……天空に太陽は二つなく 地上にシャーオはただひとり!!
たぐいなき勇者カイ・ホスロー 剣もて彼の天命を継ぐ者は誰ぞ……
誓い
ここ、デマヴァント山中腹の洞窟で、王太子アルスラーン一行は休息をとっていた。
エラムとアルフリードのナルサスを挟んだ口喧嘩が聞こえ、ギーヴがファランギースに甘い言葉をかけては玉砕している。
いつもの日常。変わらない部下達のやりとり。
肩にとまる友人が小さく鳴き、嘴を髪に擦り付けて来るのがくすぐったい。
「アズライール……寒いのか?」
クー、と鳴いて髪の毛にじゃれついた頭を撫でていると、不意に傍らで足音が聞こえた。
「ダリューン」
「殿下、お疲れですか」
かぶりを振ると赤いマントの裏地が翻り、黒衣を纏う腹心が脇の壁に寄り掛かって来る。
自分が腰に差している剣は、ルクナバード。先刻英雄王カイ・ホスローの王墓で英霊より賜った物だ。
『太陽のかけらを鍛えたるなり』
そう武勲詩抄に伝えられる伝説の宝剣。自分が賜ったのはその様な剣であり、正式に英雄王からシャーオと認められたと同じ意味を持つ。
そう考えると、傍らの宝剣が異様に重く感じた。急に、胸を不安が満たして行く。
「本当に、私で良いのだろうか……」
「……は?」
本当に自分は、善き王となれるのだろうか。本当に自分は、仲間達にふさわしい主君となれるのか。
「殿下、その様な事は……」
何か言いたげにこちらを見つめる漆黒の瞳に、少しおどけて笑いかけた。
「ダリューン……やっぱり私はちち……陛下の子供ではなかったよ」
全て話した。まだ話していなかった事を。
名もない騎士の家系出身だった両親の事。自分の生後数日で母が亡くなり、父は戦場に出掛け、帰って来なかった事。
そして……
自分の出生にかかわった人間は、全て殺された事。
王家の血を護るため、そんな理由のために……
不意にアルスラーンを、恐怖が襲う。悪寒に自分の身体を抱き締める主君を、黒衣の騎士が訝しげに見つめた。
「殿下……? まさか、お風邪でも召されたのでは……」
「いや、違うんだ、ダリューン。ただ……ちょっと怖くて」
安心させる様に微笑み、身体の向きを変えたダリューンの胸にそっと頬を寄せる。
「ダリューンは……私のそばに、いてくれるか?」
「無論です。先程申しました様に……命に代えましても、殿下をお護り致します」
「……いやだ……」
漆黒の瞳を見つめる自分は、きっと泣きそうな顔なのだろう。
「命に代えてもなんて、私はいやだ……」
「殿下……」
「死ぬな、ダリューン……頼むから……」
両親達の様に、自分のそばから消えるな……
背中に回された腕に力が籠る。優しく、暖かい……
「殿下の御前で、どうしてその様に無様な真似が出来ましょう」
「……本当か?」
「当然でございます。我らがシャーオ……アルスラーン殿下……」
そっと額に接吻が落とされ、頬に僅かな篝火が灯る。
甲冑の背中に腕を回すと、ふわりとマントがアルスラーンを包み込んだ。
瞳から落ちる雫と唇から洩れる嗚咽を隠す様に……
後の世に『国民に奉仕せしただ一人の王』と謡われる、解放王アルスラーンの御代が始まるのは、もう少し後の事……
fin.