『誘惑』
小説 吉野様






貴方の瞳が見たいと思った。
貴方の全てを知りたいと願った。
きっと、叶わぬ願いだと知っていたけれど。

「…アデス。後は頼んだ。自室にいる」
「は?」
いつもの様にふわりと私の背もたれに寄りかかってきて、隊長が告げる。
珍しいな、と思いながら彼の方を振り向きがてら違和感を感じて、首を傾げた。

「?どうかしたんで…クルーゼ隊長っ?」
普段でも白い顔が今は更に青白く、彼の不調は一目瞭然だった。
彼がまるで風に流されるように自分から離れていくので慌てて立ち上がり、
肩を掴んで引き寄せると、彼の意識は既に朦朧としているらしかった。

「隊長!?」
「…ああ、すまない。大丈夫だ」
「大丈夫じゃないでしょう!?医務室の方へ…っ」
「少し休めば良くなる。…離してくれて大丈夫だぞ?」
「え、あ…っ」

気付けば、私は彼を離さまいとしていた。
離れた彼を慌てて捕まえて、逃がさまいと抱きしめて。
そして今、離したくないと言えないくせにこの腕の力を緩めることも出来ないまま。

彼は不自然な私をじっと見つめる。
「…まぁ、いい。一緒に来い。渡したいディスクもあるしな。副艦長っ、しばらく頼むぞ」
「は、はいっ」

彼はやんわりと私の手を制して、副艦長に指示してから部屋を出た。
私は少し後ろから彼を追った。




彼のプライベートルームに入ると、まぁ、まるで生活感がない。
彼はお飾りのようなベッドに身を横たえた。
そして、一切の音を失った二人きりの空間で私の鼓動は妙に大きく鳴っていた。


「あ、あの…ディスクはどこですか?それを頂いて退室致しますが…」
「ああ、勘違いだ。すまなかったな」
言葉とは裏腹に口元を緩ませた彼は軍服の襟を崩しながら私を見上げる。

自分の鼓動がどんどん速く、大きくなるのが分かる。
見抜かれているのだろうか?

「…では自分はこれで失礼して…」
「チャンスだ、とは思わないのか?」

…きっと、今、私の心臓は撃ち抜かれたのだろう。
返す言葉は出てこない。
指一本だって動かせない。

そんな私を貴方は至って普通に見上げたままだ。

ただ、少し面白そうに。

「私なら逃さないぞ」
「…具合が良くないのでしょう?」
「そうだな…私がこんなことを口走ってるのだからな」

自嘲気味に笑う彼を見て、私はもう、この場に留まっていることができないと判断した。
このまま、ここにいたら私はきっと嘘がつけなくなる。

「…もう眠って下さい…あと、これからは具合が悪いなら、もっと早く言って下さいよ。貴方の不調は分かりづらい…」

私の言葉に彼は少し考える素振りを見せてから、スッと右手で自分の仮面を覆った。

「…見たいのか?」

その言葉は、誘惑そのもの。
私が頷けば貴方はそのまま仮面を外してくれるのだろうか?
私が否定すれば…?

自分の中で色んな考えがぐるぐると回り、まとまる気配がない。それを察してか、彼は小さく笑った。
「一つ、教えておこう」
そう言いながら彼が私に右手の甲を見せて、ヒョイッと人指し指を前後に動かし、近くに来るようにと合図をするので、ベッドの横に跪く。

途端、するりと細い腕が私の首に回され、そのまま引き寄せられた。

そして、私は瞳を開けたまま、彼とキスをした。

短い時間だったが、私は今、彼の瞳も開いているのだろうかなどと随分と呑気なことを考えていた。

「…仮面をしたままでもキスは出来る。覚えておくんだな」

そう言って、彼が浮かべた柔らかい笑みに仮面など関係なかった。

私はもう、ただただ彼を愛しているのだ。

「…承知しました…一つ、質問してもよろしいですか?」
「何だ?」
「もう一度、しても?」
「…ああ、かまわない」

彼はまた、ふわりと笑った。

二度目のキスは瞳を閉じて、もっと深く。

彼の瞳も今はきっと閉じているに違いない。





END



もう、アデス艦長って、ガンダムSEEDの中で、唯一実直で真面目そうで、
そして心からクルーゼ隊長を尊敬してくれている感じで、大好きです!
クルーゼ隊長も、アデス艦長には心を許してるような、微妙な甘えがありますよね(≧∇≦) 
無骨な武官のほのかな恋が、クルーゼ隊長のクラクラするような甘い誘惑に誘われて…///(*^∇^*)
も、萌え萌えです!きっとまた続き書いていただけると期待してます(≧∇≦) 

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