Scene 3




 チャララッチャッチャッチャッチャッ♪チャララッチャッチャッチャッチャッ♪
 チャララッチャッチャッチャッチャッチャッチャッチャチャッチャッチャッ♪(以降
ミュージック続行)

 ……龍華の家である、マンションの部屋の中ではまるで、3分クッキングを地で行く
ような、なごやかーというより、のほほーんとした空気が漂っていた。
 鍋の中ではトマトベースのソースがコトコトと美味しそうなにおいを漂わせており、
その隣の大きな鍋には、ぐつぐつといっぱいの湯が沸かされている。そして、フライパ
ンには炒められたベーコンが入っていた。

 調理台では龍華がフルーツトマトをくし切りにしており、さらにその隣では、紀久が
鼻歌を歌いながらパルメザンチーズをおろしている。
「…紀久。それ何の歌だ?」
「ん?君知らん?すうじの歌」
「は?なにそれ」
「子供向けの歌でな、そう言うのがあるんよ。数字の形を解りやすく歌にしてるの」
「ほお?どんな風に?」
「例えば」

そう言って紀久は歌詞を思い出すように、一度言葉を切った。そして、歌い始める。
「♪すうじの1はなーあに?こうばのえんとつ♪
 ♪すうじの2はなーあに?おいけのあひーる♪」
「なるほど」
確かに子供には解りやすいだろうと頷いて、まじめに聞いていた龍華は、紀久が続け
て歌った歌詞に転けそうになる。

「♪ほんとの愛ってなーあに?気付けばそこにある♪」
「おい…何だよそれは?」
紀久はにっこり笑って答えた。
「とある漫才コンビがやってた替え歌♪」
「……お前な……」
 脱力した龍華に、紀久が楽しそうに続ける。
「あと、カエルの歌とかも有るんやけど、聞きたい?」
「……遠慮しとく」
「そお?」

 紀久はそれ以上は歌わずに、再びご機嫌な表情のまま鼻歌を続けつつ、チーズをおろ
しはじめる。
 ネットルームから出た後、30分ほどは真面目に情報を稼ごうとしていた二人だった
が、途中でイタリアン料理の話が盛り上がり、結局このように半料理教室状態になって
いるのだ。この場合、先生は紀久で助手は龍華、という感じであろうか。紀久は大概の
料理が得意なのである。そして、龍華は中華を中心に料理上手だ。

「紀久、これ切り終わったら次なんだ?」
「んっとね、次はそっちのバジル洗って切って。それ終わったらモッツァレラチーズ頼
むわ」
「了解。所で、湯の方は?もう泡が立ってるけど」
「ん?あ、まだ早いかな」
「そう?」
「うん。もうちょっとしてから、言うわ。それからにして」
「OK」

 相変わらずの上機嫌でチーズをおろしていた紀久は、スパゲティの量を確かめようと
、冷蔵庫にマグネットで止めていた、鉛筆書きのレシピを見た。そしてその直後、紀久
の動きが、ピタリと硬直する。
 そして、それに気付いた龍華が、首を傾げながら声をかける。
「どうしたんだ、紀久」
「龍華」
 言いながらこちらを見たその顔は、どう見ても笑顔が引きつっている。
「どうしたんだ?」
「ごめん、分量間違った」
「は?間違ったって、何の?」
「……マジごめん、これ、両方とも、二人前のレシピやった」
「あ?」

 今日は二人で夕食を食べる予定である。ということは。
「どうすんだよっ、4人分も作っちゃってっ」
「ああん、だからごめんてばっ」
「ごめんで済むような問題じゃないだろっ」
「ごめんで済ませてよ、龍華くんてば食べ物絡むと気が短い……いや、食べ物にかぎら
んと気が短いか」
「紀久ーっ、反省してんのかお前はっ。材料ももったいないじゃないかっ」
「してますってばごめんなさいっ。でも、そんなら言わせてもらうけどっ、ポルチーニ
もパルメザンも、バジルもモッツァレラも俺の持ち込みやん、君がそんなに目くじら立
てて怒ること無いやんかっ」

