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雨が強くなってきた。准一は自分の体で荷物をかばうようにして、段ボール箱をトラックに積み込んだ。 「これで最後か」 准一と同じ引っ越し業者の制服の男性がふりむいて准一に尋ねた。 「はい」 准一が答えると、男はトラックの運転席に乗り込んだ。 「オーライオーライ!」 雨に濡れながら准一が誘導すると、引っ越しトラックはマンションの前の道をバックしはじめた。 そこへ、中年の女性がマンションの中からあわてて駆けだしてきた。 「ちょっと待ってちょうだい!」 准一は合図をやめ、トラックは動きを止めた。准一は女性に尋ねた。 「どうかしましたか?」 「どうかしましたかじゃないわよ。あの部屋の荷物、全部このトラックに積んじゃったの!?」 「はい」 「確かめに来てよかったわ。印の付いた荷物は息子の所に送るから別便にしてって言ったでしょう」 「……あ」 「もう。しょうがないわねえ」 「すみません」 ふたりのやりとりを聞いて、トラックの運転席から降りてきた男が頭を下げた。 「奥さんどうもすみません。こいつ、バイトなもんで。……ほら、ぼんやりしてねえで早く荷物を分けろ」 「……はいっ」 准一はあわてて荷台にのぼって作業を始めた。 「ちぇ。だいぶ余計な時間食っちまったな」 やっと作業を終えて運転席に座ると、助手席の准一に聞かすように、男がつぶやいた。 「……すみません」 頭を下げて、准一はそっとズボンのポケットから携帯をとりだした。 着信はなかった。准一は力無く携帯をしまった。トラックが動き出した。 「長野さん。連絡が取れなくなって、もうすぐひと月になります。忙しいんですか。携帯を変えたんですか。きっと忙しいんですよね。長野さんにとっては俺とひと月くらい会わないなんて、なんでもないことなんだ。 俺は最悪です。あっちでもこっちでもミスばかりして……。今日はもうオーシャンフロアに行く気力がなくなって休んでしまいました。がんばらなきゃって、そう思うんですけど。今度長野さんに会ったときに恥ずかしくないように。でも勉強もやる気が出ないし……。俺、」 そこまでメールを打って、指の動きを止め、しばらくしてから准一は、そのメールを消し、つぶやいた。 「……長野さん……」 そのとき携帯が突然鳴りだした。一瞬信じられないように携帯を見て、それから准一はあわてて携帯を開いた。それは長野からではなかった。しかし、長野は携帯の番号を変えたのかも知れない。准一は震える指で電話に出た。 「准一?」 すぐに聞こえたのは、母親の声だった。准一は黙り込んだ。 「准一。准一? 聞いてるの?」 「おふくろ」 「聞いてるのね」 「どうしたんだよ」 「どうしたって。あなたが心配だから電話したのよ」 「連絡を取りたいときはこっちから電話するって言っただろう。だいたいどうして俺の番号を知ってるの。わざと公衆電話から電話したのに」 「……あなたのお友達にかたっぱしから聞いて……」 「そんなことするなよ」 「だって心配だからよ。あたりまえでしょう、親だもの」 「……」 「どうしてるの。大学は行ってるの?」 「……」 「行ってないの? バイトばかりなの?」 「……」 「お願いよ。大学に行ってちょうだい。合格したくても出来ない人もいるのに、なんでそんなもったいないことをするの。あなたのためにわたしがどんなに我慢してきたかわからないの。ねえ、大学に行かないでどうするつもりなの? そんなに私が結婚したことが嫌だったの? 反抗して私を困らせたいの? そんな子どもみたいなことで自分の人生を棒に振って、自分で自分が情けないと思わないの? ……准一、聞いてる?」 「……」 「返事をして!」 「なんでいつもそんなにごちゃごちゃ言うの。自分のことは自分で決める」 「あなたはまだ子どもなのよ。自分だけの考えで間違ったほうに行ったらって、親ならだれでも心配するでしょう。