『僕が彼を嫌いなワケ』

小説 吉野さま



初めて逢った時から気に入らなかった。

通りすがりに見かけた、嘘っぽい笑顔。ただでさえ仮面で表情のほとんどを隠しているのに。そして、心が見えない儀礼的な声。

自分とそう年は変わらないだろうに、大人びた少年。こんなヤツがいたのか、と顔をしかめて見ていたら彼は話していた上司に腕を掴まれてどこかに消えていった。

その時、彼が見せた僅かに狼狽えたような表情だけは今も少々気に入っている。

気になったのはそのせいだろう。明らかに様子がおかしい。気に入らないと思ったのは事実だが、見過ごせるほど無関心にもなれなくて。

関係ないだろう、と言い聞かせて彼らが消えた方向とは逆方向に歩き出した足を再び、そちらに向かせたのは10歩ほど進んでからだ。

そして、何気ない顔で彼らを捜し続けた。必死に捜してやる理由も義理もないが、ただ、何故捜しているのか分からないまま、ずっと捜し続けた。

彼と一緒にいた上司だけがある部屋から出てくるところを見つけるまで。

その上司は部屋から出てきて、ドアに寄りかかるととても切なそうな顔で自分の手を見つめ、ゆっくりと握りしめていた。

まるで、その中に大切なものでもあるかのように。

それから歩き出した彼が完全に見えなくなって、僕は考えるより先に身体が動き、その部屋に駆け寄り、ドアを開けた。

部屋は真っ暗で、僕が開けたドアから入り込む光だけが室内をうっすらと照らし、僕に状況を把握させたんだ。

倒された椅子と、乱れた彼。床に座り込んでいた彼は裸で、申し訳程度に軍服を上に羽織っているだけ。

呆然としたが、部屋の外から人の足音が聞こえて、僕は無意識の内にヤバイと思い、部屋に入り、ドアを閉めた。

真っ暗になった部屋で、彼が声を掛けてきた。

「…な、んだ…?お前…」

掠れた声。彼に何が起きたのか分からない程、僕はもう子供でもなかったがその生々しさには妙にショックを受けた。

平静ヲ装エ。そんな声が自分の中から聞こえていた。

「…アンドリュー・バルトフェルト。ただの通りすがりだ」

「なら、行け…寄るな」

命令形の口調にムッとしつつ、何でこんなヤツを捜していたのかと今更ながら自分にもむかついた。

暗闇に慣れてきた目で彼を見下ろして、その言い方は何だとでも言ってやろうとした口が開く途中で止まった。

小刻みに震える身体。軍服を握りしめる手までが小さくカタカタと震えて。

「…お前…泣いてるか?怖いのか?」

「っうるさい!消えろ!!」

強がりな涙声。ここで可愛い、なんて思ってしまった辺り、僕も大人びていたのかもしれない。

彼の言葉を無視して僕は彼に近寄り、しゃがみこんで、彼に手を伸ばす。指先が彼に触れた時点で彼はもがくように抵抗した。

「嫌だ!やめろ…!触るな!!」

「大丈夫だよ。何もしない」

「や…っ寄るな!!」

「落ち着け!!」

そう怒鳴って、力ずくで思い切り抱きしめた。彼の身体は一度、ビクッと震えて大人しくなった。

僕はゆっくりと彼の頭を撫でた。

「安心しろ。僕はお前のことは好きなんかじゃない。嫌いだよ。だから、何もしない」

「…本当…だな…?」

「本当だよ」

「ならば離せ…嫌いな奴にわざわざ触るな…」

そんなことを言うくせに抵抗は見せない。自分は少し自惚れても良さそうに思えた。

「嫌がらせだよ。安心しろって」

「…そんなの、安心できるか」

彼の声が僅かに笑いを含んだ。大丈夫だ、こいつは壊れない。そう思って、僕は手を離し、彼はゆっくりと軍服に袖を通した。

仮面を外した顔で僕を見上げてくる彼は先程より随分と幼く見える。闇の中でそう思えるほど側にいて、また違う意味でヤバイと思った。

「…もう行くけど、一人になっても泣くなよ?」

「誰が泣くか」

その言葉と声は強がりなんかじゃなかった。僕に、といよりは自分に誓うみたいに。

「…お前、名前は?」

「…ラウ・ル・クルーゼ」

「覚えられたら、覚えとく。じゃあな」


そして、忘れられなくなった。



それから何度か逢ったが、それは嘘っぽい笑顔の方だった。だから、初対面と同じく”気に入らない”という印象で。

きっと、あの日のことを話に持ち出せば反応も変わったのだろうが、それは卑怯な気がした。

あの日、たった数分で垣間見た、彼の本当の顔。それと、あの動揺した顔。あれは気に入っているし、大事に思う。

あの上司もそうだったのだろうと思う。あの手の中で閉じこめてしまいたい程、彼のことを愛しているのだろう。

僕は彼のことを嫌いだと思い込むことで、本当に嫌いになれる日を待っていた。

作り笑いも、台詞みたいな言葉も嫌いだ。性格だって、素直じゃないし、強がりだし、独りで全てを抱え込むような淋しいヤツだ。


そういいながら、本当は分かっている。淋しいのは僕の方。

あの日を忘れられない。あの日みたいに抱きしめてやりたい。
最初で最後の、本当の彼との出逢い。あれは幸か不幸か。

”平静ヲ装エ”…あの時、僕にそう警告したのは、欲情を制す
る理性だったこと。僕はもう知ってしまったけど認めない。

それじゃあ、二度とお前の側に行けない。

僕が”嫌いだ”と言えば彼は笑い、安心する。それなら、何度でも繰り返そう。けれど、少しくらい傷ついてくれたら、と馬鹿なことを願っていた。

その願いは叶うことなく、僕はもう彼に何も言えない。何か違うことを言っていれば、今はこんなに苦しくなかったのだろうか。

何故、今、こんなにも過去を振り返っているのだろう。



ああ、走馬燈のようにってやつか。


おかしいな、お前と逢ってからのことしか思い出さないよ、クルーゼ。



END









最果ての愛」のアンディ視点小説です!
何故アンディは隊長が嫌いだったのか!そして二人の間に生まれたものとは…(〃^◇^〃)
きゃーーー(〃^◇^〃)毎回吉野さんの小説では痺れまくりなんですが、
今回も素敵です!激素敵なのです(≧□≦)!『キライ』という言葉にこんなに深い想いが込められるなんて!///
アンディはキャラ設定ではクルーゼ隊長のこと嫌ってるようだったんですが、
でもそれは気持ちの裏返しって事も(≧∇≦)!とか思っていたら、あんな事に…。
という訳で今回は追悼の意味もこめまして…。とか言いつつ、
吉野さんのメールで『
アンディが逝ってしまった上、隊長の出番が無くて
ブルー入ってたりしませんか?(それは私・・・)
そんなわけでアンクルが出来上がりました(おいっ)。
偲べってカンジですが、アンディが隊長を嫌いな理由が
分からないまま、全てが闇に消えたので・・・またしても
勢いで書きました(爆)。

にはすみません、爆笑しちゃいました(-▽-u。ザフトがんばれ!!