは。


――― アナタがそんな目で、俺を見るから……



 ◇ ◇ ◇



「三代目からです、少し急ぎだとかで。 確かにお渡ししました」

浅い川が流れている岩場の演習場にいたカカシを探してイルカがやってきた。

「どうして……あなたが伝令を?」
「たまたま、手が空いていたもので……」

そう言いながらイルカの視線がチラと水辺へ流れる。
そこには、チャクラコントロールの修行で苦労しているナルトの姿があった。
キラキラと太陽の光が反射している中で、サスケやサクラに追い付こうと懸命に頑張っているようだ。

(手が空いていたのは本当だけど、ナルトが修行しているところを見たかったから、なんて言えないしな……)

手渡された書類に目を通すフリをして、カカシはイルカの視線の先を追った。

「声、掛けてもいいですよ」
「え! いえいえ、修行の邪魔しちゃいけませんし」

確かにイルカは、ナルト達に気付かれないように現われていた。

「ナルトに会いに来たんじゃないんですか?」

書類をズボンのポケットに捻じ込みながらカカシが問う。
この上忍にはお見通しなのかもしれないが、そうだと認めるなどできるわけがない。

「いえ、貴方に用があっただけですから」
「わざわざ、俺に会いに来てくれたんですか?」
「会いにと言うか……仕事のひとつとして……」

会話の真意が掴めず曖昧に返事したイルカを、カカシがしみじみと見つめる。
それ以上言葉が継げず困惑の表情を浮かべていたイルカは、ただ黙って片方だけの瞳を見つめ返した。

「いいねえ、ナルトはいつでもあなたと一緒で」
「え…、ナルトが今行動を共にしているのは貴方じゃないですか」

ふっと笑ったような声がしたかと思うと、カカシの手がポケットから出てきた。
その手が、イルカに向かって伸びて来る。
無言のままの滑らかな動きは、まるでスローモーションを見ているようだ。
そんな風に考えていたイルカは、肘を掴まれ暗がりへと引き込まれて初めて声を上げた。

「な、何をっ!」
「騒ぐと気付かれますよ」

少し離れたところから、ナルトやサクラの声が聞こえる。
こちらの緊張を孕んだ場面とは無関係のように騒がしい。

「離してください、はたけ上忍!」
「余所余所しいなあ、その呼び方」

カカシはイルカの髪を束ねていた紐を引っ張った。
あまりの早業に、イルカが阻止する間も無い。
それはするすると解け、黒髪がばさりと落ちた。

「何するんですかっ」

押し殺した声を出したイルカを、カカシが腕の中に抱きかかえながら追い込む。
岩陰にすっぽりと収まった二人は、まるで外界から隔離されているようだ。
耳に届く心音がやけに大きい。
初めて近くで見るカカシの瞳に見入ってしまったイルカは、暫し抗うことも忘れていた。

「何で本気で抵抗しないんですか?」
「え…?」

理解を超えた状況に陥っているからなのか、どう対処していいかわからない。
カカシの右目が僅かに細められた。

「俺を怒らせるとナルトに被害が及ぶとでも?」
「そんなっ」

思ってもみなかった言い掛かりに、イルカは焦った。

「それとも、上忍には絶対服従だと、学校ででも教わりましたか?」
「な……」

睨みつけられている気がして一瞬竦み上がる。
何故、この上忍は自分に対してこんなことを言うのだろうか?