 ついつい反論してしまった紀久。対して龍華は、口元に冷ややかーな笑みを浮かべて
見せた。しまったっ、と後ずさっても、後の祭りだったりして……。
「ほほう。そーゆーこと言うか」
 龍華が包丁を置いて、にやーっと笑いながらこちらによって来る。
「龍華ってばちょっと、落ち着けってっ」
「落ち着いてますとも」
(やーん、マジで怒らせたっ)
 思わず紀久が天を仰いだ瞬間。
 ピンポーン。

 まさに天の助けのごとく、玄関チャイムが鳴り響く。紀久はまだ持っていたチーズと
チーズおろしを投げ出すように調理台に置くと、「俺が出るっ!」と叫んでキッチンを
飛びだした。
「あっ、逃げやがったっ」
 まあいい、戻ってくるまで待とうじゃないか、と思い、作業を続けようと包丁を手に
取った龍華。しかし。
「先輩っ?!」
 突然悲鳴にも近いような紀久の声が聞こえ、龍華は慌てて火を止めて玄関に走り出た

「どうしたっ?」

 龍華も叫んで、思わず言葉を失う。
 なぜだか知らないが、白かったはずの満のシャツがまだらに茶色く染まっている。ま
あ、それはいい。しかし、茶色いだけでなく、そのシャツは鈍い赤にも染まっていた。
そして、満が連れている青年のデニムシャツは、血で赤く染められていたのだ。
「先輩、何が」
「怪我ですか?」

 二人の言葉に、満は二人をしっかりと見据えて言った。
「私じゃない、怪我をしたのは、この子だ。手当をしたい」
 一瞬顔を見合わせた龍華と紀久は、すぐに動き始める。
「君んとこの救急箱、この部屋やったな?」
一番近い部屋のドアを指しつつ、尋ねた紀久の声に、龍華が軽く頷く。すぐに部屋に
飛び込む紀久を見もせずに、龍華は満ともう一人の青年を促す。
「リビングに来て、あそこはフローリングだから、多少血が付いても大丈夫」
 言いながら先にリビングに向かい、床にひかれていたキルトをソファに放りあげる。
 満は青年…栗生利之を床にそっと座らせる。
「気分は?」
「大丈夫です、それより」
 何か続けようとした利之を、満が止める。
「ああ、今はそれ以上喋るんじゃない、出血が酷くなる。龍華、湯を沸かしてくれ」
「あ、はい……ん?」
 そう言えばもう沸いていたと思うんだけど……。

 そこに救急箱を抱えた紀久が飛び込んでくる。
「遅いよ紀久っ」
「そーゆーことは君、これどこに入れてるか、自分で把握してから言ってよ」
「どこにって、押入だろ?」
「押入の一番上の棚の、さらにその奥っ!君、自分が怪我したとき、自分で使うこと考
えてへんやろっ」
 紀久は、龍華と話しながらふたを開け、消毒液と包帯とガーゼと、と必要なものを取
り出して、満に渡す。
「怪我の具合はどうなんですか?」
「ちょっと脱がすのが難しそうでね。刃物入ってないか?」
 言われて紀久は、自分のズボンの後ろポケットに差し込んでいた、スイスアーミーの
万能ナイフを取り出して渡した。
「小さいですけど、切れ味は良いですから」
「ありがとう」

 満はそれを受け取ると、素早くシャツを切り裂き、傷口を見た。
「龍華、お湯は?」
「あ、すぐ持ってきますっ、紀久、あれまだ塩入れてないよな?」
 紀久がうなずくのを見て龍華がキッチンに向かう。紀久はバスルームに向かうと、清
潔なバケツに水を入れ、さらに洗面器とタオルを抱えてリビングに戻ってきた。
「それ、沸騰直前?」
「いや、沸騰最中」
 言いながら水で程良い温度に調節する。満はぬらしたタオルで傷口の血を拭った。
「かすめただけだね。消毒して薬塗って、包帯まいとけば大丈夫かな?」
 手当が無事に済み、4人そろってほうっと安堵のため息をつく。そして、紀久が口を
開いた。

