【五】 宣誓 〜 悩める者の―― 〜


  


 
相手を理解する方法として、身体を重ねるのは有効な手段の一つだと思っていた。
だが、幾夜ベッドを共にしても、わかり合えないこともある。

貴方を前にした時の、あの言い様の無い不安に襲われる瞬間。
その肌を知らないままでいた時よりも、それは切なくて。
身体全体で貴方の体温をこんなにも感じているのに、一つに溶け合うことはできなくて。
貴方の中に何度入っていっても、核心部分には届かない。
俺と貴方が別の人間だという事実が、これほど壁になるとは。
安心して貴方を自分のものだと感じられる時は、俺には訪れないのだろうか………?
 
「……カカシ…さん………」
 
眠りに就くまでの間、無意識の内に何度も俺の名を呼ぶイルカ先生。
今もまた、貴方は裸のままで俺の腕の中にいる。
身体を繋いだ後は、しばらく俺に抱き締められているのが好きだと言っていた。
だから、今日も俺はこうやって律義に遂行しているのだが……。

いつからだろう?
この行為に微かな苦痛が伴うようになったのは。

今までイルカ先生については、ただただ大切に扱ってきた。
抱く時だって嫌がるコトは一切せず、イルカ先生の気持ちを優先し尊重してきたのだ。
…が、それは時に、俺に物足りなさを感じさせる結果にもなった。

戦場での、一方的に犯す感覚を知ってしまっているからだろうか。
元々張り詰めていた感情をコントロールせずに、ただ欲望にだけ従う行為。
それは、刹那でも満足感をもたらしてくれた。

今はその時とは違う。
相手は、愛情を持って接しているイルカ先生だ。
この人を辛い目には遭わせたくない。
そう思ったから、大切に抱いた。
そして、終わった後は俺の横で安らかな顔をしていてくれればそれでいいと思っていた。

でもこの頃は……、今までと同じでは、もう俺自身が堪えきれない。
貴方をいくら抱いても、俺の中にある不安感が拭えない。
確かにこの手に貴方自身を感じている。
それなのに、本当の貴方はどこか違うところに存在しているのではないかという錯覚が消えてくれない。

イルカ先生の中で達する瞬間は例えようもないほど気持ちのいいものだ。
しかし、それはほんの一瞬でしかない。
欲望を放った後は、すぐに驚くほど冷静な自分に戻ってしまう。
そして、貴方が本当にそこに居るのかと確認してしまう。
快感が持続しない……。
俺の悩みは尽きない………。
 
微睡(まどろ)みに引き込まれながらも、イルカ先生は俺にしがみ付いている腕の力を弱めずにいた。
ひとりにされるのを怖がっている風にも見えるその様子は、まるで幼い子供のようでもあり。

イルカ先生のことは確かに愛しい。
何者にも代え難い存在だ。
あの日、俺の悩みに悩んだ末の告白を、貴方は初めこそ途惑っていたが、やがてあっさりと受け入れてくれた。


 『俺もカカシさんが好きです』


あの時の貴方には驚いた。
大胆な言葉をあまりにも普通に言ってくれるものだから、俺は理解するのに少々時間がかかってしまった。
その意味がやっと心にまで届いた時、俺は思わず目の前の身体を抱き締めていた。
そして、触れてしまうと、さらにイルカ先生が欲しくなった。

俺のベストをぎゅっと掴んでいた手。
震えていたお互いの唇。
それらと共に思い出されるのは、初めて奪った時とはまた違う、想いが通じ合ってからの甘いくちづけ……。
漏れてくる掠れた声に、俺は自分自身の反応を押さえられなかった。

でも、身体を許してくれたのは、もう少し後になってからだった。
気持ちの整理が必要だったのだろう。
それと、少しの勇気と。

お互い、手探りで愛し合ったあの夜。
途中から涙を見せたイルカ先生。
でも、それは喜びから来る温かいものだったから、俺は返って嬉しかった。
 
なのに………。
 
今は違う涙が見たいと思っている自分がいる。
貴方を悲しませるなんて本当は望んでいない。
それは間違い無いのに、時々どうしようもなく、我を忘れて泣き叫ぶイルカ先生が見たくなった。

どこまで行っても届かないと感じることに対する苛立ちからなのか?
それとも、ただ単に、貴方が俺に隷属している様子を見たいだけなのか?

そんなもの、愛からはかけ離れている行為だと云うのは、自分が一番よくわかっている。
だが、もう止められそうにない。
俺は今から、ただのケモノでしかなくなる。 
 

 
 *

 
 
俺の胸に寄り掛かっている肩を軽く揺さぶってみた。
 
「う……ん………」
 
もうほとんど眠りに入っていたのだろう。
反応が鈍い。
軽く開きかけた瞼が、また閉じてしまう。
すぐに寝息も聞こえてきた。

いつもこういう場面では貴方をそっとしておいた自分が、なんだか遠く感じられる。
今の俺は、貴方に対する愛しさは欠片しか残さず、他の大部分は征服欲で占められていた。

しがみ付いているイルカ先生を自分の胸から引き剥がす。
うつ伏せにさせ、腰を持ち上げて膝立ちの格好をとらせる。
息苦しいだろうに、まだ目覚めない。
 
(待ってくれてるの?)
 