「そうでないなら……」

カカシが更に顔を寄せてきた。
イルカは微かに仰け反るが、身体はまだその場を動かない。

「俺にこうされるのを望んでいたと思ってもいいの?」

うなじに手が添えられる。
頭部が固定され、逃げられなくなってしまった。
その指がピクリと動いた時、手が首に回るのかもと錯覚したイルカは初めて恐怖を感じた。

「ちがっ」

咄嗟に声を上げたと同時に腕を突っ張ろうとしたけれど、カカシはびくともしない。

「そこだけは否定するんですね」
「え…」

カカシの声が陰りを帯びたように聞こえた。

「イルカ先生」
「……はい」
「嫌なら、NOとはっきり意思表示しなきゃダメですよ」
「え?」
「あなたは甘過ぎるところがあるから」

カカシが顔を近付けながら口布に手を掛ける。

「!!」

見てはいけない気がして、イルカは思わず目を瞑った。

「先生! カカシ先生?!」

サクラが呼んでいる。

「はっ!」

イルカは素早く身を翻すと、その場から姿を消した。
カカシの手の中には、さっきまでイルカの髪を束ねてあった紐だけが残った。

「カカシ先生、どこ行ったんだってばよー!」

見えなくなった師の姿を求めてぐるぐる回りながら叫んでいるナルトを、カカシは複雑な表情で見つめた。
あのイルカが教え、見守ってきた子供。
先生と生徒という間柄だけではない、もっと深い絆を感じてしまう二人。
どちらも辛酸を嘗めてきただろうに、めげずにいつも明るく振る舞っている。
その様子は、暗闇に慣れた者は立ち入るのを躊躇してしまう、光に満ちた世界の住人のようにも思えて。

そこは、自分が立っている場所とはあまりにも違う世界。
そちらに居る限り、手が……、出せない。

「俺だけ任務が入った為、このまま向かうことになった。 拠って今日はこれで終わりだ、解散」

三人の前に姿を現わすと、カカシは淡々と告げた。

「やったー、終わり終わりーっと。 さ〜て、空いた時間に何しよっかな〜」
「さっきの課題、まだマスターしてねえんだろ? だったら自主練しやがれ、このウスラトンカチが」
「一人じゃ、これ以上やったって無理だってばよ」
「ふんっ」
「サックラちゃ〜ん、この後どうすんの?」
「あんたに構ってる暇なんて無いわよっ! あ、待ってー、サスケくぅ〜ん!!」

賑やかな声が段々と遠ざかっていく。

「……眩しいなあ」

カカシは手を翳して空を見上げると、ひとつ小さく溜息をついた。



 ◇ ◇ ◇



せっかく久しぶりにナルトの姿を見たというのに、気付けばカカシのことばかり考えている。
他国にも名を轟かすほどの、誰もが憧れを抱く木ノ葉きっての業師。
そして、ナルトの上忍師だというだけの認識しか無かったはずだ。
今日、会うまでは。

――― 何で……

イルカの頭の中は、その人物の姿でいっぱいだった。
アカデミーへ戻る道すがら、さっきまでの出来事を反芻してみる。
何故あの時、すぐにカカシから離れなかったのか?
振り払おうと思えばいつだってそうできたはずだ。

――― 何でだ……?

別に、術を使われていたわけではない。
カカシはイルカを引き寄せると腕の中に囲っただけで、身体を拘束されてもいなかった。
その手がうなじにそっと添えられただけだ。

――― そう、ここに……

歩きながら髪を結い直していたイルカは、ついさっきカカシの手が触れていたことを思い出して立ち止まった。
自分の手が触れただけなのに先ほどの再現のように感じてしまって、身体がぞくりと震える。

イルカをどうこうしたいなら、力ずくでも術をかけてでも、好き勝手にできたはずだ。
あのカカシならば、それこそ容易に。
中忍の分際では上忍とやりあったところで到底敵わないのだろうから。

なのに、カカシはまるで壊れ物でも扱うかの如くイルカに触れた。
冷たく突き放したような口ぶりだったのに、その仕草は優しくて。
何故……?

――― 一体、俺に何をしようと……?

あの時、サクラの声がしなかったら、その先はどうなっていたのか。
カカシの吐息は、確かにイルカの鼻梁にかかっていた。
かなり接近していたのだ。
あと少しで、その唇が自分に触れていたはず。

イルカはそっと目を瞑った。
そして、そうなったかもしれない場面を想像してみた。
未だ見ぬ素顔が近付いてくる。
遠い存在だったはずの上忍が、息も触れ合う距離にいる。
俺だけを意識して、俺だけを見つめ、そして、

――― あの人の唇が、俺に……………

「っ!! どうしたってんだ、俺はっ!」

突然、馬鹿なことをしていると思い至り、拳を強く握り締めたまま真っ赤になった。
人通りが無くて良かった。
こんな姿を誰かに見られたら、立ち直れないかもしれない。
男とのキスシーンを想像して、胸の奥が疼いてしまうなんて。

