リトル・アイドル

〜望羽の冒険〜


 
前回のあらすじ
 「GOGO6(ゴーゴーシックス)」は、日本で、いや、今やアジア各地で大人気の、スーパーアイドル6人組。
 しかし、ファンとの写真撮影会の朝、寝坊した「GOGO6」メンバーの狐狸田望羽(こりた・もう)は、突然小さくなり、鳥にさらわれてしまう。望羽を探しにきた、同じGOGO6メンバーである、毛宅(けやけ)ミン、岡市准太、よし原井ノ彦、博野長史、昌本坂行の5人は、小さくなった望羽に気がつかないまま去ってしまう。どうにか鳥に食べられることをまぬがれた望羽は、マサルという男の子に拾われる。マサルは母親に連れられて、叔母さんの結婚式に出席するところだった。


「リトル・アイドル」第2回
 披露宴の丸テーブルに座ったマサルの母親は、料理を食べながら、隣に座った奥さんに話しかけた。
 「今日は、やけにロビーに若い女の子が多かったわね」
 「わたし知ってるわ。このホテルで今日、GOGO6のイベントがあるのよ。だからファンが集まってるんだわ」
 わけしり顔で隣の奥さんが答えた。
 「へえー。GOGO6ね」
 マサルの母親の瞳が輝いた。
 「わたし好きよ。GOGO6の望羽くんていいわ。ミンくんもかわいいけど」
 「あら、わたしは岡市くんがいいわ。岡市くんてとっても純粋そうじゃない?」
 別に自分が純粋なわけでもないのに、隣に座った奥さんは得意そうに言った。
 「イベントがあるなら、望羽くん達もこのホテルに来てるのかしら」
 マサルの母親が聞くと、奥さんは当たり前のように言った。
 「そりゃ来てるでしょ」
 「どこかで偶然会ったりしないかしらねえ」
 「わかんないわよー。会っちゃったりして」
 「そうよね〜。会いたいわね」
 「あたし、このごろの若い男の子って、結構、年上が好きなんじゃないかと思うのね」
 「わたしもそう思うわ」
 「岡市くんも、きっと、年上が好きよね」
 「そうよ、きっと。それに、望羽くんとミンくんもね」
 そう言うと、ふたりは顔を見合わせて笑いあった。
 「うふふふ」
 「おほほほ」
 しばらくの間マサルのポケットの中でぐったりしていた望羽は、やっと元気になって来て、ちょっとポケットから顔を出してみた。するとそばで、巨大なおばさん達が笑いあっていた。うっかりすると食べられてしまいそうだ。
 ちょっとビビリながら、望羽はキョロキョロとあたりを見回した。どうやらここは、結婚披露宴の会場らしい。
 「お色直しのため、新郎新婦が退席いたします」
 司会者の声が聞こえ、文金高島田の花嫁さんと太ったお婿さんが、会場係にうながされてお色直しに出ていった。
 花嫁と花婿がいなくなると、マサルの母親達は、すぐに顔を寄せ合ってこそこそと陰口を言い合った。
 「ミチコちゃんのお婿さんってほんとに太ってるわね」
 「はっきり言ってブサイクね。ミチコちゃん、まだ若くてかわいいのに、あんな人と結婚するなんてもったいないことするわ。わたしが若かったら絶対あんな人とは結婚しない。岡市くんみたいな人じゃなきゃイヤだわ」
 「それに、向こうの親戚がひとりもいないってどういうことなの?」
 「ご実家がとても遠いんですってよ。でも、変よねえ」
 マサルは、ポケットから顔を出した望羽に気がついた。
 望羽が、じっとマサルの持っているパンを見ると、マサルは、母親に気づかれないように、こっそりとパンくずを望羽に渡してくれた。
 望羽はありがたくパンくずを口に入れた。気がつけば、お腹がぺこぺこだった。望羽はあっという間にパンを食べてしまった。それに気がつくと、マサルはまた、母親の目を盗んで、こっそり肉や野菜の切れ端を望羽に渡してくれた。
 「ありがとう」
 望羽はマサルに言った。マサルはにっこりした。
 「どうやらいいヤツに拾われたみたいだな」
 望羽はほっとした。
 「今度はのどが渇いたなあ」
 望羽がなにかを飲むマネをすると、マサルはうなずいて、そっとジュースのコップをポケットに近づけた。望羽はポケットから頭を出して、ジュースが近づいてくるのを待った。
 そのときである。
 「マサルくん、なにしてるの?」
 鋭い声が飛んできた。
 望羽は顔を上げた。そして、マサルの母親と話している女の人の向こうに小学校3年生くらいの女の子が座って、こっちを見ているのに気がついた。
 「まずい、ユカリちゃんにみつかった」
 マサルはそうつぶやくと、あわててコップを元に戻した。それから大きな声で
 「な、なんでもないよ」
 とユカリに答えた。しかし、ユカリは、疑い深そうにずっとマサルのことを見ている。
 そこへ、会場係が、赤い飲み物を持ってまわってきた。
 「お客さま、ワインをどうぞ」
 「ほう、いい香りのワインだね」
 ユカリの向こうに座っていた、ユカリの父親らしい男性が、くんくんとワインの香りを嗅いだ。会場係が答えた。
 「はい。こちらはグレート・ビンテージ・ワインです。これは特に、幻のワインと言われている逸品でございます」
 「へえっ」
 大人達は驚いて、自分のグラスにそそがれたワインをながめた。
 「幻のワイン……」
 「本日は当ホテルの創設100周年にあたりまして、今日披露宴をされる中からお一組にこのワインが当たることになっていたのです。で、ご幸運にもこちらさまに当たったというわけで」
 「へえ〜」
 「すごいわね」
 「たいへん貴重なワインです。どうぞ皆さま、一生の思い出にご賞味くださいますよう」
 「う、うん」
 「わかったわ」
 ウエイターの言葉に誘われるように、大人達はワイングラスに口を付けた。
 「おいしいわあ」
 まず最初にユカリの母親が言った。
 「ほんとほんと」
 マサルの母親も言った。
 「うーん、さすがにいいワインは違う」
 「ちょっと口に含んだだけで夢見心地だ」
 ユカリとマサルの父親も口々に言った。
 しかし、マサルには、ワインよりもユカリの視線のほうがずっと気になった。マサルは、望羽の入ったポケットを押さえながら、もじもじして隣の母親にささやいた。
 「ママ、ぼくちょっと、トイレに行きたい」
 「あらあ」
 ワインでいい気分になっていたらしい母親は、面倒ねと言いたげな顔になった。
 「しょうがないわねえ。パパについていってもらいなさい。あなた、マサルが」
 「ううん、ぼくひとりで大丈夫」
 マサルはあわてて首を横に振った。
 「ぼく、もう一年生だし。じゃあ、ちょっと行って来るね」
 そう言うとマサルはひとりで会場を抜け出した。