「所で先輩、さっきから気になってたんですけど、その、『形に飽きたからコーヒーで
染めようと思ったんだけど、思いっきり失敗しちゃって斑になっちゃった』って感じの
シャツはいったい何なんですか?」
「あ、これか」
 満がようやく気付いたように、自分の姿を改めてみる。
「いや、さっきね、喫茶店で別れ話の最中のカップルの、女の子にアイスコーヒーかけ
られてね」
「何でまた……」

 呆れてため息をつく紀久に、龍華も口を開く。
「それと先輩、この人は誰なの?」
 一番に来るべき質問がかなり後回しにされていた。が、気にせず満は口を開く。
「えっと、名前は栗生利之くん。さっき言ったカップルの彼氏の方だよ。で、私をかば
って撃たれた人、でもある」
「かばって撃たれた…」
 紀久が呟きながら、利之の顔を見る。そして、ふと何かに気付いたように、一瞬その
目が見開かれた。が、すぐにいつもの顔に戻って、満を見る。
「そうですか、それじゃとりあえず、お二人とも夕飯はまだですよね?」
「え?あ、ああ」

 頷く満に、満面の、そして必死の笑みで紀久が続ける。
「じゃ、夕食一緒に食べていって下さいっ。イタリアンですけど、お嫌いじゃないです
よねっ?」
「イタリアンか、そう言えばいい香りがしてるね。何?」
「カルボナーラと、ポルチーニとツナのトマトソース。それにトマトとモッツァレラと
バジルのサラダです。ちなみにデザートはティラミスです」
「ポルチーニ?珍しいね。でもいいのかい?二人で食べるつもりだったんだろ?」
「ああ、大丈夫大丈夫。誰かさんのせいでソースがあまりそうだったんだ」

 龍華が紀久を横目で睨みながら言う。紀久はそれに対して、視線を合わせないように
そっぽを向いている。何となくそれで事情を察した満が、にっこりと笑った。
「そうだね、じゃあ、そうさせて貰おうかな。利之くん、君も一緒にね」
「え?」
「あ、そうそう紹介がまだだったね。この子達は私の後輩達でね、三つ編みの方が高龍
華、もう一人が田中紀久だよ」
「もっと他に言うこと無いの?」

 龍華がくすくすと笑った。そして、満と利之を振り返る。
「多分うちに先輩の服何着か有ったと思うから、見てくるよ。その間先輩、シャワー浴
びてきたら?栗生さんはしばらくここでゆっくりしてて下さい。先輩の服じゃちょっと
小さいかもしれないけど、一応持ってくるから着てみて」
「じゃあ、私はシャワーを借りるよ」
「どうぞ。俺服探してくる」
「じゃあ俺は、料理仕上げとくね」

 満が一番にシャワールームに消える。龍華は半分物置と化している、救急箱がおいて
あった部屋に向かった。紀久は、キッチンに向かい、湯を沸かしなおす。そしてそのあ
と、僅かに考え込んだが、そっと龍華が居る部屋に向かう。
「龍華。あのさ…君もうちょっと部屋整理しときいな」

服の山に埋もれている相棒の姿に思わずため息混じりに言葉が漏れる。
「よけいなお世話だよ。何だ?手伝ってくれるの?」
「いや、そうじゃなくて…あの栗生さんて人」
「どうかしたのか?」
「MSのメンバーや」
 潜めた声で告げた紀久に、龍華が目を見開く。
「嘘だろ?」
「俺がそんな嘘付くとでも?」
「…すまん、お前がそんな嘘言うわけないな。でも、何で知ってるんだ、そんなこと?

「さっき言ったやろ、先輩に頼まれてMSの情報出したって」
「ああ」
「で、俺はその情報家で見てたって、言うたよな」
「その時に見たのか」
 確認の言葉に、紀久はただ頷く。
「先輩を、狙ってるかもしれない?」
「解らない。なんで先輩をかばったのかも解らへんし」
「……聞いてくるっ」

 部屋から飛びだそうとした龍華を紀久は足を引っかけて転ばすと言う、荒っぽいやり
方で止めた。
「何するんだよっ」
「先輩の意図が分からない以上、俺らが動くんは得策じゃない」
「だってお前、先輩が危ないかもしれないのにっ」
 思わず抑えた声で叫んだ龍華に、紀久は静かな声で続けた。
「先輩も栗生さんがMSの人間やって知ってる」

