ぶいろく党伝

最終回

 晴れた空。陽が上がるにつれ、昨日の雨に洗われた緑が濃い。黙って歩く5人。時折、野盗に襲われたあとを片付ける百姓の姿を見かける。百姓たちは、野盗に立ち向かった時の猛々しさとは別人のようだ。一行に気づくと、困惑したような顔をしてよそよそしく挨拶する。
 村のはずれまで来たとき、お久美の母親を弔った帰りの人々と出会う。
 それは、たった五六人の集団だ。お久美はまだぼんやりとした顔で、足許もおぼつかない。それを支えるように歩く賢吉。ふたつの小さな集団がすれ違う。
 すれ違いながら、岡田は唇を噛みしめてお久美を見つめる。ほつれ髪のままの、うつろな瞳の痛々しいお久美の顔。
 お久美は力無くその瞳を上げる。上げて、自分を見つめる岡田の視線に気がつく。
 そのまま岡田は行きすぎるが、気になって振り返る。すると、お久美が賢吉に付き添われたまま、立ち止まり振り返ってこちらを見ている。
 岡田の足が止まったのに気がつく仲間たち。岡田は一度みんなの顔を見回してから、急いでお久美のそばに駆け寄る。
 お久美はじっと岡田を見ている。徐々にお久美の瞳がうるんでくる。さっきまでのうつろな瞳ではない。岡田のことがわかってきたようだ。お久美が微かに口を動かす。
 「……とう……」 
 「……お久美! しゃべったのか!?」
 驚いてお久美を見つめる賢吉。お久美は岡田を見つめたまま、もう一度、さっきよりはっきりと言う。
 「ありがとうって言ってる……」
 「……」
 「お久美……」
 お久美の瞳から涙が一筋流れて、お久美は今度こそ確かに意志を取り戻して岡田に言う。
 「お久美を助けてくれてありがとうって、そう、おっかさんが言ってる……」
 「……」
 「……おっかさんはそう言ってるよ……」
 そう言って、お久美はしゃくり上げ始める。
 「お久美……。よかった。気を取り戻したんだな……」
 顔を覆って泣き始めたお久美の肩を抱いて、そう呟く賢吉。
 そんな二人をじっと見て、岡田はくるりと向きを変えて歩き出す。しばらく先で、4人の仲間はこちらを見て立ち止まっている。4人に追いついて、岡田はもう一度振り返る。お久美はまだこちらを見ている。賢吉がそっと岡田に頭を下げる。
 岡田がもう一度視線を前に戻すと、井ノ原がからかうように言う。
 「なかなか可愛い子じゃねえか」
 「……な、なにが……」
 「いいのかい。置いてっちまって」
 「……だから! そんなんとは違うん!」
 「こいつ、一人前に照れてやがる」
 そんな二人のやりとりを聞いて、固くなっていた坂本や剛の表情も少しだが和らいだようだ。
 いよいよ道は山道に入る。そんな時、前方から、笠をかぶり杖をついた、やせぎすな旅の僧侶の姿が歩いてくる。
 5人とすれ違いざま、僧侶(吹越満)は呟く。
 「血が匂いますな……」
 その言葉に思わず足をゆるめ、てんでに僧侶を振り返る5人。 
 僧侶は立ち止まり、片手を上げて5人を拝むようにし、言う。
 「無為……」
 ふんっと顔をそらし、また元通りに歩き出す坂本。みなもあとに続く。僧侶は立ち止まったまま、山道に消えていく5人を見送る。

 長野の墓の前。松本恵が野花を捧げて拝んでいると、後ろの茂みががさがさっと音がする。振り返る松本。
 「……三太ちゃん」
 そこにいたのは、あの闘いの中、庄屋屋敷で泣かずにいた男の子。
 「どうしたの、こんなところで」
 三太と呼ばれた男の子は答えずに、自分も長野の墓を拝む。松本はそれを見つめる。
 しばらくして、松本は花を一輪持ったまま立ち上がる。男の子もついてくる。松本は男の子の肩に手を置きながら、高台から5人が去った方を見る。もう5人の姿はどこにも見えない。美しい緑の中でそのままずっと風に吹かれ、遠くを見つめる松本と男の子……。