 会場を出ると、望羽の入ったポケットを押さえながら、マサルは人のいないところをさがして、ホテルの廊下をうろうろした。さすがに一流ホテルだけあって、広い廊下のいたるところに大きな花瓶があり、豪華な花が飾られていた。
 マサルがクロークの前を通りかかると、そこではちょうど、化粧の濃い老婦人が、受付に妙な苦情を言っているところだった。
 「うちのロビンちゃんはそれはそれはいい子なのよ。どこにお出かけしても、騒ぐことなんか全然ないの。ただとっても勘が鋭くて、嫌な予感がすると取り乱しちゃうのよ。そんなロビンちゃんが、さっき、ここの廊下を歩いていたら、急にうなりだしてどこかに走って行っちゃったの。ねえ、このホテル、これからなにか起こるんじゃないの? ロビンちゃんの勘はとっても当たるのよ」
 「そ、そのようなことを突然申されましても……」
 老婦人の言いがかりに、受付係は困惑しきっている。
 マサルと望羽がその様子を見ていると、向こうから、髪を振り乱した男の人が、倒れそうな様子でよろよろとやってきた。
 その男の人は老婦人の前に割り込み、幽霊のような様子で受付に尋ねた。
 「あのー。望羽くんはここを通りませんでしたよね」
 受付は、ますます困ったように男の人に答えた。
 「はい、さっきからお答えしておりますが、この近くで狐狸田望羽さまのお姿を見た者はおりませんのです」
 「そうですよね。そうですよねえ。あはははは……」
 男の人は、頭がおかしくなったように笑い出した。
 「いいんです、いいんです。わかってます。ここで望羽くんのことを聞くのも、さっきから24回目ですもんねえ」
 それから男の人は廊下に座り込むとめそめそと泣き出した。
 「もうだめだ。もうすぐテレビの中継が入る。そのとき望羽くんがいなかったら、ぼくは、マネージャー失格でくびになる……。妻が来月出産するというのに……。望羽くん、どこに行ったんだ……。早く帰ってきてくれ……」
 「……うちのマネージャーだ」
 望羽はポケットから顔を出して、マネージャーが泣いている様子を眺めた。
 そこに、ニットキャップを深くかぶった青年がやって来て、泣いているマネージャーを助け起こして言った。
 「望羽だって、ファンとの集まりならサボってもどうにかなるけど、テレビに出なかったらたいへんだってことはわかってるよ。テレビの時間までには帰ってくるって」
 「ミ、ミンくん……」
 「だけど、さっき5人で相談したんだけど、テレビの時間までに戻らなかったら、警察に届けたほうがいいと思う。事故とか、……事件ってこともあるし……」
 ミンの声はいつになく真剣だった。
 「そ、そうだね……」
 望羽は、しばらく黙ってそのようすを眺めていたが、やがてポケットの中に姿を隠した。それに気がつくと、マサルはそっとその場を離れた。
 やがてマサルは、廊下の陰に、誰もいない電話ボックスを見つけた。このごろはみんな携帯だから、電話ボックスはあまり使われないらしい。マサルは電話ボックスに入ると、しゃがみこんでポケットから望羽を出した。
 「よう」
 マサルを見ると、望羽は、片手をあげて、普通の大きさのときと変わらない挨拶をした。
 「おまえ、マサルって言うんだっけ」
 マサルはうなずいた。望羽は言った。
 「おまえのおかげでいろいろ助かったよ。おまえいいヤツだな」
 マサルは、信じられないと言うように、自分の手のひらの上でしゃべる望羽を見ていたが、やがて言った。
 「君、もしかして、GOGO6の狐狸田望羽くんなの?」
 望羽はうなずいた。
 「ほんとにそうなの? 似てるとは思ってたけど……。じゃあ、さっきの人たちのところに連れていってあげようか? あの人達、望羽くんを探してたよ」
 そう言ってマサルは立ち上がりかけた。しかし、望羽は言った。
 「いいよ!」
 「え?」
 「いいって言ったんだ」

望羽くんは、ミンくん達のところに戻らないつもりなの!? 続きはちょっと待っててね。
(2002.12.8 hirune)
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