イルカは無造作に髪をまとめると、アカデミーへ戻ろうとした。
しかし、その足はさっきの演習場へと向いていた。

「何をしてるんだろうな、俺は……」

もう誰もいない岩場は、さらさらと流れる水の音が聞こえるだけで静かなものだ。
さっき、カカシが居たのと同じ所に立ってみた。
太陽から身を隠し、陰に身を浸す。
普段、自分が生活している場所とは別の世界に迷い込んだような気がした。
だがそこは、静謐な分、不思議と落ち着いて、居心地が良く……。

――― あの人の腕の中のようだ……

イルカはもう、勝手に妄想する己自身を止めようとは思わなかった。
そして、自分をこんなにしてしまう人物の名前を、そっと口にした。

「カカシさん……」

遠くから見ていた憧れの存在が急に近くに感じられたいうのに、どこか夢の中の出来事のようでしかない。
明日になれば、また同じ日常が始まるだけだ。
いや、無理にでもそうしなければならない。
自分とあの上忍とでは、住む世界が違うだろうから。

あの時、逃げるようにこの場を立ち去ったことの詫びはきちんと入れておこう。
イルカは、次にカカシに会えた際には真っ先に自分から謝ろうと考えた。
今後の為にも、今まで通りの距離感を保っていたいから。
夢見るのは、今だけ…。

冷たい岩の感触を掌で確かめながら、イルカもまた、ひとつ小さく溜息をついた。



 ◇ ◇ ◇



だが、現実は今までと同じ繰り返しとはいかなかった。



(あっ…)

遠くからカカシの姿を認めたイルカは、その場に立ち止まってしまった。
やはり心の奥では意識してしまう。
でも、こっそりと呼吸を整えると、再び歩き出した。

「こんにちは」
「コンニチワ」

カカシに向けられた笑顔は、いつもと変わりない穏やかで明るいものだ。

「昨日は演習の邪魔をして申し訳ありませんでした」

イルカが上半身を90度に折り曲げ、頭を下げる。
その身体を戻そうとした時、頭がポンと何かにぶつかった。

(え?)

手が乗せられている感触。
束ねた髪の尻尾が、ゆらゆらと揺らされている。

「あの……」
「予備、お持ちだったんですね」
「え…?」
「返さなきゃと思いつつ、そのまま持って帰ってしまって」

頭が軽くなったので上体を起こすと、昨日、自分の髪を結んでいた紐が目の前にぶら下がっていた。

「あ……」

忘れようとしていたのに、咄嗟にカカシとの場面が脳裏に甦ってしまう。

「切れ…たりもしますから、1本や2本は余計に……」

恥ずかしさのあまり、まともに顔を合わせられない。
俯いたままイルカが答えると、紐は目の前からすっと消えた。

「じゃあ、コレ、もらってもいいですか?」
「え?!」

驚いて顔を上げたイルカの前から、カカシの姿は既に消えていた。

「あんなモノ、どうするんだ……?」

上忍の考えているコトはわからんと、首を傾げる。
けれど、自分に関心を寄せているのだろうかと思うと、どこか嬉しくもあった。
本当は、昨日の件は無かったことにして、綺麗さっぱり忘れようと思っていたのに。

(参ったな……)

イルカは、眉頭を上げて困ったような表情を作りながらも、緩む頬を押さえ切れないでいた。



 ◇ ◇ ◇



――― 九尾に両親を殺されたというのに

何故イルカは、あそこまでナルトを可愛がることができるのか。
ナルトに関わり、同時にイルカについての情報が自然と入ってくるようになってから、ずっと不思議だった。

気になると、勝手に目が追うようになった。
受付でも知らずにその姿を探し、そこへと繋がる列についている。
自分の順番が廻ってくると、報告書を手渡して簡単な言葉を交わす。
それだけの接点しか無かったが、何となくわかったような気もした。

悲しみや苦しみを味わってきたからこそ、今の強さと優しさがあるのだと。
里を愛し、里に住む者を慈しんでいるのが、その笑顔から伝わってくる。
イルカは、我を捨てても相手を受け入れられる人なのだろう。

ナルトが少し羨ましくなった。
見守ってくれる存在が今でもすぐ傍にいることに。

――― 先生……

目を閉じると、師であった四代目の顔が浮かぶ。
だが、それはすぐにイルカの顔に変わった。

――― イルカ…先生………

イルカを想う時間が増えた。
時折、ナルトの口から語られるイルカの話を聞くのも愉しみになっていた。
もっと、知りたいと思った。

――― だから、あんな……?

