絶好な昼寝日和の青空と、三流詩人なら『綿菓子のよう』だとしか形容できそうにない雲が、頭の上で勢力を展開している。暑すぎでも寒すぎでもない、丁度良い気候が気持ち良い。
「……アリオス?」
ひょこ、という擬音語を体現しながら、木陰から人影が姿を表した。昔から変わっていない柔らかな笑顔が、自分を見つめている。
「……何か、用か?」
不機嫌そうな口調を責められるいわれは、自分としては全くない。心地良い睡魔の雲から叩き出され、上機嫌でいられる人間もいないだろう。
「ちょっと、ついて来てくれます?」
「……どこへ?」
「ふふ……内緒です」
The Beginning of Spree
「いきなり来いって言われても、な……よっと」
差し出された手を取ると見せかけ、その身体をぐい、と抱き寄せる。慌てたような悲鳴をあげさせながら、二人そろって草の上に寝転がった。
「な、にするんですか、もう……」
「別に」
素っ気ない返事とは裏腹に、少しむくれた頭を抱き寄せると、あっさりと機嫌を直したらしい。くすくすと笑いながら、身体をすり寄せてくる。
「きれいですねー、空。真っ青……」
「……まぁな」
二人そろって見上げた、戸惑いを感じてしまう程に青い空。それは、アリオスの胸に小さな罪悪感を浮かび上がらせた。
本当に、自分はここにいても良いのだろうか。
幸せを感じるたび、その言葉が胸を突き刺してくる。過去に犯した過ちは、とうてい精算できそうにないから……
「アリオス……?」
いつも以上に無口な様子を訝しんだのだろう。心配そうな顔を安心させるように笑いかけてやった。
「ああ、忘れるところでしたよー!!」 藪から棒に大声を上げながら、起き上がった勢いのまま、アリオスの腕がぐい、と引っ張られた。
「ほら、早く!! 一緒に来て下さい」
「ルヴァ……あんたなあ」
昼寝したいのは山々だが、彼がここまで我を通しているのも珍しい。少し呆れながらも起き上がり、袖を引っ張る真剣な顔に苦笑を返す。
「……で、ここか?」
散々引っ張り回され、ようやく着いたのはどこかの部屋の前だった。開けてみろと言われ、用心しいしいノブに手を掛ける。
ぱん、ぱん。
「……!?」
大きな爆発音と共にいきなり降ってきた紙テープが、目の前を舞っている。面食らいながら髪にかかった紙吹雪を払いのけようとした時、カメラのシャッター音が小さく響いた。
「よっしゃ、レア写真ゲット〜!!」
薄い火薬の匂いに状況把握を邪魔されていると、頭の上に何かをかぶされた。
「ほい、主役専用な」
どっと起きた笑い声に誘われ、頭に手をやる。どうやらボール紙の三角帽子らしい。
部屋の中は、あちこちが飾り立てられている。にやつきながらデジカメの画面をチェックするゼフェルの周りでは、マルセルたち年少組が使用済みクラッカーを片付けていた。
「あー、何というか、その……似合ってますよ、すごく」
ルヴァの顔が困ったように笑い、冷やかしを含んだ笑い声と、ゼフェルのデジカメのシャッター音がまた響く。
中央のテーブルには料理が並べられていて、その真ん中には大きなケーキが鎮座していた。アイシングの文字を見たとたん、全てに合点がいき、思わず苦笑を浮かべてしまう。
『Joyeux Anniversaire Arios』
一本取られたな、とルヴァの頭を小突くと、得意そうな笑顔が返ってきた。覚えていてくれた。そう思うと、何だか無性に照れくさい。
「さ、プレゼントの準備しようか。こっちおいで、ルヴァ!!」
「え? いつの間にそんな話が……? とにかく、ちょっといってきますねー」
上機嫌なオリヴィエに連れられて、ルヴァが奥の部屋へと引っ張られていく。呆気にとられるアリオスの肩を、うらやましそうに笑うオスカーが軽く叩いた。
「おい、プレゼントのすぐの『お持ち帰り』は禁止だぞ。こっちにも、お裾分けで拝むくらいは許せ」
「……なるほどね」
喉の奥で、低い笑い声が響く。微かなルヴァの悲鳴が、奥から聞こえた気がした。
オリヴィエの手腕は、十二分に期待できるだろう。お楽しみの前に、何はともあれ、先刻の『不名誉』の証拠を取り戻すことにした。
「おい、ゼフェル!! そのデジカメこっちによこせ!!」「
やなこった!! ほらチャーリー、パス!!」
「りょーかい!!」
宙を舞ったデジカメが、チャーリー経由で他の大人組や女性陣の間を回る。メモリーに入った写真に、あちこちで賑やかな笑い声が起きていた。その様子を見ているうちに、自分でも笑いがこみあげてくる。
神でも仏でも、運命とやらでも良い。もし、自分がここにいてはいけない存在だとしても……今日だけは、目をつぶってくれはしないだろうか。
この先に何があろうと、この時を思い出せば希望をくれる。そんな時間を少しでも増やすために。
fin.