 紀久の指摘に、龍華が一瞬口ごもる。
「……知らないかもしれない」
「俺が見たのと、今日先輩が見たのは同じ情報や。俺が知ってて先輩が知らないなんて
事、あり得ない。満先輩ほどの人やったら、なおさら」

 紀久の言うのは正しい。満がすべて承知で連れてきた以上、自分はその意図を尊重す
るしかない。
「だけど、さ」

 言いかけた龍華を、紀久は、いつもののほほんとした笑い方で止めた。
「それにな、龍華くん。食事前に消化に悪い話しちゃダメやって。せっかくの美味しい
食事は、ゆっくり楽しまないと、それこそ食材が勿体ないやん?」

 紀久の表情と、言葉にダブルパンチを食らう。
「そうだな。解った。だけど、食事が終わったら聞くぞ」
「それに関しては邪魔せえへんよ。でも、食事中も気取られたらあかんよ?」
「……俺お前ほど、感情消すの得意じゃないからな……」
「フォローはしたるよ。じゃ、俺料理しあげてくるな」
 紀久が消える。龍華は服の山をひっくり返す作業をしながら、心が騒ぐのを止めるこ
とが出来ない。
「……心配なんだけどな」

 信頼している。ずっと自分を導いてくれていた人だ。

 だからこそ、心配なのかもしれないが。

「ま、いざとなれば、俺も紀久もいるしな」
 …その一瞬龍華の瞳に浮かんだ表情は、年齢には似つかわしくない、あまりに冷たい
ものだった。

 龍華が発掘した服を着た満がダイニングにやってくる。
「おー、良い香りだな」
「もうすぐ出来るから、待って下さいね」
 紀久がキッチンからちょこっと顔を出して笑う。
「あの、本当に俺、一緒に食事いただいて良いんですか?」
「良いんじゃないの?こつらが良いって言ってるんだし」
 満の言葉に、利之がそうですか、と言葉を返した。利之も龍華が発見した満の服を着
ていた。

 満はベージュのトレーナーにジーパン、利之は濃紺のトレーナーにジーパンと、そん
なに代わり映えのしない服を着ている。

「やっぱり私の服じゃちょっと合わないかな?」
「そんなこともないですけど」

 なにやら和やかに話している二人。どこかで知り合いだったのかなー、何てあり得そ
うもないことを想像してみたりして。
「龍華、そろそろこっち出来るからさあ、取り皿とか運んでくれる?」
「OK」
 うなずいてまず龍華は、テーブルの元に行く。
「そう言えば、これじゃあ4人に小さいよね」
「そうなんですよね。だから」
 龍華はそれをパタンと組み立てて4人掛けにしてしまった。
「普段から大きいと邪魔だし、いざって時に使えないと困るでしょ?」
「なるほどね」

 ふむふむと頷く満。龍華はそれを見ながらキッチンに戻り、取り皿を12枚持って戻っ
てくる。
「取り皿なんて一人一枚で良いんじゃないの?後洗い物も大変だろ?」

 満の言葉に反論したのは紀久だった。
「ダメですよっ、先輩、トマトソースとクリームソースと、ついでにサラダまで同じ皿
で食べる気なんですか?そんなの味が混ざっちゃうでしょ?」
「そ、そうか?」
「先輩、紀久に逆らわない方がいいですよ。あいつそう言うところ細かいですから」
「ほお」

 見かけによるというかよらないというか……。
 紀久が大皿に載せたパスタ二種と、サラダを運んでくる。
「さ、冷めないうちに食べましょう」
 和やかな雰囲気の中、食事が終わる。

 紀久が、食器を下げながら、飲み物が何が良いか尋ねる。
「何が有るんだ?」
「えっと、何かな?俺の家じゃないから」
「んーと、コーヒーと、紅茶と、ウーロン茶くらいかな?」

 紀久と共に、食器を運んでいた龍華が、僅かに首を傾げ、考えながら答える。
「そしたら、私はコーヒーだな」
「あ、じゃあ、俺も」
「はいはい、龍華は?」
「俺も一緒で」
「了解。したらコーヒーメーカーっと。…あるよな?」
「もちろん」

