『手紙』

大石主税様

 「先生、来て下さったんですね!」


 ぜいぜいと、肩で息をする土井半助を迎えたのは、土井自身は認めたくはなか
ったがそれでもやはり恋人――と呼ぶべきかもしれない年若の青年、山田利吉だ
った。

 「――君がっ! あんな馬鹿な手紙を寄越したからだろうがっ!」

 弾んだ声に、土井はむかむかと怒鳴り返す。問題児ばかりの組を担当する教師
という仕事に加え、保父のような役回りを果たしているだけでも重労働なのに、
なおかつ気まぐれな手紙で呼び出されては、たまにしか会えないことを差し引い
ても、我が儘な青年を甘やかす程の気力は土井には残っていない。

 ようやく落ち着いてきた土井は、顔を上げてその青年の顔を睨み付ける。
 その目が、くるりと丸くなる。

 「……というか、君、馬鹿じゃないのか?」
 頭や肩の上に白く雪を積もらせた利吉が、歯の根も合わない程に凍えているの
にようやく気付いた土井は、呆れたような声を漏らす。

 暦の上では、春弥生。
 桜にはまだ早いが梅は満開、くすんだ色合いの野山で白や桃色が鮮やかに目を
引く。それに伴い日に日に暖かくなりつつあったのに、今日は突然の寒の戻りで、
空から舞う雪が地面に落ちて白く広がっていた。

 その雪の下で――恐らく夕暮れ時からじっと自分を待っていたであろう青年は、
土井の視線に微笑みを返す。
 「馬鹿でもいいんです。先生が来てくれたから。」
 土井は、利吉の言葉に我に返って、先程までの腹立たしい気持ちを思いだした。

 懐に手を突っ込み、今日届いたばかりの手紙を、それをしたためた相手に突き
返す。

 「君はっ! 何だってこんな嫌がらせの手紙を寄越すんだっ!」
 利吉は、目の前に突き出された手紙を手に取り、中を改め、声を出して読み上
げる。

 「土井半助殿。夕刻、いつもの場所にてお待ちしております。ご多忙かと存じ
ますのでご無理はなさらず。お会い出来ぬ折りは、先日の思い出を抱きつつ引き
取らせて頂きます。……俺が書いたままですね。確かに逢い引きのお誘いにして
は色気が足りないとは思いますが、これのどこが嫌がらせなんですか。」

 先生の性格を慮って、あっさりした手紙にしたのに。本当なら、文中に真っ赤
なハートマークのひとつやふたつは書き込んでおきたかったのに――とでも言い
たげな利吉に向かって、土井は激しく言い放つ。

 「何が思い出を抱きつつだ。君が何を思っているか、考えただけで鳥肌が立っ
たぞ!」

 「何ってそれは――。」
 何が気に入らないのか分からないといった様子で、利吉は土井の顔を真っ正面
からまじまじと見つめる。

 「土井先生のこと、何もかもですよ。出会ってから今までの、全てのあなたを
思い出してました。笑った顔とか、怒った声とか、匂いとか髪に触れたときの感
触……ついこの間は、俺の腕の中でどんな可愛い顔をして見せてくれたかとか、
どんな悩ましい声を聞かせてくれたかとか……。」

 そこまで喋ったところで、全身に殺気を纏った土井に思いきり殴られる。
 寒さで凍えて動きの鈍くなっていた体では避けられるものではなく、もろに衝
撃を喰らった利吉は、そのまま踵を返してすたすた立ち去ろうとする土井に、地
面に這い蹲ったまま追いすがる。

 「先生っ! 今のはほんの冗談ですっ! ああっ、行ってしまうんですかぁっ?」
 土井は僅かに振り向くと、冷たく言い放つ。

 「私の用事は済んだから。」
 「お、俺の用事は済んでませんがっ!」
 「あ〜〜、今夜は冷えるなぁ。さっさと帰って暖かい床に入って、ゆっくり休
もう。」

 聞く耳持たずという様子の土井に、利吉は自ら招いたこの事態に対処すべき方
策を立てようとしたものの、闇にとけていく後ろ姿と、それに重なるように降る
雪に、思考が霞んで行く。同時に視界も滲む。

 やがて恋しい人は完全に見えなくなってしまった。
 ため息は白く、降りかかる雪も、限りなく白い。

 かさかさと、手紙が風に音を立てる。いつの間にかぎっちりと握りしめていた
拳を開き、何気なく目をやると、手紙に重ねて小さな紙片が入っていた。
 書いてある文字は土井のもの。慌てて広げてみる。

 ――思い出なんぞに浸る位なら、顔でも見に来い。
 雪で滲んでしまったその短い文章を、利吉はじっと見つめる。

 その面に微笑みが浮かび、元気に髪や肩から雪を払って駆け出すまでに、長い
時は必要ではなかった。


                                    
おわり


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


土井先生に叱られながらも、一生懸命な利吉が年下らしくて超カワイイです(≧◇≦)///
ヤル気まんまんな攻めって、大好きです(≧∇≦)萌え!!大石さん流石です!また書いていただけると
嬉しいです(*^∇^*)

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