─────「心の臓の病を治す薬?人間の?」

しんべヱが問い返し、乱太郎は目を丸くした。珍しく必死な形相で、きり丸が何
を言い出すのかと思えば、そんな事だ。

「胸の痛みを抑える薬はあるけど…、治せる草っていうのは、ないと思うよ」
困りながら、しんべヱは答えた。乱太郎も頷く。

「…長老にもそう言われた…」
きり丸は項垂れている。細い体を硬くして、じっと何かに耐えている。

ぽつり、ときり丸の両目から滴が零れ落ちた。

「…きり丸」
「きり丸、泣かないでよ。私たちにできることは何でもするから…」

「うん…、ありがとう…」
滴は後から跡から溢れ出て、乾いた枯れ葉に受け止められた。


次に会った時には、もう半助は起きて笑っていた。

「この病は、生まれつきなんだ。じっとしているのが一番体にいいっていう、情
けない病だよ。山の気のおかげか、ここに来てからずっと調子が良かったから、
油断したよ」

そして、きり丸の強張った顔を、眩しそうに目をすがめて見つめる。

「お前が遊びに来てくれるようになって、ずいぶん嬉しかったよ。…自分で思っ
ていたより、私は寂しかったんだなぁ」

優しさや慈しみばかりを込めて向けられる、半助の笑顔。

その全てが、きり丸の大切な宝物になった。


寒い日が何日も続き、半助はとうとう寝込んでしまった。

泊り込んでまで、半助の世話をするようになったきり丸を見るに見かねて、乱太
郎としんべヱも手伝うようになった。

山猫も狸も、人に化ける妖力くらいなら一応持っているのだ。

「ああ、きり丸が言っていた友達…」

乱太郎たちを紹介すると、半助はとても喜んでくれた。

表情は変わらず穏やかだったけれど、目に見えて半助は衰弱していった。微熱が
続き、発作の回数も増えている。

「ごめんな、きり丸。読み書きを教えるって、約束したのに…」

浅い呼吸の下から、半助が呟いた。きり丸は、首を振るしかできなかった。半助
にはもう、それすら見えていなかったろうけど。



どうにか年を越し、冬はますます深くなる。

ようやく止んだと思っていた雪がまた降り出して、山の生き物はすべて気配を殺
して春の訪れを待っている。

昨夜から、半助の意識が戻らない。

きり丸は傍らを離れない。見守っている。

半助の生命をこの世に留めるものは、もう何もない。ならばせめて、最期まで側
にいるのだ。

聞こえるのは、雪の降り積もる音と、半助の呼吸の音だけ。

乱太郎たちは乱太郎たちなりの覚悟を決めて、きり丸の隣に座っていた。

ひゅっ、と半助の喉が鳴る。

「…き…ち…」

喘ぐように、声が漏れる。失われていく、息吹とともに。

「…呼んでる。会いたがってるんだ…」

ゆるゆると手を伸ばし、きり丸は半助の頬に触れた。絶望にも似た色が、その瞳
に走る。

「ごめんなさい…俺には…こんなことしか、できない…」

半助の顔をひたと見据えたまま、静かに、額に額をくっ付ける。
息を詰めて、祈りを込めるように、ゆっくりと目を閉じた。



─────辺りは、いつの間にやら闇だった。

自分は確かに、戦場に立っていたはずなのに。これは夢なのだろうか?
あまりの静寂に、若者は己の姿を顧みた。

右手に握った刀は血に塗れ、身に纏った鎧も矢傷や刀傷でぼろぼろだ。
いつものとおりの、自分の姿だ。

何か聞こえたような気がして、若者は振り向いた。

冷たい風が、若者の汚れた顔を嬲っていった。

闇の中、ぽっかりと仄かに明るく見える空間があった。遠いのか、近いのか、ま
るで距離感がつかめない。

だが、ちらちらと蠢く白っぽい影は、若者の目を見張らせ、声を詰まらせた。

───おーい、利…ちく…ん…───

懐かしい声で、大きくてを振って、かけて来る人影。遠く離れていても、片時も
忘れ得なかった、愛しい人───。

ひらひらと、花びらのような雪が降る。その人を包むように。
美しいけれど、とても切ない光景がそこにある。

───おー…い…───

愛しい人は、まっすぐに駆け寄ってくる。嬉しそうに、両手を差し出す。

若者も、思わず両手を広げた。

身を投げるように飛びついてくるその人を、迷わず抱きとめた。

そして────。

愛しい人の姿は、雪の花びらになった。

ざあ、と風に巻かれ、若者の視界一杯に舞い散った。

「土井…先…生…?」

ただ、雪のかけらを抱きしめて、若者は愛しい人の名を呟いた。



静かな雪の夜────。

山の麓にある小さな寺の住職は、狐の鳴き声で目が覚めた。

あ、あの時の悪戯狐だ、と思ったとたん、なぜか半助の顔が頭に浮かんだ。

気になったので次の日家を訪ねてみると、半助は既に事切れていた。

一人でさぞ心細かったことだろうと、住職はひどく哀れんだが、静かに目を閉じ
たその顔は、不思議と幸せそうに見えた。



─────雪を纏った木の枝に、子狐がぽつんと座っていた。

視線の先には、半助の家がある。楽しかった思いも、哀しい思いも、そのままに。

けれどあそこからその人が出てくることは、もう二度とないのだ。

「みゃーう」

山猫の子の呼ぶ声がする。木の根元で、子狐が降りてくるのを待っている。隣で
同じように上を見上げているのは、子狸だ。

金色の瞳に、雪に埋もれた小さな家を焼き付けると、子狐は一声鳴いて、仲間の
もとへ帰って行った。振り返ることなく───。

─────その冬以来、里に悪戯狐が姿を現すことは、二度となかった。















うっうっうっ…何度読んでもKは泣いてしまうんですが…。
一人で泣くのは悔しいのであなた様もせっかくですから泣いてください。
鳴之さん!素敵な小説をありがとうございました!っ(∋_∈)

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