自然と冷たい微笑みが浮かんで来るのがわかった。
俺自身は、もう準備万端だった。
前戯などをしている余裕も、してやるつもりも無かった。
崩れないように太腿の付け根に手を添え、いきなり、目的の場所に熱くなった自分を宛がう。
と、ぴくりと微かな反応が返ってきた。
 
(イルカ先生……)
 
心の中で名前を呼び、一気に貴方を貫く。
狭さを感じたのと、予測された耳への刺激は、ほとんど同時だったかもしれない。
 
「ぅあーーーーーーーーーっ!!」
 
辺りを切り裂く悲鳴が上がった。
無理も無い。
今は、苦痛しか与えていないのだから。

予想していたこの事態の為に、俺は先に周囲に結界を張っていた。
この中でなら、どれだけ声を出そうと、何が起ころうと、外部には一切漏れない。
誰も、助けには来ない。 
 
「何……? ……やめ…あ、嫌っ………」
 
まだ覚醒しきらず、暗闇に目が慣れていない貴方にとっては、この突然の出来事はわけがわからないはずだ。
 
「つっ…誰っ?! ………あ………はあっ!!」
 
抗う姿は、雄を余計に昂ぶらせる。
俺は手加減という文字を忘れていた。
 
「も……ヤメ……あっ、あーーーーーーーー!……」
 
もうこんなに受け入れてしまっているじゃないですか、誰だかわからなくても、“俺” のことを。
声なんて掛けてやらない。
明かりも点けてやらない。
俺が誰かなんて、教えてやらない。
 
「…くっ………っ、嫌っ……も……もう………っ」
 
暗闇の中で、貴方はまるで、悪夢でも見ているかのような錯覚に陥っているんじゃないだろうか?
いや、悪夢にしてしまいたいのは自分なのかもしれない。
明かりを点けないのも、後ろ向きで顔を見せないのも、声さえ聞かせないのも、姑息な自分がしていること。
そんな自分への怒りが、余計にイルカ先生を責め立てる行為へと変換していった。
 
「………うっ……やっ……だ、くっ、ぅあーーーーーーっ!!」
 
期待した通りの光景。
身体と闇とが溶け合ってしまいそうな暗闇の中で浮かび上がった貴方の肌が、逃れようともがいている。
痛みと苦しさと恐怖心からか、泣き叫び、髪を振り乱して抵抗する。
両手は助けを求めて空をさ迷ったが、何も応えてはくれず、シーツを握り締めるしかできない。

肌と肌とがぶつかる音だけが結界内で響く。
この音は、こんなにも乾いた音だっただろうか……?
 
「つ……痛いっ………助け…て、誰かっ……カカシさんっ!!」
 
俺に犯されながらも、“カカシ” に助けを求めるイルカ先生。
貴方の頭の身体も、今は俺だけで占められている。

ああ、いいよ、この感じ。
貴方の全てを俺が支配している。
 
――― でも、これか?
――― 本当にこれが、俺の求めていた関係なのか?………
 
「…カカシ……さん」
 
何故か急に、イルカ先生が抵抗をやめた。
シーツを掴んでいる手は相変わらず固く握り締めていたが、俺にその身を預け、翻弄されるがままになっている。
 
(もっと暴れてくださいよ、もっともっと泣き叫んでくださいよ、……静かになるなよっ!!)
 
俺は、狂ったように腰を突き上げ続けた。
 
「はうっ! ……はっ、あっ……っ………」
 
俺の与える振動に合わせて声が漏れる。
大好きな貴方の声。
もっと聞きたくなって、イルカ先生の根元を掴んだ。
 
「あああっ!!」
 
イルカ先生が少し上体を起こし、身体を仰け反らせる。
その拍子に結合部が浅くなってしまった。
俺は、結っていない髪を掴むと、頭を乱暴にベッドに押しつけた。
 
「んっ!!……」
 
完全に俺の支配下にいるイルカ先生。
なのに、この消えない苛立ちは何だ???
そのイライラを貴方にぶつけるように、俺は更に容赦無く責め続けた。
 
「あーーーーーーーーーーーーっ!!」
 
そう! 
もっと叫んでっ!!

そろそろ限界が近づいている。
もう少しだ、もう少しで届くんだ………貴方の核に………。
 
その時、消え入りそうな声が聞こえた。
 
「俺は…いいですから………、イってください……カカシさん」
「?!」
 
それは、はっきりと俺に向けられた言葉。
正常に思考できる余裕は無かったはずだ。
なのに、貴方にはわかってしまったのか?
自分の中に入り込んでいる感触だけで、それが俺だと……。
それとも、貴方に触れている手の感じが、今まで俺に抱かれた記憶を呼び起こさせたのだろうか……?