演習場で姿を見た時、心が躍った。
例え仕事だとはいえ、自分に会いに来てくれたと誤解しそうなほどに。

素の部分が気になって、手が伸びてしまった。
髪を下ろした姿を初めて見て、胸がときめいた。

だが、同時に怖くなった。
想いを告げて、拒絶されたら…。
対等とは言えない立場が二人を隔てているのも確かだ。
無理強いでもすれば、手に入れるのは簡単だろう。
身体だけならば。

けれど、それでは何の意味も無い。
肉欲が無いと言えば嘘になるが、自分が求めているのは彼の身体だけではないのだ。

――― だから…なのか……?

何か繋がりが欲しかった。
イルカが身に付けていた紐が手の中に残った時は、イルカ自身を手にしたような気になった。
これに触れれば、あの人を感じられる。
カカシは、指に巻き付けていた紐に、そっと唇を寄せた。



 ◇ ◇ ◇



「え……これ……」

カカシは、山のように野菜が入った籠をイルカへ手渡した。

「ま、遠慮無くどうぞ。 この間のイタダキモノのお礼ですので」
「お礼って、そんなっ」
「ね」

多分、にっこりと微笑んでいるのだろう。
片目だけが弓のように細くなっているカカシの顔を、イルカは目をぱちくりとさせながら見ていた。

(こんな風に笑うこともあるんだな……)

「では」
「あ、待ってください!」

背を向けて去ろうとしたカカシをイルカが呼び止める。

「こんなにたくさん、俺一人じゃ食べきれませんから……、夕飯、一緒にどうですか?」
「え…」
「いや、もしよければですが……」
「イルカ先生が料理を?」
「はい、簡単なものしかできませんけど」
「………」
「はっ、スミマセン、馴れ馴れしい口をきいて」