お父さんもお母さんもあなたが心配なのよ」 「おふくろはともかく……。あの人は父親じゃない」 「……准一……」 「おふくろだって、俺のことより自分の幸せが大事なんだろう。それでいいじゃないか。社長夫人として幸せになれば。だから俺のことはほうっておいてよ」 「……そうはいかないの。みんな、あなたのためなんだから」 「なに言ってんだよ……」 「ね、明日からバイトを辞めて大学に行くって言ってちょうだい」 「……そんなこと」 「うちに帰らなくてもいいわ。ひとり暮らしでもいい。生活費は全部出してあげるから。ね? このままじゃあなた、ダメな人間になってしまうわ」 「そんなことないよ」 「ううん。じゃあ、とにかく話し合いましょう。明日でも、あさってでも、お父さんと三人で。ね、それならいいでしょう」 「いやだ」 「なんで」 「なんでって。話し合うとか言っておいて、あんた達は結局俺を自分たちの思い通りにしたいんだろう。だから会いたくない」 「そんなことないわよ」 「俺だって考えてる。自分がなにをしたいのか。……だけど、あんた達にごちゃごちゃ言われると、わからなくなって来るんだよ。自分がなにをしたいかが」 「ほら。それはほんとにはなにもわかってないからよ」 「違う! そっちがあれこれ言うから混乱してくるんだよ!」 「……怒鳴らないでよ……。あなた、昔からそんな子じゃなかったのに。どうしちゃったの……」 「どうもしてない。俺は昔からこんなだったよ」 「そんなことないわ。とってもいい子だった」 「……」 「……ね。ダメなのよ、きちんとしない生活をしてると」 「……」 「准一」 「……」 「准一。どうしたの?」 「……俺、長野さんに見捨てられたんだ……」 「え? なに? 今なんて言ったの? 准一!?」 「なんでもない。もう電話には出ないから」 「准一! ちょっと待って!」 ツー・ツー・ツー・ツー……。 いつ寝たのか覚えていない。 しかし、嫌な夢を見た。 「……母さん! ……井ノ原くん!」 眠りながら准一は、自分の叫び声を聞いた。 「……長野さん!」 息が浅くなり、胸が苦しかった。誰もいない、と夢の中で准一は思った。 准一は半分寝たまま布団から手を伸ばした。携帯が鳴っているのだ。准一は朦朧とした頭でどうにか携帯を見つけた。 「バカやろう!」 携帯からはいきなり怒鳴り声が聞こえた。声は、引っ越し屋の親父さんだった。 「今何時だと思ってるんだ。何度電話しても出やがらねえで。今日は7時集合だと言っといたろう」 「……あ」 准一はあわてて時計を見た。時間はもう10時をまわっている。 「……すみません」 「すみませんじゃねえ。ねぼけ声出しやがって。昨日もぼんやりして荷積みを間違えたって言うじゃねえか。うちの商売はな、信用が第一なんだよ」 「今から行きますから……」 「いいよ、来なくて! もう今日の荷積みは済んじまった」 「でも……」 なにか言おうとすると、電話はいきなり切れた。 准一は焦って起きあがった。するといきなり目眩が襲った。准一は自分の体が思うように動かないことに気がついた。急になにも考えられなくなって、准一はふとんにつっぷした。 「すごい熱だ」 夢の中の声。 「ちょっと見せて」 手首をつかまれた。 「かなり早い」 今度は乾いたタオルが額だの首筋だのをこすりまわした。准一は顔をしかめた。 「気持ち悪い? でも汗がすごいから。喉は? 水が欲しくない?」 そうだ、喉が乾いていた。 「ほら。水だよ」 目を開けると、心配そうな長野の顔が見えた。そうか、これは夢だった。夢の続き。じゃあ、今までのことは全部夢だったのだろうか。あれ? 「今まで」っていつから今まで? 准一はぼんやりと長野の顔を見つめた。すると長野が頭を持ち上げてくれた。 「飲んで」 言われるままに水を飲む。 「もう、いい?」 うなずくと、また頭を元に戻された。そのままぼんやりと長野を見ていると、長野は言った。 「電話したんだ、今日……。