気配は消していた。
チャクラを感じることもできなかったはず。
それなのに………。
 
「カカシ…さん、…お願い………」
 
戦慄した瞬間、俺はイルカ先生の中に自分自身を解き放った―――。
 

 
 *

 
 
イルカ先生の中から出て行く時、小さな悲鳴があがった。
胸がチクッと痛む。
手探りでティッシュを取り出し、後始末をしてから枕元の灯りだけを点けた。
自分のモノを拭いたところに赤色が混じっている。
傷つけてしまった、身体も、心も……。

何か声を掛けるべきか。
…でも、……今は何も考えられない。

取り敢えず、結界を解いた。
せめて処理だけはしようと顔を上げた時、うつ伏せのままだったイルカ先生と目が合った。
ゆっくりと伸びてきた手が、投げ出していた俺の腿の上にそっと置かれる。
 
「謝ら……ないで…くださいね………」
 
何……???
信じていただろう俺に強姦されたというのに、何故そんな言葉が出てくるんだ?
貴方は……俺の理解を超えている………。
 
「……悪いのは………、俺だから……」
 
だから、どうしてそうなるんですか?!
まだ、身体から痛みが引かないのだろう。
イルカ先生は一言発する度に、眉根を寄せて、唇を噛み締めていた。
 
「俺がちゃんと、カカシさんの気持ちに……応えられていなかったから……」
 
えっ………?
 
「イルカ先生、貴方、……自分が何されたかわかってんですか?……」
「カカシさんに、愛してもらった」
「!!………」
 
俺は言葉を失った。
貴方はあれが “愛の営み” だったとでも言うのか?
一方的に攻められ、感情を無視した扱いをされたというのに、どうしてそんな風に思えるんだ……?
 
「カカシさんは……、俺を放り出さずに、ちゃんとぶつかってきてくれましたから」
 
イルカ先生の眼が真剣だった。
俺は、ただ自分勝手なだけだったじゃないか。
それなのに……。
 
「俺は、貴方を壊そうとしたんですよ?」
 
それには応えず、イルカ先生は苦痛に顔を歪めながら、身体を反転させ、上半身を起こした。
ベッドフレームに身体を預けると、息が少しあがっている。
その様子を見ていた俺の視界が、急に歪んできた。
顔に何かが触れた感触。
ふと気が付くと、イルカ先生の手が俺の頬を撫でていた。
 
「泣かないでください」
 
……俺が泣いている………?
 
「嬉しかったです、…俺を求めてくれて」
「……貴方……どっか、おかしいんじゃないですか?」
 
涙と共に出てきたのは、鼻声で変な声。
えへへ、とはにかむような表情の貴方。
 
「初めは恐かったですけど、それは暗かったのといきなりだったから」
「イルカ先生……」
「カカシさん、………愛しています」
 
イルカ先生からの、初めての言葉……。
その言葉を聞いた瞬間、俺は縋りつくようにその身体をかき抱き、声を殺して泣いた。
俺は、そんな泣き方しかできなかったから。
ただ、自分の中に、こんなにも水分があったのかと思うくらい、涙は次から次へと溢れてきた。

貴方は俺の髪を撫でていてくれた。
俺の名前を優しく囁きながら、ずっと……。
 

 
 *

 
 
この夜の出来事は、俺の心に深く刻み込まれた。
俺の行動に理解を示し、受け入れてくれたイルカ先生……。
貴方の許容量に、俺はとても及ばない。
その、あまりの大きさ故、俺は不安に陥っていたのかもしれない。

先ず、信じなければ。
自分自身を、そして自分に向けられる、相手の気持ちを。
確かなものとして形に表せない “想い” というヤツは、考え方ひとつで、どうにでも変化してしまうから。

俺はまたひとつ、イルカ先生から大切なことを教わった。
こうやって、ひとつひとつクリアしていけば、ちゃんと “人” として生きてゆけるようになるだろうか。
貴方の手を離さない限り、それは可能に思える。
俺は、掛け替えの無い人を手に入れていたのだ。

涙が止まってからやっと、イルカ先生を浴室まで運び込んだ。
身体を綺麗に洗い流し、戻ってきてから傷付いた箇所の手当てをする。
その間、貴方はおとなしく俺に従ってくれた。
全面的な信頼を寄せられていると、ひしひしと感じた。
そして、その指先から、その瞳から伝わってくるのは、貴方が俺を愛しいと思ってくれている気持ち。

ベッドに落ち着くと、イルカ先生はいつものように俺の腕の中で眠りに就いた。
その額にくちづけして、俺は、二度とこの眠りを妨げないと、心の奥で誓った。
必要な言葉はただ一言。
 
 
『貴方を、愛しています……』
 
 
 




素晴らしい小説ありがとうございました!!
イルカ先生の包容力と甘い味…vそして人としての可愛さ綺麗さにうっとりですv
綺麗なモノを目の前にして、どうしたら良いか分からなくなる、辛い過去を
背負ったカカシの苦悩もv
この二人が優しい幸せに包まれますように… と思いつつ
甘やかなお話でほのぼのしていたらキ●クに!!(〃∇〃)
すみません…つい、萌え萌えになってしまいました(照)
またどうかキ●クも書いてくださっ… Σ(〃∇〃)
す…すみません、でも好きなもので(照)
上忍と中忍の関係ならでわの(照)その、差とかがですね(照)ふふっ

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