 所々に灌木の立つ草むらの中を踏み分けていく5人。剛が、ちらっと不審そうに視線を動かす。
 「おおっと」
 坂本が声を出す。草鞋がゆるんだらしい。坂本はしゃがみ込んで草鞋を縛り直す。いつもみんなの最後を歩く健が、坂本に気を使って歩みを遅くする。だが、坂本は目で健に、先に行けと言う様子。健は坂本を振り返りながら先に行く。坂本はしばらくしてまた歩き出す。そのまま5人は歩き続ける。
 岡田はいつものように、大きな目で周囲を見回しながら歩いている。晴れた空を見て、やってきた村の方を振り返って、なにか考えるようにしかめっ面をして、そして全員に声をかける。
 「……俺今考えたんやけど! それがちょっとええ考えなんや……」
 誰も答えない。だがさして気にもとめず岡田は話し続けようとした。
 「これから、俺たちの……」
 仲間を見回してそう言いかけて、岡田は口をつぐむ。仲間の様子がおかしいことにやっと気がついたのだ。
 いつか全員の足が止まっていた。坂本、井ノ原、剛が、視線を動かさないようにしながら草の中にじっと立っている。健は眉を顰めてうつむいている。そのまま誰もなにも言わない。
 「……?」
 岡田は4人の顔を見回す。
 「ど……、どないしたん!?」
 その言葉に答える者はいない。坂本が言う。
 「つけられてるな。……4人、いや、5人か」
 井ノ原が不審そうにつぶやく。
 「誰を狙ってるんだ……?」
 剛がなにも言わずに険しい視線を健に向ける。健はうつむいたままだ。青がそんな健の足許に身をすり寄せる。
 「……けんを……?」
 井ノ原が信じられないように健を見る。
 一同の視線が健に集まる。
 健はなにも言わずに身をかがめ、青の背を撫でる。
 「けんを……、どうして……」
 再び井ノ原の口からかすれたつぶやきが漏れる。
 「な、なんのことや……?」
 岡田だけがあっけに取られてそんな4人の顔を見比べる。
 「昨日……、俺たちや百姓がやったのではない野盗の死体があった。それもどうやらひとつやふたつじゃない」
 坂本が健から目を離さずに言う。
 「武器は、ごく細い短刀。……忍びの言葉で、三寸とかくないとか言うものだろう。手練れの技だ」
 「……」
 「……お前だな、けん」
 「……忍び……?」
 そう繰り返すのは井ノ原。
 「気づくべきだった。……喜多川で准を助けた時から、妙だとは思っていたのに……」
 剛が口惜しそうに言う。
 「あの時、准の縄を切ろうと投げた俺と井ノ原さんの小柄……、そのどちらのでもない三つ目の切り口が、縄には確かにあったのに……」
 剛は健を見る。
 「あれはおまえだったんだな。……なぜずっと……ずっと俺たちを騙してたんだっ……」
 ずっとうつむいていた健がゆっくりと顔を上げる。坂本はすでに健の後ろに回っている。剛、井ノ原、坂本でちょうど健を取り巻いているような格好だ。
 「……騙すつもりじゃなかった……」
 初めて聞く健の声に、残りの4人ははっとして健の顔を見る。
 「そうじゃない。だけど、あんたたちとはもっと早くに別れてなきゃいけなかった。……わかってたけどできなかった……」
 「……」
 「野盗を殺したのは、あんたたちを助けたかったから。他に意味はない。……もっとも、……長野さんを助けられなかったんだから……、たいした役には立たなかったかも……」
 そう言うと、健は自分を見ている青の目を見つめる。健の目に、あきらめの色が浮かんでいる。
 「迷惑はかけないよ。ここでわかれれば……。奴らの狙いは俺だけだから。あんたたちを巻き込んだりしない」
 それだけ言って、健は青を連れ、井ノ原と剛の間を通り抜けようとする。
 「……待てよ!!」
 井ノ原が、そのまま行き過ぎようとする健の背中に怒鳴る。
 「わかるように言えよ。なんなんだ、なんなんだよ、一体」
 健が振り返る。
 「さっき坂本さんが言った通りだよ」
 「……」
 「……俺には、親もいないし、仲間もいない。素顔を隠した男たちに、小さな頃から人殺しの技術だけを教えられて育った。よくは知らないけど、俺たちのことを世の中じゃ忍びって呼ぶんだろう……」
 「……」
 黙って健を見る坂本と剛。井ノ原がかすれた声で尋ねる。
 「それがどうして……、誰に狙われてるんだ……?」
 「……裏切ったから」
 「……」
 「頭(かしら)の命(めい)に背いたから。殺しの任を果たさず、頭の配下から逃げ出したから……。裏切り者だから殺される」
 「……なんだよ、それ……」
 「知らない。そういう掟なんだ。理由なんかない。逃げた俺を奴らは狙ってる。俺がこのまま逃げたら、しめしがつかないからな。かなりうまく逃げてたと自分では思ってたけど……。野盗を何人も殺したから。あれを見れば、奴らならすぐ、やったのが俺だってわかったはずだ」
 「けん……」
 「もう囲まれてるのは気がついただろう? でも、あんたたちに迷惑はかけないよ。向こうの山中に誘い出す」
 歩き出して、健はふと歩みを止める。振り返ると、その顔には微笑。風が吹いて……。
 「……あんたたちといられて、すごく楽しかったよ。俺きっと、誰かとあんなふうに笑ったり怒ったりしながら暮らしてみたかったんだと思う。なんて言えばいいのかわからないけど……、いつものように春が来て、山が緑になって鳥が鳴いて、それなのに俺はずっと、ここらへんにぽっかり穴が空いたみたいに苦しくって……」
 健はうつむき、握りしめた手を胸にあてる。
 「あのままじゃいられなくて……、気がついたら逃げ出してたんだ。……でも……、もういつ殺されても心残りはないや……」
 「……」
 誰もなにも言えない。
 健は再び歩き出す。あとに続く青。剛は健になにか言おうとして、しかし声が出ない。
 「けんっ」
 井ノ原の叫び声。
 「お前、本当の名はなんて言うんだっ」
 健は振り向いて笑う。だがなにも言わずにまた向こうを向いたと思うと、青と共に駈け出す。草むらを抜け、緑の山に向かって……、その姿はすぐに見えなくなる。
 身動きも出来ずそれを見送る4人。
 「なん……。……どういうことや!!」
 あっけに取られたように黙っていた岡田が、やっと自分を取り戻して、黙ったままの坂本、井ノ原、剛に向かって叫ぶ。
 「けんは……、けんは狙われてるってどういうことや!! けん一人で行かしてええのか!?」
 「……」
 「なあ、森田はん!!」
 唇を噛む剛。
 「井ノ原はん!!」
 井ノ原も顔を背ける。
 「坂本はん!!」
 「……」
 自分にすがるような岡田の手を外しながら坂本は、
 「気にするな。あれは、俺たちがどうこうできる世界じゃねえんだ」
 「でもっ……」
 「けんのことは忘れろ。……そうだ、准、おめえ、さっき俺たちになにか言いかけてたじゃねえか。ありゃ、なんだったんだ?」
 「……え?」
 「いい考えとか言ってただろう。その話でも聞かせなよ」
 「……」
 「俺たちのなんとかって言ってたぜ?」
 「ああ……」
 「な?」
 「あれ……、俺たちの名前を付けたらどうやろって思ったんや……」
 「俺たちの、名……?」
 「俺たち、ぶいろく党って名前つけて、力を合わせて、いつも一緒に仕事したらおもしろいんやないかって思って……」
 「ぶい? ろく?」
 「村を出たとこで、坊さんが俺たちのこと、ぶいって呼んだやん!」
 「……あれは、無為、と……」
 「こんな話、もうええ!!」
 岡田は頭を振って怒鳴る。
 「けんが危ないならみんなで助ける、そんなのが俺の考えた“ぶいろく党”なんや! “ぶい”な六人なんや! それやのに……」
 「……」
 「昨日、けんが俺のこと助けてくれたんやな!? 坂本はん、俺を殺そうとした野盗が死んだのは、けんがやったからなんやろ!?」
 「……」
 答えない坂本。岡田はくるりときびすを返し、健が去った方に駆け出す。
 「准!!」
 自分を呼ぶ声に、岡田は振り向いて怒鳴る。
 「俺はけんを助けたい! たとえなにもできんでも、見捨てては行けんのや!」
 坂本は呆然として、一瞬言葉を失う。だがすぐ、岡田の後ろ姿に怒鳴る。
 「……馬鹿! 准、戻れ! 死ぬぞ!!」
 だが、坂本がそう怒鳴るのと同時に、剛も准のあとに続いて駆け出している。
 「森田……!?」
 あきれたような坂本の声に、剛も振り向きざまに怒鳴る。
 「けんが……、俺たちを騙してたと思うと悔しかった!!」
 「……」
 「でも、やっぱり俺は! ……俺はけんと生死を共にしたいっ」
 駆け去る二人を呆然と見る坂本。そんな坂本に井ノ原が言う。
 「ぶいろく……、六人ってことは、准のやつ、ちゃんと長野さんも勘定に入れてるぜ」
 坂本は、険しい目で井ノ原を見る。
 「坂本さん、俺も行くぜ」
 「……井ノ原。……おめえ、忍びってのがどんな奴らなのか、聞いたことがねえわけじゃねえだろう」
 その言葉に、井ノ原は肩をすくめる。
 「……どうせ一度捨てた命だ。それに、あいつらだけで行かせるわけにはいかねえだろ」
 そう言うと井ノ原は、にっと笑って駆け出す。振り返りもしない。
 ひとり残された坂本は思いきり顔をしかめて悪態をつく。
 「……ちきしょう!!!」