いきなり家に誘うなど不躾もいいところだと、イルカは途端に恐縮して頭を下げた。

「嬉しいです」
「…は?」
「喜んで、お邪魔させてもらいます」
「あ…はいっ!」

イルカの満面の笑みを、カカシは穏やかな瞳で見つめていた。



 ◇ ◇ ◇



今夜の献立は、焼き魚に煮物と味噌汁、そして浅漬け。
カカシからの頂き物もふんだんに使われている。

「美味しかったです、ご馳走さまでした」
「お粗末さまでした」

口布を取った顔にもやっと慣れた。
家に上がって初めて目の前で晒された時、イルカは思わず 「いいんですか?」 と訊いてしまい、大笑いされた。

『だって、取らなきゃ食べられないでショ。 それに、あなたにならいくら見られても構わないです』

「イルカ先生、顔が赤いですよ?」
「はっ!」

食器を重ねながらカカシの言葉を思い出してはニヤけていた頬を無理に引き締める。
けれど、じわりと滲み出してくる嬉しさは隠しようが無い。

「ちょ、ちょっと酔っただけです…」

食事の時に、晩酌として軽く一杯だけ飲んでいた。
その程度では酔った素振りも見せなかったのだが、カカシは騙されることにした。

「酔ったのなら、お手伝いしましょう」

流し台に向かっていたイルカの背後に立つと、その背が途端に強張ったのがわかった。
蛇口を捻ろうとしたまま、手が止まっている。

「イルカ先生…?」
「あ…あの、向こうでゆっくりしていてください……ここは俺が…片付けますから」
「………」

イルカの言葉には従わず、カカシが一歩近づく。

「お願いですからっ」

緊張がピークに達して懇願するイルカを、カカシが後ろから抱き締める。

「!……」
「イルカ先生、俺が嫌い?」
「そ、そんなわけっ」
「じゃあ、好き?」
「……」

すぐには答えられない。
好きか嫌いかなら、もちろん好きだ。
だが、簡単に口にしていい言葉なのかどうか、躊躇われた。

「答えなくてもいいです、今は……でも、ちょっとでいいからこうさせて」
「カカシさん……」
「嬉しいなあ、やっと名前で呼んでくれた」
「ッ……」

抱き締める腕に力が込められた。

「俺は、イルカ先生が好きです」
「えっ?!」
「信じてくれなくてもいいです。 ただ、伝えたかった」
「そんな、信じますっ!」

イルカは廻されていた手を掴んで身体から外すと、カカシへと向き直った。

「信じます、貴方の言葉……でも、何だか夢を見ているような気分で」

ははは、と笑いながら軽く顔を掻く。

「夢じゃありませんよ」
「え……」

イルカの顔に、そっと手を伸ばす。
顎を持ち上げると、カカシの唇がイルカのそれに重なった。

「っ!」

カカシがイルカの腰を抱き寄せる。

「これは、夢じゃない……」
「…ん…んっ……」

くちづけが段々と深いものになっていく。
激しく求められ、のめり込んでいったイルカの中では、夢じゃないと囁かれながらも次第に現実感が薄れていた。



 ◇ ◇ ◇



「カカ…シ…さん……っ、もうっ、も……あ…あっ……っ!!」
「………ッ」

カカシはイルカの中で絶頂を迎えた。
そしてイルカもまた、カカシの手に導かれて達していた。
まだ、はあはあと息が荒いイルカの身体を、カカシが優しく包み込む。

「イルカ先生、大丈夫?」
「はい……何とか……」
「とても」
「え?」
「ヨカッタですよ」
「!!」

真っ赤になったイルカが、照れ臭さくなってカカシを押し退けようとした。
その時、手が何かに当たった。

「これ……」

それは、カカシの胸からぶら下がったドッグタグ。
行為の最中はひたすら夢中で、いきなり初めてのコトがいろいろあり、緊張と興奮の連続だった。
だから、気付かなかったのだろう。

「俺はずっと、アナタと一緒だったんです」

ドッグタグには紐が結ばれていた。
それは、嘗てイルカの髪を結わえていた物。

「カカシさん……」

その後どうしたのか気にも留めていなかったのに、ずっと肌身離さず持っていてくれたとは。
イルカの胸の奥から熱いものが込み上げてきた。

「最初はこれだけで良かったのになあ」

カカシが優しくイルカの髪を撫でる。

「我慢ができませんでした。 スミマセン」
「あ、謝らないでくださいっ。 それじゃまるで、後悔してるみたいじゃないですか!」
「そういうわけじゃないですけど……、イルカ先生は後悔するの、嫌なの?」
「後悔はしたくありません。 そりゃ、思うようにいかない場合もあります…」
「……」
「そういうことの方が多かったりもしますけど、でも、後ろを振り返ってばかりでは先へ進めませんから」

イルカの本当の強さの片鱗が垣間見えた気がした。

「眩しいですね、イルカ先生って」
「何言ってるんですか、……俺には、カカシさんの方が……」
「え? 聞こえませんでした」
「何でもないですっ」

ずっと憧れていたなんて、恥ずかしくて言えない。
憧れがいつしか、違う感情に変化していたことも……。

「イルカ先生……」
「あ、だ、駄目っ……もう、ダ…メです…っ」

カカシが、またイルカの肌に指を這わせた。
首筋に顔を埋め、小声で囁く。

「好き」
「んっ!……」

イルカは返事の代わりに、カカシをぎゅっと抱き締めた。



 ◇ ◇ ◇



ナルト達三人は無事下忍となり、今日は任務に就いている。

「これ、三代目からです。 急ぎでは無いらしいですが」

逃げた飼い猫探しで森の中を走り回っている第七班。
部隊長はひとり、少し離れた涼しげな日陰の岩場に居た。

「またアナタが伝令?」
「たまたまです、たまたま……」

(ナルトの様子も見たかったけど、貴方に会いたかったからだなんて言えるわけがない……)

目の下を掻きながら、やや頬を赤くしてイルカが答える。
ナルトに会わせてくれようとした三代目の気遣いも嬉しかった。
けれど今は、その機会を自分に都合のいいように利用している。
イルカはわざとカカシから視線を外すと、照れ隠しのようにしてナルトを見遣った。

