無我夢中だった。
気がついたら手の中の剣を投げつけている自分がいた。
考える暇なんて、なかった。
そして、次の瞬間一生忘れられない、あの声が・・・
ルシタニア兵の断末魔がその場に響き渡っていた。
「殿下、ご無事で!!」
「ダリューン・・・」
戦士の中の戦士(マルダーンフ・マルダーン)、ダリューンがそこについた時、王太子アルスラーンは、その場に惚けたように座り込んでいた。
「ダリューン・・・私は・・・私は・・・」
覚悟はしていた。将来国王となる身分の自分は、戦に出た以上、武勲を挙げなくてはならないことを・・・そう理解してはいるつもりではあった、しかし・・・。
「殿下・・・」
その場の様子を見て、何が起こったかを理解したダリューンは、そっとアルスラーンの傍らに跪き、まだ幼い身体を抱きしめた。
初陣の時の自分が、そこにはいた。
千騎長として、やはり名を馳せていた父、名高い大将軍(エーラーン)ヴァフリーズ伯父。
そんな家系に生まれ、子供の時から先を期待されていた、13の時の初陣・・・
そして、そこで殺してしまった敵兵たち。
「13歳の初陣で、早々と武勲を挙げたか、将来が楽しみなことだ。」
敵兵の将軍を打ったダリューンに対する、周りからのねたみ半分な言葉が、心の中に冷たくしみ通っていった・・・
次第に自室に閉じこもるようになったダリューンに、部屋まで来た父がこう言った。
「なぁダリューン、この間のことは・・・あまり深く考えすぎんほうがいい。戦のたびにそう考え込んでいたら、しまいにゃ頭がどうにかなっちまうぞ。」
「しかし・・・しかし父上っ!!」
そんな理不尽なことがあるか、と叫びたくなった。
相手はすでに自分より年上で、妻や子供、数人はもしかしたら孫までいそうな年齢だった。最後に見せた絶望や怒り、そして悲しみの入り交じった表情と、家族の名前を叫ぶ声が頭の中に染みついていると言うのに・・・
忘れてしまうことなどできそうにないし、忘れてしまったら、一生自分を許せなくなるだろう。
「こらこら、べつに俺はなにも忘れてしまえ、なんて言ってはいないぞ。」
そのとき、普段はおちゃらけた顔の父が、急にまじめそうな顔になっていた。
「いいか、奴らのことは忘れるんじゃない。けれど、普段はできるだけ考えないようにするんだ。そして、気持ちの整理がついたら思い出してやれ。偽善的だろうが、それが俺たち兵士にできる、唯一の供養だ。」
その時、ただただ頷いて、泣き出してしまった自分の頭を軽くたたいてくれた父は、自分が18の時に戦死した。その後、母もこの世を去り、気がついたら、もうあれから10年程の年月がたっていた・・・
腕の中の身体はまだ震えている。
・・・・・・あのときの自分には、言葉をかけてくれる人間がいた。しかし、この方には・・・・
父王、アンドラゴラスや母王妃、タハミーネは、どこか一人息子に冷たい態度を取っている
唯一、家族らしく、暖かな愛情で彼を育ててくれたという乳母夫婦は、葡萄酒の中毒死で亡くなった、と聞いていた。
今のところは、俺しかいないのだろうか。この方に言葉をかけるべき人間は・・・
「殿下・・・もう大丈夫でございますから・・・ご安心下さい。」
そう耳元でささやき、腕に力を込めると
「ぅ・・・ひくっ・・・ダリュ・・・ン・・・」
緊張の糸が切れたらしい。
初陣に対する不安、味方とはぐれてからの心細さ、そして何より、初めて人を殺めてしまったこと・・・
自分に必死にしがみつき、泣きじゃくっている彼は、王太子という身分を離れた、14歳の少年であった。
これから、この少年にどのような運命が降りかかるのか、神ならぬ身のダリューンには分からない。
が、何があっても彼を護り抜く。それは先ほど別れた伯父との誓いでもあったし、自分の意志でもあった。
「大丈夫ですか、殿下。」
頬を伝う涙を指でぬぐい、ダリューンはアルスラーンの顔を見つめる。
「うん・・・・・・」
少し赤面した王太子がうなずくと、ダリューンは今後のことを話し始めた。
結局、数ファルサング先のバシュル山に隠棲中であるダリューンの友人、ナルサスを頼ることになった。
「だが、ダリューン・・・戦場には、まだ我が軍の兵士たちが・・・・」
「・・・・今日のところは、もうどうしようもございません。後日、復習戦をおいどみください。生きておいでであればこそ、仇も打てましょうから」
「・・・・・・・・・・」
愛馬、黒影号に乗ろうとし、後ろを向いたとき、マントの裾が、くいくいと引っ張られた。
「・・・殿下?どうかなさいましたか?」
「いや、あの、そのっ・・・・ありがとう・・・ダリューン・・・」
「殿下・・・・」
この先、彼には数多くの試練が待ち受けているだろう。
しかし、自分はこの方を護り続ける。
何があっても。この命が果てるまで・・・・・
Fin