 健がどこにいるのか、岡田には気配も分からない。立ち止まった岡田を、
 「准っ」
 剛が庇うようにして辺りを見回す。
 「お前は戻ってろっ。足手まといなだけだっ」
 「なんやて! 俺は……」
 岡田が言い返しかけるが、その時、どこからか、刀をあわす金属音がキーンと響く。剛と岡田はしばし黙って耳を澄ます。それきり音はしない。だが、梢が騒ぐ。静かなのに、どこか異様な気配。
 「もう始まっている……」
 剛がつぶやく。岡田はまだ事態が把握出来ない。
 「始まってるって、なにがや」
 それには答えず、剛は鋭く前方を見つめて岡田に言う。
 「いいな、おまえは、……動くなよっ」
 そのまま鬱蒼とした木々の中に駆け込んで行く剛。呆然と見送る岡田。しばらくして気がつくといつのまにか井ノ原が隣に立っている。岡田はそれに気づいて、
 「井ノ原はん……」
 井ノ原は岡田ににやっと笑う。
 草を踏み分ける音に岡田と井ノ原が振り向くと、そこには坂本の姿も。
 「坂本さんも来てくれたのか」
 振り向いた井ノ原のからかうような顔に、坂本はつまらなそうに視線をそらせて言う。
 「……あの世で長野に叱られるのも嫌なもんだろうしな……」
 だが、そう言ってすぐに、坂本は、井ノ原と視線を合わせる。そこにはもう、いつもの坂本の、嘲笑めいた表情はない。
 「……井ノ原、行くぜ!」
 「そう来なくちゃ」
 歩き出す二人。
 「井ノ原はん、坂本はん!」
 その声に振り向いて黙ってしばらく岡田を見て、それから坂本が言う。
 「わかってるな、准。おめえは邪魔だ!」
 「でも……」
 言いかける岡田に、井ノ原がいつもの笑顔で言う。
 「そんな顔すんな。大丈夫だ。必ずけんをつれて帰ってくるからよ」
 「でも……」
 「俺たちは、ぶいろく党だろ」
 「……」
 答えられない岡田。坂本と井ノ原はすぐに別人のように厳しい視線に変わり、前を見据えると、左右にばらけて走り出す。
 無言で立ちつくす岡田。