 紀久が、コーヒーの準備をして、洗い物に取りかかる。龍華がテーブルの上を、綺麗
に片づける。満と利之は、ソファでしばしくつろいでいた。しかし。
「利之さん、どうして先輩を助けたんですか」
 唐突に龍華の声が部屋に響き、一瞬何とも言えない雰囲気になった。
「あなたはMSカンパニーのメンバーなんでしょ?」
 沈黙が満ちる。

 紀久が洗い物を済ませたらしく、水音もしない。ただコーヒーメーカーの、コポコポ
という音だけが、沈黙の中、響いていた。

 沈黙が、気まずい雰囲気になる前に、のんびりとした声がした。
「まさか君がこのタイミングで尋ねるとは思わなかったなあ。まだ俺のお手製のティラ
ミスが残ってるのに」

 紀久がちょっと的のずれたため息を付きつつ、ダイニングに入ってくる。そして、ま
っすぐに利之を見つめて続ける。
「でも、俺も聞きたいです。先輩を助けることは、あなたにとってメリットにはならな
いはずなのに、どうしてですか?」

 そこにいたって、ようやく利之が声を出した。
「おれにも、解らない」
「解らない?」

 龍華が身を乗り出すのを、紀久がその肩を掴んで止めた。そして、視線を満に移した

「ねえ先輩、先輩も知っていたはず、ですよね?」
 紀久の問いかけに、しばらくの沈黙。
「……知っていた」

 ややあってから、満が簡潔に答える。
「じゃあどうして?」
 龍華が尋ねようとするのを遮るように、満が静かな声で続ける。
「私は私を助けて怪我した相手を、放っておくこと何て出来ない」

満のきっぱりとした断言に、龍華が黙る。
 それを見たあと、満はゆっくりと利之に視線を移し、やはり落ち着いた静かな声で続
けた。
「だけど、私も君に聞きたい。君は今、何故私を助けたか解らないと言ったけど、瞬間
的でもいい、何かを思ったから私を助けたんだろう?」
「……あなたに、そんな風に死なれたくない。そう思いました」
 利之は、満をまっすぐに見つめて、そう言った。
 …この人は、あの人に似ているのだ。
 ずっと夢の中で追い続けていた、あの人に。
 ……だから。
「あなたに、生きていて欲しい、それなら自分はどうなっても良い。一瞬、そう思った
んです」
「何故?」
「解らない」
今はそうとしか言えない。

 本当のことは、言えない。まさか、夢の中の思い人に似ているだなんて、馬鹿なこと

 でも、これだけは言える。

「でも、作戦でも罠でもない、これは俺の突発的な行動でしかないんです。本当です」
 必死の声で言い募る利之。直後、満が静かに言った。
「私は信じるよ。確かに、あれは君の突発的な行動だろう。あの後、周りのメンバーが
一瞬、動揺した気配を見せたからね。もし君の行動が決まっていたものなら、あんな気
配は起きないだろうからね」
「満、さん」
「俺も信じますよ。栗生さんは、嘘付いてるような目をしていないし」

 紀久が続けた。そこに、考え込んでいた龍華が口を開く。
「そうだな。確かにそうかも。どうして先輩を助けたのか、自分でも解らないっていう
のが解らないけどね」
 僅かに沈黙が落ちる。
「そういえば、利之さんて綺麗な髪の色してますよね」
「え?」

 あまりに唐突すぎる、紀久の言葉。そして、それに対して疑問符を投げたのは、本人
ではなくて、龍華と満だった。
「お前、髪染めてる奴って嫌いじゃなかったか?」

 龍華の声に、紀久が頷く。
「うん、あまり好きじゃないけど?」
「じゃ、なんで」
「だって、利之さんて、髪染めてはる訳じゃないやん」
「え?」
「そうでしょ、利之さん。それ、生まれつきの髪の色ですよね」
「ああ。なんで解ったんだ?みんな、染めてるだろうって言うのに」
「だってすごく自然だもの。一目で分かりますよ」
 紀久は、自然な笑みを浮かべながら、そう言った。
「あ、コーヒー出来た。じゃ、デザート準備しますね」
 紀久はそう言うと、キッチンに行った。


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