何度電話しても出ないから心配になって、とうとう来てみてしまった。来て、よかった。……カギ、開いたままだったよ。」 「……」 「病院に行こうか?」 准一は首を横に振った。 「動きたくない……」 「そう……? いつからこんななの?」 「……今、何時ですか」 准一は尋ねた。長野が腕時計を見た。 「11時を過ぎてる」 「そう……ですか……」 「うん」 昼の11時かと思ったが、准一はすぐに、もう夜であることに気がついた。 「……たぶん、今日は一日中寝てました」 「そうか……。お腹は?」 聞かれて、准一はまた首を横に振った。 「でも、なにも食べてないんだろう?」 うなずく。 「なにか買ってこよう。お粥とか、コンビニで」 長野は立ち上がった。 「行かないで」と言いたかった。しかしうまく声が出ないで、准一は、ドアから出ていく長野の後ろ姿を見送った。 まだ頭がはっきりしなかった。 夢が終わったのかと思っていると、やがて長野は帰ってきた。長野が小さなガス台の前に立ってなにかしているのを、准一は寝たままじっと見ていた。 やがて茶碗によそった粥を、長野が運んで来てくれた。 「起きられる?」 尋ねられて、准一は起きあがった。椀を持とうとすると、長野が「待って」と言った。 「まだ熱いかもしれない」 准一の見ている前で、長野は一匙粥をすくって、自分の口で温度を確かめた。 「はい」 准一は粥を食べさせてもらった。想像以上に粥はおいしかった。粥の温かさが体に浸みていくのを准一は感じた。 「……おいしい……」 「そう?」 長野はうれしそうだったが、三匙か四匙食べたところで准一は食べるのをやめた。 「あとは、あとで……」 「そうだね」 それでも長野はうれしそうだった。 「さっきよりずっと顔色がいいみたいだ。……よかった」 そして長野はもう一度繰り返した。 「よかった……」 それから突然、長野は頭を下げた。 「ごめん」 「……」 「ごめん、ずっと連絡しないで……」 「……」 准一は、じっと長野を見た。それから言った。 「いいんです」 長野が、ちょっと泣きそうな顔になったと准一は思った。 「疲れたね」 「……」 「また、寝るといい」 「長野さん」 「ん?」 「帰りますか?」 すると長野は、准一の心配に気がついた顔になり、それから笑った。 「帰らないよ」 「……」 「こんな病人を置いて帰れないよ。ずっといるよ」 うなされて目を開けると、心配そうな顔が見えた。 「大丈夫?」 准一はうなずいた。 「……喉が乾いた」 「待って、水持ってくる」 スプーンにすくわれた水で口を湿らせると、少し落ち着いた。 「また熱が上がっちゃったみたいだね」 落胆したような長野の声が聞こえた。 「長野さん、寝てないの……?」 「眠れない。やっぱり医者に行った方がよかったのかな。ほんとに、大丈夫……?」 准一はうなずいた。 「大丈夫です。あの」 「……手、握っててくれますか……」 「うん」 それからも何度か、准一は自分が熱でうなされているのがわかった。しかしそのたびに、しっかり握られた長野の手が准一を落ち着かせてくれた。 やがて深い眠りのあとに、ふいっと体が楽になって、意識がはっきりする瞬間があった。 准一ははっとして目を開いた。目で探すと、窓の傍に長野の姿が見えた。 「……長野さん?」 呼ぼうとして、准一は口を閉じた。暗い窓の外を見つめていた長野の口から、人の名を呼ぶつぶやきが漏れたからだった。 「……留奈……」 それだけだった。長野はじっと動かなかった。准一はギュッと目をつぶった。眠ろう、今はただ。大丈夫、もうすぐ朝は来るから……。 |
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准一くんと長野さんはどうなるのかな!? 「サンシャイン」いよいよ次回最終回です! |
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