 「……そこだっ」
 走ってきた剛が、叫びざま、木の茂った枝の陰に小柄を投げる。
 「くうっ」
 投げた場所から小さな叫び。ぼたっと赤い血が下草の上に落ちる。
 別の木陰で敵から身を隠していた健はそれを見て、敵がやられたことにではなく、剛が来たことに驚いた表情。
 だが、それ以上の時間はない。別の影が健の背後に迫る。それに気づき、目の前の枝をつかみ、飛び上がるように見せて、逆に敵の背後に飛ぶ健。
 剛に向かって飛んでくるくない。剛はそれを刀ではじき返す。だが、すかさず飛んでくるもう一本のくない。それは剛の腕をかする。袖が破れ、着物に血が滲む。
 健が顔のよく見えない男と共に、対峙する形で剛の近くに木から飛び降りてくる。剛は健の敵に背後から斬りかかろうとするが、それを遮るようにもう一人敵が姿を現す。剛はしかたなくあとから来た敵と向かいあう。剛も健も、お互い、自分の敵から目を離せない。そんななかで健が絞るような声で剛に叫ぶ。
 「……なぜ来たっ」
 健の方には目をやらず、自分の敵をにらみつけながら、剛は答える。
 「けんは昨日、自分の危険を冒して俺を助けてくれた! ……それに……」
 「……」
 「俺はけんが好きだからだっ」
 それがきっかけのように敵がそれぞれ斬りかかってくる。飛び避ける健、敵と刀を合わす剛。

 「けんっ」
 「森田っ」
 叫びながら駆けてきた井ノ原と坂本。二人めがけて飛んでくる手裏剣。
 「おおっと」
 井ノ原はそれを避ける。坂本は刀の根本で手裏剣をはじく。はじくとすぐまた飛んでくる手裏剣。それをいくつかはじいて、坂本は苦虫をつぶしたような顔でつぶやく。
 「ちぇ、しつこいな」

