「全く、マンティッド様はバグースに甘すぎじゃあ!」
「今に始まったことじゃないでしょ…今更だわ」
バグースのオラクルの鍵取得失敗の報告を聞いた後、グラスホップは廊下を歩きながら拗ねるように叫んだ。
少し前を歩いていたビーレインが振り返り、呆れたような表情でグラスホップと向かい合った。
「ビーレインは何とも思わんと!?」
「言ったでしょ、今更だって。甘いとは思ってるわよ。バグースが猫を拾ってきた時も、アクーネを拾ってきた時も何の反対もしなかったし」
「猫と人間なんて俺様達にしてみたら天敵もいいとこだっていうのにな!マンティッド様は何を考えていらっしゃるのかっ」
「バグースのことしか考えていらっしゃらないわよ」
きっぱりと言い切るビーレインをグラスホップはこいつ悟ってんなぁ、と若干尊敬の眼差しで見た。
「ま、あの顔とあの目とあの声でお願いされたら反対もできないでしょうけど」
そう付け足した彼女の顔は女そのもので、グラスホップはこいつも結局バグースに甘いんじゃないかと心の中で溜息をついた。
それを見抜いたかのようにビーレインは冷たい目でグラスホップを見据える。
「あんただって人のこと言えないじゃない。忠告してあげるけど、いつまでも好きなコに対するアクションが苛める・からかうじゃあ本当に嫌われるわよ」
「なっ、ななななななんのことだ!?」
「あら、自覚なかったの?見てる方が恥ずかしいくらいだわ。バグースの鉛筆隠したり、不幸の手紙出したり…」
「うぉおおおお!!!何で知っとるんじゃ、ビーレイン!?」
「しかも、本人、鉛筆が無くなったことに気づくことなくスルーだし、手紙は手を滑らせて外に落とすし、しかも『…まぁ、いいか』で終わりだし」
「言うなぁあああ!思い出させるんじゃなか!!俺様のガラスの心がまた崩れるじゃろ!!つか、お前こそストーカーか!?」
「失礼ね、見守ってるだけよ」
泣きながら床に崩れ落ちて突っ伏せたグラスホップが精一杯強がりのツッコミをしてみるが、ビーレインはさらりと受け流す。
グラスホップはめそめそとバグースとの思い出を振り返り、本当に嫌われたらどうしよう!?と乙女な思考に陥っていった。
「なら、急いだほうがいい」
不意に横の窓からスタッグスが二人に声をかけた。ビーレインは少々驚いた顔をした程度だったが、グラスホップは思い切り飛び上がって驚愕した。
それもそうだろう。地上にあるわけではない城の窓の外側に同僚が突然現れた時にするべき反応は『驚く』で正解の筈だ。
「…そんな所で何をしているの?スタッグス。あと、急いだ方がいいってどういうこと?」
「何でそんなに冷静なんじゃ!?ビーレイ…」
「うるさいわね!バグースに何かあったのかって聞いてんのよ!!邪魔しないで!」
そう怒鳴る彼女の顔は女…というより般若そのもので。グラスホップはすいませんを連呼しながら小さくうずくまってしまった。
スタッグスは真剣な顔でビーレインのみに話し出した。
「さっき、私達が退出した後のマンティッド様とバグースの会話を盗み聞いたのだが…」
『しかし、お前が二度もしくじるとはな』
『…申し訳ございません。今からでも処罰はお受け致します』
『言っただろう?構わん、と。しかし、そんな憂い顔をしていると少々のお仕置きくらいはしたくなってしまうな』
『は?』
『最上階までついて来い、バグース』
『?はい、マンティッド様』
「逃げて、バグースー!!!!」
「な、なんじゃいっ?ビーレイン、最上階って何かあったんか?」
届かないと知りつつ叫ばずにはいられなかったビーレインにグラスホップが尋ねると彼女は混乱気味に答えた。
「マンティッド様の私室に決まってるじゃない!!それしか無いわよ!そして、そこにはあんなモノやそんなモノが…っ!いやぁああ!私のバグースが!!」
「お前のじゃなかろ!!」「お前のものではないだろう」
グラスホップとスタッグスの声が重なったが、ビーレインの耳には届いてないようだ。
「…とりあえず、落ち着け。そして、今、私達に出来ることを考えてみろ」
「で、出来ること?マンティッド様の邪魔なんかしたらどんなことになるか分からんとよっ」
「分かったわ!せめて見守るのね!!」
「そうだ、急ぐぞ!」
「ええ!」
「はぁあああ!?」
そうして、彼女達は城壁を登って最上階まで辿り着いたものの当然ながら(?)窓はカーテン(しかも遮光カーテン)で強力に閉ざされており、中の様子は窺い知れなかった。
ただ、翌日、マンティッド様は最高に上機嫌だったという。
終