「頑張ってますね、三人とも」

日溜りの中に佇み、愛しげに昔の教え子を見つめるその後ろ姿が、

――― やっぱり眩しいよ、イルカ先生……

カカシは読んでいた本をパタンと閉じた。
その音に振り返ったイルカの腕を引っ張り、岩陰へと誘い込む。

「っ…駄目です……あいつらに気付かれます……!」
「イルカ先生こそ、逃げちゃダ〜メ」

カカシがイルカの額当てに手を伸ばした。

「あっ!」
「じっとしてください、イルカ先生」
「やめっ…、カカ……ちょっ……!」

額当てを外し髪を結っていた紐を解くと、イルカを抱き寄せて、動揺を隠せない黒い瞳を覗き込んだ。

「アナタがいけないんですよ」

低い声で囁きながら、口布をずらしていく。

「え?」
「そんな目でナルトを見るから……」
「んっ!……」

抗議の声が上がる前に、唇が塞がれた。

「アイツを見るなとは言いませんが」
「…ッ」

唇と唇が付いたまま、カカシが息だけで言葉を紡ぐ。

「そんな熱い視線は送らないでもらえませんか」
「あ……カカ…シさ……」

イルカは懸命に抗ったが、カカシの腕からも唇からも逃れられない。

「アナタはもう、俺のモノなんですからね」
「んっ!!」

呼吸をも奪うほどの容赦無いくちづけが繰り返される。

「俺の機嫌を損ねてもナルトに手出しはしませんから、ご安心を。 でも、その代わり」
「……?」
「今夜はアナタに、酷いコトをするかも」
「っ……!」

イルカの身体がビクッとした。
カカシの吐息や指や熱い分身を思い出して、全身がぞくりと震える。

「貴方になら…何をされてもいいです……」

潤む瞳で、カカシを見つめた。

「……そんな目で……」
「え…?」
「そんな目で、俺を見ないでください……」
「カカシさ…ん?」
「アナタにそんな目で見られたら」

掻き抱くようにしてカカシがイルカを抱き締める。

「離したくなくなるじゃないですかっ」
「!」

イルカの手がカカシの胸に置かれた。

「離さないで下さい…」
「イル……」

布越しに、ドッグタグを愛しげに撫でる。

「これと同じように、俺をずっと、貴方の傍に……」
「はい」
「でも、任務中はちゃんと専念してくださいね」
「……はい、イルカ先生……」
「ずっと……、―――――」
「えっ、!!」

イルカは姿を消した。
現われた時と同じく、突然、忽然と。
額当てと紐も消えている。
すると、イルカと入れ替わるようにしてナルトが岩場へとやってきた。

「あー、カカシ先生ってば、こんなとこでサボってるなんてひでー!」
「猫は見付かったのか?」

何事も無かったかのように、いつもののんびりとした調子で問い掛ける。

「バッチシだってばよ!!」

腰に手を当て片方の親指を立てた向こうにはサスケとサクラが見えた。
その足元に置かれた捕獲用の檻からは、にゃあにゃあと可愛らしい鳴き声が聞こえている。

「ま、オマエラだけでも充分だと証明できたってコトだな。 ヨシヨシ」
「えっ、それって誉められてんの? ヤッター!」

喜びの声を上げるナルトを、サスケとサクラは呆れ顔で眺めていた。

「言いくるめられてんじゃねえよ、ナルトの奴」
「しょうがないわね、まったくもー」


 『愛してますから……』


去る間際に耳元で囁いていったイルカの声が甦ってきた。
吐息と共に注がれたあの声は反則だ。
甘く掠れて、俺を酔わせる。

――― 醜い嫉妬は、控えますか……


「じゃ」

カカシは三人の頭をくしゃくしゃと撫でると、片目だけで微笑んで見せた。

「帰るぞー」
「はーい!」

先を行く三人に付いて行きながら、カカシはふと空の方を見上げた。

「……眩しいなあ……」

手を翳すことも無く目を細めて全身で木漏れ日を浴びているカカシは、まだ笑顔のままだった。







にゃああああ(≧∇≦)//
ありがとうございます!ありがとうございます〜//
遊亜さんにリクいただいたイラストに逆リクさせていただいたら
こんな素敵なカカイル小説がっ(*^∇^*)//
うわーいvうわーいv
ナルトに嫉妬するカカシ先生(笑)の真摯なタラシっぷりも、
恋に悩んでフラれるのを怖がるのも〜
そして見事にタラされてる可愛いボケボケイルカ先生もv
好きなモノばかり詰め込まれててめちゃ嬉しいです〜//
逆リクに応えてくださってありがとうございますv
また宜しくお願いしますですv

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