 樹上の健。すぐに敵の手裏剣が足もとに飛んでくる。それを避けざま、健は自分もくないを放つ。

 木の陰で敵の気配を探る剛。いきなり敵が目の前に飛び降りてくる。隙をつかれ、剛は胸元を斬られるが、それは着物を斬り、薄く皮膚をかすっただけ。胸元がはだける剛。しかし、剛は敵がすぐまた隠れようとするのを察知して、逃げさせまいとして回り込む。その真剣な眼。
 
 左右を見回し、敵を掴もうとする井ノ原。ところが、思いがけない背後から手裏剣が飛んでくる。井ノ原は避けようとするが、肩先の肉をえぐられる。
 顔をしかめ、肩を押さえて片膝をつく井ノ原。だが次の瞬間、その手裏剣が目の前の木に刺さったのを力を込めて抜き取り、振り向きざまに投げる。
 「くっ」
 小さな叫び。葉陰が揺れ、敵が移動した様子。下葉に血の痕。
 「へへん」
 立ち上がった井ノ原は得意そうな様子。だがその肩には血が滲む。

 敵の影を追う坂本。敵は忍びらしく、体重を乗せない実にすばしこい走りだが、それを追う坂本も、予想外に身軽だ。とうとう敵を木の根本に追いつめたと思ったが、どこからかくないが飛んでくる。それをかわすうちに敵は見えなくなる。
 「ちっ」
 敵はいつの間にか坂本の背後に。背後から斬りかかられるのを避けて、体勢が崩れる坂本。次の一閃が坂本の肩から胴を払う。だが傷ついた坂本はそれにひるまない。かえって、なかなかひきつけられない敵に近づける機会ととらえて瞬時に攻撃に移る。

 しかし。はじめこそ意外な相手が現れたことに戸惑ったような様子があったが、敵は闘いの手練れ、忍びである。どうしても思うようには攻撃を仕掛けられない。
 飛んでくるくないを避けながら唇を噛む剛。いらだたしげな顔の井ノ原。どうにか敵の気配を掴もうと辺りを見回す坂本。
 その時、こちらに気がついていない敵に攻撃を仕掛けようとして、樹上の健がうっかりと小枝を折ってしまう。その微かな気配に、敵が動き始める。かくれていた青が、健に攻撃を仕掛けようとする敵に飛びかかる。だが、なにをされたのか、弾けるように地面に叩きつけられる青。青はそのまま動かない。
 「……青っ」
 声にならない叫びがあがって、停滞していた空気が一気に殺気に満ちる。
 顔を隠した敵が音もなく地上に姿を見せる。斬りかかる剛。だがその刀が弾かれる。そして、素速く突きかかってくる敵の短刀。剛はそれを避けられない。どうにか脇差しを抜いて身構えたものの、剛は肩で息をし、左手で血が滴る右腕を押さえている。
 「森田!」
 剛を助けようと樹上から飛び降りた健は、気づくと二人の敵に挟まれている。しまったと言う表情の健。その場に駆けつけようとしても、別の敵に狙われていて動けない坂本。
 「ちっくしょう……」
 少し離れた場所で井ノ原の悔しそうな声。その背には深々と二本の手裏剣が刺さっている……。

 自分が足手まといになることは、自分が一番よく知っている。
 どうすることも出来ず、草むらに立ちすくんだままの岡田。血が滲むほどその手を握りしめて、仲間が駆け去った深い森を見つめている。我知らず唇から苦しげな言葉が漏れる。
 「俺たちは……、ぶいろく党や……」
 声が震える。
 「みんな、必ず戻って来る……」

 そんな岡田の姿を映していたカメラは、徐々にパンしていく。空が青い。下草の若い緑。山を覆う深い緑。目に映る景色の全てが初夏の瑞々しさに満ちている。
  
 音楽、流れる。(カミングセンチュリー「EVERYDAY」)
 
 まるで憂いなど知らぬ気な、明るい少年たちの歌声。カメラはずっと引いて、岡田の姿も小さくなっていく。健、剛、坂本、井ノ原がいるはずの森も、闘いの気配など少しもない。上空から見る美しい空、山々の緑……。もう、見えるのはそれだけ。その画面にかぶさって、

 エンドロール。出演者名、スタッフ名、協力企業名など。延々とそれが続く。しかしそれもいつか止まって。

「ぶいろく党伝」終わり

 とうとう終わりました。私としては予測していたラストなのですが、いかがだったでしょうか。
 さまざまな面で協力してくれたhongmingに、Thanks! また、最後まで読んでくれたみなさん、ありがとう。みなさんのメールはとてもうれしかったです。ぜひ、感想を聞かせてくださいね!(hirune 98.5.2)


第10回へ

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